グレン・ハバード、ティム・ケイン「なぜ大国は衰退するのか 古代ローマから現代まで」日本経済新聞出版社 久保恵美子訳
本書で検討するのは帝国のあり方ではなく、人類史上の大国の経済に関するデータや具体的な事実であり、このテーマを「偉大なる指導者、軍隊、文化の物語」として捉えてきた歴史家の業績をふまえて論じていく。
――第1章 序論大国の衰退は必ずと言っていいほど、「自国の停滞が内的な要因の結果であることを否定する、中央集権化が進む、将来を犠牲にして現在浪費する」という決まったパターンに従って起きているのだ。
――第1章 序論他国より強い国とは、他国より多くの武器や兵士を生み出せる国であって、傭兵を雇う金をより多く持っている国ではない。
――第2章 大国の経済学歴史を見ると、大国が主導権を失うのは技術的なフロンティアを押し上げられなくなったときであることがわかる。
――第2章 大国の経済学ごく一部の利害関係者に高い利益をもたらす政策は、そのコストが薄く広く負担される場合に支持を得やすくなる。
――第4章 ローマ帝国の没落中国では、儒教と首都の宮城が歴代の支配者を呑み込んで彼らを変えたのであり、その逆は起きなかったのである。
――第5章 中国の宝行政機関の長が国家として資金を借り入れる無制限の権限をもっていると、財政は現実には必ず混乱するのだ。
――第6章 スペインの落日スペインはほかにも多くの形でインセンティブを歪める罪を犯した。もっとも明確に歪んでいたのは“才能”の市場である。
――第6章 スペインの落日大企業、大銀行、巨大な官僚機構の三者のレントシーキングによって、政治制度の構造改革が妨げられている。
――第8章 日本の夜明け歴史から学べる第一の教訓は、「政府を形成する人々とは、人間らしさを超越した汚れなき精神の指導者たちではない」ということだ。
――第12章 米国に必要な長期的視野宗教的な命令はたいてい経済的なレントシーキングの口実である。
――第13章 米国を改革する
【どんな本?】
古代ローマ,中国の明,日の沈まぬ帝国スペイン,オスマン・トルコ。歴史上で覇権を握った帝国は、なぜ衰え滅びたのか。現在の日本,大英帝国,EU,カリフォルニア州はなぜ伸び悩んでいるのか。急成長する中国は、今後アメリカにとってどれほどの脅威になるのか。そして、アメリカがトップを走り続けるためには、何をなすべきなのか。
ポール・ケネディの「大国の興亡」やダロン・アセモグル&ジェイムズ・A・ロビンソンの「国家はなぜ衰退するのか」を受け、近年に発達した経済学の手法やそれにより得られたデータを元に、経済学・政治学の視点で国家の興亡をひも解き、危機を避け成長を保つ制度と政策の案を示す、一般向けの解説書。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は BALANCE : The Economics of Great Powers from Ancient Rome to Modern America, by Glenn Hubbard and Tim Kane, 2013。日本語版は2014年10月24日1版1刷。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約411頁。9.5ポイント44字×20行×411頁=約361,680字、400字詰め原稿用紙で約905枚。文庫本なら上下巻でもいい分量。
文章は比較的にこなれている。内容も特に難しくない。経済の本なので、GNP・GDP・購買力平価などの専門用語は出てくるが、たいてい本文中に説明があるので、素人でもだいたい分かるだろう。ただ、私は世界史に疎いので、ローマ帝国を扱う第4章はちと辛かった。
【構成は?】
大雑把に分けると、三部構成になっている。
- 第一部 概論:第1章~第3章
- 第二部 事例の紹介
前編 歴史上の帝国 第4章~第7章
後編 現代の国家 第8章~第11章 - 第三部 アメリカ合衆国への提案 第12章~付録
つまみ食いしてもいいが、「レントシーキング」などの専門用語でつまづくかもしれない。その時は索引を見よう。
- 第1章 序論
- 米国の存亡に関わる脅威とは財政問題である
- エンタイトルメント国家
- 民主制のパラドックス
- 本書の概観
- 第2章 大国の経済学
- 国富とは何か
- 顕微鏡と望遠鏡
- 恐怖を生かし続けよ
- 混乱と合意(成長に必要な導火線)
- ポール・ケネディの相対主義
- 「しかし中国は違う」!
- 経済成長率に関する問題
- 経済力をどう測定するか
- 経済力で世界を見る
- 衰退主義の行動経済学的説明
- 第3章 経済的行動と制度
- 人々は実際にはどう行動するか
- 国家のビジョンと分裂
- 掌中の鳥
- 長身者の問題
- 経済的・政治的制度
- 大国が不均衡に陥る標準的パターン
- 第4章 ローマ帝国の没落
- ローマ帝国の経済の概説
- カエサルのまいた種
- 衰亡の証拠
- ローマ帝国の不均衡
- 「終わり」の始まり トラヤヌス帝の即位
- 「終わり」の途中 セウェルス朝期の通貨改悪
- 「終わり」の終わり ディオクレティアヌス帝の指令経済
- 集合行為の問題
- 第5章 中国の宝
- 孔子
- 「変化」だけは変わらなかった
- 革新と成長
- 宝船の真実
- 大いなる分岐
- 拡大しすぎたのか、内向的になったのか、あるいは他の理由か
- 第6章 スペインの落日
- 16世紀のスペインの(地理的)成長
- 超大国まであと一歩だったスペイン
- 銀に支えられた帝国
- 財産権の功罪
- 政治的なクラウディングアウト
- 第7章 奴隷による支配 オスマン帝国のパラドックス
- 寛容と多様性
- イェニチェリ
- タックス・ファーミング
- あまりに小規模で手遅れだったのか
- 第8章 日本の夜明け
- 布石 ジョン万次郎と名人
- 手筋 “アジアの奇跡”のおもな特徴
- 新たな布石 日本は再起できるか
- 第9章 大英帝国の消滅
- 英国はどのように発展したのか
- 無益な予言
- 英連邦構想の再生
- 第10章 ヨーロッパ 統一と多様性
- 二つの国の国家統制主義
- 理論モデルとヨーロッパのスーパーモデル
- ユーロ圏に対する賛否両論と金利
- ユーロ圏の危機は通貨ユーロの危機なのか
- 制度という手段
- 「クリスマスの精霊」の訪れを待つ
- 第11章 カリフォルニア・ドリーム
- 自由の帝国、州の連合
- 政府に対する束縛(地方債や年金)
- 緊張の緩和
- カリフォルニア州の暗部(税金、財政赤字、鉄道事業)
- 新たな“近衛隊”の出現
- 任期制限と時間選好
- 選挙区改定による分極化
- 破産のインセンティブ
- 第12章 米国に必要な長期的視野
- 中心は崩れない
- 分極化の第一の検討
- 政府債務の歴史と将来
- 「エンタイトルメント」の第一歩
- 政治的な「囚人のジレンマ」の打破
- 分極化の第二の検討
- 第13章 米国を改革する
- 大国の歴史の教訓
- 経済のバランス
- 経済面での最善の未来
- 民主制を守る
- 改革のオデュッセイア
- 憲法修正第二十八条?
- 米国の再生
- 付録 超党派的な財政均衡憲法修正条項の文案
- 原注/参考文献/索引
【感想は?】
要は経済政策を提言する本だ。
ある種の人にとって、この手の本の是非は、結論がすべてだ。結論が気に入れば「いい本」だし、気に入らなければ「ダメな本」となる。どんな事例を挙げようが、データがどうなっていようが、どう論を展開しようが、関係ない。結論が気に入るかどうかが大事なのだ。
この本の結論は、最後の付録にある。合衆国憲法に修正条項を加えろ、だ。法律だから、ややこしい書き方をしている。でも、その目的は至って単純だ。「財政の赤字が膨らむとヤバい。無謀な政府支出は抑えろ」。
合衆国ですらヤバいなら、日本は既に死んでそうなものだ。何せ政府債務残高はGDPの倍以上だし。普通、こういう時は国債などの利率が上がるのだが、日本の国債の利率は異様に低い。謎だ。
だからといって、やたらとケチれ、と言ってるわけでもない。カネを何に使うか、政府は何を目指すべきか、がキモ。それは…
最適な政策とは、財政赤字をなくすこと自体を目的とするものではなく、経済成長を最大限に実現させるものだ。
――第13章 米国を改革する
無駄金は使うな、でも経済成長につながる支出は守れ、そういう事です。当たり前ですね。具体的な政策は、第12章と第13章にある。内容は、こんな感じ。
- 経済のグローバル化はいいものだ。
- 起業しやすくしろ。労働規制を減らせ。
- 政府による規制は減らせ。免許制はよくない。
正直、この政策、私は気に入らない所もある。経済成長を目指せ、まではいい。違いは、経済成長させる政府支出は何か、だ。私は「経済政策で人は死ぬか?」が気に入っている。保険医療と教育への政府支出が経済を成長させる、そういう理屈だ。
とかの結論はさておき、11章までは、とっても心地よく読めた。
第1章から第3章までは、経済学の発展と、それにより広まった知見を紹介してゆく。特に、何をどうやって数値化するか、またはその数字はいつ生まれたのか、が楽しい。GNPなる概念のデビューが1934年で、国際的な枠組みが決まったのが1948年と、意外と新しかったり。
太平洋戦争前にGNPの概念が普及していたら、大日本帝国は開戦しただろうか?
経済成長の原因を、本書は三つに分ける。1.商圏の拡大(取引先が増える)、2.投資の増加(工場が増える)、3.革新(業務改善や新ビジネスの開拓)だ。これで、アメリカがリーダーである由と、他の国がアメリカに追いつけない由を、キッチリ説明つけているから悔しい。
アメリカは常に3.でリードしているのだ。途上国が発展する際は、主に2.投資の増加で発展する。往々にして、この発展は急速だ。かつての日本、今の韓国と中国がこれに当たる。だが、やがて限界が来る。この限界は1人当たりのGDPがアメリカの8割ぐらいになった時に訪れる。
なぜ止まるのか。理由は様々だ。レントシーキング=既得利権集団。目先の利益に目がくらむ。ヒューリスティック=過去の成功に囚われる。排外主義。損切りできない。そして無知。
どんな政府であれ、いずれ問題に突き当たる。だから、常に改革が必要なんだよ、そう主張するのが本書だ。そういう意味ではリベラルなんだが、労働者保護とはいかないあたりが新自由主義なんだろうなあ。
過去の帝国を振り返る第4章~第7章も、なかなかの力作。実はローマ帝国・明帝国・オスマン帝国は、いずれも似たような原因で似たような結果を迎えている。既得利権を握る集団が国を牛耳り、新興勢力を抑えたため、発展が妨げられた、そういう形だ。
ローマとオスマン帝国は軍が、明は官吏と学者が、自らの支配力の維持と拡大だけを目論んだ。その結果、新興勢力の勃興や他国との交易を拒み、国家の成長を抑えた。こういう、利権集団が国を牛耳る構図は、「太平洋の試練」や「終戦史」が描く大日本帝国と同じだなあ。
民主主義なら、こういう問題を避けられるか、っつーと、そうもいかないとするのが、第8章~第11章。特に「第11章 カリフォルニア・ドリーム」は、シリコンバレーなどでイケイケな印象だったカリフォルニアの、意外な一面を見せてくれる。
政治家は増税を避けたい。だって票が減るし。そして金はバラ撒きたい。票が取れるし。長い目で見りゃ政府は借金が増えて苦しくなる。でも任期の間だけ持てばいいや。と、いうことで…
政治家は課税可能額を上回る支出をしようとする
――第11章 カリフォルニア・ドリーム
これは有権者も同じ。私も増税は嫌だけど、年金の支給や健康保険の補助は増やしてほしい。どうしても増税するなら、私以外の人に負担して欲しい。そういう事です。
とかの本論とは外れるが、面白エピソードも多い。
印象的なのが、アメリカの二大政党制の現状。「選挙のパラドクス」では、二大政党制なら両党とも穏健化する、となってた(→二大政党制で両党の政策が似てくるわけ)。が、1990年代あたりから、両党のはクッキリ別れちゃってる。ところが、有権者は浮動票が増えてるのだ。うーむ。
他にも意外な所でヴァーナー・ヴィンジの名前が出てきた時は、SF者として「やられた!」と思ったり、読みどころはある。何より、経済学が発展途上である由が実感できて、歴史を経済の視点で分析していく部分がよかった。マクニールの「世界史」など、唯物論的な史観が好きな人にお薦め。
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