アニー・ジェイコブセン「ペンタゴンの頭脳 世界を動かす軍事科学機関DARPA」太田出版 加藤万里子訳
アメリカの未来の戦争は、アメリカ軍の正規兵士ではなく、アメリカ軍に訓練を受けた現地の戦士が、アメリカの戦術とノウハウに基づいて、アメリカ軍の武器で戦うことになる。
――第6章 心理作戦反戦運動は(略)ARPAにとっては「非致死性兵器」プログラムを促進するチャンスでもあった。苦痛を与えるが命までは奪わない武力によってデモ隊を止める方法を研究開発する必要が生じたからだ。
――第13章 ベトナム戦争の終結(J・C・R・)リックライダーと(ロバート・W・)テイラーは、1968年に小論文を共同執筆し、そのなかで「数年内に、人間は直接会うよりも効率的に、機械を通してやりとりできるようになるだろう」と予想していた。
――第14章 機械の台頭これからの新たな焦点は、市街戦だ。
――第16章 湾岸戦争と、戦争以外の作戦「次のフロンティアは私たちの身体の内側にある」
――第18章 戦争のための人体改造9.11後、DARPAはパートナーであるNSAの能力を改善すべく、これら(防諜・情報収集)の技術の向上に全力をあげて取り組み始めた。
――第19章 テロ攻撃「なぜ特定の地域が悪者たちの隠れ場所になるのか」
――第20章 全情報認知「私たちは、生物学を不死の源となるようにしてるんだ」
――第25章 脳の戦争
【どんな本?】
アメリカ国防高等研究計画局。Defense Advances Research Projects Agency。一般には DARPA の略称で知られている。その成果は、インターネット・GPS・ステルス技術などが有名だ。発足は1958年に遡る。以来、ARPA→DARPAと名前を変え、幾つもの挑戦的な研究に挑んできた。
その DARPA は、軍の他の研究機関と、何が違うのか。何を目的として設立されたのか。どんな特徴があって、どのように運営されているのか。どのような者が、どんな研究をしてきたのか。
軍に深く関わり、また科学と工学の先端を切り拓く研究が中心のため、その実体は厚い秘密のベールに包まれている。しかし、過去の研究の幾つかは、公開された文書で輪郭を掴むことができるようになった。
「エリア51」でネヴァダ州ネリス試験訓練場の衝撃の歴史を暴いたジャーナリストの著者が、最強の軍事科学技術研究組織の歴史と今を、丹念な調査と取材で描き出す、迫真のルポルタージュ。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は The Pentagon's Brain : An Uncensored History of DARPA, America's Top Secret Military Research Agency, by Annie Jacobsen, 2015。日本語版は2017年4月27日第1刷発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約547頁に加え、訳者あとがき4頁。読みやすい10ポイントで45字×18行×547頁=約443,070字、400字詰め原稿用紙で約1,108枚。文庫本なら上下巻でもいい分量。
文章はこなれている。内容も特に難しくない。科学を扱う本だが、理論には深く立ち入らないので、理科が苦手な人でも大丈夫。
ただし、幾つか言葉の使い方が怪しい所がある。例えばデジタルテープレコーダーとか。DAT(Digital Audio Tape)もあるけど、インタビュウの録音って状況から考えて、いわゆるICレコーダー(digital voice recorder)じゃないかと思う。
【構成は?】
ほぼ過去から現代へと話が進む。できれば頭から読んでもいいが、最新の情報だけが欲しいなら、第4部から読んでもいいだろう。たくさん略語や専門用語が出てくるので、できれば索引が欲しかった。
- プロローグ
- 第1部 冷戦
- 第1章 邪悪なもの
- 第2章 戦争ゲームと計算機
- 第3章 未来の巨大な兵器システム
- 第4章 緊急時対応ガイダンス
- 第5章 地球最後の日まで1600秒
- 第6章 心理作戦
- 第2部 ベトナム戦争
- 第7章 テニックとガジェット
- 第8章 ランドとCOIN
- 第9章 指揮統制
- 第10章 士気と動機
- 第11章 ジェイソン・グループのベトナムへの関与
- 第12章 電子障壁
- 第13章 ベトナム戦争の終結
- 第3部 戦争以外のプロジェクト
- 第14章 機械の台頭
- 第15章 スター・ウォーズとタンク・ウォーズ
- 第16章 湾岸戦争と、戦争以外の作戦
- 第17章 生物兵器
- 第18章 戦争のための人体改造
- 第4部 対テロ戦争
- 第19章 テロ攻撃
- 第20章 全情報認知
- 第21章 IED戦争
- 第22章 戦闘地域監視
- 第23章 ヒューマン・テレイン
- 第5部 未来の戦争
- 第24章 ドローン戦争
- 第25章 脳の戦争
- 第26章 ペンタゴンの頭脳
- 訳者あとがき
- 取材協力者および参考文献
【感想は?】
マッド・サイエンティストの巣窟? うんにゃ、マッド・サイエンティストのシンジケートだ。
いずれにせよマッド・サイエンティストなんだが、ARPA/DARPAは、一つの秘密研究施設に研究者が集まってるわけじゃない。予算などの資源を統括・配分する組織、みたいな感じだ。
考えてみれば、DARPAによる最も有名な成果物、インターネットの原型ARPAネットにしても、一つの建物内で開発できるモノじゃないしね。にしても、インターネットは既に40年も前の発明だ。となれば、今のDARPAは、どれほど先を見据えているのか。
軍の研究となれば、どうしても目先に囚われがちになる。また、陸海空&海兵隊の縄張り争いも激しい。これはトム・ウルフの「ザ・ライトスタッフ」にも描かれていた。そこで…
「アイゼンハワーは、軍が反対したからこそ、ARPAを創設したんだよ」
――第3章 未来の巨大な兵器システム
と、アイゼンハワー大統領のキモ入りでスタートした。実際、危急の要求で開発したモノもある。かのゴルゴ13が愛用するM-16の原型AR-15も…
<プロジェクト・アジャイル>初期に生まれ、なによりも大きな影響を与えた兵器は、AR-15半自動ライフルだろう。
――第7章 テニックとガジェット
と、ベトナム戦争当時、南ベトナムの将兵向けに、小型で軽く使いやすい銃として作られた。ベトナムの遺産としては、悪名高い枯葉剤もあって、これについても詳しく載っている。が、本来のDARPAの責務は…
ARPAは、国防総省の「まだ存在しない需要」を満たすために創設されたのだ。
――第13章 ベトナム戦争の終結
と、あくまでも未来志向だ。とはいえ、60年代から現代まで、時代ごとに思い描く「未来」の姿が違うのも、本書の面白いところ。
60年代は、とにかく核である。クリストフォロス効果とか、思いっきり漫画だ。ソ連の核ミサイルを、バリヤーで防ぐとか、実に楽しい発想じゃないか。もっとも、その方法が、大量の核爆弾を高空で爆発させ高エネルギー電子を云々でミサイルの電子機器を破壊し…って、EMP(→Wikipedia)?
こういう漫画みたいな発想を、大真面目に大金かけて研究するから、インターネットなんてシロモノを創れたんだろうなあ。ステルス機にしても…
実のところ、それ(F-117)が実際に飛ぶなどほとんど期待していなかった
――第14章 機械の台頭
なんて、開発者自身が、みもふたもないことを言ってる。
まあいい。70年代は、やはりベトナム戦争が重要テーマ。ただ、「ベスト&ブライテスト」にあるように、政府と軍は迷走したわけで、ここでは失敗の記述が多い。そもそも国防長官のマクナマラからして…
「ベトコンとは何者なのか? 彼らの原動力は何なのか?」
――第10章 士気と動機
と、敵が誰で何のために戦っているのか、皆目わかっていなかった様子。そこで社会学者が現地に調査に入る。ところが、彼らの報告は握りつぶされてしまう。つまりは忖度が働いたわけです。
ここでは、当時のコンピュータCDC-1604が「32Kword(1W=42bit)」なんて出てきて、遠い目になったり。やはりILLIACⅣがイリノイ大学に置かれ、反戦運動の標的になる場面では、コンピュータが象徴するモノの移り変わりを感じてしまう。
そんなジョージ・オーーウェルの「1984」世界にも、欠点がある。911で明らかになったが…
「アナリストたちは、押し寄せる大量の問題とデータの海で溺れかけてた。TIAの基本前提は、彼らが膨大な量のデータに圧倒されずにきちんと仕事ができるシステムを作ることだった」
――第20章 全情報認知
どれだけ監視カメラがあろうと、全てを人間がチェックするなんて無理だ。そこで、怪しい物を取り分けるマシンが必要になる。なんとMMO<ワールド・オブ・ウォークラフト>でプレーヤーの挙動を追跡してた、というから怖い。これはスノーデン・ファイルが暴いてる。
そういやテロリストはMMOのチャットで連絡を取り合ってるって噂もある。メールや掲示板と違い、プロトコルログがゲーム独自だしログも残らないから、だとか。
この手の監視システムの開発には熱心で…
<HURT>は、アメリカ軍と同盟諸国が特定の個人――反乱勢力――を標的にして拘束または殺害できるように、外国の一般市民とその居住空間全体を常時監視下に置き、徹底的に調べられるようにするものだ。
――第22章 戦闘地域監視
うーむ。「ビッグデータ・コネクト」の世界は、作り話じゃないみたいだ。
デジタルだけでなく、最近は生物学にも手を出してて、痛みを感じず不眠不休で戦う兵士とか、爆薬を嗅ぎつけるハチとか、まるきしSFなネタも満載。それもそのはず、米軍にはSF者がけっこう居て、エンタープライイズ号のブリッジを模したオフィスを作っちゃう将官とか、何やってんだw
などと、呆れるネタ・怖いネタ・ワクワクするネタなど、SF者には宝箱みたいな話がギッシリ詰まり、カルピスの原液みたいな濃い本だった。また、「人類学者の圧倒的多数は政治的に左寄り」なんて小ネタも、箸休め的に面白かったり。
にしても、DARPAやネイティック研究所(→「戦争がつくった現代の食卓」)とかの軍関係に加え、Google や IBM など民間の研究機関も豊かで、アメリカの科学技術研究・開発体制の層の厚さは、つくづく羨ましくなるなあ。
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