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2018年8月 1日 (水)

ロバート・シルヴァーバーグ「時間線をのぼろう」創元SF文庫 伊藤典夫訳

「ファックするんだ! 最高だぞ! 天国だぞ! 時間と空間に挑戦するんだ! 神の目玉に指をつっこんでやれ!」
  ――p148

「時間旅行の開発によって、新しい事実がつぎつぎと発見された結果、歴史に残る感動的な逸話のなかから修正の必要があるものがたくさん出てきました」
  ――p178

そんなところに行くのは、よほどの狂人、怪人、変質者、倒錯者だけ。ということは、この旅が大繁盛していることを意味する。
  ――p232

「今夜は、いつに泊まる?」
  ――p252

【どんな本?】

 SFはもちろんポルノからノンフィクションまで幅広く、しかも一時は一カ月に長編三冊という凄まじい執筆ペースを誇ったロバート・シルヴァーバーグが、今度は質を重視した芸風に切り替え、ニュー・シルヴァーバーグと呼ばれたころに発表した、ユーモラスでエロチックな悪ふざけ満載の長編SF小説。

 時間旅行が発明されてしばらくたった未来。ジャド・エリオットは24歳。素寒貧で南部のニューオーリンズに来た。町で知り合ったサムの勧めで、団体旅行の添乗員になる。

 といっても、扱うのは普通の旅行じゃない。時間局の旅行部観光課に勤める時間観光ガイドだ。団体客を時間旅行に連れ出し、歴史上の有名なイベントを見学させ、現地の雰囲気を味合わせる。人気のイベントは、キリストの磔・マグナカルタの調印・リンカーンの暗殺など。

 それと同時に、客がトラブルを起こさぬよう、厳しく監視するのもガイドの務めだ。特に時間旅行ともなれば、普通の旅行とは違ったトラブルが起こる。下手にバレたら時間局に大目玉を食らう。

 最初は緊張気味だったジャドだが、経験豊かな先輩たちに導かれ、自信がついたのはいいいが…

 1975年星雲賞海外長編部門に輝いた。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Up the Line, by Robert Silverberg, 1969。日本語版は1974年7月に「時間線を遡って」として中村保男訳で創元SF文庫より刊行。私が読んだのは2017年6月16日初版の新訳版。文庫本で縦一段組み、本文約350頁に加え、高橋良平の解説「豊穣の日々のなかで ニュー・シルヴァーバーグの時代」が豪華16頁。8ポイント41字×18行×350頁=約258,300字、400字詰め原稿用紙で約646枚。文庫本としては少し厚め。

 文章はこなれている。内容は、というと。時間旅行に伴うややこしい理屈は出てくるが、落ち着いて読めば、だいたいわかる。映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」シリーズが楽しめる人なら、充分についていける。もちろん、理科が苦手でも全く問題ない。

 ただ、主な舞台がビザンティン(東ローマ帝国)、それもコンスタンティノープル(現イスタンブール)周辺なので、そのあたりの歴史に詳しいと、更に楽しみが増す。

【感想は?】

 セックス・ドラッグ・タイムトラベル。

 ビザンティンの歴史をベースに、ドタバタ風味の中に激動の60年代の香りを乗せ、明るく楽しく悪ノリを含めてエロチックに仕上げた、ユーモアSF。

 語り手のジャドは置いて、次に出てくるサムが実にファンキーというかヒップというか。登場してすぐ、ジャドとの会話が、頭の回転が速くてノリがよく、フレンドリーながらも相応の教養を備えているのが伝わってくる。

 この記事は書評だから、直接に「頭の回転が速い」なんて書けるけど、これを数行の会話で表すのは難しい。もちろん、サムが「俺は頭の回転が速い」なんて自己紹介するわけでもない。ジャドと初対面での会話だけで、そういうサムのキャラクターをバッチリ伝えるあたりは、シルヴァーバーグの腕に感服するのみ。

 と同時に、この物語が書かれた「激動の60年代」な空気が伺えるのも、今ならではの楽しみの一つ。フラワー・チルドレンがマリファナを回し飲みしながらフリーセックスを楽しみ、南部では公民権運動が吹き荒れた時代。

 そういう時代の人が想像した未来は、どんな世界なのか。今でも相当にアブないジョークを軽々と交わすサムとジャドの会話から、ハチャメチャながらも夢と希望に溢れた60年代末期の香りが漂ってくる。

 そんな明るく開放的な雰囲気の中で、ジャド君は元気にヤりまくる。これも性の解放が叫ばれた60年代的というか、それまでのSFが禁欲的なまでに性の話題を避けていた反動なのか。とにかくお色気…というよりモロなベッド・シーンが次々と。もっとも、今の基準から見るとかなりソフトな描写だけど。

 もちろん、それだけで星雲賞に選ばれるワケはなく。

 SFとしての主なテーマは、タイム・トラベルだ。しかも、その扱いが「シャント」一発と、やたら軽い。なんたって、営利目的の観光旅行に使ってるぐらいだし。

 そんなワケで、観光ガイドとして団体旅行を率いるジャド君は、作品中で数えきれないほど「シャント」する。はいいが、時間旅行となれば、様々なパラドックスが考えられる。自分を産む前の親を殺したら? 英雄の偉業を邪魔したら? 逆に死すべき者を助けたら?

 それでも旅する者が真面目な学者だったり、お堅いタイム・パトロールなら、慎重に行動するだろう。でも、ジャド君が率いるのは、いかにもお気楽でマイペースで能天気な団体旅行客たち。お陰でジャド君は気の休まる暇が…

 と思ったら、こっちはこっちで存分に人生を楽しんでるからしょうもないw 特に腕利きのベテラン添乗員、テミストクリス・メタクサスときたらw 添乗員ならではの役得を、存分に味わってるから羨ましい。

 などの軽いフレイバーながら、そのベースになっているのがビザンティン(東ローマ帝国)の歴史エピソードなのが、実に憎い。中でもクライマックスは、メフメト二世による包囲・陥落だろう。この事件そのものもいいが、これを見物しようとする観光客の態度も、いかにも野次馬なのが酷いw

 歴史マニア向けの蘊蓄を隠し味として、SFファンを喜ばせる幾つものパラドックスを仕込み、お気楽極楽人生エンジョイな風味に仕上げた、腕利きの職人ならではのユーモア作品だ。

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