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2018年6月28日 (木)

SFマガジン2018年8月号

惑星ウェレルは奇妙なところだった――奇妙でない世界があるだろうか?
  ――アーシュラ・K・ル・グィン「赦しの日」小尾芙佐訳

わたしは名前をつけられないものを書いてしまうんです。
  ――アーシュラ・K・ル・グィン インタビュウ「名前のつけられないものを書く」
   聞き役:デイヴィッド・ストライトフェルド,幹瑤子訳

江戸川乱歩「大正期の探偵小説は明治期とは逆に、先ず一般文壇にその機運が動き、それに追従する形で専門の探偵小説が生まれて来たとみるべきであろう」
  ――長山靖生「SFのある文学誌」第59回
     <私の目は赤い薔薇>川端康成の新感覚・神秘・そして科学

「均一化(イコライズ)だ」
  ――冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第21回

研究家というのは暇かどうかに関係なく、ただやりたいからというだけで研究対象を選んでしまうものではあった。
  ――瀬尾つかさ「沼樹海のウィー・グー・マー 後編」

「どなたか炎上のご用命がありましたら(笑)」
  ――筒井康隆自作を語る 最終回 筒井康孝コレクション完結記念(後篇)

 376頁の標準サイズ。

 特集は「アーシュラ・K・ル・グィン追悼特集」。初訳中編に加え、インタビュウ・追悼エッセイ・主要作ガイドなど。

 小説は9本。まずは特集の「赦しの日」。次いで連載4本。夢枕獏「小角の城」第48回,椎名誠のニュートラル・コーナー「ナグルスの逃亡」,神林長平「先をゆくもの達」第4回,冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第21回。

 読み切り&不定期掲載は4本。菅浩江「博物館惑星2・ルーキー第4話 オパールと詐欺師」,上遠野浩平「悪魔人間は悼まない」,瀬尾つかさ「沼樹海のウィー・グー・マー 後編」,倉田タカシ「うなぎロボ、海をゆく」。

 アーシュラ・K・ル・グィン「赦しの日」小尾芙佐訳。惑星ウェレルのガーターイー神聖王国は、惑星連合エクーメンへの加盟を望んでいるが、事実上は同じ惑星上の国家ヴォエ・デイオの従属国だ。そのガーターイーに、エクーメンから使節ソリーが来た。ソリーにはヴェオ・デイオから護衛官テーイェイオが派遣される。堅物で根っからの軍人。ウェレルには奴隷制度が残り、女は表に出ない。

 名手小尾芙佐の訳だぜラッキー、でも追悼特集だしなあ、と喜んでいいのか悲しむべきなのか、複雑な気持ち。ヴォエ・デイオとかテーイェイオとか、固有名詞の音感からル・グィンらしさが溢れてる。若く優秀で熱意に溢れ鼻っ柱の強い主人公ソリーは、コントリーザ・ライスを連想した。政治信条はだいぶ違うけど、なんかヒラリー・クリントンじゃないんだよなあ。

 菅浩江「博物館惑星2・ルーキー第4話 オパールと詐欺師」。8年前。化石ハンターのライオネル・ゴールドバーグから、変わった依頼があった。仔犬の乳歯をオパール化してくれ、と。新しいビジネスになるかも、とアフロディーテは引き受けた。が、問題はライオネルの相棒カスペル・キッケルトで…。

 あのデビアスが、遂に装飾用の合成ダイヤモンドを売り始める(→CNN)なんてニュースも入ってきて、タイミングはバッチリ。遺灰をダイヤモンドに、なんて商売もあるけど、オパール化は形がそのまま残るのが嬉しいんだろうなあ。

 椎名誠のニュートラル・コーナー「ナグルスの逃亡」。イースト駅に、奇妙な者がやってきた。防護服の下にギラギラの宇宙服の男。大柄で、赤い髭に覆われている。迫力はあるが、第一声は「あっ、いや、どうもコンニチワ」。

 謎だらけだったパイプ型の二重惑星の秘密が、少しづつ明かされる回。視点も、今までのラクダを連れた「私」から移り、視野が広がってくる。にしてもカンガルーが飲み物を運ぶってのは、どうやってるんだろう?

 冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第21回。バロットの通う学校に、ハンターが訪ねてきた。ウフコックの事を探りにきたらしい。しばらく沈黙を続けた後、ハンターは尋ねる。「彼は果たして人間なのだろうか」。警戒しつつも、情報を得るべくバロットは策を巡らすが…

 マルドゥック・スクランブルのカジノのシーンも緊迫感が凄かった。この回も「ただの会話」なのに、その下で交わされている互いの手の読み合いが、バトル・シーンのような激しさと緊張感が漂ってる。次第に見えてくるハンターの目的も、この回のお楽しみ。今までの彼の行動で、単に権力を求めるだけではないと感てはいたが…

 上遠野浩平「悪魔人間は悼まない」。悪魔人間アララギ・レイカは、統和機構の任務で、製造人間ウトセラ・ムビョウの警護と雑務を勤めている。雑務の中には、無能人間コノハ・ヒノオの相手も含む。三年前、アララギ・レイカは攻撃能力を持ち、始末屋として働いていたが…

 ムビョウといいヒノオといい、変な人ばかりが出てくるこのシリーズ。理知的で知識も豊富ながら、やっぱり変なレイカさん。雰囲気、長門有希っぽいなあ。もちろん、能力も。料理の怖い所は、変なモノを混ぜちゃったら最後、全部やりなおしになる場合も多いこと。でも試してみたいw

 瀬尾つかさ「沼樹海のウィー・グー・マー 後編」。コロニーのシャトルが、地球の沼樹海で墜落した。ウェイプスウィード事件の経験を買われたケンガセンは、再びヨルと組み、救助隊と現地住民の仲介にあたる。現地の者は、奥に得体のしれない物、ウィー・グー・マーが居る、と信じている。

 いきなりケンガセンの朴念仁ぶりに笑った。野生の能力w コロニーでも木星圏育ちのケンガセンと救助隊の面々、地球でも島嶼部出身のヨルと沼樹海の人々、それぞれの違いがよく書けてるなあ。果たしてウィー・グーマーの正体は? って、それは書籍版でのお楽しみ。いけず。

 神林長平「先をゆくもの達」第4回。マタゾウは、かつて地球の野生機械だった。今は火星にいて、ワコウにタムと呼ばれている。ワコウは、コマチの息子ハンゼ・アーナクの教師役として過ごしてきた。そして、ハンゼ・アーナクは地球へ旅立った。

 読み始めてしばらくは、ちょっとした眩暈の襲われた。ワコウとタムの関係が明らかになるにつれ、「おお、そういう事か!」と仕掛けが見え始める。そして改めて読み直すと、ちゃんと手がかりはあるんだよなあ。ものの見事にひっかかった。

 倉田タカシ「うなぎロボ、海をゆく」。海の底をゆく、うなぎロボット。もっとも、既にうなぎは絶滅してるけど。ほぼ自動制御で、大雑把な命令を伝えれば、細かい所は自ら判断して動き回る。今日は、沈んだ貨物船を見つけた。ここは大陸棚で、魚も多い。

 うなぎの絶滅が危惧されている現在、強烈な社会風刺ながら、トボけた筆致で説教臭さがきれいに消えてるのはさすが。タイミング的にも土用の丑の日が近いし。読んでいるとうなぎロボットが可愛くなるけど、なんじゃそりゃw

 筒井康隆自作を語る 最終回 筒井康孝コレクション完結記念(後篇)。ついに最終回。あの断筆宣言も、自ら語っているので注目。最近は出版社だけでなく、様々な業界でクレーマーが問題になってるけど、今でも事なかれ主義がはびこってるのはなんだかなあ…とか言いつつ、私も炎上を恐れて当たり障りのないネタしか書かなかったり。

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