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2018年10月17日 (水)

松崎有理「架空論文投稿計画 あらゆる意味ででっちあげられた数章」光文社

世界最古の論文の記録は、フランス東部のジュラ紀中期の地層から発見された一億六千年前の化石(1)であるというのはまず確実につくり話である。
  ――コラム 論文の歴史

「超高学歴独身男、高層ビルから油揚げをばらまく」
  ――第一章 おしゃべり女

「猫魔が時とは、うっかり猫に出会ってしまう時間帯を指す筆者の造語である」
  ――第二章 大きな石を運ぶ男

いったいどうすれば、研究者たちはしあわせになれるのだろう。
  ――第四章 悪意のあるじゃまもの

【どんな本?】

  「あがり」が2010年の第一回創元SF短編賞に輝いた新鋭SF作家の松崎有理による、ユーモラスで仕掛けに満ち、ある意味レムの「完全な真空」への挑戦ともとれる笑劇の作品集。

 ユーリー小松崎は、蛸足大学の文学部心理学科で、29歳の若さながら助教授を務める。とあるポスドクが引き起こした事件をきっかけに、彼は大胆な実験を始めた。

 まず嘘八百を並べたデッチアゲの論文を書く。それを学術誌に投稿し、受理されるか否か確かめよう。そうして学会の健全性を検証し、現在の研究制度の改善に役立てよう、と。

 若手作家の松崎有里の協力を得て、ユーリー小松崎の研究は始まったが…

 すぐわかる小ネタから、少し注意しないと見逃しがちなトラップ、しょうもないギャグまで様々なネタを取りまぜつつ、現代の研究者たちが置かれた状況も浮き上がらせる、真面目にふざけた Scholar Fiction。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2017年10月20日初版第1刷発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約253頁。9ポイント30字×18行×253頁=約136,620字、400字詰め原稿用紙で約342枚。文庫本ならやや薄い一冊分。とはいえ、レイアウトの関係で文庫本にするのは難しそう。

 文章はこなれていて親しみやすい。当然、論文のフリをした部分もあるし、そこはワザとしゃっちょこばって堅苦しい文体にしている。が、実はこの論文モドキこそ、この本の美味しい所。流し読みでも分かりやすいネタもあれば、注意しないと見逃しがちなネタもあるので、できればじっくりチェックしよう。

【構成】

  • コラム 論文の歴史
  • 第一章 おしゃべり女
    • 島弧西部古都市において特異的に見られる奇習“繰り返し「ぶぶ漬けいかがどす」ゲーム”は戦略的行動か? 解析およびその意義の検証
  • 第二章 大きな石を運ぶ男
    • 経済学者は猫よりも合理的なのか? “反据え膳行動”を通して判明したもっとも合理的な生物とは
  • 第三章 閉じ込められた者たちの嘆き(ヨナやピノキオ)
    • “借りた本に線を引くひと”とはどんなひとか 書きこみされた図書館蔵書における網羅的研究からこころみた人物プロファイリング
    • 図書館所蔵の推理小説に“犯人こいつ He'd done it!”と書きこむひとはどんなひとか 書きこみされた図書館蔵書における網羅的研究からこころみた人物プロファイリングⅡ
  • 第四章 悪意のあるじゃまもの
    • コラム 研究費の歴史、あるいは研究者の懐事情の歴史
    • おやじギャグの社会行動学的意義・その数理解析
    • 比較生物学から導かれる無毛と長寿との関係 はげは長生き?
    • 「ねえ、太った?」は存在証明機会 代数的構造抽出による容姿からかい行動対応策の検討
  • 第五章 朝の薄明
    • 経験則「あらゆる機械は修理を依頼した直後になおる」現象の検証 機械故障にかんする大規模調査
    • プラス思考はほんとうにプラスか 恋愛成功率におけるプラス思考とマイナス思考の効果の比較
    • 「目標は紙に書くと実現する」はほんとうか 大規模長期縦断研究による検証
    • 「あくびはうつる」を応用する あくび伝染反応時間による初対面好感度の類推
  • 第六章 花崗岩でできた狂乱
    • 架空論文投稿実験 その顛末と、研究世界の未来にたいする提言
  • 終章 いつも片目をあけて眠るよく太った猿の王様を目覚めさせるためのファンファーレ
  • あとがきにかえて この本ができるまでの舞台裏を少々
  • 架空論文・初出一覧
  • 研究者心理におけるパーキンソンの法則 メタ研究心理学者・ユーリー小松崎の事件簿

【感想】

 最初から最後まで、大笑いからクスクス笑いまで、ユーモアに満ちた一冊。

 そもそも最初からワケがわからない。「超高学歴独身男、高層ビルから油揚げをばらまく」って、なんじゃそりゃ。なぜに油揚げ? などと読者を考え込ませたところで、ツカミはオーケー。

 その犯人のやらかした真似も、わかるようなわからんようなw 不正するなら、もちっと考えてやれ、と言いたいところだが、根が不正に向いてないんだろうなあ。

 舞台が北の蛸足大学なだけに、「あがり」などで活躍?した彼も出てくるかと思ったら、そうきたか。著者お気に入りのキャラなのかも。

 そんなユーリーの「実験」の影に見え隠れするのが、論文警察。最近の Twitter じゃテレキャスター警察とかハヤカワ狩りとかプログラマ狩りとか物騒な連中が跳梁跋扈しているが、それと似たようなヤバいお方たち。でも、影でやってる事は、実はけっこう役に立つ事だったり。本当はいい人たちなのかもw

 加えて、作家に向く性向まで教えてくれるから嬉しい。おもしろい話が好きで、質問が好きで、嘘八百を考えるのが好きで、キャラを考えるのが好きで…って、ヲタクそのものじゃないかw

 とかも面白いけど、メイン・ディッシュは、やっぱりデッチあげの論文集。

 だいたい4~5頁で、一見お堅いタイトルがついてるし、書き始めの文章も気取っちゃいるが、その中身は…。

 「いや、そのイラスト、何か意味あるの?」「え、それ参考文献に挙げる?」「おお、ソレをアレにこじつけるか!」「このキャプション、どうにかならんのかw」「きっと誰も結論を読んでないんだろうなあ」「○○先生、ごめんなさい」と、ツッコミどころ満載。

 中でも注目して欲しいのが、「文献」の項。有名な論文に混じって、なんじゃい反社会学者ってw 他にも我田引水・メタ我田引水なネタもある。とかの楽しみ方もあるけど、著者の読書傾向も判るのが面白い。へえ~、やっぱり、こういうのが好きなんだあ。などとニタニタしてしまう。

 とかのユーモアにまぶせつつ、現代の研究者が置かれた厳しい状況や、論文を軸とした研究活動の問題点も、ジンワリと伝わってきたり。中でも焦点が当たるのが、査読って制度。論文の品質を保つには役立っちゃいるが、研究者と論文の数が増えるに従い、無理が出てきている様子がよくわかる。

 のはわかるんだが、このデッチアゲ論文集を見ていると、自分でも何か論文が書けそうな気になってくるから困るw 素人が書いたいい加減な論文が学術誌に殺到したら、ただでさえ重い負荷にあえいでる査読者たちの背骨が折れかねないw

 最後の頁にまでネタを詰め込んだ、サービス精神に満ちた一冊。ギャグが好きな人に、論文の書き方に悩む学生に、科研費の申請に苦しむ研究者に、そして文章で遊ぶのが好きな人に。凝り固まったオツムをほぐすのに最適な一冊。

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