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2018年8月19日 (日)

S・K・ダンストール「スターシップ・イレヴン 上・下」創元SF文庫 三角和代訳

ライン9と10の役割はわかっているが、7と8がなにかはっきり知る者はいない。
  ――上巻p95

「秘密兵器を持っていたらな、イアン、みだりに見せびらかさないことが最善なんだよ」
  ――下巻p85

【どんな本?】

 オーストラリア出身の姉妹、シェリル&カレン・ダンストールによるデビュー作。

 500年前、人類は「ライン」を発見した。これにより人類は銀河系へと進出する。ラインを用いると、ボイド空間を介してジャンプできるのだ。ラインは1から10まであり、それぞれ役割が違う。1がクルーの健康維持、2が喚起・暖房など、9がボイド空間の出入り、10がボイド空間内のジャンプを担う。

 ただし、ラインの実態は完全には分かっていない。例えばライン7と8の枠割は不明だ。

 ラインの保守と調整は、専門の資格を持つ「ラインズマン」の仕事だ。ライズマンにはレベルがあり、資格を得るには才能と修業がいる。上位レベルのラインズマンは下位レベルのラインも扱えるが、逆はできない。最上位であるレベル10のラインズマンは貴重で、銀河全体でも50人ほどしかいない。

 半年前、「合流点」が発見された。ラインと深い関係があるらしい。レベル9と10のラインズマンは根こそぎ合流点の調査に駆り出された。

 例外はイアン・ランバートのみ。イアンは歌ってラインを操る。こんな方法を使うのはイアンだけで、ラインズマン・ギルドの中では異端扱いだ。雇い主のリゲルは弱小カルテルだが、ラインズマン不足の機を見てイアンをコキ使い荒稼ぎしている。

 銀河は三つの勢力が争っている。かつての大勢力の同盟、ジャンプを管理するゲート連合、そしてラインの多くを供給するレドモンド。今はレドモンドが連合と手を組み、同盟と睨み合っている。戦争が近く、同盟の旗色が悪いとの噂だ。

 そんな折、イアンをリゲルから買い取る者が現れた。同盟の核を成すランシア帝国の皇女、ミシェル・リャンだ。彼女に連行されたイアンは、同盟の抱える極秘の存在に触れ…

 腕はいいがヘタレなエンジニアを主人公とした、謎と陰謀とアクションたっぷりの娯楽スペースオペラ三部作の開幕編。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は LINESMAN, by S. K. Dunstall, 2015。日本語版は2018年2月23日初版。文庫本で上下巻、縦一段組みで本文約294頁+281頁=575頁に加え、訳者あとがき5頁+用語集6頁。8ポイント42字×18行×(294頁+281頁)=434,700字、400字詰め原稿用紙で約1,087字。普通の上下巻の分量。

 文章はこなれている。内容は娯楽路線のスペース・オペラ。ラインをはじめとしてケッタイな言葉や概念がたくさん出てくるが、ぶっちゃけ物語世界を成立させるための仕掛けなので、真面目に考え込まないように。「そういうものだ」と受け入れて、素直に楽しもう。

【感想は?】

 ヘタレなエンジニアの巻き込まれ型スペースオペラ。

 主人公のイアン君、才能こそあるものの、どうしようもなく奴隷根性が染みついてる。きっと学級カーストじゃ最下層だったろうなあ、とか思ったら、それどころじゃない悲惨な生い立ち。

 ところがカバーの登場人物一覧を見入ると、イアン君以外はズラリと御大層な方々が並んでる。帝国の皇女だの軍の大将だの政界の黒幕だの。となればややこしくて熾烈な権力闘争があるわけで、ヘタレなイアン君は色々とシゴかれ翻弄されるばかり。

 ってな構図は、微妙にエンジニアの自尊心をくすぐってくれる。あなたが上司のご機嫌取りや組織内の派閥争いから距離を取り、己の腕を磨くのに腐心するタイプなら、他人とは思えず、つい応援したくなっちゃうだろう。

 ただイアン君は、そういう場でも孤立しちゃうから切ない。他のラインズマンはラインを「押す」のに対し、せイアン君は歌いかけるのである。もはや異端を越え狂人扱いだ。そりゃ卑屈にもなるよなあ。

 イアンをはじめとするラインズマンとエンジニアの共通点はもう一つあって、それはラインへの愛情と言うかこだわりと言うか。

ラインズマンがしゃべると、話題はいずれラインに変わるものだ。
  ――上巻p16

 プログラマ同士は葬式でもコードの話をするらしいが、そんな感じなんだろう。こういう仕事への熱意や愛着も、職人肌のエンジニアには嬉しいところ。原題の LINESMAN でグレン・キャンベルのウィチタ・ラインマン(→Youtube)を連想するんだけど、あれと似た仕事への誇りみたいのが伝わってくる。

 そんな風にラインを大切に思ってるのが、ラインズマンだけじゃないのも、巧妙な仕掛け。

「おれのラインに手を出すな」
  ――上巻p41

 と、イアン君をけん制するのは、ヘルモ艦長。イアン君が乗り込むランシア・プリンセス号の艦長さんだ。ヘルモばかりではなく、後に出てくるウェンデル艦長やグリューエン艦長も、ヘルモに負けず劣らず艦への強い愛着を見せる。

 彼らはラインズマンを恋敵のように思っていて、一種の三角関係なのが微笑ましい。ちなみに先のウェンデル艦長とグリューエン艦長、政治的には敵方なんだけど、こういうつながりがあるため、どうにも憎み切れなかったり。

 そんなイアン君を引きずり回すミシェル・リャン皇女は、同盟の中枢ランシア帝国の皇位継承者。なかなか強烈なご仁で、いきなりイアン君を殺しかけたり。お話が続くに従い、ただのワガマな癇癪持ちではなく、かなりのキレ者なのが見えてくるが、この登場場面はなかなか強烈。

 と、両者の関係は、涼宮ハルヒとキョンみたいな感じと思っていい。そう、ハルヒみたいな皇女を中心とした暴風雨に、覇気のないキョンが巻き込まれる話だ。

 表向き、暴風雨は同盟vs連合&レドモンドの形になっている。が、先のラインズマンと艦長の関係のように、一筋縄じゃいかないのがヒネリの効いてる所。連合はゲートを管理し、レドモンドはラインを供給する。ジャンプとラインが銀河世界の力の源だ。

 ところが、ラインに関わる勢力は他にもあるのが、この物語の厚みというか。これがイアンの同業者レベカーやロッシを通じ次第に見えてくる仕掛けで、なかなか重層的に世界を構築してるのが伺える。

 なんにせよ、ラインが重要な要素なわけなんだが、冒頭の引用にあるように、その正体はよくわかっていない。ラインズマンたちは物として扱っているけど、艦長さんたちは強い愛着を持っている。こういう愛着は、自分の持ち物に名前を付ける癖がある人なら、わかるんじゃないかな。

 これがイアン君になると、まるで意志を持つ存在であるかのようにラインを扱っている。物語の多くがイアン君の視点で語られるため、読者も次第にラインが可愛く思えてきたり。ボロボロになっても職務を果たそうとするあたりは、とってもけなげだし。

 とかに加え、「通常の三倍」なんて出てきて、これは訳者の遊びかと思ったら、「ザビ」や「ギャン」なんて名前も出てくるから、そういう事なのかも。詳しい人が探せば、もっといろいろあるんじゃないかな。

 悲惨な境遇からチャンスを掴む歌い手ってあたりは、ジャーニーのシンガーとなったアーネル・ピネダ(→Wikipedia)だよねえ。実際、Don't Stop Believin'(→Youtube)なお話だのだ。

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