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2018年9月10日 (月)

デニス・E・テイラー「われらはレギオン 1 AI宇宙探査機集合体」ハヤカワ文庫SF 金子浩訳

「きみは、みずからをロバート・ジョンスンだと思っているコンピュータ・プログラムなんだ。複製人(レプリカント)なんだよ」
  ――p30

うわあ、これって全おたくが夢にまで見る仕事じゃないか。ぼくは宇宙へ行けるんだ!
  ――p59

ぼくは自分のシリアルナンバーを問い合わせた。
  ――p151

宇宙を遊び場にするのは楽しいが、正直いって寂しかった。
  ――p231

【どんな本?】

 カナダ生まれの新人SF作家、デニス・E・テイラーのデビュー作にして、三部作の開幕編。

 プログラマのロバート・ジョハンスン(ボブ)は、自動車に轢かれて死ぬ。次に目覚めたのは2133年。ロバートは、コンピュータ内のプログラムになっていた。合衆国はキリスト教原理主義者 FAITH が支配し、世界は幾つかの国が睨み合って実力行使寸前に陥っている。

 FAITH の目的は、ボブを他の恒星系に送り出し、植民地を見つけさせること。自分のコピーを作って増殖しながら、幾つもの恒星系を巡り、人が移り住める惑星を探す。

 ボブは抹香臭い FAITH が大嫌いだ。でも孤独には強く、濃いSFヲタクなだけに、この使命には大乗り気。かくして狂信者とヲタクはギクシャクしながらも手を組み、広大な宇宙へと乗り出そうとするが…

 (ある種の人には)親しみやすくユーモラスな語り口で、SFガジェットとヲタクなネタをギッシリ詰めこんだ、明るく楽しいスペースオペラ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は We Are Legion (We Are Bob), by Dennis E. Taylor, 2016。日本語版は2018年4月15日発行。文庫本で縦一段組み、本文約435頁に加え訳者あとがき4頁。9ポイント41字×18行×435頁=約321,030字、400字詰め原稿用紙で約803枚。文庫本では厚い部類。

 文章はくだけていて読みやすい。内容はSF度もヲタク度もやたら濃い。リアル・ハッタリ双方を交えたガジェットは次々と出てくるし、スターウォーズやスタートレックなどの引用やパロディも満載。つまりは、そういうのが好きな人向け。

【感想は?】

 おそ松さん、宇宙を行く。

 なんたって、主人公のボブがいい。自分がプログラムになっちまったなんて、あんまりな状況を、アッサリと呑み込んで受け入れちゃったり。

 そもそも普通の人は、「自分はプログラムである」なんて状況、理解すらできないでしょ。人は人、機械は機械、プログラムはプログラム。一般人にとって、それぞれ全く違うものだ。これをあっさりと納得し、しかも他ならぬ自分がそうだってのを、スンナリ受け入れてしまう。

 SFヲタクだから概念には慣れているし、エンジニアだから思考も現実的で、まず問題解決を考える。そんな主人公の性格のお陰で、お話はスラスラと進んでゆく。こういう、ストーリーを停滞させがちな心理描写にあまり文章を割かない所は、「火星の人」と似ている。

 おまけに楽天的…というより能天気。たった一人で宇宙に放り出されるってのに、「宇宙旅行ができるなんてラッキーじゃん」などと喜んでる始末。ボブの面倒を見るランダーズ博士も、面食らっただろうなあ。博士の柔軟性も相当なもんだ。

 とかの人物を中心に据えたためか、展開はスピーディーで心地よい。

 心理描写を省いた分、ギッシリと詰めこんであるのが、SFガジェットとヲタクなネタ。

 生きてた?頃から、SF大会の常連なんてヲタクだ。そのため、会話の度にSF映画やコミックのネタが続々と飛び出す。定番の指輪物語やスターウォーズやスタートレックに始まり、宇宙空母ギャラクティカやらフラッシュ・ゴードンやら。私が偏愛するショート・サーキットが出てきたのも嬉しかったなあ。

 こういう細かいネタにシッカリとついて行く翻訳者もたいしたもの。

 そして、ストーリーを力強く後押しするのが、惜しげもなく散りばめられたSFガジェット。なにせ恒星間航行の話だ。距離も光年で表す、とんでもない彼方。さすがにバサード・ラムジェットとはいかず、推進方法はハッタリをカマしてる。

 が、そこから先は、シッカリと考えてる。例えば通信だ。情報を伝える方法として、最も速いのは光だが、所詮は光速でしか伝わらない。太陽系内ぐらいなら、遅延はせいぜい数分から数時間で済む。が、恒星間となると、数年単位の遅れとなる。

 この遅れを活かしたお話作りは、ちょっとラリイ・ニーヴンの「地球からの贈り物」を思い出したなあ。

 やはり仕掛けとして効いてるのが、ボブの自己増殖能力。

 自分のコピーを造れるのだ。しかも、オリジナルの記憶を完全に引き継ぎいで。ただし、なぜか微妙に性格が違う。だもんで、気が合う奴もいれば、ソリが合わない奴もいる。テンポがよくコミカルな語り口と相まって、おそ松さんなのは、こういう部分。

 だったらやり放題になりそうなモンだが、そうはいかないのがこの世の常。わかりやすい敵は序盤から出てくるが、それ以上に制約条件が厳しい。

 なんたって、主な舞台は宇宙空間だ。そこには何もない。コピーを造ろうにも、原材料がない。だから、まず原材料となる金属などの重元素を見つけなきゃいけない。ちなみに宇宙で最も多いのは水素で、原子番号が大きい元素ほど少ない。しかも分布にバラつきがあって…

 とかの原材料の制限に加え、自己増殖能力にも制限がある。

 なんであれ、モノを造るには時間がかかる。大きく複雑なモノほど、多くの時間を喰う。最も役に立つのはボブの複製なんだが、役に立つだけに原材料も時間も沢山必要だ。

 お話が進むにつれ、ボブと愉快な仲間たちは、様々な問題に出くわす。たいていは時間制限つきで、急いで問題を解決しなきゃいけない。では、限られた原材料と道具と時間で、もっとも効果的な対策を講じるには、どうすればいいか?

 ここで効いてくるのが、敵の性質と、その拠点、そして恒星間の距離。実に悩ましく、だからこそお話としての仕掛けが面白い。

 などに加え、ボブたちが出会う問題が、今までのSF総決算みたいな感じで、齢経たSF者は「このネタはもしかして…」みたいな感慨に浸るだろう。エリヌダス座デルタ星系の話とかは、ロジャー・ゼラズニイの傑作を…

 親しみやすくユーモラスな語り口で、テンポよくお話が転がってゆく、心地よい娯楽SF。口当たりがよいわりに濃いあたりは、スクリュードライバーみたいな読み心地。老いも若きも楽しめる、新世代のスペースオペラだ。

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