« Macは普通のパソコンか? | トップページ | 松崎有理「5まで数える」筑摩書房 »

2018年7月25日 (水)

ユージン・ローガン「オスマン帝国の崩壊 中東における第一次世界大戦」白水社 白須英子訳

バルカン諸国はすべて、かつてのオスマン帝国の一部であった。
  ――第1章 革命と三つの戦争 1908-1913

「なんでヨーロッパの戦争で私たちの生活を変えなくちゃいけないの?」
  ――第2章 「大戦」前の平和

戦争開始後は、(オスマン帝国の)全人口2300万人の12%にあたる280万人が出征することになる。
  ――第3章 世界規模の動員令

ムスタファ・ケマル「私はおまえたちに攻撃せよとは言わない。死ねと命令する。われわれが死ねば、別の部隊の兵士や司令官たちが取って代わるであろう」
  ――第6章 ダーダネルス海峡襲撃

「提供できる糧食や弾薬の量次第で、戦闘員は名乗り出たり、姿を消したりした。常に中核を成す存在がなく、聖戦士に除隊を申し出られれば、とどめるすべがなかった」。アラブ部族兵はいつものことながら、気まぐれであてにならなかった。
  ――第10章 クートの攻囲

トルコ軍兵士たちは降伏に同意したが、敵側に立つアラブ部族兵に囲まれると、武器を手放すのを拒否した。(略)トルコ兵はベドウィンから攻撃される心配がないとわかってからようやく武器を手放した。
  ――第13章 次々と結ばれた休戦協定

オスマン帝国戦線は、紛争の終結を早めるどころか、かえって戦いを長引かせた。
  ――終章 オスマン帝国の終焉

【どんな本?】

 エジプト、イエメン、サウジアラビア、ヨルダン、イスラエル、パレスチナ、シリア、レバノン、イイラク、トルコ、イラン。今なお戦火の絶えない、または政治的な不安定を抱えるこれらの国々は、元は一つの国だった。

 オスマン帝国。一時はウィーンにまで迫った大帝国だが、18世紀以降は領土を失い続け、19世紀の初期には崩壊寸前と目されていた。この危機に立ち上がった青年将校を中心とする「青年トルコ人」は、専制君主スルタン・アブデュルハミト二世から権力を奪い、帝国を立て直そうとする。

 そこに始まった第一次世界大戦は、西部戦線の膠着状態の打開を求める両陣営の思惑もあり、広大な領土と複雑な権力配分、そして様々な民族・部族を抱えるオスマン帝国も巻き込み、戦線を更に広げてゆく。

 現代の中東情勢を形作った、第一次世界大戦におけるオスマン帝国の戦いを、アラブ近現代史を専門とする歴史家が描く、一般向けの歴史書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Fall of the Ottomans : The Great War in the Middle East 1914-1920, by Eugene Rogan, 2015。日本語版は2017年10月10日発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約526頁に加え、訳者あとがき5頁。9ポイント46字×20行×526頁=約483,920字、400字詰め原稿用紙で約1,210枚。文庫本なら厚めの上下巻ぐらいの大容量。

【構成は?】

 ほぼ時系列に沿って進むので、素直に頭から読もう。

  • 用語の適用について/はじめに
  • 第1章 革命と三つの戦争 1908-1913
  • 第2章 「大戦」前の平和
  • 第3章 世界規模の動員令
  • 第4章 一斉射撃始まる バスラ アデン エジプト 東地中海
  • 第5章 ジハード開始 オスマン帝国領コーカサスとシナイ半島での戦い
  • 第6章 ダーダネルス海峡襲撃
  • 第7章 アルメニア人の虐殺
  • 第8章 ガリポリ半島でのオスマン帝国の勝利
  • 第9章 メソポタミア侵攻
  • 第10章 クートの攻囲
  • 第11章 アラブの反乱
  • 第12章 負け戦 バグダート シナイ半島 エルサレムの陥落
  • 第13章 次々と結ばれた休戦協定
  • 終章 オスマン帝国の終焉
  • 謝辞/訳者あとがき/写真クレジット/参考文献/原注/索引

【感想は?】

 テーマは、第一次世界大戦におけるオスマン帝国の戦い。

 このテーマは、「平和を破滅させた和平」とかなりカブっている。違いは、本書が主にオスマン帝国の視点で書いていること。

 だから、お話の基本的な流れは「平和を破滅させた和平」と同じだ。いずれも歴史書なんだから、同じなのは当たり前だけど。ただ、「平和を破滅させた和平」が、イギリスの国内事情を細かく書いているのに対し、本書はオスマン帝国の兵や市民の手紙や証言を多く収録している。

 中でも最もナーバスな話題は、アルメニア人虐殺(→Wikipedia)だろう。かなりアラブ贔屓な著者も、虐殺は事実だと認めている。ただ、その背景は、少々ややこしい。

 オスマン帝国はムスリムが多い。アルメニア人は正教徒だ。そして、同じ正教のロシアに親しみを感じている。もともと、ムスリムとアルメニア人との間には反目があり、衝突の歴史もあった。アルメニア人集落をクルド人が襲うこともあった。そこにロシアとの戦争である。そのため…

コーカサスにおけるロシアとトルコの宗教政策にはかなりの相似性があり、ロシア皇帝政府は、トルコに対するキリスト教徒の反乱を誘発することを期待し、同様にオスマン帝国政府は、ムスリムの連帯意識を利用してロシアに対するコーカサス・ムスリムのジハードの喚起をねらっていた。
  ――第5章 ジハード開始 オスマン帝国領コーカサスとシナイ半島での戦い

 と、互いに相手国内での蜂起を煽っていたし、実際に蜂起した例もある。これを恐れたオスマン帝国は根本的な解決を試みた。

「アルメニア人殺害は誰の命令で行われたのかね?」と、バラキヤンは突っ込んで訊いた。
「命令はコンスタンチノープルの統一派中央委員会と内務省から来た」とシュクリ大尉は説明した。
  ――第7章 アルメニア人の虐殺

 と、国家ぐるみの組織的な政策だった、とするのが本書の見解だ。このあたりは、トルコ贔屓の人には辛い所だろう。

 アルメニア人に限らず、当時のオスマン帝国は広く、実に多様な人々が住んでいた。イラクのシーア派、シリアやメソポタミアのベドウィン、リビアのサヌースィー教団、事実上は英国支配下だがタテマエはオスマン帝国内のエジプト人、そしてクルド人やアルメニア人…

こういった多種多様な人々が、多少の軋轢はあるにせよ、戦争前はちゃんと共存していたのだ。そういう点では、オスマン帝国の統治も、いい所があるじゃないか、と思えてしまう。こういう点では、現代人の方がよっぽど料簡が狭い。いったい、何が違うんだろう?

 前線で戦う将兵の手紙や取材も多いのが、本書のもう一つの特色だろう。中でも生々しいのが、ガリポリの戦い(→Wikipedia)。予想に反して長期の塹壕戦となるが、西部戦線と異なり、英仏軍の将兵には休める後方がない。そのため塹壕に釘付けとなり…

八月半ばまでに神経症患者は負傷者の五倍になったという。
  ――第8章 ガリポリ半島でのオスマン帝国の勝利

 と、長い戦いが将兵の心を蝕んだ様子がうかがえる。この戦いは双方の将兵に強い記憶となって残り、後の「アラブの反乱」では…

(英国軍)ラクダ部隊のある兵士の回想によれば、「驚いたことに、数人のトルコ兵が塹壕から飛び出してきて、われわれに握手を求めた」。それは、ダーダネルス戦で会ったのが最後の兵士たち同士が旧交を温めるという奇妙な一瞬だった。
  ――第12章 負け戦 バグダート シナイ半島 エルサレムの陥落

 なんて場面も。

 この「アラブの反乱」は「アラビアのロレンス」こと「知恵の七柱」が有名だが、この本とはだいぶ経緯が違う。そもそもロレンスが登場する前にファイサルが戦いを始めているし。どうもロレンスは単なる連絡将校みたいな立場らしい。

 もう一つ、重要なのが、当時のパレスチナ・シリア・レバノンに住む人々の暮らし向き。

 オスマン帝国は、若い男を徴兵し、歯向かいそうな者も追放した。人手不足で農地は荒れ、商店も閉じる。加えてイナゴが襲来して食い荒らし、「シリア地方では穀物の75~90%が失われた」。しかも、残った食料を軍が挑発し、強欲な商人は買いだめで値を吊り上げる。

1916年、空腹は飢餓に変わった。イナゴ、軍事接収、買いだめに加えて、食料の輸送や分配も滞ったため、1916年から戦争が終わるまでの間にシリアとレバノンに住む30万から50万の人たちに飢餓が生じた。
  ――第11章 アラブの反乱

 反乱の機は熟してたわけ。にしても、イナゴとは。さすが大陸の国は違う。

 例のイギリスの三枚舌も書いてあるが、元をただせばイギリスによるスルタン・オスマン号&レシャディエ号の押収である。確か首謀者はチャーチルだったような。

 当時のオスマン海軍の最高司令官は英国海軍のアーサー・リンプス提督だった。オスマン帝国を英仏側に抱き込むか、または中立に留めおく余地は充分にあったのに…とか、考えてしまう。そんな歴史改変物の小説って、ありそうな気がするんだけど、知っていたら教えてください。

 ハードカバーで500頁越えと、見た目の迫力は凄いし、実際に中身も大変に充実している。それでも、終盤のムスタファ・ケマルが立ち上がるあたりでは、かなり駆け足の雰囲気があって、名残惜しい気持ちになった。現代の中東が生き抜いてきた歴史の厳しさが伝わってくる、重い本だった。

【関連記事】

|

« Macは普通のパソコンか? | トップページ | 松崎有理「5まで数える」筑摩書房 »

書評:歴史/地理」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: ユージン・ローガン「オスマン帝国の崩壊 中東における第一次世界大戦」白水社 白須英子訳:

« Macは普通のパソコンか? | トップページ | 松崎有理「5まで数える」筑摩書房 »