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2018年7月18日 (水)

スティーブン・ジョンソン「世界をつくった6つの革命の物語 新・人類進化史」朝日新聞出版 大田直子訳

本書のテーマのひとつは、この不思議な影響の連鎖、「ハチドリ効果」である。ある分野のイノベーション、またはイノベーション群が、最終的に、まるでちがうように思われる領域に変化を引き起こす。
  ――序章 ロボット歴史学者とハチドリの羽

グーテンベルクの発明から100年とたたないうちに、ヨーロッパ全土で多くの眼鏡メーカーが繁盛し、眼鏡はふつうの人がふつうに身に着ける――新石器時代の衣服の発明以来――最初の先進技術になった。
  ――第1章 ガラス

アイデアというものは根本的にほかのアイデアとのネットワークだからである。
  ――第2章 冷たさ

都市の成長と活力はつねに、人々が密集するとできる人間の排泄物の流れを管理できるかどうかにかかっている。
  ――第4章 清潔

リースはずっと、共同住宅改革――および都市貧困に対する戦略全般――の問題は、結局、想像力の問題ではないかと思っていた。
  ――第6章 光

「このプロセスの本質は代数や分析ではなく算術と数字のはずだと思っている人が多い。これはまちがいだ。この機関は数字で表された量を、まるで文字などの一般的符号であるかのように、配列して組み合わせることができる」
  ――第7章 タイムトラベラー

【どんな本?】

 私たちの暮らしは、様々な技術に支えられている。日の光は取り入れるが風や雨は遮るガラス。食品を長持ちさせる冷蔵庫。ニュースを伝えるラジオ。安心して飲める水。正確な時を刻む時計。夜を照らす電灯。そして、このブログを読み書きするコンピュータ。

 いずれも今の私たちにとっては当たり前のものだが、それの土台となる技術は、今とは全く異なる目的のために開発され、予想外の出会いと紆余曲折を経て、現在の形へと至ったものだ。

 ガラス・冷たさ・音・清潔・時間・光そして演算装置の七つの技術の誕生と成長の歴史を辿り、ヒトの知識と技術が社会にもたらす意外な効果を解き明かす、一般向けの技術史読本。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は How We Got to Now : Six Innovations That Made the Modern World, by Steven Johnson, 2014。日本語版は2016年8月30日第1刷発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約310頁。9.5ポイント43字×17行×310頁=約226,610字、400字詰め原稿用紙で約567枚。文庫本なら標準的な厚さの一冊分。

 文章はこなれている。内容も特に難しくない。たまに馴染みのない化学物質の名前が出てくるが、「そういうモノがある」程度に思っていれば充分で、理科が苦手でも大丈夫。どちらかというと科学より歴史の本なので、常識程度に世界史を知っていれば更に楽しめる。

【構成は?】

 各章は穏やかに繋がっているので、気になった所だけを拾い読みしてもいい。ただ、全体を通して一貫したメッセージもあり、それは頭から読んだ方が伝わりやすい。

  • 序章 ロボット歴史学者とハチドリの羽
    ハチドリの羽はどうやってデザインされたのか?/世界を読み解く「ロングズーム」
  • 第1章 ガラス
    ツタンカーメンのコガネムシ/ガラスの島/グーテンベルクと眼鏡/顕微鏡からテレビへ/ガラスで編まれたインターネット/鏡とルネサンス/ハワイ島のタイムマシン/ガラスは人間を待っていた
  • 第2章 冷たさ
    ボストンの氷をカリブに運べ/氷、おがくず、空っぽの船/冷たさの価値/氷によってできた街/人工の冷たさをつくる/イヌイットの瞬間冷凍/エアコンの誕生と人口移動/冷却革命
  • 第3章 音
    古代洞窟の歌/音をつかまえ、再生する/ベル研究所とエジソン研究所/勘ちがいから生まれた真空管/真空管アンプ、大衆、ヒトラー、ジミヘン/命を救う音、終わらせる音
  • 第4章 清潔
    汚すぎたシカゴ/ありえない衛生観念/塩素革命/清潔さとアレルギー/きれいすぎて飲めない水
  • 第5章 時間
    ガリレオと揺れる祭壇ランプ/時間に見張られる世界/ふぞろいな時間たち/太陽より正確な原子時計/一万年の時を刻む時計
  • 第6章 光
    鯨油ロウソク/エジソンと“魔法”の電球/“天才”への誤解/ピラミッドで見いだされた光/スラム街に希望を与えたフラッシュ/100リットルのネオン/バーコードの“殺人光線”/人口の“太陽”
  • 第7章 タイムトラベラー
    数学に魅せられた伯爵夫人/180年前の“コンピューター”/隣接可能領域の新しい扉
  • 謝辞/原注/参考文献/クレジット

【感想は?】

 「風か吹けば桶屋が儲かる」の技術史版。

 新しい技術が出てきた時、「それが何の役に立つの?」と見下そうとする人がいる。そういう人を言いくるめるのに、この本はとても役に立つ。

 それが最もよく出ているのが、「第1章 ガラス」だ。あなたの部屋の窓にはまっている、あのガラスだ。

 話は古代エジプトのツタンカーメンのスカラベから始まり、1204年のコンスタンティノープル陥落へと飛ぶ。オスマン軍から逃げたガラス職人たちは、ヴェネチアに引っ越す。彼らの技術は金になるが、火を扱うので火事が怖い。そこで首長はガラス職人を街区から追い出し、ムラーノ島に集めた。

 これが現在のシリコンバレーと同じ効果をもたらした。職人同士が技を競い、新しい工夫を交換し合って、ヴェネチア・グラスのブランドを打ち立てる。中でも秀でているのが、アンジェロ・バロヴィエールの功績だ。彼は「とびきり透明なガラス」を創り上げた。

それまでのガラスは、何かしら色がついていた。教会のステンド・グラスがカラフルなのは、ワザとじゃない。透明なガラスがないので、そうするしかなかったのだ。

 時代は飛んで15世紀。グーテンベルクが印刷機を発明する。これが、人々に意外な発見をもたらす。「なんかこの本、読みにくいなあ」。

 昔から遠視の人はいた。ただ、細かい字なんか読まないから、気が付かなかった。そこに安い本がやってきて、識字率もあがる。否応なしに、多くの人が自分が遠視だと気づかされたのだ。

 これで喜んだのが、眼鏡業界。透明なガラスがレンズを実用化したのはいいが、それまでは細々とした商売だった。だって字なんか読めるのは、修道院の学者さんぐらいだし。

 ところが印刷機の発明で、レンズの市場が一気に広がる。やがてレンズを組み合わせた顕微鏡が生まれ、コッホが細菌を見つけ出す。この発見が現代医学に、どれほどの貢献した事か。やがてレンズはカメラや携帯電話に搭載され、またグラスファイバーは断熱材や航空機、果ては光回線に…

 透明なガラスは別の変化ももたらす。職人はガラスの裏にスズと水銀の合金を貼った。鏡の誕生である。私たちは、やっと自分の姿をハッキリと見られるようになったのだ。これは絵画の世界に革命をもたらす。最初は自画像の流行だが、また遠近法も生み出してしまう。

 コンスタンチノープルの陥落から、遠近法の誕生や細菌の発見を予測できる者が、果たしてどれぐらい居ることやら。一つの技術が世界にどんな影響をもたらすのか、誰にもわからないのだ。

 とかの、巧くいった技術の歴史も面白いが、発明者の勘違いも面白い。

 例えば、かの有名なトーマス・エジソンとアレキサンダー・グラハム・ベル。蓄音機のエジソンと電話のベルだ。両者が最初に目論んだ目的が、見事にスレ違っている。

 エジソンは、蓄音機を手紙の代わりとして考えていた。声を吹き込んだ巻物を相手に郵便で送れば、メッセージを送れる。ボイスメールだね。そしてベルは、電話によるコンサートの実況中継を目論んでいた。今ならケーブルテレビの生中継に当たるんだろうか。

 ところが現実には、電話が個人相手へのメッセージ伝達に、録音機材が不特定多数相手の放送に使われている。開発者の言葉を鵜呑みにしちゃいけません。ティム・バーナーズ=リーだって、出会い系やXVIDEOS、ロシアによるアメリカ大統領選への介入までは予測できなかっただろう。

 同様に戸惑っているのが、真空管の父リー・ド・フォレスト。真空管はやがてラジオを生み出し、そこから流れてくるのは南部の黒人が生み出したジャズ。

「あなたがたは私の子どもであるラジオ放送に、何をしてくれたのだ?ラグライムだの、スイングだの、ブギウギだのといったぼろを着せて、このこの品位を落としている」
  ――第3章 音

 やがて真空管はエレクトリック・ギターを生み出す。アンプを通すまで「空気の振動」が存在しない、異端の楽器だ。新世代のミュージシャンたちは真空管に過大な負荷をかけると奇妙な効果が起きることを見つける。ヘビメタには不可欠なディストーション・サウンドの誕生だ。

 どうでもいいいが、この次にある「ハウリング」は、ギタリストの間じゃ「フィードバック」と呼ばれてる。

 などと、一つの技術や製品が生まれるまでの紆余曲折は、実に意外性に満ちていて楽しい。と同時に、一つのアイデアや技術が、社会にもたらす影響の予測の難しさもよくわかる。また、終盤では、アイデアを生み出す源泉について、面白い考察もしている。

 楽しく読みやすく意外性に満ちて、小ネタも満載。ほんと、技術史の本ってのは面白いなあ。

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