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2018年8月 6日 (月)

エドモンド・ハミルトン「フェッセンデンの宇宙」河出書房新社 中村融編訳

アーノルド・フェッセンデンは、この惑星で最高の科学者だった――そして最悪の科学者だった。
  ――フェッセンデンの宇宙

「まるきりちがう世界にしていただろう――そこに住むはめになると知っていたら」
  ――追放者

「元気で立派な男の子ですわ、ただ――」
「ただ、なんだね?」
「ただ背中にこぶがあるんです、先生」
  ――翼を持つ男

いったいおれたち人類の血のなかにあるなにが、おれたちのいるべきではないこんな場所へおれたちを駆り立てるのだろう?
  ――太陽の炎

【どんな本?】

 エドモンド・ハミルトンは、アメリカSFの初期に活躍した。キャプテン・フューチャーなどのシリーズで人気を博し、スペース・オペラの黄金期を築いた功労者である。娯楽色の強いヒーロー物の印象が強いハミルトンだが、書名にもなっている「フェッセンデンの宇宙」など、短編では様々な芸風を見せる。

 彼の遺した短編から、編者おすすめの9編を選んだ、日本オリジナルの短編集。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2004年4月30日初版発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約330頁に加え、編訳者あとがき「あなたの知らないハミルトン」16頁+エドモンド・ハミルトン著作リスト3頁。9ポイント42字×18行×330頁=約249,480字、400字詰め原稿用紙で約624枚。文庫本なら少し厚めの分量。

 文章はこなれている。SFとはいえ、発表の時代が時代だけに、難しい理屈は出てこないので、理科が苦手でも大丈夫。むしろ大事なのは当時の風俗。カメラが乾板だったり電話が固定電話だけだったりと、「あの頃の世界」に入り込めるか否かが大事だったりする。

【収録作は?】

 それぞれ 作品名 / 原題 / 初出 の順。

フェッセンデンの宇宙 / Fessenden's Worlds / ウィアード・テールズ1937年4月号
 アーノルド・フェッセンデンは最高の科学者だ。本人も、それをちゃんとわかっている。だが近ごろはさっぱり大学に出てこない。講義すら代理にまかせ、屋敷に引きこもっている。いったい何をしているのか、気になった同僚のブラッドリーは、彼の屋敷を訪ねた。
 「引き籠ったマッド・サイエンティストがやらかす、とんでもない研究」の原型にして究極の短編。困るよねえ、SF黎明期にこんなとんでもない代物を書かれたら、後の者はやりにくくってしょうがないw 優秀にして傲岸不遜、研究のためなら何だってやる。知識と技能は豊かだが倫理観はゴッソリ抜け落ちてる、フェッセンデン博士のキャラクターがよいですw
風の子供 / Child of the Winds / ウィアード・テールズ1936年5月号
 トルキスタンの奥、人跡未踏も同然の高原に、豊かな金脈があるという。一山あてたいユルガンは、現地人のダサン・アンをガイドに雇い、「風の高原」を目指す。現地では、こう言われている。そこは風の聖地で、行く者は風に殺される、と。
 懐かしい風味の、秘境冒険譚。Google Earth なんてのが出てきて、地上に未踏の地が消えた今、この手の物語も一緒に消え…ては、いないんだな、嬉しい事に。というのも、舞台を「辺境の惑星」にすればいいんだから。もちろん、私はこの手の話が大好きです。レムの「砂漠の惑星」とか。
向こうはどんなところだい? / What's It Like Out There? / スリリング・ワンダー・ストーリーズ1952年12月号
 第二次火星探索隊は、多くの犠牲者が出た。フランク・八ッドン軍曹は、数少ない生還者の一人だ。国では有名人で、誰もが英雄として扱ってくれる。オハイオの家に帰るついでに、ハッドンには寄る所があった。探索の途中で亡くなった同僚の家族に、約束したのだ。
 スペース・オペラの大家とは思えぬ、哀しみと切なさに満ちた作品。1952年は第二次世界大戦の記憶も生々しく、また朝鮮戦争が38度線近くで膠着した頃。アメリカでも日本でも、ハッドン軍曹と同じ想いをした帰還兵も多いんじゃないだろうか。
帰ってきた男 / The Man Who Returned / ウィアード・テールズ1935年2月号
 冬の夜。ジョン・ウッドフォードは目覚めた。闇に包まれて。いや、棺の中でだ。昔から、持病があった。体が硬直し、呼吸も止まってしまう。勘ちがいされる事を恐れ、土葬ではなく納骨堂に収めるよう言い残したのが幸いした。だが、このままでは息が詰まってしまう。
 生きたまま葬られた者を主人公としたホラー。出だし、棺の中でジョンが足掻く場面が秀逸。狭い棺に閉じ込められた者が味わう恐ろしさ・息苦しさが、ひしひしと伝わってくる。が、話が進むに従い、恐怖に変わり漂うのは…。オッサンとしては、実に切ない。
凶運の彗星 / The Comet Doom / アメージング・ストーリーズ1928年1月号
 彗星が夜空に輝いている。新聞によると、地球に最も近づくのは三日後だ。それでも数百マイルの距離があり、何も害はない。休暇を旅行で過ごしたマーリンは、朝方に湖を船で渡って帰路につく。小さな漁船だ。航行中に、小さな島を見かけた。
 かつてのハミルトンらしい、「エイリアンの侵略」物。人里離れた場所に降り立ったエイリアンは、得体のしれない技術を操り、地球侵略を目論んでいた。それに立ち向かうのは、どこにでもいる普通の男たち。流石に90年前の作品だけに、科学的には色々とアレだが、お話の枠組みは今でもホラー映画・アクション映画の定番。
追放者 / Exile / スーパー・サイエンス・ストーリーズ1943年5月号
 その夜は、四人のSF作家が集まり、食事と酒を楽しんでいた。知らない人が見たら、どこにでもいる普通の男たちに見えただろう。でも、ここにいる奴らは、子供のころからケッタイな世界を思い描いていた。それというのも…
 SF作家同士の楽屋話の形をとった掌編。日本でも、星新一・小松左京・筒井康隆・半村良など、初期の日本SFを支えた人たちは、この手の楽屋ネタっぽい作品を書いてたなあ。それだけSF界は狭く、また作家同士の付き合いが深く結束も堅かったんだろう。
翼を持つ男 / He That Hath Wings / ウィアード・テールズ1938年7月号
 デイヴィッド・ランドは、生まれてすぐ孤児となる。そればかりか、奇形でもあった。背中にふたつ、大きなこぶがある。骨も中空で、体重も軽い。やがて翼が生えるだろう。産婦人科のハリマン医師は、デイヴィッドを引き取り、沖合の孤島で育てることにした。
 ある意味、「風の子供」と対照をなす作品。ケイト・ウィルヘイムの「翼のジェニー」やリチャード・バックの「かもめのジョナサン」と同じように、人が持つ飛ぶことへの憧れが強く出た作品。
太陽の炎 / Sunfire! / アメージング・ストーリーズ1962年9月号
 士官学校の頃から、誰よりも宇宙への憧れが強かったヒュー・ケラード。探査局に入ってからも、情熱はかわらなかった。だが、水星から帰った彼は、探査局をやめると言い出した。事故で二人のクルーを失い、情熱も同時に失ったように見える。だが事故の真相は…
 これまた「向こうはどんなところだい?」と対を成すような作品。やはり哀しみと喪失感が漂う雰囲気ながら、アメリカの歴史を思い浮かべると何か関係が…などと考えるのは、深読みのしすぎだろうか。
 当時、水星は自転周期と公転周期が同じで、常に同じ面を太陽に向けていると思われていた。確かラリイ・ニーヴンが「いちばん寒い場所」を発表した直後に周期の違いがわかり、最も早く時代遅れになった小説としてマニアの話題になったとかならなかったとか。
夢見る者の世界 / Dreamer's Worlds / ウィアード・テールズ1941年11月号
 ドラガル山脈への偵察の帰りに、カール・カン王子は砂漠民のキャンプを見かけた。供のブルサルとズールが諫めるのも聴かず、王子はキャンプに馬を走らせる。黄金の翼と呼ばれる。族長の娘を一目見るために。
 ヘンリー・スティーヴンスは、保険会社に勤める30歳。幼いころからずっと、眠ればカール・カンの夢を見てきた。鮮明で生々しく、細かな所まで辻褄があっている。行動力に溢れ大胆不敵、起伏に富んだ人生のカール・カンと、愛しい妻に恵まれ平穏な人生のヘンリー、どちらが現実なのか?
 ある意味、異世界転生物のバリエーションかも。ただし、両者の性格がまったく違うのはともかく、人格も別なあたりが、ヒネリの効いている。異境の冒険物として楽しめるカール・カンのパートと、サイコ・スリラーっぽいヘンリーのパートの取り合わせも、いいアクセントになっている。

 90年も前の作品もあり、さすがに道具立ては古いながら、「凶運の彗星」などの基本的な枠組みは今でも映画などで繰り返し使われているあたり、人類普遍の物語をSFは受け継いでいるんじゃないか、なんて思ったり。私が最も気に入ったのは、「向こうはどんなところだい?」。軍ヲタのせいか、八ッドンの姿が帰還兵に見えてしょうがなかった。

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