フェスティンガー,リーケン,シャクター「予言がはずれるとき この世の破滅を予知した現代のある集団を解明する」勁草書房 水野博介訳
人々がある信念や行動に深くコミットするとき、明らかにその誤りを証明する証拠を得た場合には、ただ、さらに深い確信と布教活動の増大という結果が生じるのである。しかし、誤りを証明する証拠が相当なものにのぼり、その結果、信念を拒否してしまうに至る〔変曲〕点が確かにあるようだ。
――第一章 成就しなかった予言と失意のメシアたち
【どんな本?】
1950年代。九月末のレイクシティ「ヘラルド」紙に、終末の予言が載る。「12月21日に大洪水が起きる」と。予言者はキーチ夫人(仮名)、とある小さなカルト集団の中心人物だった。
社会学者である著者らは、この記事を見て、一つの研究を思いつく。「固い信念を持つ者が、その信念を覆された時、どうするか?」 そこで、著者ら三人に加え二人の協力者が、身元を偽り、キーチ夫人を中心とした集団に潜り込む。予言前後における集団のメンバーの言動を記録するためだ。
オカルトに染まった者が、それを否定する現実を突きつけられた時、どうなるのか。どんな者が集団を離れ、どんな者が留まるのか。その違いを生み出すのは何なのか。
後に「認知的不協和(→Wikipedia)」なる概念を生み出す元となった、古典的な研究の報告。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は When Prophecy Fails : A Social and Psychological Study of a Modern Group That Predicted the Destruction of the World, by Leon Festinger, Henry Riecken, and Stanley Schachter,1956。日本語版は1995年12月5日第1版第1刷発行。
単行本ハードカバー縦一段組みで本文約326頁に加え、訳者解説が豪華53頁。9ポイント50字×19行×326頁=約309,700字、400字詰め原稿用紙で約775頁。文庫本なら厚い一冊分ぐらいの分量。
学者の書いた本のためか、文章はやや硬い。が、内容は特に難しくない。脳内で「話し言葉」に訳しながら読めば、中学生でも充分に理解できる。
ただ、やたらと登場人物が多いので、できれば登場人物一覧が欲しかった。
【構成は?】
原則として時系列順に進むので、素直に頭から読もう。
まえがき
第一章 成就しなかった予言と失意のメシアたち
第二章 外宇宙からの教えと予言
第三章 地上に言葉を広める
第四章 長い間、指令を待って
第五章 救済のさし迫った四日間
第六章 成就しなかった予言と意気盛んな予言者
第七章 予言のはずれに対するリアクション
第八章 ひとりぼっちで渇ききって
エピローグ
方法論に関する付録
宗教思想に関連した人名および用語集
訳者解説
【感想は?】
真面目な研究の報告なんだろうけど、それよりカルト集団を覗き見る野次馬根性で楽しめた。
本来のテーマは、認知的不協和。と書くとなんか難しそうだが、要は「痩せたい、でも食べたい」だ。気持ちと現実の板挟みである。
例えば。ケーキが目の前にあったら、私は何かと言い訳する。「ほんのチョットだけ」「今しか食べられないし」「せっかく出してくれたのに」「後で運動するから」「晩メシで調整する」。つまりは、どうにかこうにか言い訳して、とにかくケーキを食べようとする。
まあケーキぐらいなら大した問題じゃないが、宗教や政治が関わる信念だと、ちと面倒だ。ハッキリと証拠を示して理路整然と否定されると、逆に意地になって信念にしがみついたり。「愚行の世界史」に曰く、「事実で私を混乱させないで」。そんな風に意地になるには、幾つかの条件がある。曰く…
- 何かを硬く信じている。
- 信念に基づき、何か行動を起こしている。
- 信念が間違っていると、気持ちの上で否応なしに納得してしまう。
- しかも、間違いを示すハッキリした証拠がある。
- 間違いを指摘されても、同じ信念を支え合う仲間がいる。
キーチ夫人らのカルト集団は、この条件を検証するのに都合がよかったのだ。
本書の著者らが観察した集団は、キリスト教の終末思想をベースに、スピリチュアリズムとUFOを混ぜたカルトだ。サイエントロジーやダイアネティックスの亜流ですね。
中心人物のキーチ夫人は、心霊に憑かれ無意識にメッセージを書き留める。自動筆記(→Wikipedia)だ。心霊の名はサナンダ、キリストの現在の姿である。サナンダは太陽系外の惑星に住む。そこは地球より数百万年も文明が進んでいる。そのサナンダ曰く…
「12月21日に大洪水が起きるけど、準備ができてる人はUFOが迎えに行くから大丈夫」。
つまりは終末の予言だ。他にも高次元だの波動だの光と闇だの肉食うなだの金属を身に着けるなだの、ありがちなややこしい事を言ってたようだが、それは置いて。
この集団の性質が、見事に私の思い込みを覆してくれた。何より、外野からの金銭の寄付の申し出を、「彼らはいつも決まって拒絶した」。そういう意味では純粋なのだ。
しかも、ほとんど布教しない。著者や協力者が潜り込もうにも、巧く話を持っていかないと、門前払いを食らわす。著者も潜入の際の苦労を、何回か愚痴ってる。マスコミの取材にもなかなか応じない。新聞に予言を出したのも、キーチ夫人じゃない。布教に熱心なアームストロング博士(仮名)の仕業だ。
そんなわけで、集団の規模は小さい。著者らが直接に出会った人数は、「全部で33人」。やってる事も、集まって話し合ってるだけ。もっとも、遠くから来るため仕事を休んだり、連れ合いの反対を押し切ったり、中には仕事を辞めたり首になったりと、大きな代償を払ってる人もいる。
カネに汚くもなければ、布教にも不熱心、どころか秘密主義に近い。奇行はあっても爛れた乱行はなく、暴力的な洗脳もない。
「信仰が人を殺すとき」のモルモン教のように、組織が大きく布教に熱心なら目につくが、こういう小さく秘密主義の集団は目立たない。この集団は、たまたま新聞に載ったから見つかったけど、世の中には、こういう隠れた小さく静かなカルト集団が、見えないだけで実は沢山あるのかも。
そんな集団が、予言の日が近づき、何事もなく過ぎた時、どう変わるか。これが、この本のクライマックスだろう。
優れた、そして斬新な創作者は、往々にして一つの地域にまとまった集団で現れる。トキワ荘の漫画家たち、40年代~50年代のハリウッド周辺にタムロしたレイ・ブラッドベリなどのSF作家たち、フランク・ザッパやプリンスの周囲に集まったミュージシャンの「ファミリー」。
その理由は、こういう事なのかもしれない。
新しいモノが出てくると、世間はまず叩く。それでも我が道を貫くには、固い信念が要る。そんな信念を支えるのは、同じ熱意を持つ仲間たちだ。レイ・ブラッドベリ曰く、「外へ出て、おなじような境遇の人々をさがすこと――いうなれば、特別あつらえの教会を見つけるわけだ」。
逆の応用としては、カルトの洗脳を解く手段として、「とりあえず集団から引きはがせ」は有効なのかも。
などと真面目に読んでもいいが、カルト集団潜入記として野次馬根性で読んでも充分に面白い。
特に教義に関わる部分は、アブラハムの宗教が持つ終末思想が底にあるので、冷戦期の緊張の一端はコレにあるのかな、と思ったり。でも仏教の末法思想や北欧神話のラグナロクとかあるし、人類にはアリガチな発想なんだろうなあ。
と、いろいろと妄想が膨らむ本だった。
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