山田正紀「ここから先は何もない」河出書房新社
「俺らってさ、いや、人間てさ、なんでこんなにつながりたがるんだろ?」
――p134「四万年から五万年前の人間の遺体がどうして小惑星に埋もれていたんだ?」
――p245
【どんな本?】
六年前、日本の宇宙科学研究開発機構は、小惑星探査機<ノリス2>を打ち上げる。小惑星2001AU8、通称ジェエネシスとランデブーし、標本を採集して、地球に持ち帰る計画だ。だが、着陸の直前に全ての通信途切れる。約1時間30分の中断の後、ノリス2がランデブーしたのは、ジェネシスではなく、別の小惑星パンドラだった。しかも、持ち帰ったサンプルは…
ベテランSF作家の山田正紀が、壮大な構想を元に、お得意の「はみ出し者の寄せ集めチームが難題に直面する」形で、ジェイムズ・P・ホーガンの傑作に挑んだ、本格長編SF小説。
SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2018年版」のベストSF2017国内篇の8位。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
2017年6月30日初版発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約404頁に加え、あとがき2頁。9ポイント44字×20行×404頁=約355,520字、400字詰め原稿用紙で約889枚。文庫本なら厚い一冊か薄めの上下巻ぐらいの分量。
文章はこなれていて読みやすい。内容的には、かなり凝ったSFガジェットを使っている。とはいえ、詳しく知らない人でも楽しめる仕掛けを丹念に施してあるので、分からなければ「そういうもの」として読み飛ばしても構わない。特にコンピュータ関係は冒頭から濃い話がポンポン出てくるので、味見にはちょうどいいだろう。
【感想は?】
うおお、これだよ、これ。昔、私が大好きだった山田正紀が、今風の素材を使いこなして戻ってきた。
「襲撃のメロディ」「弥勒戦争」「神狩り」…。いずれも壮大な謎を示し、絶望的な状況の中で、エキセントリックな登場人物が挑む話だ。私は「襲撃のメロディ」の衝撃でSF者になってしまった。
肝心の謎については、「あの山田正紀が戻ってきた」としか言えない。あとがきにあるように、ジェイムズ・P・ホーガンの傑作「星を継ぐもの」に挑戦状を叩きつけた作品だ。日英の本格SFの巨匠対決である。存分に堪能していただきたい。
加えて山田正紀の色が濃く出ているのが、謎に挑むチームの面々。これは「火神を盗め」でも発揮しているんだが、とにかくキャラクターが濃い。
意外性でトップなのが、藤田東子。キャバクラ嬢だ。ノーメイクで朝五時からママチャリで出勤。この時点で相当なモンだが、客との会話が頭蓋骨の話ってのも無茶苦茶だ。それでも店から叩き出されないのは、実績があるから。ある意味、そこらの大企業より実力本位の世界なんだなあ。
などと破天荒なキャバ嬢の藤田東子、しかしてその正体は…。うーん、そうきたかw 浮世離れした世界のように見えて、特に最近は何かと世知辛い事情も漏れ聞くから、そういう人もいるだろうし、ソッチが好きな客も案外と多いのかも。
目的のためなら手段を選ばず、キャバ嬢だってやる藤田東子とは違い、手段に振り回されている感があるのが、神澤鋭二。凄腕のクラッカーながら、今は追われる身。彼がお尋ね者になったキッカケも、しょうもないながら、この手の人にはアリガチなパターンなのに苦笑い。
まあ、アレです。自分にソッチの才能があると気づいたら、どこまで出来るか試してみたくなるってのは、若い男にはよくある話で。彼を中心に描かれる情報セキュリティのネタは、なかなか背筋が寒くなるような話ばかり。スターバックスとかは、いい猟場なんだろうなあ。
神澤鋭二とコンビを組む大庭卓も、なかなか食えない奴で。凄腕の起業家で、今はセキィリティ関係の会社を営んでいる。元は自衛官で、退任してから興した会社では鋭二を雇い、その才能を存分に発揮させる。
この大庭と神澤の関係が、これまたかつての傑作「謀殺のチェスゲーム」の宗像と藤野を彷彿とさせて、オールド・ファンとしてはニヤニヤが止まらなかったり。互いが互いの性格を承知して、腕は信用しながらも腹は探り合うあたりが、ハードボイルドか空気を醸し出してる。
なんて我が強そうな連中に続いて登場するのが、任転動。若い神父もどき。藤田東子とは対照的に、引っ込み思案で状況に流されるタイプ。無神論者なのに神父の真似事をして、極貧ながらフィリピン・パブのホステス相手に教会の仕事をしている。
信心はないわりにホステスたちのウケはいいあたりは、彼の人徳というか人柄というか。チームの他の面子が強烈なだけに、彼は一服の清涼剤みたいな役割かな。
ってな個性的な連中が挑むのは、三億キロ彼方の密室<ノリス2>。これは光ですら片道で16分以上必要で、コマンドを送ろうにも、応答が帰ってくるまで30分以上かかる。そんな<ノリス2>を、誰がどんな手段で乗っ取ったのか。そして、<ノリス2>で発見された、あり得ない人骨の謎は…
アクの強い連中が、それぞれに追い詰められ、仕方なしに組んだチームが、無謀な計画に挑み、壮大な謎を解き明かす。冒険小説と本格SFの楽しさを併せ持つ、とっても贅沢な娯楽作品だった。
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