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2018年9月 4日 (火)

長谷敏司「BEATLESS」角川書店

人のこころは、行動に動かされる。こころは、人間でないものによっても揺らされる。
  ――p6

「わたしは道具で、責任をとることができません。だから、責任を、とってください」
  ――p27

「それが、わたしとオーナーの契約です。わたしがオーナーの意志の実現を自動化し、オーナーがその責任をとる」
  ――p95

「本当に重要なものなんて、もう人間の世界にどのくらい残っているのかしら」
  ――p189

「僕は、本当に自分の意志で何かをしているのか」
  ――p199

「私のこと、覚えてくれてたらそれでいい」
  ――p333

「大きな変化を社会に押し付けるより、オーナー自身に変わっていただく方が、安全です」
  ――p361

「人間が、人間の世界だと思っているものは、無邪気な信頼で支えられているのですよ」
  ――p481

【どんな本?】

 気鋭のSF作家・長谷敏司が、派手なアクションとケレン味を利かせたガジェットをふんだんに盛り込み、ヒトとモノの関係を正面から問いただす、正統派の本格SF小説。

 2105年。hIE=humanoid Interface Element と呼ばれるヒト型ロボットが普及し、労働力として街中に溶け込んでいる。普通の hIE は、いわば操り人形だ。常に無線で行動管理クラウドと通信し、そこから TPO に応じた振る舞いの指示を受けて動く。

 ミームフレーム社は、hIE の行動管理クラウドの大手だ。そのミームフレーム社から、五体の hIE が逃げ出した。いずれも量子コンピュータを持つ。そのため、クラウドに頼らず、スタンドアロンで動ける。“彼女”らは、軍用の無人兵器22体を擁する警備部隊に包囲を突破し、市中に紛れこんだ。

 Type-001 紅霞。Type-002 スノウドロップ。Type-003 サトゥルヌス。Type-004 不明。Type-005 レイシア。いずれの能力も、その目的も分からない。

 高校二年生の遠藤アラトは、買い物の帰りに、暴走する自動車と hIE に襲われた。レイシアを名乗る美しい hIE に救われたアラトは、その代償として“彼女”のオーナーとなる。驚異的な能力を誇るレイシアを得たアラトは、やがて人類の未来を左右する争いに巻き込まれ…

 SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2013年版」のベストSF2012国内篇の第3位に輝いた。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 初出は雑誌「月刊ニュータイプ」2011年7月号~2012年8月号。単行本は2012年10月10日初版発行。今は角川文庫から文庫版が上下巻で出ている。単行本ハードカバー縦二段組みで本文約645頁。8.5ポイント25字×22行×2段×645頁=約709,550字、400字詰め原稿用紙で約1,774字。文庫なら上中下の三巻でもいい大容量。

 文章はやや硬い。たぶん、これはワザとだろう。というのも、特にテーマの芯に触れる部分で、私は読むスピードが遅くなったからだ。どうも著者に「ここ大事だからじっくり考えながら読んでね」と言われているような気がする。

 内容的にも、かなりSF度が濃い。AI やクラウド・コンピューティングをはじめとするSFガジェットが、たっぷり詰めこんである。加えて、ちょっとした細かい部分も、科学・工学的な設定を充分に考えているのが感じられて、拘るタイプには嬉しい配慮が行き届いている。

【感想は?】

 「アナログハック」。この言葉の発明だけでも、SFの新しい地平を切り開いたと言える。

 が、とりあえず、ソレは置いて。冒頭、レイシアたちが逃げ出す場面だけでも、設定の凝りようがヒシヒシと伝わってくる。

 まず、hIE が無線で動く半自動の操り人形って発想が、新しい上に現実的だ。今だと、自動運転車がいい例だろう。

 個々の自動運転車は、路面や信号など周囲の状況に応じてスピードや進路を調整しつつ、GPS や Google Map に応じて道を選ぶ。スタンドアロンで得る情報と、ネットワークから得る情報、双方を考え併せることで、自動運転のシステムとして完成する。

 恐らく近い将来に、交通事故の統計や渋滞情報もネットワーク経由で取り入れ、または他の車と交信して、より安全で早く経済的に目的地へとたどり着く、そんなクルマへと進化し、またクルマ社会のあり方も変えてゆくはずだ。

 だけでなく、マニアを唸らせる考察が嬉しい。

 軍用だと、陸軍と空軍は積極的にドローンを戦場に投入している。というか、ドローンが浸透しているのは、陸と空だ。水中は、あまり聞かない。

 これは単純な理由で、水中だと電波が届かないからだ。海軍も熱心に開発しちゃいるが、リモコンで操るのは難しい。従来のロボット物は意外なくらい無視してきた点だ。それを、この作品では、レイシアたちを警備が追う場面で、ちゃんと踏まえて描いてる。細かい所だけど、こういう配慮がとっても嬉しい。

ちなみに海でロボットが活躍する「深海大戦」シリーズだと、同じ問題を全く違う方法で扱ってて、これも唸らされたなあ。更にイカれているのが「プシスファイラ」で…って脱線するとキリがないのでこの辺で。

 など、細かい所まで充分に考えてますよ、とマニアを唸らせた上で、いよいよ登場しますメインディッシュのアナログハック。

 これも軍用ドローンの話で恐縮だが、プレデターなどの攻撃用ドローン(→Wikipedia)は、ワザと不気味なデザインにしているって噂がある。敵をビビらせるためだ。逆にフェラーリなどイタリアのスーパーカーは、未来的でカッコいい。だから、値段が高くても欲しくなる。

 形は、ヒトの気持ちを動かす。アップル社は、形でヒトの気持ちを操るのが巧い。形だけじゃない。しぐさや声も大事だ。歌手や役者は、声や表情で客の心を動かす。動かすと言えば聞こえはいいが、手品師や詐欺師は「騙す」ためにテクニックを磨く。

 それでも芸人なら大した問題じゃないが、政治家となると話は別だ。映像が残っている政治家で、優れた手腕を発揮したのは、アドルフ・ヒトラーとジョン・F・ケネディだろう。

 なんて例を出すと、なんか悪いことみたいだが、似たような事はみんなやっている。私だって真面目な席に顔を出す時は、ネクタイを締めて紳士のフリをする。逆に遊びに行くなら、ジーンズで行く。コンサートに行くなら、それなりに気合いを入れる。その場に応じて、「見られたい自分」を演出するわけだ。

 いずれにせよ、今までは、形やしぐさを演出するのは、ヒトがヒトの目的のためにやってきた。怖い、欲しい、支持したい、楽しみたい。そんな風に、ヒトはヒトの気持ちを操ろうとしてきたし、実際に操れた。

 確かにヒトラーは悲劇を生み出した。が、それでも、所詮はヒトが選んだ結果だ。騙されたにせよ、騙したのもヒトだ。だが、ヒトより遥かに高度な能力を持つモノが、ヒトを操りはじめたら…

 冒頭のレイシアは、単に愛らしい姿でアラトを翻弄しているだけに見える。だが、物語が進むに従い、“彼女”の底知れない能力が、次第に明らかになってゆく。読み終えて身の回りを見回した時、レイシアの不在を幸福と感じるか、物足りないと思うか。

 ヒトがヒトである限り、アナログハックのセキュリティ・ホールは存在し続ける。そして、テクノロジーの進歩は止まらない。ケレン味たっぷりの娯楽作品の衣をまといつつ、マシンとヒトの関係を根底から問いかける、実はズッシリと重い本格SF小説だ。

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