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2018年6月14日 (木)

中野勝一「世界歴史叢書 パキスタン政治史 民主国家への苦難の道」明石書店

本書では、独立以来、民主主義確立のために苦難な道を歩んできたパキスタンの国内政治を主として1970年以降の動きを中心に記述した。
  ――まえがき

パキスタンでは国語であるウルドゥー語を母語として話している国民は一割にも満たないということである。
  ――第1章 パキスタンという国

独立以来67年近くになるが、(略)軍による統治は31年にも達している。
  ――第2章 長い軍政の歴史

1988年時点で麻薬常用者は224万人、そのううちヘロイン常用者は実に108万人に達した。
  ――第5章 オペレーション・フェアプレー

1998年5月28日、遂にパキスタンはイランとの国境に近いバローチスターン州チャーギー(Chagai)で誤解核実験を実施し、世界で七番目の事実上の核保有国となった。
  ――第9章 原爆の父と核の闇商人

「自爆テロ犯のおよそ9割は12歳から18歳位までの子供である」
  ――第10章 テロとの戦い

【どんな本?】

 1947年8月14日、二つの大国が誕生する。インドとパキスタンだ。ムスリムを中心とするパキスタンは、当初西パキスタン(現パキスタン)と東パキスタン(現バンクラデシュ)の二つに分かれていたが、1971年3月に東パキスタンがバングラデシュとして独立し、現在の形となった。

 インドとはカシミールで国境紛争を抱え、1998年には世界の反対を押し切って核兵器開発を成功させ、アフガニスタン問題ではビン・ラーディンを始め様々な勢力の隠れ家となると同時に、カラチ港から始まるISAFの兵站線となり、今なお多くのテロに苦しパキスタン。

 独立以来、一貫して民主主義政権が続くインドに比べ、なぜパキスタンは軍の影響が強いのか。近年はITを中心として経済発展しつつあるインドに対し、なぜパキスタン経済はパッとしないのか。なぜ無理をして核開発に邁進したのか。なぜテロが絶えないのか。

 アラビア海から中央アジアへ至る地勢的に重要な地域を占め、ムスリムが多くを占めながらも要人の多くが背広に身を包み、一時期は出稼ぎで日本に来る人も多かったパキスタンの現代史を、元カラーチー総領事が政治を中心に語る、一般向けの解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2014年8月31日初版第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約398頁に加え、あとがき3頁。9ポイント45字×18行×398頁=約322,380字、400字詰め原稿用紙で約806枚。文庫本なら厚い一冊分ぐらいの文字量。

 政治がテーマだから、お堅く気取ったまわりくどい政治的な言い回しが多いと思ったが、文章は意外とこなれている。もしかしたら最初はぶっちゃけた表現で書いて、後から外交官らしい文章に直したのかも。

 日本人には馴染みのない音感を持つ名前の登場人物や集団が、離合集散を繰り返すややこしい話だが、中心となる2~3人に絞って話を進めるので、複雑な割には呑み込みやすく書かれている。また、略語や固有名詞が多く出てくるので、索引はありがたい。

【構成は?】

 原則として前の章を受けて後の章が展開する形なので、なるべく頭から読もう。特に地域や民族を紹介する「第1章 パキスタンという国」と、政治勢力を語る「第2章 長い軍政の歴史」の「主要政党」は、重要な地図や固有名詞が出てくるので、複数の栞を用意しよう。

  • まえがき
  • 第1章 パキスタンという国
    日本の約二倍の国土/パキスタン最大の州/パシュトゥーンの州/五つの河/イスラームの門戸/イスラームの都/連邦直轄部族地域/インドとの係争地/民族/言語/宗教
  • 第2章 長い軍政の歴史
    軍政が30年以上/戒厳令/諜報機関・治安維持機関/国家安全保障会議/憲法/大統領/非常事態宣言/首相・連邦大臣/州知事・州首相/連邦議会/総選挙/司法/大反逆罪/連邦制と州の関係/宗教マイノリティの問題/言語騒動/地主や部族長が多数占める議会/主要政党
  • 第3章 司法による殺人
    中パ友好関係の樹立に尽力/クスーリー議員の父親殺人事件/イスラーム世界初の女性首相/ミスターテンパーセント/ベーナズィールの暗殺/ムルタザーとシャーナワーズの死
  • 第4章 ローティー、カプラー、マカーン
    バングラデシュの誕生/文民の戒厳令総司令官/戦後処理/バングラデシュ承認/中東諸国との関係緊密化/パキスタンで初めての民主的憲法/州政府と連邦政府の対立/スィンド州の言語騒動/野党弾圧の政策/総選挙でのPPPの圧勝
  • 第5章 オペレーション・フェアプレー
    総選挙後の国内混乱/マリー会談/ヌスラト・ブットー訴訟/サイドの総選挙延期/ブレジネフのクリスマス・プレゼント/イスラーム化政策/大幅な憲法改正/ジュネージョー首相の解任/ズィヤー大統領の死
  • 第6章 失われた10年
    PPP政権の復活/首相不信任の動き/憲法によるクーデター/軍部の申し子/イスラーム法施行法の制定/シャリーフ首相の解任と復権/ベーナズィール首相の返り咲き/判事の任命問題/シャリーフ首相の返り咲きと独裁化/前代未聞の最高裁乱入
  • 第7章 四度目の軍政
    非常事態宣言の布告/シャリーフ前首相の亡命/政権基盤強化のための憲法改正/宗教政党の予想外の躍進/ムシャラフ政権の正統化/ムシャラフ大統領の公約違反/女性保護法の制定/最高裁長官の停職処分/ムシャラフ大統領との連携の模索/司法に対するクーデター?
  • 第8章 民主主義定着への一歩
    与野党の逆転/判事の復職/国民和解政令(NRO)に違憲判決/政府と軍部の不和/第18次憲法改正/ビン・ラーディンの殺害/メモゲート事件/現職首相に法廷侮辱罪で有罪判決/アスガル・ハーン訴訟/シャリーフ、三度目の首相に/ムシャッラフ元大統領の訴追
  • 第9章 原爆の父と核の闇商人
    パキスタンの核実験/原爆の父/パキスタンの再処理プラント購入問題/米国の対パキスタン核不拡散政策の後退/米国の核不拡散政策の見直し/核の闇商人/イラン、北朝鮮、リビアに流出
  • 第10章 テロとの戦い
    宗派間の対立抗争/対立抗争のパターン/スンニー派とシーア派の過激組織/イラン革命/パキスタンの苦渋の選択/マドラサ改革/成果のない和平合意/無人飛行機による攻撃/赤いモスク事件/パキスタン・ターリバーン運動の結成/スワート軍事掃討作戦/自爆テロ
  • あとがき/写真出典一覧/パキスタン政治を知る上で有益な資料、サイト/年表(1970年以降)/索引

【感想は?】

 確かにパキスタンの現代史は「苦難の道」そのものだ。

 なにせ地域ごとの独自性が強い。もともとバングラデシュと一つの国にしようってのが無茶だった。今でも、アラビア海とイランに面するバローチスターン州や、北でアフガニスタンに接する地域は、地元の部族長が強く、連邦政府の威光が及ばない。

 と書かれてもピンとこないが、例えばバローチスターンのサルダール(部族長)制度。曰く、「自分の部族民を意のままに逮捕したり、身柄を拘束したり」できた。要は小さな王国ですね。貧しい地域ほどこういう古い体制が残ってる。

 ってんで開発するため道路を作ろうとしても、建設業者の立ち入りを部族長が許さない。しかもパキスタン最大のガス田があり、石炭も「生産量はパキスタンの49.3%を占める」。税制も…

財政の分野でも連邦政府が大きな権限を持っている。連邦政府は所得税、関税、売上税をはじめとして広範な徴税権を有しており、国家の歳入のうち連邦政府のシェアーは94.4%(2010/11年度)に達している。
  ――第2章 長い軍政の歴史

 と、毟り取られるんで、「連邦政府に食いものにされてる」と感じ、独立の機運も強い。幸か不幸か隣のイランにもバローチスターンは広がってて、バローチ人に暴れられると困るんで、パキスタンと一緒に押さえつけ…

 と、この本のように具体的に書かれると、問題のややこしさ・難しさが見えてくる。こういう所は、短く記事をまとめなきゃいけないWEBと違い、長い記述が許される書籍の嬉しい所。

 政党にしても、こういう部族主義みたいのを反映してか…

議員の多くが地主や部族長である…
  ――第2章 長い軍政の歴史

政党は同じ理念、考えを持った人々(略)というより、そのほとんどが特定の家族や人物の政党であり…
  ――第2章 長い軍政の歴史

 と、一部の有力者たちの権力争いみたいな色が強い。汚職や職権乱用にしても「パキスタンではどこでも見られる」と、みもふたもない事をサラリと書いてたり。

 対して軍が強いのがパキスタン。と書くと銃で国民を脅してるようだが、そんな簡単な話じゃない。

 国家兵站部=NLCは「国内の最大の公共輸送機関」だし、道路や橋も作る。日本なら国土交通省だね。加えて財団もあり、「砂糖、セメント、食品、発電」や学校・病院も運営してる。社会主義の色が濃いのもあるけど、明治政府のように国家のインフラを支え殖産興業を進める役割も担ってるわけ。

 中盤では軍事政権と文民政府の目まぐるしい入れ替わりを描いてるんだが、ここで目立つのが、やたら憲法をいじる点と、互いが違憲を裁判に訴えて司法を巻き込む点。

 もっとも、憲法については、国民投票が必要な日本と大きく事情が違う。クーデターで大統領になった軍人が、国民はおろか議会にすら諮らず勝手に憲法を変えちゃうのだ。いいのかそれで。

 個人的に興味津々だったのが、終盤の「第9章 原爆の父と核の闇商人」と「第10章 テロとの戦い」。特にヤバさ満開な、核技術の他国への漏洩では、表向きアブドゥル・カディール・ハーン博士がカネ目当てでやった形になっちゃいるが、どう見ても…

 これが「第10章 テロとの戦い」に入ると、マドラサ(神学校)が大きな要因として挙げられてる。困った形で教育の重要性が立証されちゃったわけだ。ここで描かれるアメリカの横暴さは、確かにパキスタン国民の誇りを逆なでするもので。

 などと、パキスタンという国そのものを知り、理解するには格好の一冊であると共に、日本との違いを考えながら読むと、「憲法」や「社会主義」や「軍政」なんて言葉の意味も少し違うように感じてきて、政治学にも少し興味がわいてくるなど、色々と好奇心を刺激される。

 敢えてケチをつけると、経済・産業面の話が少ないのは残念かも。とまれ、見た目の厳めしさに比べ、意外ととっつきやすく、文章もこなれてて読みやすい、入門用としては充実した本だ。

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