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2018年9月13日 (木)

デイヴィッド・ビアリング「植物が出現し、気候を変えた」みすず書房 西田佐知子訳

この本では植物の進化について、いままでにない新しい物語を語ろう。私たちの惑星――地球――の歴史を解き明かすために、植物化石が果たしてくれる刺激的な役割を明らかにしよう。
  ――はじめに

人間が産業革命を起こしているあいだに、樹木もひそかに革命を起こした証拠が見つかったからだ。樹木たちは、二酸化炭素の増加に気孔の数を減らすことで対抗していた。
  ――第1章 葉、遺伝子、そして温室効果ガス

湿地に住んでいたムカデやヤスデは1メートルを超す長さになった。
  ――第2章 酸素と巨大生物の「失われた世界」

2億5100万年前、地球史上最大の絶滅があったそのときにオゾン層が壊れていたことを、突然変異を起こした植物胞子の化石が示しているというのだ。
  ――第3章 オゾン層大規模破壊はあったのか?

二酸化炭素濃度が三畳紀とジュラ紀の境で急上昇したことが初めて明らかになった。
  ――第4章 地球温暖化が恐竜時代を招く

過去5憶年間位のうち80%近い期間は、極圏まで森が広がっていたらしい。
  ――第5章 南極に広がる繁栄の森

いまから5000万年前の始新世の時代、赤道と北極の気温はほとんど違いがなかった。
  ――第6章 失楽園

光合成を司る遺伝子の発現に複雑な変化が起こるためには、入り組んだ代謝プロセスにも複雑な変化が起こり、葉の構造も変わる必要がある。しかしそれにもかかわらず、C光合成経路はC3植物から少なくとも40回も独立して進化したことがわかっている。
  ――第7章 自然が起こした緑の革命

本書で伝えたかったことは二つある。一つは、植物生理学と古植物学を一体化させれば、植物化石に新しい存在意義を与えることができる(略)ということ。もうひとつは、植物自身が自然を変える大きな力になりうるということだ。
  ――第8章 おぼろげに映る鏡を通して

【どんな本?】

 南極は森に覆われていた。1mもの長さのムカデがいた。恐竜繁栄の原因はオゾン層の破壊? 光合成の謎を解く鍵はサイクロトロン?

 化石は何も言わない。だが、化石を様々な方法で分析し、現在の植物と照らし合わせ、実験し、極地で観測し、または地質学や物理学やコンピュータによるシミュレーションと組み合わせると、壮大でダイナミックな地球の歴史が浮かび上がると共に、意外と繊細な気候の性質も見えてくる。

 植物の化石を軸に、その細胞の構造や同位元素の含有量などのミクロな視点から、温暖化・寒冷化による陸地の増減、大洋の海流の変化やプレートテクトニクスによる大陸移動などのマクロなものまで、あらゆる科学の領域と技術を駆使し、地球の過去を解き明かし、また残る謎を提示する、一般向けの科学解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Emerald Planet : How Plants Changed Earth's History, by David Beerling, 2007。日本語版は2015年1月23日発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約288頁に加え、訳者あとがき5頁。9ポイント46字×19行×288頁=約251,712字、400字詰め原稿用紙で約630頁。文庫本なら少し厚めの一冊分ぐらいの文字量。

 意外と文章はこなれている。みすず書房の本は文章が固いという思い込みがあったんだが、この本に限れば余計な心配だった。同じ系統のブルーバックスと同じ程度か、それ以上に親しみやすい。内容も親切。専門的な話も出てくるが、わからなくても「だいたいの所」は掴めるようになっている。

 敢えて言えば、化石関係の本がたいていそうであるように、世界地図や Google Map があると、臨場感が増すだろう。

【構成は?】

 各章は比較的に独立しているので、美味しそうな所だけをつまみ食いしてもいい。

  • まえがき/はじめに
  • 第1章 葉、遺伝子、そして温室効果ガス
  • 第2章 酸素と巨大生物の「失われた世界」
  • 第3章 オゾン層大規模破壊はあったのか?
  • 第4章 地球温暖化が恐竜時代を招く
  • 第5章 南極に広がる繁栄の森
  • 第6章 失楽園
  • 第7章 自然が起こした緑の革命
  • 第8章 おぼろげに映る鏡を通して
  • 謝辞/訳者あとがき/図版の出典/原註/索引

【感想は?】

 現代の古生物学の面白さがギッシリ詰まった本。

 古生物学の何が面白いのか。大ざっぱに言うと、二つの理由だ。

 一つは、スケールの差が大きいこと。顕微鏡レベルから地球レベルまで、あらゆるサイズの視点が出てくる。この眩暈するほどの飛躍が溜まらない。もう一つは、現代科学の様々な分野の成果を動員していること。

 この両者の面白さを巧みに煽っているのが、著者の語り。例えば「第7章 自然が起こした緑の革命」では、こんな風に読者を煽る。

光合成の謎を解くのに活躍した新しい技術を紹介しよう。まず、最初に登場したのがサイクロトロンである。
  ――第7章 自然が起こした緑の革命

 は? サイクロトロン? 原爆を創るマンハッタン計画で使った加速器だよね? それが植物の光合成と、なんの関係があるの?

 と、私はマンマと著者の罠にハマった。話はこう続く。普通の炭素は陽子6+中性子6で原子量12(12C)だ。でも炭素には陽子6+中性子7の13Cや陽子6+中性子8の14Cがある。サイクロトロンを使い、黒鉛に陽子をぶつけると、13Cや14Cを作れる。ちなみに黒鉛は鉛と関係ない。ほぼ純粋な炭素の塊。

 13Cは半減期が21分と短いが、14Cは数千年だ。14Cで二酸化炭素を作り、これを植物に与えて光合成させれば、植物内の炭素の動きを追跡できる!

 から始まって、C植物とC植物へと話が進む。違いは光合成の方法で、大抵の植物はC植物だ。イネもコムギもC。C植物の代表はサトウキビとトウモロコシ。光合成の効率がよく、暑い所に生える。その秘訣はルビスコ酵素と二酸化炭素ポンプで、特殊な細胞内で二酸化炭素を濃縮し、効率を上げる。

 なんでそんなのが要るのかというと、どうも大気中の二酸化炭素濃度の違いが関係しているらしい。二酸化炭素が薄いから、濃くする工夫が必要で、それがC植物の発展につながった。じゃC植物の歴史を辿れば、大気中の二酸化炭素濃度の歴史もわかるんじゃね? 

 でもC植物の化石は見つけにくいんだよね。でも大丈夫。動物の化石を調べりゃいい。草食動物にも好みはある。C植物を好む動物と、C植物を好む動物は、その歯が含む炭素同位体が違うから…

 と、サイクロトロンから動物の化石へと話が転がり、果ては森林から草原への環境変化にまでつながってゆく。

 ミクロからマクロの展開で面白いのが、温暖化のメカニズムだ。二酸化炭素もそうだが、メタンも温暖化を促す。メタンは、沼や湿原で作られる。嫌気性の微生物が、有機物を分解する際の副産物がメタンだ。沼から沸く泡がソレです。これは白い霧の元になり、まれに「発火して燃える」って、人魂はコレか。

 まあいい。気候が温かくなると嫌気性微生物も元気になってメタンを吐き出し、更に温暖化を煽る。海が広がり湿地が増え、嫌気性微生物の住処も広がり…

 と、微生物ごときに地球の気候が左右されてたりする。

 もっとも、人間様も負けちゃいない。911は悲劇だったが、これは気候にも影響して…

 などと、意外な事柄が別の意外な事柄に影響していく、「風が吹けば桶屋が儲かる」な話が次々と出てきて、驚きの連続だ。また、南極探検で死に瀕しているにも関わらず化石を持ち帰ろうとしたスコット隊の話などは、科学者の執念が伝わってくる。

 真面目な科学ノンフィクションなのに、中身はどこに向かうかわからないジェットコースター・ストーリー。「みすず書房」のお堅い印象をひっくりかえす、娯楽性たっぷりの楽しい本だった。

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