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2018年8月 7日 (火)

アン・カープ「[声]の秘密」草思社 梶山あゆみ訳

声を作るとき、唇と口が役に立っているのはわかりやすい。喉頭(このなかに声帯がある)も間違いなくかかわっている。だが、それだけではない。じつは胴体の3/4までもがこの作業に加わっている。
  ――2章 声が生まれる仕組み

声が大きいのはいつだってほかの人であって、決して自分ではない。
  ――3章 コミュニケーションを彩る「声の人格」

私たちは、自分に近いペースで話す人ほど能力も魅力もあると考える傾向にある。
  ――3章 コミュニケーションを彩る「声の人格」

母親語は恋人同士の会話によく似ているのだ。「こっちに来て」と赤ん坊に呼びかけるときの声は、恋人に向けて同じことを言うときとほとんど変わらない。
  ――6章 「母親語」は絆を育むメロディ

おもしろいことに、産声の周波数は楽器を調律するさいの世界基準の周波数と同じだ。
  ――7章 赤ん坊の声、恐るべし

「誰もがみんな、なんとか話を聞いてもらおうとして叫んでいる。本当によく聞いてもらえる経験をすると、『そうか、そんなに叫ばなくてもいいんだ』と徐々にわかってくるんだ」
  ――8章 声と自分の複雑な関係

ある研究によると、強い不安を感じている子供は、ほかの子供の怯えた声を怒りと勘違いしやすい。声に込められた怒りを正しく読み取れないと問題行動が生じ、それがのちに暴力行為や犯罪行為につながるおそれがあるとも指摘されている。
  ――9章 声に表われる感情

ルネサンスの時代になるまで、神が目に見える姿で描かれる事はなかった。神は音か振動だと考えられていたからである。
  ――13章 声の社会から文字の社会へ

18世紀と19世紀の俳優の声は、劇作家の書いたセリフをそのまま読んでいるのを隠そうともしなかった。20世紀半ばの映画俳優は、自分でその言葉を考えたかのように話すことを目指した。
  ――14章 人前での話し方はどう変わったか

1960年のアメリカ大統領選挙のときである。候補者のケネディとニクソンが史上初のテレビ討論に臨んだ。討論をラジオで聴いていた人は、ニクソンが勝ったと断言する。ところが、7000万人のテレビ(略)視聴者の圧倒的多数は、一回目の討論がケネディの勝利だと判断する。
  ――15章 テクノロジーは声を変える

【どんな本?】

 人は赤ん坊に話しかけるとき、普通とは違う話し方をする。言葉遣いが違うだけでなく、声も変わる。やや高い声になり、大きさ・高さなどの変化も大げさになる。これはペットに話しかけるときも同じだ。

 これほど極端ではないにせよ、人は相手によって話し方や声の調子を変える。また、職場と家庭など、状況によっても変えている。時と場所、そして相手との関係により、相応しい話し方や声の調子があるのだ。

 こういった情報は、文字にすると消えてしまう。電子メールではちょっとした言葉尻でトラブルになる事がある。これは、声が伝えていた情報が失われたため、とも言われる。

 では、そこには、どんな情報が込められているんだろう? 私たちは、どんな情報を受け取っているんだろう? どんな信号があって、どんな意味を伝えているんだろう? 何が生来の物で、何が文化的な物なんだろう?

 イギリスの社会学者兼ジャーナリストが、人の声が持つ不思議な性質を、科学・歴史・文化など様々な角度から切り取って描く、一般向けの解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Human Voice, by Anne Karpf, 2006。日本語版は2008年10月1日第1版発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約285頁に加え、訳者あとがき2頁。9ポイント44字×18行×285頁=約225,720字、400字詰め原稿用紙で約565枚。文庫本なら普通の厚さの文字量。

 文章はこなれている。内容も特に難しくない。ただ、出てくる例の多くが、アメリカとイギリスの政治家や役者なので、洋画が好きな人の方が楽しめるだろう。

【構成は?】

 各章は比較的に独立しているので、気になった所だけを拾い読みしてもいい。

  • はじめに
  • 第Ⅰ部 声の生態
    • 1章 声が教えてくれること
      目の独裁支配/「話す」ことについての表現/声によるサポート/声はこんなに役立つ
    • 2章 声が生まれる仕組み
      驚異の製造プロセス/声を生み出す無意識の連係プレー/喉頭のダ・ヴィンチ/驚異の器官 耳/脳のなかの声、ナゾの錬金術/自分の声を聞くことの意味
    • 3章 コミュニケーションを彩る「声の人格」
      言語とパラ言語/“声のメロディ”ピッチとイントネーション/声の大きさは何で決まるか/話す速度の意味/一瞬で誰の声かわかる不思議
    • 4章 進化するヒトの声
      声を操る動物たち/「鳥頭」の中身/周波数の掟/人類は初めて言葉をしゃべったとき/「ヒトを人間にする」遺伝子/左側が大事なわけ/右脳と左脳、本当の関係
    • 5章 母の声は強し
      違いの分かる胎児/母の顔より母の声/パパは無視!/人間メトロノーム/リズムに合わせる赤ん坊/赤ん坊の感情と声/文化が話すリズムを変える/憂鬱の音/受け継がれる親の声/母の声は天使か悪魔か
    • 6章 「母親語」は絆を育むメロディ
      大人が赤ん坊を真似るわけ/「アー」「エー」「オー」/母親語はどこから来たのか/ところ変われば赤ん坊の待遇も変わる/ペット言葉と子供扱い/父親語
    • 7章 赤ん坊の声、恐るべし
      赤ん坊の声の発達 産声の神秘 最初の三カ月 三~六カ月 六~八カ月 12カ月/音や声を聞き分ける赤ん坊/失うことで得られるもの/メロディから学ぶ/赤ん坊が母国語を好むわけ/話す能力は生まれつき?/言葉遊びの意味
  • 第Ⅱ部 声を支配するもの
    • 8章 声と自分の複雑な関係
      声への不満を語る声/仕事をする声/怒りを鎮める声/使い分けられる声/留守電のメッセージが難しいわけ/声を失うとき/現実の声と心の声/声をなくしてわかること/自分の声を消す理由/「聞いてもらうこと」の魔力
    • 9章 声に表われる感情
      感情を声に変換する/パーソナリティは声に出るか/声に現れる憂鬱/現実から切り離された声/相手の「声」になって考える/声を読む子供、読まない子供/嘘は声を聞けばわかるか?/過去の記憶を呼び覚ます声
    • 10章 声の男女差
      声の性差はどこで生まれるのか?/「女性の声は裸と同じ」/放送から締め出されていた女性の声/女性の方がおしゃべりという固定観念/「女らしい声」の移り変わり/聞く側の問題
    • 11章 男性化する女性の声、女性化する男性の声
      日本人女性の高い声/進化論で読み解く声の男女差/「声を低くしてください」/黙り込む男性/女性化する男性の声
    • 12章 文化による声の違い
      呪術の声/日本人の相槌は何を表現しているのか/声は階級を語る/異文化間の誤解
  • 第Ⅲ部 声の温故知新
    • 13章 声の社会から文字の社会へ
      目から耳へ/声の文化は死なず/耳と目が和解する日/視覚と聴覚のコラボレーション
    • 14章 人前での話し方はどう変わったか
      俳優の声の移り変わり/大統領、首相、独裁者の声を読み解く フランクリン・デラノ・ルーズヴェルト ヒトラー チャーチル レーガン サッチャー トニー・ブレア ブッシュ、ゴア、ケリー
    • 15章 テクノロジーは声を変える
      体を持たない声 電話の誕生/保存される声 蓄音機の誕生/「声のアルバム」のその後/さらなる波 ラジオ放送の誕生/「声の戦争」としての第二次世界大戦/声なき人々の声/声と身体の再合体 トーキーの誕生/ハリウッド映画の声/デ・ニーロとアル・パチーノの鉢合わせ/テレビの登場が変えたもの/パワーポイントと声のパワー
    • 16章 声が盗まれ、失われるとき
      声紋鑑定の理想と現実/音声認証は安全か/携帯電話と新しい声の文化/声のパノプティコン/声の新たなる可能性/声の喪失を嘆く人たち/盗まれる声/声は誰のものか
  • おわりに
  • 訳者あとがき

【感想は?】

 私は自分の声が嫌いだ。僻みっぽく薄っぺらい人格がモロに出ている感じがする。でも、どうやら私だけじゃないと知って、少し安心した。

私たちは声を出すだけでなく、自分で自分の声を聞いてもいる。ところが、声を録音して聞かせると、ほとんどの人がそれを毛嫌いする。
  ――8章 声と自分の複雑な関係

 この章には、私と同じように感じている人が、何人も出てくる。だが、やはり声には人の心を動かす力があるらしく、弁護士は声の使い方が大事らしい。

 人の心を動かす商売といえば、なんと言っても役者だろう。

 音響テクノロジーが役者に与えた最初の試練は、なんといっても映画だ。映画がサイレントからトーキーに変わった際の、有名な映画俳優たちの反応も、私を安心させてくれる。クレタ・ガルボでさえ、「生まれる前の赤ん坊の気分」になったとか。

 役者と同じように、政治家も人の心を掴むのが商売だ。これの名人は、ヒトラーだろう。

彼はミュンヘンの有名なコメディアンの手法を真似て演説の技術を磨き、騒がしいビアホールのなかでも聴衆の注意を引けるようにした。さらには各ビアホールの音響効果を詳しく調べ、それぞれに合った声の高さで話した。
  ――14章 人前での話し方はどう変わったか

 ネット上のヒトラーの動画は、短時間の物が多い。たいていヒステリックに叫んでいる。だが、あれはごく一部を切り取ったものだ。実際には、最初から最後まで、話す速さや声の大小と高低を、周到に計算していたそうだ。しかも拍手するサクラを仕込み、聴衆の歓声を拾うマイクの位置まで計算して。

 政治家ではなく役者か演出家になれば、今でも偉業を称えられただろうに。

 やはり演出の妙を暴かれているのが、マーチン・ルーサー・キングJr。有名な「私には夢がある」だと、はじめはゆっくり、次第に声を大きく、「今こそ」の繰り返しでリズムを作る。レッド・ツェッペリンのヒット曲「天国への階段」と同じパターンだ。

 など、演出方法も面白いが、これには文化的な違いもある。アメリカとイギリスの例が多い本だが、なぜか日本の例もけっこう出てくる。最初にドキリとしたのが…

どんな地域を見ても、日本人女性ほど高い声で話す女性はまずいない。
  ――11章 男性化する女性の声、女性化する男性の声

 あまり言いたくないが、これ最も顕著なのがポルノ。洋モノを最初に見て驚いたのが、女優の声が低いこと。いやどうでもいいんだけど。ちなみに同じ日本のポルノでも生モノとアニメじゃ←いい加減にしろ

 ここでは、小宮悦子のエピソードが興味深い。同じテレビ番組でも、昼のバラエティと夜のニュース番組では、相応しい声が違うのだ。これを、ちゃんと周波数まで測って調べてあって、そこが私には嬉しかった。数字が出てくると、なぜか嬉しくなるんだ。

 この差を男女の社会的立場の違いと解釈してるんだが、どうなんだろう。そういえば、私は時おりインターネット・ラジオで様々な国の音楽番組を聞くんだけど、イランの女性歌手の声はカン高くて子供みたいな声なんだよなあ。

 などの男女差もあるが、お国事情もいろいろ。やはり日本の特徴として…

日本人が相槌を打つ回数はイギリス人より二倍多い。
  ――12章 文化による声の違い

 いやアメリカ人だって「アハン」とか「ムーフ」とか入れるじゃん、と思うんだが、イギリス人は違うらしい。

 また、声の大きさも国によりけり。アメリカ人は騒がしいって印象があるが、アラブ人は更に声がデカいとか。これ別に傍若無人ってわけではなく、そういう文化なのだ。アラブ人にとって小さい声は、「本心を語っていないように聞こえる」とか。

 この辺を読んでると、ぜひ日本のアニメ文化も調べて欲しいと思ったり。「ダメ絶対音感」なんて言葉もあって、かないみかとこおろぎさとみを聞き分けられる強者も世の中にはいるらしい。でも普通の人は、家族など聞きなれている相手はともかく、一見さん(というより一聞さん?)の声の記憶はあやふやで…

「声の面通し」の精度はわずか30%でしかない。
  ――16章 声が盗まれ、失われるとき

 と、法廷での証拠としちゃ声はあましアテにならないらしい。また、声紋分析の怪しさも暴いている。でも、逆に親や息子など、親しい人だと、電話越しの声でも、体調や気分がわかったりするから不思議。

 第Ⅰ部では、あまり文化や立場の違いが表れない赤ん坊の声で共通点を探り、第Ⅱ部以降で国・立場・時代で変化を調べる形にすることで、私たちの「声」が社会の影響を強く受けている事を鮮明に浮き上がらせる工夫も巧い。アッサリと読めるわりに、面白エピソードも多く、「気が付かなかった別世界」を覗かせてくれる本だった。

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