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2018年9月24日 (月)

ピーター・トライアス「メカ・サムライ・エンパイア」新☆ハヤカワSFシリーズ 中原尚哉訳

「軍や警察が出てきたら、こちらは後退しましょう」
「出てこなかったら?」
範子は微笑んだ。
「好都合です」
  ――p86

「僕の死に場所はメカのなかだ」
  ――p91

「私たちは本音を話せない。みんなそうよ」
  ――p141

「久地樂といえば史上最高のメカパイロットの名だ」
「いいや、二番やな」
  ――p242

【どんな本?】

 前作「ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン」で大旋風を巻き起こし、2017年の第48回星雲賞海外長編部門をもぎ取ったアメリカの新鋭SF作家ピーター・トライアスによる、同シリーズの続編。

 第二次世界大戦で日本とドイツが勝った世界。北米大陸は日本が西海岸を、ドイツが東海岸を支配する。表向きは友好的に振る舞う両国だが、互いに相手のスきを窺っていた。

 1994年冬。マックこと不二本誠は、1984年のサンディエゴの戦いで両親を喪う。数か月後の高校卒業の後は、母と同じメカパイロットになるのが将来の希望だ。

 目指すバークリー陸軍士官学校は狭き門で、特に筆記試験が覚束ない。唯一の希望は模擬戦試験で、そのため電卓ゲームで日々腕を磨いている。そんなある日、友人の菊池秀記が妙な話を持ちかけてきたが…

 「USJ」同様、偽善に満ち抑圧的な社会背景はそのままながら、バラエティ豊かなメカと得物をふんだんに盛り込んだ派手なメカ・バトルを散りばめつつ、メカ乗りの若者たちの戦いを描く、青春ロボット・アクションSF長編。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Mecha Samurai Empire, by Peter Tieryas, 2018.9.18。日本語版は2018年4月25日に文庫本と同時に発行。日本語版が先に出たのだ、わはは。新書版で縦二段組み本文約428頁に加え、堺三保の解説5頁。9ポイント24字×17行×2段×428頁=約349,248字、400字詰め原稿用紙で約874枚。文庫本では上下巻で出ている。

 文章はこなれているし、訳者の工夫か独特のノリがあって、心地よく読める。舞台はお馴染みのUSJ世界だが、前作を読んでなくても充分に入っていける。表紙で分かるように巨大ロボットが大暴れする話なので、そういうガジェットは満載。

【感想は?】

 学園スーパーロボット大戦。

 ゲーム屋のオッサンが主人公だった前作に対し、今回の主人公マックこと不二本誠は、メカ・パイロットに憧れる高校三年生。主人公だけでなく、彼を囲む者も、同年代の若者たちだ。

 そのためか、物語全体に活気がほとばしると共に、若者らしい真っすぐな気持ちも満ち溢れている。もちろん、彼らを取り巻く社会はお馴染みのUSJ世界なために、努力や実力が素直に認められるほど単純じゃない。マックの育ちからして、この世界の矛盾を嫌というほど読者に突きつけてくる。

 あーゆー社会だけに、権力の暴走には歯止めが効かない。さすがに上層部の動きまでは高校生ごときには分からない。だが、教師や軍人などの身近な「権力者」の理不尽な横暴は、後ろ盾がなく立場の弱い高校生だけに、容赦なくわが身に降りかかってくるし、否応なく社会の歪みを感じさせるところ。

 こういうシンドい状況に置かれながらも、メカ・パイロットになる夢は捨てきれないのが誠の主人公らしさ。

 右往左往しながらも、なんとかパイロットになろうと苦闘する彼の周囲にも、パイロット志望の若者たちが集まってきて。この面々が、これまた実に青春アクションらしく個性豊かで面白い奴ら。舞台設定が暗く残酷なだけに、若きパイロットたちの生きざまが清々しい。

 私が最も気に入ったのが、最初に登場する橘範子ちゃん。名家の出て成績も優秀。リーダーシップもあり、人望も厚い。どう見てもエリートの卵でありながら、「その他大勢」に属する誠への態度も丁寧。完全無欠の完璧超人かと思いきや、最初の戦闘では意外な側面を見せ…

 いいなあ、こういう性格w 身近にいたら、仲良くしたいと思いつつも、底知れなさが少々怖かったりするけどw でも何故かメイン・ヒロインじゃないんだよなあ。

 やはり強い印象を残すのが、RAMDETの同僚となるスパイダー。オッサンである。ベテランらしく、パイロットに必要な技術や知識だけでなく、軍の裏側もよく知っていて、それを鼻にもかけず親切に教えてくれる。古参の軍曹が同僚になってくれたようなもんで、実に頼りになる人。なんだけど…

 スパイダー同様、頼れる同僚が千衛子。範子と同様、パイロットとしての腕は絶品ながら、育ちはアレな所が親しみやすい。レスリングの経験もあり、接近戦では優れたセンスを見せるものの、お気に入りの得物は…。なんじゃそりゃw

 そう、この作品のロボット物としての面白さは、出てくるロボットと得物のバラエティが豊かなこと。どういうわけか飛び道具はあまり活躍せず、接近戦用の得物が異様に発達している。これがパイロットのアクの強い性格と相まって、各ロボットの個性をクッキリと際立たせる。

 こういう所がスーパーロボット大戦的で、好きな人には実にワクワクする。中でも意外なのが、終盤に登場する五虎の筆頭、カズ。いかにもリーダーらしく実力と人格を備えた正統派のヒーロー然としたお方なのに、得物はどうみてもイロモノw それをちゃんと使いこなすあたりが、リーダーなんだろうw

 この五虎が揃って戦う場面は、得物のバラエティもあって、まさしくスーパーロボット大戦。もっとも私は五人って所でガンダムWを想像したけど、そこは各自お好きなものを思い浮かべよう。

 そして、私のご贔屓の範子ちゃんを差し置いてメイン・ヒロインを務めるのが、グリゼルダ・ベリンガー。ドイツからの交換留学生。日本とドイツが睨み合う世界なだけに、彼女の立場も複雑で。ガンダム・シリーズだと、最も人気の高いヒロインの彼女かなあ。

 敵となるドイツのバイオメカも、バラエティが豊かなだけでなく、敵らしく気色悪いあたりが、実によくわかっていらっしゃる。終盤で明らかになる気色悪さの正体も、これまた想像を絶するもので。

 アチコチに散りばめられた漫画・アニメ・ゲーム関係のイースター・エッグも楽しいし、アフリカやアフガニスタンなどUSJワールドの世界情勢も面白い。何よりタップり詰まったロボット・バトルが熱く、勢いは前作の三倍増し。理屈抜きで楽しめる娯楽アクション作品だ。

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