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2018年7月 8日 (日)

ダン・アッカーマン「テトリス・エフェクト 世界を惑わせたゲーム」白揚社 小林啓倫訳

「これ以上テトリスを手元に置いておけない!」
  ――6 拡がるクチコミ

「これはソ連からやって来た、最初の知的財産なんですよ」
  ――8 ミラーソフトへ

オリジナルのエレクトロニカ60版テトリスが開発されてからというもの、新しいバージョンが生み出される際には、みなゼロから開発しなければならなかった。オリジナル版のテトリスも、そしいてゲラシモフ版、ハンガリー版も、そのたびに新しいコードが書かれたのである。
  ――9 ロシア人がやってくる

テトリスは単純だ。あまりに単純すぎる。
  ――12 テトリス、ラスベガスをのみこむ

このロシア人たちは、ゲームカートリッジとは何か、そして日本の家庭用ゲーム機がどのようなものかも理解していないのか。
  ――16 大きな賭け

「モニター、ディスクドライブ、キーボード、オペレーティングシステムで構成される」
  ――18 チキンで会いましょう

(エド・)ログの秘密は、彼が対数によるチューニングに精通しているところにあった。難しさを倍にしたい場合、たんに速度を倍にするのではだめなことを、彼は見抜いていた。
  ――19 ふたつのテトリスの物語

【どんな本?】

 みんな知ってる大ヒット・ゲーム、テトリス。

 落ちてくるブロックを横にズラし、または回して、隙間なく詰めこむ。ブロックは7種類、いずれも4つの正方形を組み合わせたもの。ルールは簡単、操作も単純。ストーリーもキャラクターもなく、敵も味方もいない。感情を揺さぶる要素は何もないはずの、幾何学的なパズルゲーム。

 にも関わらず、テトリスは史上空前の大ヒットとなり、私たちの貴重な時間を食いつぶし、みんなを寝不足に追いやった。ばかりでなく、ぷよぷよなど幾つもの後継者を生み出し、「落ちゲー」というジャンルまで開拓してしまう。

 そのテトリスは、どんな環境で、どのように生まれたのか。いかにして増殖し、マシンの違いを乗り越えて変異・適応し、国家の壁をすり抜け、世界中にパンデミックを引き起こしたのか。

 1970年代から1990年代までのコンピューター情勢、冷戦末期の緊張漂う国際関係、魑魅魍魎が徘徊する戦国時代のゲーム市場、当時のソ連の意外な素顔、コネと度胸と計算とハッタリが渦巻くビジネス・シーン、プログラマー同士の絆、そしてテトリスとゲームボーイにまつわる秘話など、刺激的なネタをたっぷり詰めこみ、驚きと興奮と郷愁に満ちた傑作ドキュメンタリー。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The TETRIS EFFECT : The Game That Hypnotized the World, by Dan Ackerman, 2016。日本語版は2017年10月17日第一版第一刷発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約343頁に加え、訳者あとがき5頁。9ポイント45字×18行×343頁=約277,830字、400字詰め原稿用紙で約695枚。文庫本ならやや厚めの一冊分。

 文章はこなれていて読みやすい。内容も特に難しくないが、テトリス登場当時の興奮を知っている年齢だと、更に楽しめる。中でも最も楽しめるのは、アセンブラで直接にハードウェアを叩くようなプログラムを書いている人だろう。

【構成は?】

 ほぼ時系列に沿って話が進むので、できれば頭から読んだ方がいい。あと、できれば登場人物一覧が欲しかった。重要そうな人物が登場する場面には、栞を挟むか付箋をつけるなどしておくといい。

  • Part 1
    • 1 グレイト・レース
    • 2 アレクセイ・レオニードビッチ・パジトノフ
    • 3 アメリカへ
    • 4 最初のブロック
    • 5 ザ・ブラックオニキス
    • 6 拡がるクチコミ
  • BONUS LEVEL 1 これがテトリスをやっているときのあなたの脳だ
  • Part 2
    • 7 鉄のカーテンの向こうから
    • 8 ミラーソフトへ
    • 9 ロシア人がやってくる
    • 10 「悪魔の罠」
    • 11 ELORGへようこそ
    • 12 テトリス、ラスベガスをのみこむ
  • BONUS LEVEL 2 テトリスは永遠に
  • Part 3
    • 13 防弾の契約
    • 14 秘密のプラン
    • 15 迫りくる嵐
    • 16 大きな賭け
    • 17 詰め寄るライバルたち
    • 18 チキンで会いましょう
    • 19 ふたつのテトリスの物語
  • BONUS LEVEL 3 認知ワクチン
  • エピローグ 最後のブロック
  • 謝辞/訳者あとがき

【感想は?】

 驚き呆れ焦り同感し懐かしみ感嘆し…と、気持ちを揺さぶられっぱなし。

 テトリスがソ連出身なのは有名だ。ただ、何の目的で、どんな経緯で造られたのか、となると、様々な憶測がある。曰く数学の教育用、AI研究、果ては…

「あまりに時間を費やしてしまうので、テトリスはアメリカの生産性を下げるために、悪の帝国で開発された悪魔の罠ではないかと怪しんでしまうほどだ」
  ――10 「悪魔の罠」

 と、陰謀説まであった。当然ながら、本書ではその真相も明らかになる。その過程で描かれる、当時のコンピューター情勢は、ロートル・プログラマーにとって、涙が止まらない懐かしさ。今でこそプログラミングは手軽に始められるが、1970年代はコンピューターに触れるってだけで特権階級だった。

1970年代初頭にコンピューターを自由に使うことができたというのは、紙の卒業証書より価値のあるものだったのである。
  ――3 アメリカへ

 ここで言うコンピューターは、懐かしきパンチガードでジョブを流すメインフレームである。現代の若いプログラマには意外に思えるだろうが、当時のプログラマはコンピューターに直接触れる事はできなかった。それはオペレーターという別の職種の方々の権限であって…

 などと年寄りが昔話を始めるとキリがない。

 それでも西側はマシな方で、ソ連をはじめとする東側は更にアレだ。それでもハッカー気質な人は洋の東西を問わず生まれてくる。最初の開発者アレクセイ・レオニードビッチ・パジトノフもそうだし、IBM-PCに移植したワジム・ゲラシモフもお仲間で、まさしく類は友を呼ぶ見本。

 ここで描かれるソ連のプログラマ同士の付き合いは、ネクタイ族が幅を利かせる前の古き良きエンジニアの楽園を思わせる。確かに政治的な締め付けこそ厳しいものの、契約だ権利だなどのウザい邪魔物から隔離され、面白いものはみんなで分け合うのだ。改めて考えると、これって共産主義の理想だよなあw

 かような環境はエンジニアにとって心地よいばかりでなく、テトリスの繁殖にも有利に働く。そう、繁殖である。バジトノフの職場を席巻したテトリスは、モスクワ市街へと漏れ出し、赤い首都も易々と陥落させ、国境をも超えて進撃を始め…

 と、テトリスが次々と人類を虜にしてゆくあたりは、その旺盛な感染力に舌を巻くばかり。だが、やがて鉄のカーテンが立ちふさがり…

 このカーテンを突き破ろうとする、西側のゲーム業界人の苦闘も、この本の大事な柱。なにせ相手は共産圏、こっちの常識は全く通じない上に、そもそも誰を相手にすればいいのかさえ分からない。ここで掟破りの大暴れを見せる任天堂の回し者、ヘンク・ロジャースの活躍はまるきしニンジャだ。

 何せ鉄のカーテンの向こう。

何かを尋ねるといいうのは(とくに1980年代のモズクワで政府機関について探るのは)、疑わしい行為なのだ。なんであれ、それを知らないのなら、おまえは知るべき人間なのではない――地元の人々はそう考えていたのである。
  ――1 グレイト・レース

 なんて所に、ロクなコネもなければ相手も知らず、体一つで突撃をかましたハンクの冒険は、ビジネスの成功物語としてもワクワクする。彼がELORG相手に繰り広げる大立ち回りは、秀吉の毛利攻めのような知恵と努力と誠意の物語だったり。また、ここでロジャースのバックとなる任天堂の体質も、日本人としてはちょっと誇らしかったり。

 また、テトリスそのものの数学的な性質や、ゲーム史の中でテトリスが打ち立てた数々の記録、そしてテトリスがヒトの精神に及ぼす影響も…

2014年に行われた研究によれば、テトリスをプレイすることで、喫煙者や飲酒者の欲求が約24%減少した。
  ――テトリス・メモ22

 なんて嬉しい話や、もしかしたらPTSDの治療に役立つかも、なんてネタまであって、ゲーム・マニアにはたまらない一冊だ。プログラマに、ゲーム・マニアに、冷戦時代のソ連に興味がある人に、ビジネスで一旗あげたい人に。読み始めたら止まらない、刺激と興奮に満ちたドキュメンタリーの傑作だ。

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