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2018年8月23日 (木)

人工知能学会編「AIと人類は共存できるか? 人工知能SFアンソロジー」早川書房

見憲研は、未来を先取りする世界最先端のブラック職場なのである。
  ――仕事がいつまで経っても終わらない件

≪俺が最適な判断をさせてやる。あんたらが生き残るために≫
  ――塋域の為聖者

「それを見てください」
  ――AIは人を救済できるか:ヒューマンエージェントインタラクション研究の視点から

【どんな本?】

 人工知能=AIと人間との関わりをテーマとしたSF短編小説と、AI研究に携わる研究者のコラムを組み合わせた、SFに強い早川書房ならではのユニークな作品&コラム集。

 今は深層学習が大流行りで、それだけがAIだと思っている人もいるかもしれない。でも、実際はAIとい言っても、そのアプローチは様々だ。ばかりでなく、それぞれの研究や分野が目ざす目的も違っている。

 AIとは何か、どんな手法があるのか、そして何を求めているのか。AIを巡る視野を、楽しみながら広げ得られる、ちょっと変わったアンソロジー。SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2018年版」のベストSF2017国内篇の16位。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2016年11月15日発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約424頁。9ポイント45字×20行×424頁=約381,600字、400字詰め原稿用紙で約954枚。文庫本なら上下巻でもいい分量。

 現在ホットなネタを扱う作品が多く、親しみやすさはそれぞれ。私は長谷敏司の「仕事がいつまで経っても終わらない件」が最もとっつきやすいと感じた。

【収録作は?】

 それぞれ作品名 / 著者名 の順。

眠れぬ夜のスクリーニング / 早瀬耕
 奥戸理来は、研究・開発部門の機械翻訳チームからからシステム構築部門に異動になった。以来、不眠と頭痛に悩んでいる。おまけに周囲の者がアンドロイドじゃないかとの疑いが頭を離れない。産業医の勧めでシアトルのクリニックにSkype経由で診察とカウンセリングを受け始めたが…
 冒頭の診察場面で、医師のユウコ・サトウ・ティレルに同情したくなったり。というのも、患者の理来が、医師の質問について、いちいちその意図を探ろうとするから。そりゃやりにくいだろうなあ。でも賢い人って、往々にしてそういう所があると思うべきが、理来が疑心暗鬼に陥っていると解釈すべきか。
人工知能研究をめぐる欲望の対話 / 東京大学特任講師 江間有紗
 「眠れぬ夜のスクリーニング」の構造は、けっこう込み入っている。実は私もよく分かっていない。これを分かりやすく噛み砕くために、別の視点から描いた掌編が入っているのは嬉しいサービス。ヒトが持つ欲望を分類・整理した上で、「科学する欲望」「工学する欲望」なんて出してくる発想も楽しい。もう一つ、「表現する欲望」みたいのも、あってもいいかな、と思ったり。
第二内戦 / 藤井太洋
 2020年の銃規制がきっかけで、テキサスを筆頭とする南部諸州はFSA(アメリカ自由連邦)として独立する。数年後、私立探偵のハル・マンセルマンに依頼人が訪れる。ウォール街の投資技術者アンナ・ミヤケ博士だ。依頼はFSAへの入国、ただし身分を偽って。
 これも冒頭の風車が回る風景で、ちょっと西部劇を思い浮かべたり。中央証券取引所に漂う紫煙や「コルト・ガバメント」など、ちょっとした南部風の小道具にもニタニタしてしまう。BANもいいが、中心となる<ライブラ>の発想は、案外と早く実現するかも。
人を超える人工知能は如何にして生まれるのか? ライブラの集合体は何を思う? / 電気通信大学大学院情報理工学科/人工知能先端研究センター 栗原聡
 <ライブラ>のアイデアを、蟻の行列や鰯の群れに例えて、基礎から丁寧に解説するコラム。そういえば粘菌コンピュータ(→Wikipedia)なんてのもあった。ヒトの出す赤外線やフェロモンを追跡できたら、何か面白い研究ができるかも。
仕事がいつまで経っても終わらない件 / 長谷敏司
 第百八代総理大臣の大味芳彦は、憲法改正に挑む羽目になった。妻の早苗の父で、かつて何度も総理を務めた東山改進に迫られたためだ。今の情勢から見て、改憲は大博打になる。閣僚の結束も崩れ始めた。若手の長岡雄一の勧めに従い、人工知能の利用を試みるが…
 今までシリアスで暗い作品が多かった長谷敏司が、意外とはっちゃけた芸風を見せる作品。見憲研を率いる磐梯敦教授の、研究のためならあらゆる犠牲を厭わないマッドサイエンティストぶりが好きだ。にしてもウサギ耳のソンビ集団ってw
AIのできないこと、人がやりたいこと / 国立情報学研究所 相澤彰子
 やはり磐梯敦教授が気になったのか、「『無謀』と『挑戦』の線引き」なんて楽しいネタで始まるコラム。洗練されているように見える現在のコンピュータ技術も、基礎は案外と繰り返しの多い地味な作業の上に築かれてたりする。もっとも、研究って、たいていはそういうものなのかも。
塋域の為聖者 / 吉上亮
 チェルノブイリは、1986年の原発事故で人が消えた。今は<ゾーン>と呼ばれ、木々が生い茂り、一部は観光コースとなっている。ガイドのイオアンは、五歳の娘リティアを連れた子連れ観光ガイドとして有名だ。予定通り、事故を再現する劇場に、観光客を案内したが…
 <ゾーン>,「案内人」とくれば当然、SF者はストガルツキー兄弟の「ストーカー」を思い浮かべ、ウヒヒとなってしまう。が、お話は劇場から一転、激しいアクションに。今も続くウクライナ紛争に、得体のしれない複数の勢力を絡め、映像化したら映えそうな場面が続く。ほんと、このまんま映画化したらいいのに。
AIは人を救済できるか:ヒューマンエージェントインタラクション研究の視点から / 筑波大学システム情報系助教 大澤博隆
 作品中で扱っている重いテーマ、宗教に切り込んだコラム。ホンダのASIMOとバチカンの関係は知らなかった。かの有名なELIZA(→Wikipedia)やAIBOの葬式とか、案外とヒトってチョロいのかも…と思っちゃったり。ヒトとマシンのコミュニケーションは「機械より人間らしくなれるか?」、宗教は「ヒトはなぜ神を信じるのか 信仰する本能」が面白かったなあ。
再突入 / 倉田タカシ
 軌道上に浮かぶグランドピアノ。高度を維持する速度を失い、やがて大気圏に突入し、流れ星となる。<再突入芸術>という表現形式で名を挙げた故人の、最後の作品であり葬儀でもある。全地球に中継され、多くの人が鑑賞するだろう。
 AIと芸術なんぞという、これまた大変なテーマに挑みつつ、想定外のオチへと持っていく快作。「そもそも芸術とは何か」と根本的な問いも凄いが、それの扱いも「おお、こう料理するか!」と、ひたすら感服。
芸術と人間と人口知能 / 公立はこだて未来大学教授 松原仁
 これも作品と同様、根源的な問いに真摯に向き合ったコラム。話題になった第三回星新一賞の応募作、AIが書いたショートショートと、その舞台裏も掲載。ハーレクイン・ロマンスの正反対なんだなあ。だったら両方を組み合わせれば…とか考えてしまう。ショートショートの面白さはジョークの面白さと似てるんで、「ヒトはなぜ笑うのか」あたりも参考文献として面白いかも。

 複数の作家が競うアンソロジーは、作家ごとの味の違いが楽しめるのも美味しいところ。長谷敏司の意外な芸風が楽しめる「仕事がいつまで経っても終わらない件」では大笑いした。意外とコテコテな芸風もイケるのね。藤井太洋の「第二内戦」も、今SFマガジンで連載中の「マン・カインド」の舞台設定が覗けて嬉しかった。

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