« 池上永一「ヒストリア」角川書店 | トップページ | デイヴィッド・フィンケル「帰還兵はなぜ自殺するのか」亜紀書房 古屋美登里訳 »

2018年8月13日 (月)

デイヴィッド・フィンケル「兵士は戦場で何を見たのか」亜紀書房 古屋美登里訳

「俺の思い描くイラクの最終局面というのは、イラクの子供たちがサッカー場でなんの不安もなく遊べることだ」
  ――1章 2007年4月6日

「俺たちが引き上げちまったらあいつら殺されるな」
  ――5章 2007年7月12日

2006年には、16-2においてそういった兵士が占める割合は高く、陸軍の15%が犯罪免責者だった。大半は軽犯罪者ではあったが、千人近い新兵が重罪犯で、それは三年前に比べると二倍以上になっていた。
  ――6章 2007年7月23日

「イラクはあらゆるものの発祥の地です。反乱も、食べ物も」
  ――8章 2007年10月28日

「兵士たちは怒りを抱えて帰っていきます。故郷に帰って普通の生活をしたいのです。ところが兵士の方がまったく普通ではなくなっている」(略)「休暇で帰郷するのは、派兵の中でも最悪のことなんです」
  ――9章 2007年12月11日

二、三日前にマーチは、1万3500ドルのボーナスを受け取れるということを知ってすぐに契約書にサインをした。志願兵が兵役期間を延長するとその金額をもらえることになっていた。
  ――11章 2008年2月28日

「立派な男が崩壊するのを、きみは目の当たりにするだろうな」
  ――12章 2008年3月29日

【どんな本?】

 2007年1月、ブッシュ大統領は軍の増派を発表する。反乱が続くイラクに平和を取り戻すためだ。
 増派に伴い、16-2が編成される。正式名称は合衆国陸軍第一歩兵師団第四歩兵旅団第16歩兵連隊第2大隊、またの名をレンジャーズ。隊長はラルフ・カウズラリッチ中佐、副隊長はブウレント・カミングズ中佐。人数は約800名、平均年齢は19歳。
 
 彼らの任地はバグダッド東部のラスタミヤFOB(前線作戦基地)。ここはシーア派が多い。ここで16-2はテロリストを狩り、住民を守って信頼を勝ち取り、イラクの治安部隊に任務を引き継ぐ予定だ。

 彼らが派遣されたバグダット東部は、どんな所か。そこで彼らは何をしたのか。住民は彼らをどう迎えたのか。日々のパトロールは、どの様に行い、どんな事件があったのか。イラクの治安部隊は育ったのか。そして、彼らの担当区域の治安は良くなったのか。

 カンザス州フォート・ライリーでの訓練から、イラクでの任務、そして帰国まで、16-2に同行して取材したジャーナリストが、最前線で戦う彼らの日々の暮らしと任務、そして戦場の様子をつぶさに描く、戦慄のルポルタージュ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Good Soldiers, by David Finkel, 2009。日本語版は2016年2月18日第1版第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約388頁に加え、訳者あとがき7頁。9ポイント44字×18行×388頁=約307,296字、400字詰め原稿用紙で約769枚。文庫本なら厚めの一冊分ぐらいの文字量。

 文章はこなれている。内容も特に難しくない。軍事物だが、必要な前提知識は三つぐらい。まずは自動小銃と迫撃砲の区別がつくこと。次いで AK-47 がソ連製の自動小銃だとわかること。最後には階級で、偉い順に 中佐>中尉>曹長>特技兵 程度。

 ただ、IED(即席爆弾、→Wikipedia)やEFP(自己鍛造弾、→Wikipedia)などの略語が多く出てくるので、用語一覧が欲しかった。

【構成は?】

 ほぼ時系列順に話が進むので、素直に頭から読もう。

  • 1章 2007年4月6日
  • 2章 2007年4月14日
  • 3章 2007年5月7日
  • 4章 2007年6月30日
  • 5章 2007年7月12日
  • 6章 2007年7月23日
  • 7章 2007年9月22日
  • 8章 2007年10月28日
  • 9章 2007年12月11日
  • 10章 2008年1月25日
  • 11章 2008年2月28日
  • 12章 2008年3月29日
  • 13章 2008年4月10日
  • 兵士名簿/附記/訳者あとがき

【感想は?】

 とてもリアルな戦場物だ。まず、戦場の匂いで驚いた。

 戦場の匂いと聞いて、何を想像するだろう? 硝煙の匂い? ゴムやプラスチックが焼ける匂い? 人肉が焼ける匂い? ガソリンの匂い?

 どれも違う。少なくとも、イラクとアフガニスタンでは。まず彼らが気づくのは、クソの匂いだ。例えじゃない。ウンコの匂いだ。少なくとも、イラクを描く本書と、アフガニスタンを扱う「アシュリーの戦争」は、そう書いている。最初に米兵が気づくのは、人糞の匂いだ。

 「アシュリーの戦争」では、カンダハルが最初の任地だった。本書では、バグダット東部である。いずれも多くの人が住む都市だ。長い戦いで荒れ果て、インフラが崩壊している。電気も、上下水道も。そして人は生きていればクソをする。多くの人がいれば、多くのクソが出る。

 クソは道路の横の堀に溜まる。掘は広く、蓋がない。装甲した兵員輸送車ハンヴィー(→Wikipedia)が、ずっぽりとハマるぐらい広い。

6月5日。午後10時55分。五人の兵士を乗せた一台15万ドルのハンヴィーが、誤って下水道にはまり、逆さまになって沈んだ。
  ――4章 2007年6月30日

 戦死にしたって、クソに溺れて死ぬなんて最低だ。遺族にだって伝えようがない。でも、それが本当の戦場らしい。ひでえ話だ。

 それでも、隊を率いるカウズラリッチ中佐は、戦士らしく果敢に困難に挑む。ラスタミヤFOBに籠らず、敢えて危険な区域に幾つかの前線基地を設ける。そこに住む者と仲良くするためだ。手ごろな廃工場を見つけたが、既に先客がいる。恐らく家を失ったんだろう、11人家族が住みついていた。

 彼らに1500ドルを払って叩き出し、前線基地を築く。いきなり重装備の兵隊たちに囲まれ、はした金で叩きだされる気分は、どんなもんだろうね。他の住民にしたって、嬉しい筈もなく、前線基地を設けた結果…

「このあたりの四割の住民が出ていきました」
  ――3章 2007年5月7日

 実際、これが賢明なのは、読み進めていくとわかる。なんたって、前線基地ばかりか、大隊が常駐するラスタミヤFOBまで襲われる始末だ。

 加えて、米兵のガサ入れも荒っぽい。それより酷いのは、テロリストの追跡だ。米兵を襲ったテロリストは、そこらの家に勝手に潜り込む。それを追い米兵も家に踏み入り、テロリストを射ち殺す。普通の主婦の目の前で。八歳の女の子の目の前で。

 これがイラク人に歓迎される筈もなく、稀に好意的な人がいても…

「申し訳ないんですが、私は協力することはできないんですよ」と男は言った。「私の命にかかわるので」
  ――2章 2007年4月14日

 と、及び腰だ。通訳など、米軍が現地で雇ったスタッフの声も拾っている。彼らも、その家族も命がけだ。隊長付きの通訳イジーは、帰宅時に何度もタクシーを乗り換える。テロリストに尾行され、家がバレたら、家族が危ない。近所の人にも、名前と身分を偽っている。

「身を守るための作り話です。だって、わたしがイラク人だと知れたら、きっとひどい目に遭わされるから」
  ――8章 2007年10月28日

 それでも大隊はパトロールを続ける。狙撃兵に狙われ、IEDやEFPに吹き飛ばされ、迫撃砲や手製の多連装ロケット弾を撃ち込まれ、クソの溜まった溝で溺れかけても。

 だが、こういった戦場の現実は、ワシントンに届かない。イラク戦争の最高司令官デイヴィッド・ペトレイアス大将はラスタミヤを訪れ、カウズラリッチから実情を聞く。しかし、ワシントンでのペトレイアスの証言は…

カウズラリッチのような兵士なら、戦争をイラクで戦っているものとして語れたかもしれないが、太西洋を渡ると戦争は別の姿になり、ワシントンに行ったペトレイアスが証言した戦争は、ワシントンで戦っている戦争になっていた。
  ――7章 2007年9月22日

 と、全く論調が違ってしまう。この本では、各章の冒頭に、ブッシュ大統領の演説を引用している。これが、実にキツい皮肉となって虚空に響き渡る。

 こういった状況の中で、戦士たちは次第に壊れてゆく。手が震え、悪夢にうなされ、または眠れず、動悸が止まらない。鬱に陥り、自殺を考える。手足の負傷なら、見ればわかるので、世間は英雄として扱う。だがPTSDは見えないし、そもそもPTSDの存在を認めない人も多い。

内部調査では、イラクに派兵された兵士のうち20%が、(略)PTSDの症状を示していた。この調査ではさらに、こうした症状は何度も派兵された兵士に数多く現れることや、こうした症状に苦しむ何十万人もの兵士の治療費のほうが、戦争自体で使われる費用より大きくなりかねないということも指摘していた。
  ――9章 2007年12月11日

 それでも、さすが米軍だと思うのは、これをチャンと調べ、防ぐための手立ても講じてること。グロースマン先生の「戦争における[人殺し]の心理学」や「[戦争]の心理学」は、ちゃんと活用されているらしい。

礼拝堂では、数カ月先にどんな事が起きるか、というセミナーを強制的に開いていた。フラッシュバックが起きるのは普通のことだ、と兵士たちは教えられた。
  ――11章 2008年2月28日

 終盤では、負傷兵の療養の様子も出てくる。著者は悲惨さを伝えようとしているみたいだが、私の感想は違った。確かに四肢や目を失った将兵は悲惨だが、看護は手厚い。合衆国が将兵を大切に扱っているのがよくわかる。

 太平洋戦争で戦った帝国陸海軍将兵は、少なくとも精神的なケアは何も受けなかった。敗戦など国情もあるにせよ、この国は人を粗末に扱う。PTSDに苦しんだ人も多い筈なのに、それが明るみに出ていない。臭いものに蓋、がこの国の基本態度であり、人の扱いが粗末だ。

 南スーダンやイラクに行った自衛隊員は、ちゃんとケアされてるんだろうか? 彼らの苦しみは、ほとんど報道されないだけに、余計に怪しんでしまう。

 「ブラック・フラッグス」が描いた、ザルカウィの目論見は、どんな形で実現したのか。その実体は、どんなものなのか。前線で戦う将兵は、何を経験したのか。そして、そこに住む人々の暮らしは、どうなったのか。

 汚い言葉が溢れているし、悲惨で血生臭い場面がひたすら続く。それだけに、決して読んで気分が良くなる本じゃない。それでも、否応なしに読まされてしまう迫力に溢れている。現実を直視する勇気があるだけに薦める。それでも、心身の調子が悪い時は避けた方が賢明だ。

 繰り返す。繊細な人、体調が悪い時、落ち込んでいる時は、読まない方がいい。これが現実だ。

【関連記事】

|

« 池上永一「ヒストリア」角川書店 | トップページ | デイヴィッド・フィンケル「帰還兵はなぜ自殺するのか」亜紀書房 古屋美登里訳 »

書評:軍事/外交」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: デイヴィッド・フィンケル「兵士は戦場で何を見たのか」亜紀書房 古屋美登里訳:

« 池上永一「ヒストリア」角川書店 | トップページ | デイヴィッド・フィンケル「帰還兵はなぜ自殺するのか」亜紀書房 古屋美登里訳 »