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2018年9月21日 (金)

小倉貞男「物語 ヴェトナムの歴史 一億人国家のダイナミズム」中公新書

ヴェトナムの歴史は、アジアの国際関係史である。この関係史はAとB、二つの軸を形成している。A軸は中国との対立と交渉の関係史だった。(略)B軸はヴェトナムと東南アジアモンスーン地帯の諸民族との関係史である。
  ――序章 ヴェトナムとインドシナ

1797年、アン・エンが死ぬと、むすこのアン・チャンが継いで、1806年、父と同じくバンコクで即位した。これよりカンボジア国王はタイで即位して、ヴェトナムには朝貢するというしきたりになった。
  ――第3章 南進の時代・国際社会との出会い 全土統一 ジャロン(嘉隆)の物語

フランスの武力制圧に抵抗した知識人たちのゲリラ闘争による勤王運動は、フランスの近代的な軍備によって圧倒されたが、この過程に二つの動きが生まれた。
一つはフランスの支配を打ち破るためにゲリラ闘争から組織闘争へ、地域的闘争から民族独立の旗を掲げた国民的闘争への発展を目指す動きである。(略)
第二は反仏抵抗運動の目標がグエン王朝へも向けられるようになった点である。
  ――第4章 フランス植民地時代 民族革命 ファン・ボイ・チャウ(潘佩珠)の物語

ホ・チ・ミン「わたしをレーニンや第三インターナショナルへの信頼に導いたのは、はじめは愛国心であって共産主義ではなかった」
  ――第4章 フランス植民地時代 独立 ホ・チ・ミン(胡志明)の物語

【どんな本?】

 20世紀の独立闘争では驚異的な粘り強さを見せてフランスに次ぎ超大国のアメリカまでも撤退に追い込み、ソ連と中国の両共産主義大国の間で巧みにバランスを取って独自性を保ち、21世紀に入ってからはドイモイ政策による経済成長が期待されるヴェトナム。

 その異様な粘り強さ・優れたバランス感覚そして経済成長の土台は、いかにして築かれたのか。東西に長く起伏に富み海に面した地形と、温かく水に恵まれた気候は、どんな文化や社会を育んだのか。中国・タイ・カンボジアなど近隣諸国とは、どんな関係を持ってきたのか。

 紀元前にまで遡るヴェトナムの歴史を、親しみやすい物語風味で綴る、一般向けの歴史解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 1997年7月25日発行。新書版で縦一段組み、本文約357頁に加え、あとがき2頁。9ポイント43字×17行×357頁=約260,967字、400字詰め原稿用紙で約653枚。文庫本なら少し厚めぐらいになる文字量。

 文章はこなれている方だろう。ただ、私は少々手こずった。最大の原因は、ヴェトナム人の名前だ。聞きなれない言葉な上に、似たような名前がたくさん出てくる。目次を見ても、グエンさんばっかりだし。

 内容は王や軍人などの有名な人物を中心として進むので、お話として親しみやすい。その反面、技術・産業・経済・文化などは軽く触れるにとどまっている。また、多民族国家ではあるものの、登場するのは最大多数を占めるキン族が中心であり、キン族視点で話が進む。

*たぶん、これはヴェトナム語に六つの音調(→Wikipedia)があるからだろう。ヴェトナム語だと音調で区別がつく言葉も、カタカナだと同じになって区別がつかなくなってしまう。

【構成は?】

 原則として時系列順に進むので、なるべく頭から読もう。

  • 序章 ヴェトナムとインドシナ
    • ヴェトナムの誕生
      「ヴィェトナム」/「大南」を名乗る/A・B軸の国際関係/友誼関と鎮南関
  • 第1章 中国支配の時代
    • 建国 フン・ヴォン(雄王)の物語
      雄王の祭り/ヴェトナム人はどこから来たか/インドシナ文化の発祥/ホアビン洞窟文化/ドンソン青銅器文化
    • 悲劇の抵抗 チュン(微)姉妹の物語
      南越王国・趙佗の反抗/中国の支配はじまる/漢の行政組織/漢字の導入/不正・残酷・貪欲/漢の同化政策/ハイ・バ・チュンの反乱/チュウ夫人の反乱/あいつぐ反乱/阿倍仲麻呂の鎮圧/ナムチャウ(南詔の征服)/龍神とカオ・ビエン(高駢)の物語
  • 第2章 独立そして国のかたち
    • 勇将 リ・トン・キエト(李常傑)の物語
      中国派vsヴェトナム派/ゴ・グエン(呉権)、バクダン(白藤)江決戦の奇略/ヴェトナムの独立・ゴ朝の樹立/かわうそディン・ボ・リン(丁部領)の物語/ディン・ボ・リンが主導権を握る/国号は「ダイコヴィェト」(大瞿越)/レ・ホアン(黎桓)、宋軍をバクダン江で破る/勇将リ・トン・キエト(李常傑)の戦い/「南の国の山河は南の帝王が支配するところ」/はじめての中央集権国家
    • 救国 チャン・クォック・トアン(陳国峻)の物語
      元軍の三度の侵攻・国難の時代/興道王チャン・クォック・トアンが全軍総指揮官/チャン・クォック・トアン、バクダン江で元軍を破る
    • ヴェトナムの国のかたち
      「リ・チャン(李陳)時代」/皇帝の出身は族長、漁民……/国王と農民/「民衆の力が国を救う」/堤防の建設を重視/仏教の普及発展/インド人僧と美しいむすめの物語/超能力の信仰/禅を学んだチャン・タイ・トン帝/儒教グループの攻撃
    • 国民詩人グエン・チャイ(阮廌)の物語
      天下大いに乱れる/ホ・クィ・リ(胡季犛)の改革/「わが子よ、国のために恥をそそぎ」……/明の併合と同化政策/レ・ロイとグエン・チャイの蜂起/レ・ロイの救国の戦い/降伏した明軍を丁重に送り返す/「明を撃破して国民に告げる書」/グエン・チャイの非業の死
    • 光輝 レ・タイン・トン(黎聖宗)の物語
      光順中興・もっとも輝かしい時代/チャンパ王国への遠征/全国の秀才集まれ/三年・六年ごとの人口調査/民事重視のホン・ドゥック(洪徳)律例/「公田制度」の整備/「竹垣の中には皇帝の威令もとどかない」/村を管理するのは「長老評議会」/「水田は皇帝に属し、寺は村に属する」/いろいろな顔をもった村落への発展
  • 第3章 南進の時代・国際社会との出会い
    • ダイナミックなインドシナ半島の国家形成
      「ブナム」の出現/「チャンパ」の台頭/交易国家チャンパ/チャムの宗教建築美術/チャム人とサヒン文化/「カンブジア」の建国/タイ族の南下
    • 南北挟み撃ちのヴェトナム
      チャンパとの攻防/カンボジア、ラオからの侵攻/「守りに弱い」国のかたち
    • 国民英雄 グエン・フエ(阮恵)の物語
      南北抗争時代/マック氏の権力奪取/マック氏の降伏/チン・グエン(鄭・阮)200年戦争/農村危機を招く/反乱あいつぐ/「広南グエン氏」の乱脈/タイソン(西山)の三兄弟/シャム軍を撃退/清軍の侵攻を破る/グエン・フエの功績
    • 全土統一 ジャロン(嘉隆)の物語
      広南グエン氏のカンボジア領土併合/アドラン司教とヴェルサイユ条約/グエン・フック・アインの反抗
    • 佳人悲しや キン・ヴァン・キェウの物語
      「きみいつ帰るかのときに、桃花咲くころと答えしに」/波乱万丈の女の悲しい一生/ヴェトナム詩の独特のスタイル/チョノム(字喃)は民族のこころ/グエン・ズゥ(阮攸)の生涯/権力の腐敗への憤り/アレクサンドル・ドゥロード
  • 第4章 フランス植民地時代
    • 悲憤 ファン・タイ・ジャン(潘清簡)の物語
      レ・ヴァン・ズエット副王の物語/第二代ミンマン帝の復讐/キリスト教を徹底的に弾圧/フランス軍艦がダナン砲撃/全国統一の実態/ファン・タイ・ジャンの登用/コーチシナの武力併合・東部三省と西部三省/悲劇のファン・タイ・ジャン/「条約に調印するか、王位を譲るか」 カンボジアを保護国に/悲惨な町や村の実情
    • 抵抗 ファン・ディン・フン(潘廷逢)の物語
      グエン・チ・フオン(阮知方)の憤死/トンキン、アンナム、コーチシナ/アンナム、トンキンが保護領に/反仏強硬派グエン・ヴァン・トゥオンとトン・タト・テュエット/中国世界からインドシナ連邦へ/いまも紛争が続く国境問題/絶望 ハムギ帝の抵抗/カイヴオン(勤王)の激/ファン・ディン・フン起つ/ファン・ディン・フンの最後/長期戦 ホアン・ホア・タム(黄花探)/北部のレジスタンス運動/南部 チュオン・コン・ディンの戦い/「祖国の解放を目指す熱望は消え去ることはなく……」/「刀で戦闘艦に立ち向かう」
    • 民族革命 ファン・ボイ・チャウ(潘佩珠)の物語
      独裁者総督ポウル・ドウメ/クォックグの採用/ドウメの悪税/ドウメの土地奪い/ファン・ボイ・チャウ(潘佩珠)は日本へ向かう/「東風一陣、爽快な一事件が起こる」/ファン・ボイ・チャウの東遊運動/ファン・ボイ・チャウの失意/ファン・ボイ・チャウ逮捕される/「ヴェトナム国に政府があるとでもいうのですか」/ファン・チャウ・チン(潘周楨)のフエ政府攻撃/「陛下、わたしはあなたとの闘争を宣言します」/国民党グエン・タイ・ホック(阮太学)の壮絶な死
    • 独立 ホ・チ・ミン(胡志明)の物語
      グエン・アイ・クォック(阮愛国)の大団結/フランスへの旅/「ヴェトナムに自由を……」/「コーディネーター」グエン・アイ・クォック/ゲティン・ソヴィエト/グエン・アイ・クォックに死刑宣告/第二次世界大戦の勃発/日本軍のインドシナ進駐/ヴェトミン(ヴェトナム独立同盟)の結成/「ホ・チ・ミン」とはじめて名乗る/ホ・チ・ミンが一斉蜂起を指令/日本軍が明号作戦・フランス軍を封じ込め/ヴェトミンが権力奪取/ヴェトナムの独立宣言/ホ・チ・ミンの遺言/ドイ・モイ(刷新)政策の発展/バック・ホとヴェトナムの「むら社会」
  • あとがき/主な参考文献/ヴェトナム年表/主な人物データ

【感想は?】

 キン族視点と書いた。それも、今のハノイ周辺の、紅河流域に栄えた王朝の視点が多い。

 ヴェトナム戦争では南北に分かれた国だが、歴史的には三つの地域に分かれるようだ。北部の紅河流域、ダナンやフエなどの中部、そして南のホチミンなどメコン川流域。

 北の紅河流域から始まるためか、やはり中国の影響が大きい。なんたって朝貢国だし。ヴェトナムって国名も、中国の許しを受けてのことだ。建国の王、フン・ヴォン(雄王)も、中国の炎帝新農氏に連なる。

 俗説じゃ雄王による文朗国の建国は「三千年前とか四千年前」と古い。これから18代の王が続いたことになっている。が、「計算だと、フン・ヴォン一代が平均して146年君臨しなければならないことになる」なんてあたりは、我が国と同じだね。

 とはいえ、三国志の時代になって歴史に登場する日本と異なり、ヴェトナムは漢の時代に中国の支配下に入ってしまう。文明化された以降の歴史の長さは、ヴェトナムの方が長いらしい。

 産業としては、その頃からヴェトナムは水田の二期作が出来たのは羨ましい。もっとも水田は治水が大切で、これは以降の支配者たちにとっても、水田の管理は国家権力の基礎体力となる重要な問題で、これを疎かにした王朝は次第に衰えてゆく。

 漢の支配下に入って以降、ヴェトナムでは独立を求める抵抗運動が延々と続く。アメリカが苦戦したのも当たり前で、ヴェトナム人は筋金入りのゲリラ戦士なのだ。日本の元寇で有名な元の侵攻に対しても…

元軍は大軍ながら、全土を支配するために勢力を分散させており、各地の保塁の防衛体制が強固ではない配置を見てとったチャン・クォック・トアンは、チャン軍をジャングルあるいは山岳地帯に退避させ、各地でゲリラ戦法をくりだして元軍に反撃を加えた。
  ――第2章 独立そして国のかたち 救国 チャン・クォック・トアン(陳国峻)の物語

 と、地の利を生かして敵の弱点をチクチクと突いてはサッと引き上げる、教科書通りのゲリラ戦で悩ましている。また、水軍に強いのもヴェトナムの特徴で…

皇帝や地方豪族たちはそれぞれの船を所有しており、国家を司る仕事、遊興、晩餐、将棋遊びなどは船で行われたという。チャン軍は水軍が強力で水上戦闘の巧者だったといわれている。
  ――第2章 独立そして国のかたち 救国 チャン・クォック・トアン(陳国峻)の物語

 時代は下って15世紀。有名な大航海を鄭和に命じた明の永楽帝、たいていの歴史の本では名君との評価だが、この本では侵略を企て圧政を敷いた悪役として登場する。こういう視点による評価の違いも歴史書の面白い所。

 アフリカにまで手を伸ばした永楽帝だけに、隣のヴェトナムに手を付けない筈もなく、七年もかけて制圧した上に、「徹底的な同化政策を強行した」。これに対して立ち上がった抵抗軍は…

レ・ロイが高く掲げたのは「救国の戦い」だった。グエン・チャイはこの目的をヴェトナムの民衆ばかりではなく、敵方の明軍が指揮するヴェトナム人組織の地方軍のなかにも浸透させた。この大掛かりな呼び掛け作戦は効果的で、ヴェトナム地方軍の寝返りやレ・ロイ軍への参加を促した。
  ――第2章 独立そして国のかたち  国民詩人グエン・チャイ(阮廌)の物語

 これ、まるきしアメリカ&南ヴェトナム軍相手に戦った北ヴェトナム軍&ヴェトコンの戦い方そのものだ。ケネディ政権がこの本を読んでいたら、少しはやり方を考えただろうに。

 そういう戦い方ができた秘訣も、この本に書いてある。「竹垣の中には皇帝の威令もとどかない」とあるように、ヴェトナム社会は村の自治権力が強く、村社会を敵に回したら権力を維持できないのだ。戦略村が、いかに愚かな戦略だったか、つくづくよくわかる。

 そんなヴェトナムにも、19世紀には黒船がやってくる。

ヴェトナムの歴史は、1858年8月31日、ダナン軍港に侵入してきたフランス軍艦の砲声一発によって暗転する。
  ――第4章 フランス植民地時代 悲憤 ファン・タイ・ジャン(潘清簡)の物語

 歴代の中国王朝には抗し得たヴェトナムが、なぜフランスには抗し得なかったのか。一つは圧倒的な兵器の差がある。このあたり、フランスの強引な砲艦外交は、国こそ違え同じく黒船に脅された日本人としては、実に腹立たしいと同時に、当時の殺伐とした国際情勢に背筋が寒くなる。

 と同時に、当時のヴェトナムのグエン朝上層部の蓄財に励む腐敗や、地方では匪賊が跳梁跋扈する支配力の弱体化も、徹底的な抗戦が成し得なかった原因だろう。

 というのも。本書に出てくるフランス軍の兵力は、八千程度だ。数万の兵を擁した元や明とは桁が違う。ヴェトナムの村社会まで支配するには、圧倒的に人数が足りない。

 そこで、正面先頭では勝ち目がなくても、孤立した補給部隊をジワジワとイチビるゲリラ戦を全国的に根気強く続ければ、長期的には地元の有利に傾いただろう。結局、グエン王朝に国民の支持がなかったため、国民も「あんな王のために戦うのは嫌だ」って気分だったんじゃなかろか。

 それでもしぶとく抗う人たちはいて、大日本帝国に留学し支援を求める人々も出てくる。こういう人たちとの付き合いも、大日本帝国の運命に影響を与えた…のかなあ?

 なにせ歴史は長く、国内えは多くの勢力があり、また近隣諸国とも複雑な関係を持った国だけに、新書ではやや駆け足の感はある。が、中国の支配に粘り強く抗った歴史と、村を中心とした社会構造を描く所では、アメリカの失敗の原因が皮膚感覚で伝わってくる。それぞれの時代で「その頃、日本では」と思浮かべると、更に感慨が深くなる、そんな本だ。

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