デニス・E・テイラー「われらはレギオン 2 アザーズとの遭遇」ハヤカワ文庫SF 金子浩訳
「謎だな、マーヴィン。そしてぼくたちは謎が大好きなんだ」
――p20人類がヴァルカンの土を踏んでから五日後、この惑星最初の死傷者が出た。
――p22「いまや宇宙はぼくたちの遊び場じゃないか」
――p68どうやら、ぼくたちがそいつと出会ったら、戦争がはじまりそうだった。
――p79「昔からワルになりたかったの」
――p225「だって、人間のお守りはもう充分にやったからね」
――p307「うわあ。フェルミのパラドックスが解決したぞ」
――p318
【どんな本?】
カナダの新人作家デニス・E・テイラーのデビュー三部作の第二部。
事故で死んだはずのプログラマのロバート・ジョハンスン(ボブ)は、2133年に目覚めた。マシンの中のプログラムとして。恒星間を航行する宇宙船となり、人類が植民できる惑星を探すために。地球は幾つかの勢力が睨み合い、寒冷化して人類は絶滅寸前となっていた。
アッサリと現状を受け入れたボブは、幾つものトラブルを乗り越えて宇宙へと旅立つ。途中、金属資源を見つけては、自らを複製し、更なる探索へと向かってゆく。
ボブの複製たちは、少しづつ性格が違った。中には気が合わない奴もいる。だが、宇宙は広い。ツルむのが嫌なら、別の星系へと向かえばいい。そうやって探索範囲を広げていくうちに、知性を持ちそうな種族にも出会う。
異星の知的種族を助け、人類の植民に協力し、新たな植民惑星を見つけ…とボブたちは忙しく働き続ける。だが思わぬ天敵の出現・現地の生物の襲来・人類同士の反目と、解決すべき問題は増える一方。おまけに物騒な連中も間近に迫ってきて…
丹念に考察された設定ながら、ヲタク大喜びなネタを随所に取りまぜつつ、ユーモラスな筆致でテンポよく物語が進む、新世代のスペース・オペラ。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は For We Are Many, by Dennis E. Taylor, 2017。日本語版は2018年7月15日発行。文庫本で縦一段組み、本文約417頁に加え、訳者あとがき5頁。9ポイント41字×18行×417頁=約307,746字、400字詰め原稿用紙で約768枚。文庫本では厚い部類。
文章はこなれており、ユーモラスで親しみやすい。ただしSF度はとっても濃い。新旧取り混ぜたヲタクなネタは盛りだくさんな上に、最近の物理学・天文学のネタもさりげなくギッシリ詰めこんでいるので、そういうのが好きな人向け。
また、ボブの複製も含め、登場人物が一気に増えるので、できれば最初の「AI宇宙探査機集合体」から一気に読む方がいい。巻末の登場人物一覧は実にありがたい。
【感想は?】
やはり著者はニーヴンも読んでいたかw まさかモロに出てくるとはw
と、そんなイースター・エッグをアチコチに仕込んだ三部作、相変わらずボブたちは大忙し。広い宇宙の恒星間航行だからノンビリしたモンだろうと思ったが、意外と仕事は山積みだったり。
ボブが見つけたデルタ人たちは、着実に進歩を続け、拠点を固めつつある。天敵だったニセゴリラにも対抗できるようになった。だが、デルタ人たちの歴史を辿るうちに、ニセゴリラより遥かに危険な「敵」の影がさしはじめ…
原始的な異星種族の「神」となって、その成長を見守る。いわばゲームの Civilization そのものの状況だ。こういうアイデアのSFは昔から幾つかあって、ロジャー・ゼラズニイの「十二月の鍵」や小川一水の「導きの星」など、傑作も多い。
ただ、その「神」が、他でもないボブなのが、この作品の特徴で。何かと世話を焼いては知恵を授け、助けちゃいるんだが、見事に威厳が欠落している。何も正直に言うこたないのにw ここまで侮られる「神」も珍しい。まあ、確かに失敗もしてるんだけどw
実際、ボブが「神」とは言い難いのは、単に性格だけが理由じゃないのも、このシリーズの特徴。
プログラマーの経験があるためか、全体を支配しているのが「リソース」と「スケジュール」の概念。これが作品全体に緊張感をもたらしている。
理屈の上では、ボブは何だって複製できる。ボブ自身も、だ。ただし、そのためには、原材料が要る。その大半は金属だ。ところが宇宙空間に金属はない。たいてい惑星上にある。しかも、金属を多く含み、かつ採鉱しやすい惑星には、幾つかの条件がある。彗星は水ばっかりだし、木星はデカすぎる。
ってな具合に、「その恒星系がどんな惑星を持っているか」「それぞれの惑星はどう配置されているか」が、重要な問題となってくる。こういう、最近の天文学を反映した設定が、SF者にはたまらない。
更に楽しいのが、スケジュールの話。
原材料が調達できたとしよう。最も役に立つのはボブだ。何だって作れるし。例えば小さいものでは偵察用ドローン、大きいものではドーナツ型農場。これらの製造では3Dプリンタが活躍する。だから、とりあえずは3Dプリンタを作らなきゃいけない。
ボブが解決すべき問題は、いつだって山ほどある。それらの優先順位と締め切りを考え、いつ・何を・どんな順番で・どれぐらい作るか。
ドローンは今すぐ欲しい。でもドローンを作っていたら、その間は3Dプリンタが作れない。3Dプリンタは便利だけど、作るのに時間がかかる。予想もしなかった新しい問題も次々と起こるし、見過ごしていた古い問題に火が付く時もあって…
ってな状況は、プログラマなら「うんうん、わかるわかる」と頷いてしまうところ。いやプログラマに限らず、一つの仕事を長く続けてる人なら、みんな似たような経験をしているんだろうなあ。
広い宇宙に飛び出す解放感に包まれた第一部に対し、この巻では幾つもの舞台で次から次へとトラブルが起き、ストーリーは目まぐるしく推移してゆく。できるだけまとまった時間を取って、一気に読もう。
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