白戸圭一「ボコ・ハラム イスラーム国を超えた[史上最悪]のテロ組織」新潮社
「ボコ・ハラム」という組織名は、ナイジェリア北部で広く話されているハウサ語で「西洋の知・西洋の教育システム」を意味する「ボコ」と、アラビア語で「禁忌・禁止」を意味する「ハラム」を組み合わせたものである。
――プロローグ ワイドナショーが取り上げた武装組織「こいつらは奴隷だ。奴隷市場でこいつらを売る」
――第1章 女子生徒集団拉致事件の衝撃ナイジェリアは民族の数が桁違いに多く、その数は約250と言われ、最大374に上るという独立後の調査結果もある。
――第2章 舞台装置「ナイジェリア」の誕生社会に不満を抱く大勢の若者が大衆運動に魅了され、その中からシャリーア全面施行にこだわる組織が生まれ、さらにその一部が強硬派として先鋭化し、最も非妥協的な集団が暴力を志向するようになる……。
――第3章 イスラーム反体制運動の進展ボコ・ハラムは潜伏期間中に正式名称を現在の「Jama'atu Ahlu-Sunna Lidda'Awati Wal-Jihad」に変更した。(略)これは「宣教およびジハードを手にしたスンニ派イスラーム教徒としてふさわしき者たち」といった意味である。
――第4章 「テロ組織」への発展「この運動(ボコ・ハラム)は確たる指揮と統制を有した事がない」
――第4章 「テロ組織」への発展(アブバカル・)シェカウ指揮下で新たにボコ・ハラムのメンバーとなった若年層男性の多くは、カヌリ人であると言われている。ボコ・ハラムによるテロが猖獗を極めている地域も、カヌリの人々が住んでいる地域とほぼ重なっている。
――第4章 「テロ組織」への発展
【どんな本?】
2014年4月下旬、ナイジェリア発のニュースに世界は騒然となった。ボコ・ハラムを名乗る武装集団が、女子高の寄宿舎を襲い、200~300人の女子生徒を拉致したのだ(→Wikipedia)。アフリカへの関心が薄い日本のマスコミも、この事件は連日ワイドショーが取り上げた。
彼らはいったい何者なのか。その目的は何か。なぜ同じムスリムに対し非道な事をするのか。アルカイダや自称「ISIS」とは、どんな関係なのか。彼らのような集団が、なぜ生まれたのか。なぜナイジェリア政府は彼らを鎮圧できないのか。
14世紀のイスラム教の伝来・19世紀以降の大英帝国による間接統治・1960年の独立・長い軍政の果てに誕生した民主政治などの歴史から、多種多様な民族が住み貧富の差が激しく政府への信頼が薄い現在の状況まで、ボコ・ハラムが生まれる背景を描き出し、また組織の誕生から現在へ至るまでの経緯を探り、史上最悪のテロ組織が発生した要因へと迫る、ホットなドキュメンタリー。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
2017年7月15日発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約182頁に加え、あとがき3頁。9.5ポイント43字×18行×182頁=約140,868字、400字詰め原稿用紙で約353枚。文庫本なら少し薄い一冊分。
文章はこなれていて読みやすい。内容も工夫を凝らしており親しみやすい。例えば歴史を語る際、単に数字で年を示すだけでなく、「そのころ日本では」と同時期の日本の世相を合わせて書いてあるので、体感的に「あの頃」が伝わってくる。
【構成は?】
章ごとに異なった切り口でボコ・ハラムに迫っていく形だ。拾い読みしてもいいが、文字数も少ないので、頭から読んでも一気に読める。
- プロローグ ワイドナショーが取り上げた武装組織
- 第1章 女子生徒集団拉致事件の衝撃
事件の発生/女子生徒の救出を求める世論/世界が「傍観」した大虐殺/ルワンダ人の絶望と憤怒/ウガンダで起きていた大規模な拉致/メディアの注目度に大きな差/異常な注目を生んだもの/世界へと「発信」された犯行/グローバル志向の組織/そもそも「テロ」とは何か/武力紛争とは何か/テロに統一した定義はない/テロが持つ独自の「役割」/急増するテロ/無差別テロの増加/自爆テロの始まり/テロが多発する三つの地域/新しい脅威としてのテロ
- 第2章 舞台装置「ナイジェリア」の誕生
ボコ・ハラムを生んだ国/石油が作り上げた地域経済大国/頻発する政治暴力/ボコ・ハラムは「反キリスト教」組織か/「ソコト・カリフ国」というイスラーム国家の原体験/英領植民地ナイジェリアの誕生/埋め込まれた「分断」の火種/英国による間接統治の導入/イスラーム・コミュニティの分裂/火種を抱えたままの独立/シャリーア刑法典の廃止という決断/イスラーム政治エリートへの批判
- 第3章 イスラーム反体制運動の進展
混迷するナイジェリア政府/オイルブームが加速した「格差」と「腐敗」/既存秩序の変革を求めて/二つの反体制運動「ヤン・イザラ」と「マイタシン」/シャリーア全面導入要求の台頭/軍政の終焉がもたらしたもの/シャリーア刑法典の施行/骨抜きにされた刑法典/ボコ・ハラムの前身「ユスフィーヤ」の誕生/カルト集団化した強硬派/「ナイジェリアのタリバン」/「テロ組織」ではなかったボコ・ハラム
- 第4章 「テロ組織」への発展
組織拡大への道/ボルノ州知事選での暗躍/政治家としての「持ちつ持たれつ」/国際的注目度「ゼロ」の時代/天気となったユスフの死/アルカーイダとの連携/ジハード・テロ組織への変容/強硬派シェカウと過激化する組織/ウサマ・ビンラディンとの接点/二つの「先輩格」のテロ組織/国外逃亡と軍事訓練/アルカーイダ・ブランドによる発展的再建
- 第5章 ボコ・ハラムはどこへ向かうのか
推定5%の支持率/「カヌリ人」のナショナリズムを利用/政府軍が破壊した街/治安当局に対する根強い不信/なぜ少女たちは救出されないのか/スタンド・プレイとしての「専門家派遣」/アルカーイダからイスラーム国へ/領域支配の挫折/少女の自爆テロの多発/再び「注目」を求めて/ISに見限られたシェカウ/ネットワーク化するボコ・ハラム/ボコ・ハラムの今後
- 第6章 サブサハラ・アフリカと過激主義の行方
ボコ・ハラムは「例外」なのか/高度成長下での台頭と発展/経済成長しても過激派は抑止できない/資源依存な経済成長/弱い生産力と高失業状態/食糧自給できない農業/増え続けるアフリカの人口/3人に1人がアフリカの住人に/平均年齢14.8歳の社会/「人口ボーナス」の恩恵はあるか/軍事政権をめぐる矛盾/ガバナンスの不全/AQIM、アル・シャバーブとガバナンス問題 - エピローグ アフリカと日本のためのテロ対策
- あとがき/ボコ・ハラム関連年表/主要参考文献
【感想は?】
書名ではボコ・ハラムが目立っているが、それは本書の内容の半分。もう半分は、ナイジェリアを中心としたサブ・サハラ情勢報告といった感じ。
サブ・サハラは、サハラ以南のアフリカを示す。著者はかつて毎日新聞の記者として南アフリカに駐在しており、「ルポ 資源大陸アフリカ」なんて本も出している。「カラシニコフ」や「アフリカを食べる/アフリカで寝る」を著した松本仁一と似た経歴だ。
そのためか、日本人にはもっとアフリカに関心を持ってほしいとの想いが、全編に溢れている。冒頭からルワンダ大虐殺(→Wikipedia)やウガンダのLRA(神の抵抗軍、→Wikipedia)を例に出し、被害の規模とマスコミの扱いの小ささを嘆いてたり。確かに「ホテル・ルワンダの男」は凄かった。
さて、肝心のナイジェリア。原油頼りかと思ったが、2013年のGDPに占める石油産業の割合は12.9%。金融・不動産が15.9%など、他の産業も育っている。それより人口が2015年時点で約1.8億人と日本を超えてる。実は大国なのだ。
数え方によって民族数は300以上なんて多民族国家のナイジェリア、歴史も紆余曲折。大雑把に北はイスラムで貧しく、南はキリスト教で豊か。19世紀に大英帝国が来て、南のラゴスを拠点とする。だって海があって便利だし。ついでに住民をキリスト教に仕込む。が、北は…
もともとスルタンと首長が君臨するソコト・カリフ国があった。英国はお得意の間接統治でお茶を濁す。英国がスルタンと首長を支配し、首長らが住民を支配する。インドと同じ手口ですね。
ところが、真面目なウラマー(知識人、イスラム法学者)からすると、首長らは堕落したムスリムで、英国の手先に見える。英国が学校を作って官吏を育て始めると、これも従来のクルアーン学校出身者と睨み合う。それでも英国が頭を押さえているうちは良かったが…
1960年の独立でウザい英国が去り、南部にあるニジェール川河口の油田開発で南北の経済格差が広がる。ビアフラ戦争(→Wikipedia)など火種は尽きず、相次ぐクーデターで治安は崩壊、政府の信頼性は地に堕ちる。
と、歴史と現状を見れば、かつての栄光ソコト・カリフ国の復活を望む気持ちもわかる気がする。みんなキリスト教徒が悪い、シャリーア(イスラム法)に基づいて法と秩序を取り戻そう、そういうわけだ。
そこに1999年の民政復活に伴う選挙で、北部諸州の知事は次々とシャリーア施行を宣言する。だってその方がウケるし。でも州によってはキリスト教徒の住民もいて、ヌルい州と厳格な州の違いが出てくる。失業率の高さもあり、若者たちの不満は高まり…
2000年代初頭まで、そんな感じでボコ・ハラムは地域の反乱組織に過ぎなかった。そこで警察が駆除に乗り出すんだが、住民の巻き添えが増えるばかり。住民も警察を信用せず、聞き込みにも協力しない。だって下手に関係を疑われたらロクな事にならないし。
ってな状況に、アルカイダなどのグローバル・ジハードの風潮が来て…
具体的な資金源や人脈、組織の内情などには迫り切れていない感はある、しかし、中東・アフリカ・中央アジア・イインドネシアなどでイスラム復興を望む人々が増える背景にある事情は、少しわかった気がする。短いが、内容は濃い本だ。
【関連記事】
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