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2018年6月の15件の記事

2018年6月28日 (木)

SFマガジン2018年8月号

惑星ウェレルは奇妙なところだった――奇妙でない世界があるだろうか?
  ――アーシュラ・K・ル・グィン「赦しの日」小尾芙佐訳

わたしは名前をつけられないものを書いてしまうんです。
  ――アーシュラ・K・ル・グィン インタビュウ「名前のつけられないものを書く」
   聞き役:デイヴィッド・ストライトフェルド,幹瑤子訳

江戸川乱歩「大正期の探偵小説は明治期とは逆に、先ず一般文壇にその機運が動き、それに追従する形で専門の探偵小説が生まれて来たとみるべきであろう」
  ――長山靖生「SFのある文学誌」第59回
     <私の目は赤い薔薇>川端康成の新感覚・神秘・そして科学

「均一化(イコライズ)だ」
  ――冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第21回

研究家というのは暇かどうかに関係なく、ただやりたいからというだけで研究対象を選んでしまうものではあった。
  ――瀬尾つかさ「沼樹海のウィー・グー・マー 後編」

「どなたか炎上のご用命がありましたら(笑)」
  ――筒井康隆自作を語る 最終回 筒井康孝コレクション完結記念(後篇)

 376頁の標準サイズ。

 特集は「アーシュラ・K・ル・グィン追悼特集」。初訳中編に加え、インタビュウ・追悼エッセイ・主要作ガイドなど。

 小説は9本。まずは特集の「赦しの日」。次いで連載4本。夢枕獏「小角の城」第48回,椎名誠のニュートラル・コーナー「ナグルスの逃亡」,神林長平「先をゆくもの達」第4回,冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第21回。

 読み切り&不定期掲載は4本。菅浩江「博物館惑星2・ルーキー第4話 オパールと詐欺師」,上遠野浩平「悪魔人間は悼まない」,瀬尾つかさ「沼樹海のウィー・グー・マー 後編」,倉田タカシ「うなぎロボ、海をゆく」。

 アーシュラ・K・ル・グィン「赦しの日」小尾芙佐訳。惑星ウェレルのガーターイー神聖王国は、惑星連合エクーメンへの加盟を望んでいるが、事実上は同じ惑星上の国家ヴォエ・デイオの従属国だ。そのガーターイーに、エクーメンから使節ソリーが来た。ソリーにはヴェオ・デイオから護衛官テーイェイオが派遣される。堅物で根っからの軍人。ウェレルには奴隷制度が残り、女は表に出ない。

 名手小尾芙佐の訳だぜラッキー、でも追悼特集だしなあ、と喜んでいいのか悲しむべきなのか、複雑な気持ち。ヴォエ・デイオとかテーイェイオとか、固有名詞の音感からル・グィンらしさが溢れてる。若く優秀で熱意に溢れ鼻っ柱の強い主人公ソリーは、コントリーザ・ライスを連想した。政治信条はだいぶ違うけど、なんかヒラリー・クリントンじゃないんだよなあ。

 菅浩江「博物館惑星2・ルーキー第4話 オパールと詐欺師」。8年前。化石ハンターのライオネル・ゴールドバーグから、変わった依頼があった。仔犬の乳歯をオパール化してくれ、と。新しいビジネスになるかも、とアフロディーテは引き受けた。が、問題はライオネルの相棒カスペル・キッケルトで…。

 あのデビアスが、遂に装飾用の合成ダイヤモンドを売り始める(→CNN)なんてニュースも入ってきて、タイミングはバッチリ。遺灰をダイヤモンドに、なんて商売もあるけど、オパール化は形がそのまま残るのが嬉しいんだろうなあ。

 椎名誠のニュートラル・コーナー「ナグルスの逃亡」。イースト駅に、奇妙な者がやってきた。防護服の下にギラギラの宇宙服の男。大柄で、赤い髭に覆われている。迫力はあるが、第一声は「あっ、いや、どうもコンニチワ」。

 謎だらけだったパイプ型の二重惑星の秘密が、少しづつ明かされる回。視点も、今までのラクダを連れた「私」から移り、視野が広がってくる。にしてもカンガルーが飲み物を運ぶってのは、どうやってるんだろう?

 冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第21回。バロットの通う学校に、ハンターが訪ねてきた。ウフコックの事を探りにきたらしい。しばらく沈黙を続けた後、ハンターは尋ねる。「彼は果たして人間なのだろうか」。警戒しつつも、情報を得るべくバロットは策を巡らすが…

 マルドゥック・スクランブルのカジノのシーンも緊迫感が凄かった。この回も「ただの会話」なのに、その下で交わされている互いの手の読み合いが、バトル・シーンのような激しさと緊張感が漂ってる。次第に見えてくるハンターの目的も、この回のお楽しみ。今までの彼の行動で、単に権力を求めるだけではないと感てはいたが…

 上遠野浩平「悪魔人間は悼まない」。悪魔人間アララギ・レイカは、統和機構の任務で、製造人間ウトセラ・ムビョウの警護と雑務を勤めている。雑務の中には、無能人間コノハ・ヒノオの相手も含む。三年前、アララギ・レイカは攻撃能力を持ち、始末屋として働いていたが…

 ムビョウといいヒノオといい、変な人ばかりが出てくるこのシリーズ。理知的で知識も豊富ながら、やっぱり変なレイカさん。雰囲気、長門有希っぽいなあ。もちろん、能力も。料理の怖い所は、変なモノを混ぜちゃったら最後、全部やりなおしになる場合も多いこと。でも試してみたいw

 瀬尾つかさ「沼樹海のウィー・グー・マー 後編」。コロニーのシャトルが、地球の沼樹海で墜落した。ウェイプスウィード事件の経験を買われたケンガセンは、再びヨルと組み、救助隊と現地住民の仲介にあたる。現地の者は、奥に得体のしれない物、ウィー・グー・マーが居る、と信じている。

 いきなりケンガセンの朴念仁ぶりに笑った。野生の能力w コロニーでも木星圏育ちのケンガセンと救助隊の面々、地球でも島嶼部出身のヨルと沼樹海の人々、それぞれの違いがよく書けてるなあ。果たしてウィー・グーマーの正体は? って、それは書籍版でのお楽しみ。いけず。

 神林長平「先をゆくもの達」第4回。マタゾウは、かつて地球の野生機械だった。今は火星にいて、ワコウにタムと呼ばれている。ワコウは、コマチの息子ハンゼ・アーナクの教師役として過ごしてきた。そして、ハンゼ・アーナクは地球へ旅立った。

 読み始めてしばらくは、ちょっとした眩暈の襲われた。ワコウとタムの関係が明らかになるにつれ、「おお、そういう事か!」と仕掛けが見え始める。そして改めて読み直すと、ちゃんと手がかりはあるんだよなあ。ものの見事にひっかかった。

 倉田タカシ「うなぎロボ、海をゆく」。海の底をゆく、うなぎロボット。もっとも、既にうなぎは絶滅してるけど。ほぼ自動制御で、大雑把な命令を伝えれば、細かい所は自ら判断して動き回る。今日は、沈んだ貨物船を見つけた。ここは大陸棚で、魚も多い。

 うなぎの絶滅が危惧されている現在、強烈な社会風刺ながら、トボけた筆致で説教臭さがきれいに消えてるのはさすが。タイミング的にも土用の丑の日が近いし。読んでいるとうなぎロボットが可愛くなるけど、なんじゃそりゃw

 筒井康隆自作を語る 最終回 筒井康孝コレクション完結記念(後篇)。ついに最終回。あの断筆宣言も、自ら語っているので注目。最近は出版社だけでなく、様々な業界でクレーマーが問題になってるけど、今でも事なかれ主義がはびこってるのはなんだかなあ…とか言いつつ、私も炎上を恐れて当たり障りのないネタしか書かなかったり。

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2018年6月25日 (月)

エドワード・ケアリー「アイアマンガー三部作3 肺都」東京創元社 古屋美登里訳

邪悪なものがこの町にやってきた。
  ――幕開け 小さな女を見た

まあ、たしかにおかしいよ。だがよ、ロンドンほどおかしな人間がいる都市はねえよな。
  ――第4章 ロンドン・ガゼット 二

ごみは一瞬にして自分がごみになったとわかる。
  ――第7章 ボットン?

鼠よ、鼠、可愛い鼠、わたしたちを導いてくれるわね?
  ――第12章 水

さあ、来たれ、ここに。集え、すべてのものたち!
  ――第29章 戦いの前夜の叫び

【どんな本?】

 イギリスの作家エドワード・ケアリーによる、グロテスクでユニークで奇想天外な10代の少年少女向け長編ファンタジイ、アイアマンガー三部作の完結編。

 19世紀後半。ゴミで財を成したアイアマンガー一族は、ロンドン郊外の巨大なゴミ捨て場に君臨していた。隣のフィルチング区は壁でロンドンから隔離されており、貧しい者たちが住む。

 アイアマンガー一族の者は、生まれた時に特別な品「誕生の品」を贈られる。ドアの把手、安全ピン、曲がった鉗子、首つり用ロープ、踏み台などだ。一族の掟で、誕生の品は常に肌身離さず持たねばならない。

 クロッド・アイアマンガーは15歳。誕生の品は排水口の栓。栓には名前がある。ジェームズ・ヘンリー・ヘイワード。それが判るのはクロッドだけ。クロッドには物の声が聞こえるのだ。ばかりでなく、クロッドは物に対する特別な能力があった。

 ルーシー・ペナントはフィルチングの少女。病気で両親を喪い、堆塵館で働くうちにクロッドと出会う。二人の出会いをきっかけに始まった騒動は、アイアマンガー一族とフィルチングを巻き込み、ロンドンにまで忍び寄り…

 不思議な音感の言葉をふんだんに織り込み、リズミカルな文章で異様な人々と事件を、先の読めない驚きの連続な展開、そして著者自らのイラストで綴る、娯楽長編ファンタジイ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は IREMONGER BOOK 3 : LUNGDON, by Edward Carey, 2015。日本語版は2017年12月22日初版。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約500頁に加え、訳者あとがき7頁。9ポイント44字×20行×500頁=約440,000字、400字詰め原稿用紙で約1,100枚。文庫本なら上下巻でもいい分量。

 文章は相変わらずリズミカルで心地よく読める。もともと少年少女向けだし、難しい理屈は出てこない。ただしファンタジイなので、常識じゃありえない事が度々おこる。子供に戻って頭を柔らかくして読もう。

【感想は?】

 解説によると、映画化の権利が売れたとか。それは是非とも観たい。

 このシリーズらしいのが、ファンからのリクエスト。「監督はティム・バートンに!」。そう、たしかにティム・バートンならピッタリだ。

 ティム・バートンが描くのは、社会からはみ出してしまう者たちだ。異形の者、奇形の者。「普通」に生きてゆく、ただそれだけの事が、どうしても出来ない者たち。この物語にも、そんなはみ出し者が次から次へと登場する。

 ある者は打ちひしがれ、ある者は運命を受け入れ、ある者は元気いっぱいに暴れまわる。そして、徒党を組んで叛逆を目論む者もいる。

 そういった者たちが潜む町として、ロンドンは実に相応しい。大英帝国の首都であり、疫病流行の震源地であり、また生きている人間より幽霊の方が多いと言われる町。急速に拡大し、路地裏には有象無象がたむろし、工場の煙は蛾すら黒く変えてしまう。

 そんなロンドンに、アイアマンガー一族がやってくる。私たちが知っている LONDON を、LUNGDON にするために。

 ゴミでのしあがったアイアマンガー一族だ。不思議な力を持つ者も多い。主人公のクロッドは、物の声が聞こえる。それだけじゃないのは、このシリーズの読者ならご存知だろう。確かにクロッドは特別だが、家長のウンビットを筆頭に、他にも不思議な力を持つ者はいて…

 と、そんなアイアマンガー一族が、19世紀のロンドンに潜み、陰謀に向かい着々と計画を進めてゆく。もうこれだけで、お話としては充分に美味しいネタだ。

 が、もちろん、それ以外にも読みどころは沢山ある。

 その筆頭は、我らがヒロイン、赤毛のルーシー・ペナントが暴れまわるパート。気性の激しい暴れん坊、やられたらやり返す山猫娘。

 「穢れの町」から次第にリーダーとしての素質を表し始めたルーシー、この第三部ではロンドン狭しと走り回る。汚物にまみれゴミに埋もれ、それでも生き延びるために暴れまわる。彼女の役を演じる役者さんは災難だなあw

 クロッドの場面がビックリ仰天なアイデア満載なのに対し、ルーシーの場面は傷だらけになりながらの激しいアクションが中心。そのため、動きが多くて物語に勢いをもたらしてる。

 加えて、新登場のゲストも相変わらずクセの強い連中が多い。私が気に入ったのは、真っ暗なロンドンを我が物顔で闊歩する角灯団。本来なら隅っこに押しやられてしまう者たちだが、アイアマンガー一族の潜入と共に起きた異常事態にいち早く立ち上がり、重要な役割を果たす。

 こういう所が、本来の読者である少年少女たちに、たまらない魅力なんだろうなあ。こういう連中ってのは、普通の人が知らない所もよく知ってるし、まさしくピッタリな役どころ。

 もちろん、レギュラー陣も負けずに頑張ってます。やはり期待をたがえずドス黒い輝きを放ちまくるのが、いじめっこの暴れん坊モーアカス。もともと異様に凶暴だったモーアカス、この巻では悪辣さが更に増し、悪知恵もパワーも数段アップして活躍しいてくれる。

 表紙も書名も不気味で暗く陰鬱な雰囲気を漂わせているし、実際に前半はそういう場面も多い。が、完結編だけあって、特にこの巻の終盤では、大掛かりなスペクタクル・シーンが目白押し。ロンドン観光の目玉の一つ、アレまでナニして、それこそ怪獣映画のごとき阿鼻叫喚の場面が…

 奇想天外のアイデア、歯切れよく読みやすい文章、激しいアクション、輝ける大英帝国の影に隠れた忌まわしい事実、虐げられたものたちの逆襲、強烈な個性を持つキャラクターたち。子供向けとはいえ、盛り込まれたサービスはてんこもり。読み始めたら止まらない、ケレン味たっぷりの娯楽大作だ。

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2018年6月24日 (日)

エドワード・ケアリー「アイアマンガー三部作2 穢れの町」東京創元社 古屋美登里訳

「おれは仕立屋を見たよ。あの仕立屋だよ。しばらくのあいだ奴のポケットに入っていた」
  ――第3章 十シリング金貨の苦難の旅

「山からあの赤ん坊を奪えば、壁は落ちる」
  ――第6章 この少年を見たことがありますか

「穢れの町が騒がしい。よく聞こえない。しかしいるぞ。そこに。私は聞き漏らさない。アイアマンガー?」
  ――第11章 穢れの町の通りで

「そうだ、クロッド・アイアマンガー。おまえがやらなければならない。おまえにはアイアマンガーの力が備わっている。それは間違いない。その力を正しく使うんだ」
  ――第12章 そこで約束がなされ、なにかが解ける

「そんなこと、もうさせちゃいけない。立ち上がらなければ。もうこれ以上、あの人たちの好きにさせちゃいいけない。わたしたちの、戦う集団を作るの」
  ――第21章 門へ

【どんな本?】

 イギリスの作家エドワード・ケアリーによる、グロテスクでユニークで奇想天外な10代の少年少女向け長編ファンタジイ、アイアマンガー三部作の第二部。

 19世紀後半。ロンドン郊外に、巨大なゴミ捨て場がある。アイアマンガー一族はゴミで財を成し、ゴミの山の奥の堆塵館に君臨する。ゴミ山の隣はフィルチング区。今は穢れの町と呼ばれ、ロンドンから壁で隔離されていて、ゴミ山やアイアマンガー一族に依存する貧しい者たちが住む。

 アイアマンガー一族の者は、生まれた時に特別な品「誕生の品」を贈られる。ドアの把手、安全ピン、曲がった鉗子、首つり用ロープ、踏み台などだ。誕生の品は、常に肌身離さず持つ。それが一族の掟だ。

 クロッド・アイアマンガーは15歳。誕生の品は排水口の栓。栓には名前がある。ジェームズ・ヘンリー・ヘイワード。それが判るのはクロッドだけ。クロッドには物の声が聞こえるのだ。

 ルーシー・ペナントはフィルチングの少女。病気で両親を喪い、堆塵館で働くうちにクロッドと出会う。二人の出会いは堆塵館を、アイアマンガー一族を、そしてフィルチングを巻き込む大事件へと発展し…

 不思議な音感の言葉をふんだんに織り込み、リズミカルな文章で異様な人々と事件を、先の読めない驚きの連続な展開、そして著者自らのイラストで綴る、娯楽長編ファンタジイ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は IREMONGER BOOK 2 :FOULSHAM, by Edward Carey, 2014。日本語版は2017年5月31日初版。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約323頁に加え、訳者あとがき4頁。9ポイント44字×20行×323頁=約284,240字、400字詰め原稿用紙で約710枚。文庫本なら厚めの一冊分。

 文章はリズミカルで心地よく読める。たぶん原書もそうなんだろう。これを見事に日本語に写しとった翻訳者の工夫に敬服する。

 少年少女向けのためか、難しい理屈は出てこない。ただしファンタジイなので、常識じゃありえない事が度々おこる。子供に戻って頭を柔らかくして読もう。

【感想は?】

 世の中には、モノに名前をつける人がいる。そういう人には、麻薬のような魅力がある本だろう。

 なんたって、モノがしゃべるのだ。第一部「堆塵館」の冒頭では、クロッドの特殊能力とされていた。確かに特殊能力ではあるんだが、それには秘密があって…

 そんなわけで、「第3章 十シリング金貨の苦難の旅」の冒頭、パイの店の場面では、幼い頃に浸った妄想が蘇ってきたり。今でも私の〇〇の中では、××同士でおしゃべりしてるのかも。きっとアレが一番威張ってるんだろうなあ。デカいし重いしギザギザがあるし。

 そんな童話っぽい楽しさが、ギッシリ詰まってるのが、このシリーズの嬉しい所。なんたって、読み始めてすぐ、お約束の台詞が飛び出すし。

「その金貨は決して使ってはならんぞ。いいな、ジェームズ・ヘンリー」
  ――第1章 子供部屋から見ると

 「振り返るな」と言われれば振り返り、「覗いてはけない」と言われれば覗き、「入ってはいけない」と言われれば侵入するのがお約束。当然、読む者としては、「いつ、どうやって手放すんだろ?」と意地悪い期待をしながら読むわけですねw そしてもちろん、禁忌には秘密があると相場が決まってるし。

 とかのお約束のパターンで読者を引っ張るかと思えば、想像の斜め上をいく発想を次から次へと繰り出すのも、このシリーズならでは。加えて場面の大半にゴミが絡んでるあたり、イギリス人らしいヒネクレ方だよなあ。

 全般的に重くドンヨリした雰囲気だった第一部に対し、第二部ではチェイスやバトルなどのアクションも増え、かなりお話も人物も動きが多くなった。もともとお転婆なルーシーはもちろん、陰気なクロッドも暴れる場面が出てきたり。

 でもキャラクターだと、主人公のクロッドとルーシーより、脇役の方が色々と強烈だったり。「第4章 ごみでできた男」で初登場のビナディットとかは、登場のインパクトじゃ群を抜いてる。もともとヒトとモノの境があやふやな物語なだけに、何者なのかと怪しみながら読むと…

 このピナディットが「変装」する場面も、大笑いしてしまった。確かに正体はバレなくなるけど、「剥がれない」って、ヒドいじゃないかw

 モノへの愛情があふれ出すのが、ホワイティング夫人。思い出の品を大切にする年配のご婦人は多いが、彼女の場合は…。まあ、このお話に出てくる人だし。何かのコレクターにとっては、格好の伴侶。もっとも、人には見られたくないモノを集めてる人あ、チト困るかもw

 そして、クロッドの運命を大きく変えるのが、「仕立屋」。きっとモデルはあの有名人(ヒント:1888年ロンドン)だろうなあ、と思ったり。

 加えて、やっぱり出ましたモーアカス。相変わらず凶暴で凶悪で傲慢です。近づく者すべてを見下し罵り脅し殴り暴れまわる。やっぱりモーアカスはこうでなくちゃ。困った奴ばかりのアイアマンガー一族の中でも、最も悪辣な上に若く体力もあるからタチが悪い。

 などと意表をついてくるのは人物ばかりではなく、もちろんストーリーも驚きの連続。最後も「おいおい、どうすんだよコレ!」で終わるので、次の「肺都」を用意して読み始めた方がいいかも。

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2018年6月22日 (金)

エドワード・ケアリー「アイアマンガー三部作1 堆塵館」東京創元社 古屋美登里訳

「安全ピンの叫び声が聞こえたんです」
  ――第1章 なんの変哲もない浴槽の栓

「わたし、ほかにはなにも持っていないの! なにひとつ持っていないのよ! 自分の物はひとつも」
  ――第13章 口髭用カップ

「これがあれば自分が何者かがいつもわかるだろう」
  ――第19章 大理石のマントルピース

【どんな本?】

 イギリスの作家エドワード・ケアリーによる、グロテスクでユニークで奇想天外な10代の少年少女向け長編ファンタジイ。

 時は19世紀後半、場所はロンドン郊外のフィルチング区。そこは大量のゴミが山を成す巨大なゴミ捨て場だった。ゴミの山の中央に、堆塵館がある。ゴミで財を成したアイアマンガー一族が住む館。

 一族の者は、生まれた時に特別な品物「誕生の品」を贈られる。それはドアの把手だったり、安全ピンだったり、曲がった鉗子だったり、首つり用ロープだったり、踏み台だったり。誕生の品は、常に肌身離さず持っていなければならない。

 若きアイアマンガーの一人、クロッドは15歳。誕生の品は排水口の栓。栓には名前がある。ジェームズ・ヘンリー・ヘイワード。それが判るのはクロッドだけ。クロッドには物の声が聞こえるのだ。

 堆塵館に住まうのは、二種類のアイアマンガー。純血のアイアマンガーが君臨し、その血を引く混血のアイアマンガーが仕え働く。その日、一人りの少女が、フィルチングから館に連れてこられた。名前はルーシー・ペナント。両親を喪い、孤児となったルーシーは、これから堆塵館で働くことになる。

 やがてクロッドとルーシーは、堆塵館に大きな騒ぎを引き起こし…

 不思議な音感の言葉をふんだんに織り込み、リズミカルな文章で異様な人々と事件を、先の読めない驚きの連続な展開、そして著者自らのイラストで綴る、娯楽長編ファンタジイ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は IREMONGER BOOK 1 : HEAP HOUSE, by Edward Carey, 2013。日本語版は2016年9月30日初版。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約388頁に加え、訳者あとがき9頁。9ポイント44字×20行×388頁=約341,440字、400字詰め原稿用紙で約854枚。文庫本なら厚い一冊分。

 文章は翻訳物とは思えぬ読みやすさ。たぶん原書の文章にも微妙なリズムがあるんだろう。このリズムを巧みに日本語に写しとっている。お陰で心地よく読める半面、「あれ、なんか今、大変な事が起こったよね?」と何度も同じところを読み返す羽目に。

 少年少女向けのためか、難しい理屈は出てこない。ただしファンタジイなので、常識じゃありえない事が度々おこる。子供に戻って頭を柔らかくして読もう。

【感想は?】

 読むミュージカル。

 少年少女向けとはいえ、翻訳物だ。言葉の選び方や、文章のリズムなどで、普通は多少ぎこちなくなる。が、この作品は、なんかリズムのようなものを感じるのだ。リズムというよりグルーヴが近いかも。

 中でも私が脱帽したのは、執事スターリッジが歌で自己紹介する場面。

「私は管理者、あるべき場所に物を置く。箒と塵取り、磨いては叱る。ご機嫌いかが?」
  ――第7章 鼈甲の靴べら

 全然キャラは違うけど、私はここで映画「リトル・ショップ・オブ・ホラーズ」のドS歯医者を思い浮かべた。あ、86年のリメイクの方です。あと、ロッキー・ホラー・ショーでバイク乗りのエディが登場する場面。いやいずれも雰囲気は全く違うんだけど、変な奴が続々と出てくるのが共通点かな?

 とかの文章に乗って登場するキャラクターたちは、イギリスのファンタジイらしくケッタイな奴ばかり。

 主人公のクロッドからして、体が弱く暗くイジケた性格の小僧な上に、物の声が聞こえるという変な能力を持っている。バトル物なら、この特殊能力が何かの役に立つかもしれないが、生憎とそんな単純なお話じゃない。

 従兄のモーアカスはいばりんぼのいいじめっこ。乱暴な奴で、コイツに見つかったらタダじゃ済まない。小うるさいロザマッド伯母さんの誕生の品はドアの把手。不愛想で子供たちの粗さがしに余念がない。いるよね、こういう小言オバさん。

 でも少しは気が合う人もいる。従兄のタミスは二つ年上。大人しくて生き物が好きだが、一族から軽んじられている節がある。伯父のアライヴァーは医師。落ち着いていて理知的だから、珍しくマトモな人かと思ったら…。そういうアレな所も含めて、私はアライヴァーが気に入った。

 そんな変人ばかりが住む堆塵館は、屑山に取り囲まれている。

 最近の世の中は安全意識が高まってて、危ない場所は有刺鉄線などで囲み子供が入れないようにしてある。でも私が幼い頃は廃材置き場みたいなのが近所にあって、悪ガキどもの遊び場になってた。今から思えば無茶苦茶な時代だw

 そんな悪ガキの血が騒ぎだすのが、屑山を描く場面。なんだが、近所の廃材置き場なんて甘っちょろいシロモンじゃない。見渡す限りのゴミの山で、毒ガスが噴き出してくる。足元も安定しておらず、崩れたり大きな穴が隠れてたり波打ってたり。

 想像がつかなかったら、「スモーキー・マウンテン」で画像検索してみるといいかも。

 そんな舞台で繰り広げられるドラマも、これまた奇妙奇天烈なエピソードがてんこもり。そもそも「誕生の品」からして、何の意味があるのやら。

 風呂の栓や安全ピンぐらいなら、役に立たないまでも、少なくとも邪魔にはならない。でも、これが片手鍋や踏み台やブリキの如雨露は、ちと邪魔くさい。なんだってそんなモンを持ち歩かにゃならんのか。それでも持ち歩けるならまだマシで…

 そんな彼らアイアマンガー一族が、後生大事に守るケッタイなしきたりの数々は、今でも残るイギリスの貴族制度を皮肉っているのかな?

 もっとも、そういう小難しい事を考えなくても、ルイス・キャロルの「不思議の国のアリス」から続く、イギリスのナンセンス・ファンタジイの豊かな地脈の色合いが濃いかも。独特のリズム感があるあたりは、マザー・グースの香りも少々。

 変テコな舞台で変テコな者たちが変テコな信念に基づく変テコな儀式を繰り広げつつ、アッと驚く展開で目まぐるしく話が進んだ末、「なんだってー!」な場面で第一部は終わる。気の短い人は、第三部の「肺都」まで揃えてから読み始めよう。でないと、屑山の悪夢に悩まされるかも。

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2018年6月20日 (水)

涌井良幸・涌井貞美「雑学科学読本 身のまわりのモノの技術」中経の文庫

エスカレーターの利点は搬送能力が高いこと。エレベーターに比べて格段に効率がいい。
  ――エスカレーター

電気自動車は普通の車よりも部品点数が少なく、2/3程度ですんでしまう。
  ――ハイブリッドカーと電気自動車

人の汗自体にはニオイがない。
  ――制汗・制臭スプレー

ファクスの起源は古く、電話よりも早い1843年にイギリス人が発明したそうである。
  ――ファクス

【どんな本?】

 新幹線のぞみはなぜアヒルの口みたいな恰好なの? 電子温度計が早く体温を測れるのはどうして? お米はとぐものだよね。じゃ無洗米は予めといであるの? デジカメのオートフォーカスはどうやってるの?

 私たちが日ごろ使っている新商品や、よく見かける新しい機械は、便利だし使い方も簡単だ。でも、どんな理屈で動くのか、どんな素材を使っているのかなどは、まずもってわからない。身の回りにある最新テクノロジーを、ふんだんにイラストを使ってわかりやすく伝える、一般向け科学(というより雑学)解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2012年8月1日第1刷発行。私が読んだのは2012年12月31日発行の第8刷。売れたなあ。文庫本で縦2段組み、本文約274頁。9.5ポイント17字×15行×2段×274頁=約139,740字、400字詰め原稿用紙で約350枚。文庫本としてはやや少なめの文字数。加えて、ふんだんに説明用のイラストが入っているため、実際の文字数は7割程度。

 文章は比較的にこなれている。内容も、あまり細かく難しい所には踏み込まない。特にデジタル処理のあたりは、かなり大雑把に感じた。反面、機械工学や化学の方面では、イラストが絶大な効果を発揮して、とってもわかりやすい。

 ただ、表紙の独特なセンスは好みが分かれる所w 昭和30年代の子供向け漫画雑誌に描かれる21世紀の風景、とでも言うか。むしろ、そういうモノを読むつもりで、気軽に手に取ってほしい、そんな想いを込めたのかも。

 ちなみに表紙図版は小林哲也、表紙イラストは松島ひろし、表紙デザインはMalpu Design(清水良洋)。本文デザインは島田利之(シーツ・デザイン)、本文イラスト・図版は小林哲也。

【構成は?】

 ぞれぞれ4頁ほどの独立した記事が並ぶ格好。しかも、各記事には1~2頁のイラストが必ず入っている。しかもこのイラスト、実に的確かつ分かりやすく原理や仕組みを伝えてくれる。

  • はじめに
  • 第1章 街で見かけるモノの技術
    タワークレーン/エスカレーター/エレベーター/耐震・制震・免震構造/飛行機/新幹線の形/自動改札/ETC/交通信号
  • 第2章 外出先で触れるモノの技術
    FM放送とAM放送/カーナビ/パワーステアリング/歩数計/ハイブリッドカーと電気自動車/高機能タイヤ/WiFiとWiMAX/リライトカード/バーコード/ICタグ/生体認証
  • 第3章 身近にあるモノの技術
    ボールペン/電子体温計/体脂肪計/使い捨てカイロ/制汗・制臭スプレー/日焼け・日焼け止めクリーム/瞬間接着剤/撥水スプレー/形態安定シャツ/ヒートテック/遠近両用コンタクトレンズ/放射線測定器/紙おむつ/透けない水着
  • 第4章 生活で使うモノの技術
    無洗米/石けんと合成洗剤/洗剤浮揚の布とスポンジ/抗菌グッズ/フッ素樹脂加工のフライパン/電子レンジとIH調理器/スチームオーブンレンジ/曇らない鏡/LED照明/リンスインシャンプー/サイクロン掃除機/リモコン/ファクス/エアコン/インバーター蛍光灯/電波時計/ガラス
  • 第5章 ハイテク時代のモノの技術
    フラッシュメモリー/デジカメ/オートフォーカス/ブロードバンドの上りと下り/インターネット電話/デジタル放送とデジタルテレビ/インターネット放送/薄型テレビ/立体テレビ/DVDとBru-Ray/BSとCS/タッチパネル/ノイズキャンセリングヘッドフォン/サイレントギター/プラズマクラスターイオン
  • コラム
    コンセントの穴の大きさが異なる理由/電線は3本1セット/電池の起源は「カエル」だった!?/羽根のない扇風機/お掃除ロボット
  • おもな参考文献/おもな参考ホームページ

【感想は?】

 表紙で損してるんだか得してるんだかw

 先にも書いたように、昔の少年漫画雑誌に載ってる「未来のメカ」みたいな雰囲気で、かなり遊んでる。悪く言えばふざけた感じがあるが、同時に親しみやすく楽しげだ。

 で、読んでみると、確かに親しみやすくて楽しいんだけど、決してふざけてはいない。ICやLSIなどデジタル関係のネタは相当にはしょった感はある。でも、「じゃお前が書いてみろ」と言われたら、お手上げだなあ。

 本当に「わかる」かどうかは置いて、とりあえず「わかったつもり」にはさせてくれる。それぞれの記事はせいぜい4頁な上に、イラストで少なくとも1頁は取られるので、実際の文字数は3頁程度。それで最新技術を素人の読者に一応は納得させるんだから、これは難行だよなあ。

 じゃ誤魔化しているのかというと、決してそんなことはない。私がこの本を読もうと決めたのは、無洗米の記事だ。書棚から取りだしパラパラとめくって、たまたま無洗米が目に入った。てっきり予めといであるのかと思ったら、全然違った。

 普通に精米すると、米粒の肌に糠がこびりついてる。これを更に精米して、肌の糠を取るのだ。というか、米を研ぐって、米粒の肌に残った糠を取るって事だったのか。しょっちゅうやってるのに、私は作業の意味を全く分かってなかった。

 比較的に良く知られていそうなのは、新幹線のぞみの先頭車両、あのアヒルのくちばしみたいな格好。てっきり空気抵抗を減らすためと思ったが、これも全然違った。トンネルか抜ける時に出る爆発音を減らす工夫だったのか。

 つまりは銃口にサイレンサーをつけるのと同じ目的ね。ということは、弾丸も形を工夫すれば消音弾が←これだから軍ヲタは

 こういう基本的な事を、ちゃんと書いてあるのが、この本の嬉しい所。例えばラジオのAMとFM。AMは振幅で、FMは周波数を変える。これはよく言われるんで知ってたんだが、なぜFMは雑音が少ないのか私はわからなかった。理屈は簡単で、雑音は振幅を変えるけど周波数は変えないから。

 そういう事かあ。いや電気に詳しい人なら雑音と振幅と周波数の関係がスグ分かるんだろうけど、素人にはソコがわかんないんだよなあ。こういう素人がつまづきそうな所まで、キチンと目を配っているのが、この本の嬉しい所。

 かつて途上国が発展するにはまず軽工業を立ち上げ、次第に重工業に、なんて言われてた。でも、そんな発想は時代遅れなのかも、と思わされるのが、繊維関係の記事。

 「形態安定シャツ」「ヒートテック」「紙おむつ」「透けない水着」、どれも昔なら軽工業に属する製品だ。しかし、そこに使われている技術は、とんでもなく精密かつ高機能なシロモノ。いずれも独特の性質を持った複数の素材を、ミクロのレベルで組み合わせている。

 透けない水着とかは、繊維からして三重構造だし。こんな繊維、どうやって作るんだ? よほどの化学技術と精密工学技術がなきゃ出来ないぞ。 かと思えば、「形態安定シャツ」では…

ちなみに、形態安定加工された衣服は、「濡れ干し」が基本である。雫がたれるぐらいが理想だ。水分の重みでシワが自然に伸びるからである。

 とか、使い方のコツまで教えてくれたり。

 IT関係だと自動改札やETCや生体認証やタッチパネルなど、ワンチップ物に驚くばかり。ああいうアナログな信号に近いモノってのは、電源も不安定だし雑音も多い上に演算能力も貧しいってのに、なんであんな高機能な情報処理ができるんだか。

 いや理屈は分かるんだが、テキスト・エディタ一つ満足に作れないヘタレプログラマとしては、あれだけ不安定で資源も貧しい環境で、あんな高度な機能を実装できるってのが信じられないのよ。まさしくウィザードだね。

 などと、素人には優しく痒い所に手が届き、同時に自分たちの身の回りに溢れている驚異に改めて気づかせてくれる、センス・オブ・ワンダーを詰め込んだ本だった。

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2018年6月19日 (火)

司馬遼太郎「功名が辻 1~4」文春文庫

(千代、見ろ。そなたの馬だ)
  ――1巻 p313

山内一豊が、多少とも英雄の名に値いするとすれば、すべて千代の作品であった。
  ――2巻 p49

「われわれは、いつまでたっても内々は火の車だな」
「火の消えたようなことよりましでございましょう」
  ――2巻 p173

「わしはこの一戦で山内家の家運をひらく。そのほうどもも、この戦さで家運をひらけ。わしがもし討死すれば、弟の子忠義(国松)を立てよ。そのほうどもが討死すればかならず子を立ててやる」
  ――3巻 p334

「仕事はわかいころ、物を味わうのは老いてから」
  ――4巻 p143

【どんな本?】

 主人公は、後に土佐藩主となる戦国大名の山内一豊と、その妻で優れた知恵を称えられる千代。

 時は戦国の永禄十(11567)年、戦場での働き次第で出世か死が決まる時代。若き山内伊右衛門は「ぼろぼろ伊右衛門」の異名で呼ばれる。主君は織田信長、美濃を落とし頭角を現しつつある風雲児だ。伊右衛門はその近衛仕官ながらも、石高はたかだか五十石。だが、このたびめでたく縁談が決まった。

 織田信長→豊臣秀吉→徳川家康と、権力の座が目まぐるしく入れ替わってゆく中を、若い夫婦が二人三脚で道を切り開き、身を立ててゆく姿を描く、娯楽歴史物語。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 1963年~1965年に新聞連載。1965年に文藝春秋新社より上下巻で単行本発行。1976年に文春文庫から文庫本が全4巻で刊行。私が読んだのは2005年2月10日第1刷の文春文庫の新装版。文庫本で縦一段組みの四巻、それぞれ本文約307頁+341頁+330頁+290頁=1,268頁に加え、あとがき(というよりエピローグ)15頁+永井路子の解説16頁。9ポイント39字×18行×(307頁+341頁+330頁+290頁)=約890,136字、400字詰め原稿用紙で約2,226枚。文庫本4巻は妥当なところ。

 文章はやたらと読みやすい。ややお堅く古風な香りもあり頭よさげな雰囲気なのに、なんでこんなに読みやすいんだろう。私もこんな文章が書きたい。内容もわかりやすい。舞台は戦国~江戸初期と、今とは技術も社会も違う世界だが、うるさくない程度に説明が入っている。

 敢えて言えば、当時の距離の単位を知っているといい。一間は約1.8m、一丁は約110m、一里は約4km。。それと、浅黄色など色の和名と、小袖などのファッション、そして軍ヲタなら地形が判る日本地図があると更によし。

【感想は?】

 まず司馬遼太郎作品の特徴は、とにかく読みやすいこと。

 なにせ昔の話、字面を見ると漢字は多いし、ルビもアチコチに入っている。それでも、版面を見ただけで、「なんかとっつきやすそう」と感じてしまう。

 そこで改めてよく見ると、改行が多い。文が短いのだ。単に短いだけなら、私でも心がければ真似できそうな気がする。が、少し書いてみれば格の違いを思い知る。独特のリズムがあって、これに乗って読んでいくと、スルスルと物語の中に取り込まれてしまう。

 加えて、この作品、特に序盤は、主な登場人物たちが若いせいもあり、勢いがある上に微笑ましく、笑える場面が多い。

 山内伊右衛門の初登場時は、「ぼろぼろ伊右衛門」なんて呼ばれ少々情けない。この微妙な情けなさは終盤までずっとつきまとう。それが決定的になるのが、婚礼の夜の場面。伊右衛門、綺麗な嫁さんをもらってウキウキしつつも、多少の不安を抱えて迎えた夜の次第は…

 いやあ、酷いw なまじ有名になったばかりに、こんな酷い話まで語られるとはw 化けて出てくるかもしれないw

 他にも夫婦のお色気シーンは幾つかあるんだが、いずれも明るくユーモラスなのがなんとも。私はポルノは明るいのが好きなんだけど、ここまでギャグ・タッチだと、お色気もヘッタクレもないw お互いに歳をとって白髪が云々とかやりあってる所は、いかにも長く連れ添ったおしどり夫婦の風情がたっぷり。

 やはり序盤は他の登場人物も若く、目線は遥か高みを望んでいる。若き主人の伊右衛門を盛り立てようと働く二人の郎党、祖父江新右衛門と五藤吉兵衛も、オッサンながら欲と愛情のまじりあう眼差しが、夫婦とはまた違う野郎どもの気兼ねのない世界が楽しい。

 と同時に、こういった人物を動かす舞台設定の芸の細かさも、司馬遼太郎作品の欠かせない魅力。

 SF者には意外と司馬遼太郎ファンが多い。というのも、「今、こことは違う世界」を見せてくれるからだ。作品名にあるように、この世界では功名こそが大事。この功名を巡り、登場人物たちが命を懸けた駆け引きを繰り広げてゆく。

 序盤こそ天下が定まらず戦が多いため、彼らが名をあげる機会も転がっている。が、次第に世が定まるにつれ、伊右衛門を始め彼らのチャンスは減ってゆく。貴重な機会を活かすべく、同じ陣に属する者たちも、様々な思惑を抱え…

 ニワカとはいえ軍ヲタのはしくれとしては、彼らの目線で戦場を見ることで、封建体制の軍が持つ統率の難しさが伝わってくるのが嬉しい。もっとも、そうやって功を上げ扶持が増えても、暮らしが楽になるわけじゃないって事情も、ちょっと切なかったり。

 かと思えば、「信州武士は小部隊の巧妙さでは天下に名があった」なんて記述も、ニワカ軍ヲタには美味しいネタ。歴史に詳しい人には常識なんだろうなあ。これは信州の地形を思い浮かべればいかにもで、起伏の多い土地だから少人数でのゲリラ戦に長けるんだろうなあ、とか思ったり。

 やはり地形の影響が強そうと感じるのが、終盤で土佐に移ってからの一領具足を巡るゴタゴタ。いずれも独立心旺盛で鼻っ柱の強い連中なんだけど、海沿いと山中の者の性格の違いが、これまた「いかにも」で。

 そもそも土佐を描くのに鬼国とか酷い言われようだが、司馬遼太郎は他にも「竜馬がゆく」「戦雲の夢」「夏草の賦」と土佐ゆかりの作品を書いてるんで、実は土佐が気に入ってるのかも。

 こいう風に人物を巧みに造ってしまう著者だけに、他の有名な武将も彼の著作で一般の印象が決まってしまう。それが最も強く出ているのが、秀吉と家康。

 とにかく司馬遼太郎、秀吉が好きで家康が嫌いなのだ。明るく派手好き新しもの好きで商人肌の秀吉、地味で田舎者で保守的で陰険な家康と、見事に対照をなす形で書いている。今でも秀吉は人気があるけど、その幾分かは著者の影響だろう。

 やはり通説を取り入れているのが、長篠の合戦の描写。かの有名な三弾撃ちですね。この物語の戦の規模としては関ヶ原が最も大きいんだけど、大きいだけに幾つもの戦場があって、個々の戦闘の印象は残りにくい。けど、長篠はほぼ一発で決まる戦いだけあって、心に映像が残りやすい。

 にしても、ここまで武田勝頼を貶さんでもw

 読みやすくリズムのある文体、ユーモラスな人間模様、史実に基づく小ネタで地盤を固めつつ、会話や架空の人物で物語を肉付けしてゆくドラマ作り。サービス満点で、とにかく楽しい読書を味わいたい人のための娯楽大作だ。

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2018年6月15日 (金)

山本雄二「ブルマーの謎 <女子の身体>と戦後日本」青弓社

本書の目的は、なぜ、どのようにして学校に取り入れられたのかわからない、なのに、存続だけはされ、もはやどうして継続しているのか誰にもわからないといった現象を取り上げ、その全体像を詳細に検討することで、学校を舞台とした民主化と戦前的信条の交錯とねじれの諸相と、学校的力学を支えるエネルギーの源泉を明らかにすることである。
  ――はじめに

要するに、東京大会以前のオリンピックはほとんどの日本人にとっては見るものではなく、聞くものだった。
  ――第6章 密着型ブルマー受容の文化的素地

時々に不満の声や批判が寄せられながらも、学校はなぜ三十年もの間ブルマーに固執し続けてきたのか、またどうしてそのようなことが可能だったのか…
  ――第8章 ブルマーの時代

【どんな本?】

 かつては多くの学校で制式に採用されながらも、1990年代に急速に消えていった、女子の体操着ブルマー。必ずしも女子児童・生徒には好評でなかったにも関わらず、いつから、なぜ、どのように普及し、そして廃れていったのか。

 この謎を追う著者は、戦後のスポーツ政策や体育教育、体操服のメーカー、日本の服飾の近代史、そして学校教育の精神史へと迫ってゆく。

 ブルマーを糸口に覗き見る、もう一つの戦後日本教育史。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2016年12月8日第1刷。私が読んだのは2017年1月27日の第3刷。話題を呼んだ本です。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約189頁に加え、あとがき3頁。9ポイント44字×18行×189頁=約149,688字、400字詰め原稿用紙で約375枚。文庫本なら薄い一冊分。

 文章はこなれていて読みやすい。内容も特に難しくない。あ、もちろん、アレな期待はするだけ無駄です。

【構成は?】

 原則として前の章を受けて後の章が続く形なので、なるべく頭から読もう。

  • はじめに
  • 第1章 ブルマーの謎と来歴
    • 1 ブルマーの謎
    • 2 ブルマーの日本への導入と変容
  • 第2章 密着型ブルマーの普及と風説
    • 1 密着型ブルマーの普及速度
    • 2 普及と消滅に関する諸説とその検討
  • 第3章 中体連とブルマー
    • 1 暗中模索
    • 2 推薦と協力金
    • 3 中学校体育連盟
  • 第4章 全国中体連の設立と変貌
    • 1 都道府県中体連の設立
    • 2 文部省のやり方
    • 3 スポーツ大日本派
    • 4 敗戦後の期待と落胆
    • 5 全国中体連の誕生
    • 6 オリンピックの東京開催決定
    • 7 すべてはオリンピックのために
    • 8 東京大会の屈辱
  • 第5章 密着型ブルマーの普及過程
    • 1 奇策
    • 2 営業努力と信頼関係
  • 第6章 密着型ブルマー受容の文化的素地
    • 1 女子身体観の変容
    • 2 スカートの下のブルマー
  • 第7章 密着型ブルマーの消滅過程
    • 1 性的シンボルとしてのブルマー
    • 2 セクハラ概念の浸透
    • 3 代替物の発見
  • 第8章 ブルマーの時代
    • 1 三十年間への疑問
    • 2 シンガポール日本人学校のブルマー強制問題再考
    • 3 純潔教育の心得
    • 4 「女子学生亡国論」の心情
    • 5 道徳としてのブルマー
  • 参考文献一覧/あとがき

【感想は?】

 繰り返すが、アレな期待はするだけ無駄です。ガックシw

 まず「第1章 ブルマーの謎と来歴」で主になるのは、ブルマーだけに留まらず、明治維新以降の日本の女の体育。これが和装から洋装へと移る、日本の服飾史とも大きく関わってくる。

 このテーマは「第6章 密着型ブルマー受容の文化的素地」でも再び蘇ってくる。改めて考えれば当たり前なんだが、服飾は精神性や主義主張とも重要な関係があるのだ。特に体育、それも女の体育ともなれば、ジェンダー問題とも強く繋がっている事を思い知らされる。

 が、とりあえず、それは置いて。本の構成で前半~中盤のハイライトとなるのが、ブルマーが学校に普及していく過程。俗説では、東京オリンピックのソ連バレーボール・チームが契機と言われている。ソ連選手のカッコよさに憧れた女の子のリクエストが実現した、というもの。

 が、しかし。今だって学校は生徒の要望なんざ滅多に受け入れない。50年前ともなればなおさらだ。どうも怪しい。

 ってんで、著者は敗戦後のGHQのお達しにまで遡り、図書館に籠って資料を漁り、日本を飛び回って取材し、果てはシンガポールにまで出かけてゆく。ここで、二つの興味深い事情が見えてくる。

 一つは学校用資材の市場が持つ特異な性質と、その市場でしのぎを削る産業界の人間模様。いったん食い込めば安定した業界かと思ったが、意外とそうでもない実情が浮き上がってきたり。でも結局、商売って、人なんだなあ。

 もう一つは、敗戦を機に入ってきた米国流民主主義と、それに逆らおうとするスポーツ関係者、それも特に思想・政治的な動き。これは終盤でも大きなテーマとなってくる。

 ここでもやっぱり、GHQが大きな変革を迫ってくる。直接に関わるのは、情報・教育方面を担当した、CIE(Civil Information and Education Bureau,民間情報教育局)。文部省はこの意を受け、スポーツにおいても革命的な方針を打ち出す。

 極論すれば「勝ち負けにこだわるのはやめて、誰もが楽しめるようにしろ、それを通じて民主主義を体で覚えさせろ」である。この時に出した文部省の指針は、今でも充分に通用すると思う。

  • 日本人は、物事を取り扱うのに、「勘」とか「骨(こつ)」とか(略)主観的・直感的な力にたより、客観的・合理的な方法を発展させることを怠った。
  • たまたま、(略)恵まれた天才的な人間が、優れた技術をもつことができても、それを、規則だった方法の訓練によって、多くの人びとに学ばせたり(略)することが、できなかった。
  • 権威や伝統に盲従して、これを批判する態度にとぼしく、感情に支配せられて、理性をはたらかせることが少なく、目や耳にふれぬ無形のものを尊敬して、物事を実証的にたしかめることが不得手であり…

 戦後生まれが中心となった今でも、この指摘がそのまんま当てはまっちゃう気がするんだが、あなたどう思いますか。

そういえば「祖父たちの零戦」でも、奥義「左ひねり込み」は、腕に覚えのある操縦士が、それぞれに生み出したとかで、帝国海軍が組織的に教えたりはしなかったんだよなあ。また、「太平洋の試練 ガダルカナルからサイパン陥落まで 下」でも、帝国海軍の戦闘機乗りの育成制度の欠陥を指摘してて…

 が、しかし。GHQが引き揚げ復興が進むにつれ、世の風潮は変わってきて、勝ち負けにこだわる発想も首をもたげてくる。これにハズミをつけたのがオリンピックで…

 と、スポーツと精神史なんて話も絡んできて、話は意外な方面へとつなっがってゆく。

 このあたりは、スポーツの持つ二つの側面、すなわち普通の人が休日などに楽しむスポーツと、一流選手を更に鍛え上げるスポーツと、どっちに重きを置くか、みたいな事も考えちゃったり。あと、声だけはデカいけど金は出さないオッサンたちとか。

 一見、イロモノじみたタイトルだけど、実は「サッカーと独裁者」同様に、スポーツと政治・思想との深い関係にまで踏み込んだ、真面目で重い内容の、でも文章はこなれていてスラスラ読める、お得な本だった。

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2018年6月14日 (木)

中野勝一「世界歴史叢書 パキスタン政治史 民主国家への苦難の道」明石書店

本書では、独立以来、民主主義確立のために苦難な道を歩んできたパキスタンの国内政治を主として1970年以降の動きを中心に記述した。
  ――まえがき

パキスタンでは国語であるウルドゥー語を母語として話している国民は一割にも満たないということである。
  ――第1章 パキスタンという国

独立以来67年近くになるが、(略)軍による統治は31年にも達している。
  ――第2章 長い軍政の歴史

1988年時点で麻薬常用者は224万人、そのううちヘロイン常用者は実に108万人に達した。
  ――第5章 オペレーション・フェアプレー

1998年5月28日、遂にパキスタンはイランとの国境に近いバローチスターン州チャーギー(Chagai)で誤解核実験を実施し、世界で七番目の事実上の核保有国となった。
  ――第9章 原爆の父と核の闇商人

「自爆テロ犯のおよそ9割は12歳から18歳位までの子供である」
  ――第10章 テロとの戦い

【どんな本?】

 1947年8月14日、二つの大国が誕生する。インドとパキスタンだ。ムスリムを中心とするパキスタンは、当初西パキスタン(現パキスタン)と東パキスタン(現バンクラデシュ)の二つに分かれていたが、1971年3月に東パキスタンがバングラデシュとして独立し、現在の形となった。

 インドとはカシミールで国境紛争を抱え、1998年には世界の反対を押し切って核兵器開発を成功させ、アフガニスタン問題ではビン・ラーディンを始め様々な勢力の隠れ家となると同時に、カラチ港から始まるISAFの兵站線となり、今なお多くのテロに苦しパキスタン。

 独立以来、一貫して民主主義政権が続くインドに比べ、なぜパキスタンは軍の影響が強いのか。近年はITを中心として経済発展しつつあるインドに対し、なぜパキスタン経済はパッとしないのか。なぜ無理をして核開発に邁進したのか。なぜテロが絶えないのか。

 アラビア海から中央アジアへ至る地勢的に重要な地域を占め、ムスリムが多くを占めながらも要人の多くが背広に身を包み、一時期は出稼ぎで日本に来る人も多かったパキスタンの現代史を、元カラーチー総領事が政治を中心に語る、一般向けの解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2014年8月31日初版第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約398頁に加え、あとがき3頁。9ポイント45字×18行×398頁=約322,380字、400字詰め原稿用紙で約806枚。文庫本なら厚い一冊分ぐらいの文字量。

 政治がテーマだから、お堅く気取ったまわりくどい政治的な言い回しが多いと思ったが、文章は意外とこなれている。もしかしたら最初はぶっちゃけた表現で書いて、後から外交官らしい文章に直したのかも。

 日本人には馴染みのない音感を持つ名前の登場人物や集団が、離合集散を繰り返すややこしい話だが、中心となる2~3人に絞って話を進めるので、複雑な割には呑み込みやすく書かれている。また、略語や固有名詞が多く出てくるので、索引はありがたい。

【構成は?】

 原則として前の章を受けて後の章が展開する形なので、なるべく頭から読もう。特に地域や民族を紹介する「第1章 パキスタンという国」と、政治勢力を語る「第2章 長い軍政の歴史」の「主要政党」は、重要な地図や固有名詞が出てくるので、複数の栞を用意しよう。

  • まえがき
  • 第1章 パキスタンという国
    日本の約二倍の国土/パキスタン最大の州/パシュトゥーンの州/五つの河/イスラームの門戸/イスラームの都/連邦直轄部族地域/インドとの係争地/民族/言語/宗教
  • 第2章 長い軍政の歴史
    軍政が30年以上/戒厳令/諜報機関・治安維持機関/国家安全保障会議/憲法/大統領/非常事態宣言/首相・連邦大臣/州知事・州首相/連邦議会/総選挙/司法/大反逆罪/連邦制と州の関係/宗教マイノリティの問題/言語騒動/地主や部族長が多数占める議会/主要政党
  • 第3章 司法による殺人
    中パ友好関係の樹立に尽力/クスーリー議員の父親殺人事件/イスラーム世界初の女性首相/ミスターテンパーセント/ベーナズィールの暗殺/ムルタザーとシャーナワーズの死
  • 第4章 ローティー、カプラー、マカーン
    バングラデシュの誕生/文民の戒厳令総司令官/戦後処理/バングラデシュ承認/中東諸国との関係緊密化/パキスタンで初めての民主的憲法/州政府と連邦政府の対立/スィンド州の言語騒動/野党弾圧の政策/総選挙でのPPPの圧勝
  • 第5章 オペレーション・フェアプレー
    総選挙後の国内混乱/マリー会談/ヌスラト・ブットー訴訟/サイドの総選挙延期/ブレジネフのクリスマス・プレゼント/イスラーム化政策/大幅な憲法改正/ジュネージョー首相の解任/ズィヤー大統領の死
  • 第6章 失われた10年
    PPP政権の復活/首相不信任の動き/憲法によるクーデター/軍部の申し子/イスラーム法施行法の制定/シャリーフ首相の解任と復権/ベーナズィール首相の返り咲き/判事の任命問題/シャリーフ首相の返り咲きと独裁化/前代未聞の最高裁乱入
  • 第7章 四度目の軍政
    非常事態宣言の布告/シャリーフ前首相の亡命/政権基盤強化のための憲法改正/宗教政党の予想外の躍進/ムシャラフ政権の正統化/ムシャラフ大統領の公約違反/女性保護法の制定/最高裁長官の停職処分/ムシャラフ大統領との連携の模索/司法に対するクーデター?
  • 第8章 民主主義定着への一歩
    与野党の逆転/判事の復職/国民和解政令(NRO)に違憲判決/政府と軍部の不和/第18次憲法改正/ビン・ラーディンの殺害/メモゲート事件/現職首相に法廷侮辱罪で有罪判決/アスガル・ハーン訴訟/シャリーフ、三度目の首相に/ムシャッラフ元大統領の訴追
  • 第9章 原爆の父と核の闇商人
    パキスタンの核実験/原爆の父/パキスタンの再処理プラント購入問題/米国の対パキスタン核不拡散政策の後退/米国の核不拡散政策の見直し/核の闇商人/イラン、北朝鮮、リビアに流出
  • 第10章 テロとの戦い
    宗派間の対立抗争/対立抗争のパターン/スンニー派とシーア派の過激組織/イラン革命/パキスタンの苦渋の選択/マドラサ改革/成果のない和平合意/無人飛行機による攻撃/赤いモスク事件/パキスタン・ターリバーン運動の結成/スワート軍事掃討作戦/自爆テロ
  • あとがき/写真出典一覧/パキスタン政治を知る上で有益な資料、サイト/年表(1970年以降)/索引

【感想は?】

 確かにパキスタンの現代史は「苦難の道」そのものだ。

 なにせ地域ごとの独自性が強い。もともとバングラデシュと一つの国にしようってのが無茶だった。今でも、アラビア海とイランに面するバローチスターン州や、北でアフガニスタンに接する地域は、地元の部族長が強く、連邦政府の威光が及ばない。

 と書かれてもピンとこないが、例えばバローチスターンのサルダール(部族長)制度。曰く、「自分の部族民を意のままに逮捕したり、身柄を拘束したり」できた。要は小さな王国ですね。貧しい地域ほどこういう古い体制が残ってる。

 ってんで開発するため道路を作ろうとしても、建設業者の立ち入りを部族長が許さない。しかもパキスタン最大のガス田があり、石炭も「生産量はパキスタンの49.3%を占める」。税制も…

財政の分野でも連邦政府が大きな権限を持っている。連邦政府は所得税、関税、売上税をはじめとして広範な徴税権を有しており、国家の歳入のうち連邦政府のシェアーは94.4%(2010/11年度)に達している。
  ――第2章 長い軍政の歴史

 と、毟り取られるんで、「連邦政府に食いものにされてる」と感じ、独立の機運も強い。幸か不幸か隣のイランにもバローチスターンは広がってて、バローチ人に暴れられると困るんで、パキスタンと一緒に押さえつけ…

 と、この本のように具体的に書かれると、問題のややこしさ・難しさが見えてくる。こういう所は、短く記事をまとめなきゃいけないWEBと違い、長い記述が許される書籍の嬉しい所。

 政党にしても、こういう部族主義みたいのを反映してか…

議員の多くが地主や部族長である…
  ――第2章 長い軍政の歴史

政党は同じ理念、考えを持った人々(略)というより、そのほとんどが特定の家族や人物の政党であり…
  ――第2章 長い軍政の歴史

 と、一部の有力者たちの権力争いみたいな色が強い。汚職や職権乱用にしても「パキスタンではどこでも見られる」と、みもふたもない事をサラリと書いてたり。

 対して軍が強いのがパキスタン。と書くと銃で国民を脅してるようだが、そんな簡単な話じゃない。

 国家兵站部=NLCは「国内の最大の公共輸送機関」だし、道路や橋も作る。日本なら国土交通省だね。加えて財団もあり、「砂糖、セメント、食品、発電」や学校・病院も運営してる。社会主義の色が濃いのもあるけど、明治政府のように国家のインフラを支え殖産興業を進める役割も担ってるわけ。

 中盤では軍事政権と文民政府の目まぐるしい入れ替わりを描いてるんだが、ここで目立つのが、やたら憲法をいじる点と、互いが違憲を裁判に訴えて司法を巻き込む点。

 もっとも、憲法については、国民投票が必要な日本と大きく事情が違う。クーデターで大統領になった軍人が、国民はおろか議会にすら諮らず勝手に憲法を変えちゃうのだ。いいのかそれで。

 個人的に興味津々だったのが、終盤の「第9章 原爆の父と核の闇商人」と「第10章 テロとの戦い」。特にヤバさ満開な、核技術の他国への漏洩では、表向きアブドゥル・カディール・ハーン博士がカネ目当てでやった形になっちゃいるが、どう見ても…

 これが「第10章 テロとの戦い」に入ると、マドラサ(神学校)が大きな要因として挙げられてる。困った形で教育の重要性が立証されちゃったわけだ。ここで描かれるアメリカの横暴さは、確かにパキスタン国民の誇りを逆なでするもので。

 などと、パキスタンという国そのものを知り、理解するには格好の一冊であると共に、日本との違いを考えながら読むと、「憲法」や「社会主義」や「軍政」なんて言葉の意味も少し違うように感じてきて、政治学にも少し興味がわいてくるなど、色々と好奇心を刺激される。

 敢えてケチをつけると、経済・産業面の話が少ないのは残念かも。とまれ、見た目の厳めしさに比べ、意外ととっつきやすく、文章もこなれてて読みやすい、入門用としては充実した本だ。

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2018年6月12日 (火)

シルヴァン・ヌーヴェル「巨神計画 上・下」創元SF文庫 佐田千織訳

それは千キロメートル上空からでさえ、大きな手のように見えるんだ。
  ――上巻p192

「科学者ならあのようなことをやめるのは無理だ」
  ――上巻p312

これがいま起こっていることのすべてであり、これがあんたたちの成人式だ。
  ――下巻188

【どんな本?】

 サウスダコタの田舎の地中から、7メートルほどの「掌」が見つかる。

 素材はイリジウムを主とした金属製だが、重さは大きさから予想される値の1/10ほどしかない。鮮やかな青緑色に輝いているが、動力源は見当たらず、しかも光が減衰する様子はない。出現場所は真四角の壁に囲まれ、壁面には青緑に輝く記号が並んでいた。この壁の光も動力源は不明で、減衰は認められない。放射性炭素年代測定によると、できてから少なくとも五千~六千年は経っている。

 それから17年。

 発見した11歳の少女ローズ・フランクリンは物理学者となり、再び「掌」に関わる羽目になる。シリアとの国境に近いトルコ領内で、前腕部が見つかったのだ。「掌」は、巨大な人型ロボットのパーツらしい。

 地球のアチコチに隠された巨大ロボットのパーツを求め、秘密プロジェクトが動き出す。同時に、ローズを中心として、巨大ロボットの謎を探る計画も。

 だが、世界の国は親米国ばかりではない。やがてロボット探索計画は国際的な緊張を招き、またロボットに隠された未知のテクノロジーも想定外の状況を引き起こす。

 謎の巨大ロボットを巡る事件を、国際的なスケールで描く、SFエンタテイメント小説。SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2018年版」のベストSF2017海外篇で10位に食い込んだ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は SLEEPING GIANTS, by Sylvain Neuvel, 2016。日本語版は2017年5月12日初版。文庫本で上下巻の縦一段組み、本文約319頁+247頁=566頁に加え、渡邊利通の解説7頁。8ポイント42字×17行×(319頁+247頁)=約404,124字、400字詰め原稿用紙で約1,011枚。文庫本の上下巻としては標準的な分量。

 文章はこなれていて読みやすい。内容も特に難しくない。何はともあれ、オーパーツ的な巨大ロボットの話なので、そこでノれるかどうかが大事。

【感想は?】

 解説によると、三部作の開幕編だとか。確かにジワジワと盛り上がってきて、アッと驚く展開で終わる。

 お話は、謎の人物「インタビュアー」が、それぞれの関係者の話を聞く形で語られる。あの怪作「WORLD WAR Z」と同じ形式だ。次第に事件の全貌が浮かび上がってくる語り口は、この作品に相応しい。

 なんたって、巨大ロボットだ。それだけでワクワクする。なかなかロボットが全貌を見せないあたりも、山田政紀の「機神兵団」やTVアニメ「宇宙戦艦ヤマト」みたいで、重量感のようなものを感じさせる。もったいをつけながら少しづつ謎を明かしていくあたり、新人とは思えぬ語り口の巧さだ。

 開幕してしばらくは、世界各地でちょっとづつパーツが見つかってゆく下りが、もうそれだけで気分が盛り上がってくる。と同時に、秘密プロジェクトのメンバーのキャラクターが見えてくるのも、憎い工夫だ。

 メンバーの中でも、最も光っているのが、合衆国陸軍の三等准尉でヘリパイロット、カーラ・レズニック。

 パイロットとしての腕は最高なんだが、とにかく性格に難ありな人。職務には生真面目なんだけど、やたらヘソ曲がりで攻撃的でつっけんどんで、人と距離を置きたがる。どう考えても、同僚や上官に気に入られるタイプじゃない。が、腕と熱意と実績を買われたんだろうなあ。

 これで眼鏡っ娘なら私の趣味的には完璧なんだが、パイロットってのは目を大切にする種族で…。

 お堅く陰険なカーラとは対照的なのが、やはり合衆国陸軍の二等准尉ライアン・ミッチェル。陽気で気さくなアメリカン・ボーイで、場の空気を読むのに長け誰とでもすぐに友だちになるタイプ。何の因果かカーラと組む羽目になり、パーツの探索じゃ生死をともにする立場に。

 陰険カーラと陽光ライアン、対照的な二人のコンビはいかに。

 ちなみに准尉って階級、ちとややこしくて。小さな軍だと、功績のあった下士官が昇進するか、または士官学校を卒業したての新人士官が最初に与えられる階級だ。が、合衆国陸軍ぐらい大きいと、士官とも兵卒とも独立した階級で、専用の准士官学校がある由が、ライアンの語りでわかる。

 カーラ&ライアンとは別の意味で強烈なのが、遺伝学者のアリッサ・パパントヌ。

 この人のキャラクターは、学者魂炸裂どころか、次第に見えてくるのは、この手のSFには欠かせない大事な属性で。あまりカッコいい役じゃないんだが、映像化する際にはベテランの強烈な個性を持つ役者でないと務まらない、ある意味、この小説の焦点でもある大切なお方。続編でも活躍を期待してます。

 微妙に著者を投影していそうなのが、記号の解読に挑む言語学担当のヴィンセント・クーチャー。

 BBとか、何かとオタクなネタが漏れてきて、妙に親しみが湧く人だけど、注目してほしいのは、著者と同じカナダのケベック州(→Wikipedia)出身って所。ここはフランス語を話す人が多く、独立の機運もあり、アメリカ・カナダ両国に対し複雑な感情を抱いている土地。

 ヴィンセント自身は穏健派っぽいが、登場人物の多くが持つアメリカ中心の考え方には、微妙な気持ちを見せる場面がチラホラ見えてきたり。

 こういう「世界はアメリカだけじゃないんだぞ」な想いが、ロボットのパーツを集める所や、その後の展開でも、チョロチョロと漏れてくるのも、ケベック人らしい隠し味と言うか。前腕部が見つかるトルコ・シリア国境付近もそうだし、その後も軍事的にかなりヤバい土地が出てきたり。

 冷戦時代にもソ連上空に超音速偵察機を飛ばす(→Wikipedia)なんて無茶やらかした米軍のこと、この小説でも世界各国で何かとやらかすから相変わらずでw

 とかの小難しいネタに一喜一憂してもいいけど、基本は「オーバー・テクノロジーな巨大ロボットが見つかって」なんてヲタク心を震わせるお話。文章は読みやすいし、語りも巧み。子供に戻って、楽しみながら読もう。

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2018年6月11日 (月)

武蔵工業大学編「なんでも測定団が行く はかれるものはなんでもはかろう」講談社ブルーバックス

「はかれるものはすべてはかろう。はかれないものは、はかれるようにしよう」
  ――1 フィートは足の長さ、ではインチの長さの基準は?

つまり、「致死量」とは実験動物群の半数が死亡し、半数が生き残る統計的数値である。
  ――11 ダイオキシン1グラムで死ぬ人の数は?

一般に荷重変動幅が二倍になると橋に与える疲労のダメージはその三乗(23)で八倍となる。
  ――12 橋の寿命はどうやって予測するの?

青函トンネルの(略)貫通誤差は水平方向で37.4cm、垂直方向で52.5cmであり、また高さの出会い差は19.6cmであった。
  ――13 トンネルを掘るとき、真ん中でピタリと出会う測量の技術

ダイオキシンは、正式にはポリクロロジベンゾジオキシンおよびポリクロロジベンゾフランとよばれ、ベンゼン核につく塩素の位置と数により、それぞれ75,135の異性体とよばれる仲間がある。現在までに両方で17種の異性体に強い毒性が確認されている。
  ――33 超微量のダイオキシン類を分離するカラムの長さの秘密

ヒノキは非常に優れた材料で、伐採後200~300年間は強度が増していき、千数百年経ったとき、ほぼ伐採時の強度に戻るといわれている。(略)古い樹木の寿命は、ほぼ樹齢と等しい…
  ――35 木を切らずに樹木の年齢ははかれるの?

【どんな本?】

 科学や工学では、正確に測ることが大切だ。また、政治や経済でも、人口や失業率の数字は重要な指標になる。では、どうやって地球の重さを調べたのか。二酸化炭素の濃度はどう測るのか。飛行機は自分の高度がなぜわかるのか。選挙のニュースでは、どうやって当確を出すのか。

 科学から社会問題まで、モノゴトの基本となる数字をどう出したのか、そして実際の数字は幾つなのかを、読みやすい短いコラムにまとめた、一般向けの解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2004年8月20日第1刷発行。新書版で縦一段組み、本文約230頁に加え、あとがき2頁。9ポイント43字×17行×230頁=約168,130字、400字詰め原稿用紙で約421枚。文庫本ならやや薄い一冊分ぐらいだが、イラストやグラフも結構あるので、実際の文字数は9割ぐらいか。

 なお、武蔵工業大学編となっているが、著者を隠す意図はない。各記事の末尾に執筆者が、また巻末にも執筆者一覧がある。

 各記事ごとに執筆者が違うので、読みやすさはそれぞれ。全般的に「もっと頁をくれ」みたいな執筆者の叫びが聞こえてきそうな記事が多かった。

【構成は?】

 それぞれ4~6頁の独立した記事は並ぶ形なので、美味しそうな所だけをつまみ食いしてもいい。

  • はじめに 発刊によせて
  • 第1章 はかる歴史
    • 1 フィートは足の長さ、ではインチの長さの基準は?
    • 2 宇宙空間では重さはゼロなのに、質量は存在するの?
    • 3 温度目盛りは人間の血液の温度から始まった!
    • 4 原子時計ではかると一日の長さは一定ではない!?
    • コラム1 ナノワールドの温度変化をとらえる
    • コラム2 「はかる」という言葉の意味はさまざま
  • 第2章 人間をはかる
    • 5 知能指数で本当に頭の良し悪しがわかるの?
    • 6 自分に適した一日の栄養摂取量を計算してみる
    • 7 眠りの深さと夢の関係をはかる
    • 8 注射してから薬が効き始めるまでの時間は?
    • 9 人間の知恵ってはかれるの?
    • 10 運動神経のいい人と悪い人はどこが違うの?
    • 11 ダイオキシン1グラムで死ぬ人の数は?
  • 第3章 ものをはかる
    • 12 橋の寿命はどうやって予測するの?
    • 13 トンネルを掘るとき、真ん中でピタリと出会う測量の技術
    • 14 飛んでいる飛行機の高度はどのようにはかるの?
    • 15 一秒間に地球を七周半する光の正体とは?
    • 16 色や鮮やかさの違いはどのようにはかるの?
    • 17 原子核や中性子、宇宙の起源にせまる電子顕微鏡のしくみとは?
    • 18 土器の実年代はどのようにはかるの?
    • 19 車が衝突したときに受ける衝撃の大きさをはかる
  • 第4章 地球をはかる
    • 20 地球の重さをはかる
    • 21 地球の直径をはかる
    • 22 隣の銀河までの距離はどのようにはかるの?
    • 23 太陽の年齢は50憶年! 星に年齢はどのようにはかるの?
    • コラム3 大きな数の表し方
  • 第5章 情報をはかる
    • 24 コンピュータの速さをはかる
    • 25 カーナビはどうやって自分の位置を認識するのか?
    • 26 情報セキュリティで大切な暗号の強度をはかる
    • 27 音紋分析で声の何がわかるの?
    • 28 携帯電話のアンテナが立ったり立たなかったり 電波の強さはどのようにはかるの?
  • 第6章 環境をはかる
    • 29 地球の平均気温はどのようにはかるの?
    • 30 南極大陸の二倍に達したオゾンホールとオゾン濃度のはかり方
    • 31 100年後に「秋の七草」が「秋の五草」になる!?
    • 32 石油の寿命は40年! 地中深くにある石油の埋蔵量がどうしてわかるの?
    • 33 超微量のダイオキシン類を分離するカラムの長さの秘密
    • 34 生き物がすめる環境はどのようにはかるの?
    • 35 木を切らずに樹木の年齢ははかれるの?
    • 36 世界一透明な湖は桐の摩周湖!?
    • 37 迷惑な騒音の大きさってはかれるの?
    • 38 放射線・放射能をはかる
    • 39 地震のときの「地域危険度」を知っていますか?
    • 40 温暖化の原因 二酸化炭素の発生量ってどのくらい?
    • 41 地球の砂漠化はどれくらい進んでいるの?
  • 第7章 社会をはかる
    • 42 一億人を超える日本の人口はどのようにはかるの?
    • 43 平均寿命80歳時代 さてあなたはあと何年生きられるか?
    • 44 世論調査はあなたの気持ちを反映しているの!?
    • 45 当選確実!ってどのくらい確実? 選挙の当落はどのように予測するの?
    • 46 模擬試験で偏差値50 大学の合格率50%!?
    • 47 大混乱の初詣で、人出はどのようにはかるの?
    • 48 人は一生の間に地球を何周分移動する?
    • 49 失業率5% 失業者数はどうしてわかるの?
    • 50 会社の価値ってどのようにはかるの?
  • 付録/あとがき/執筆者一覧/さくいん

【感想は?】

 私は数字が好きだ。数字を覚えるのは苦手だけど。数字が出ると、なんか信用できる気がする。

 けど、どっからどうやって数字を出したのか、よく分からない場合もあるし、信用できそうもない数字もある。実際に自分がどう測るかを考えると、全く見当もつかない場合も多い。

 例えば地球の重さ(というより質量)。重力は質量に比例し、距離に反比例する。なら1kgあたり、どれぐらいの重力が出るのか、わかればいい。でも1kgのモノが出す重力はやたら小さい。この小さな力を、ICもレーザーもない1798年に測ってるから凄い(→Wikipedia)。よく思いついたなあ。

 やはり賢さを感じさせるのが、カーナビ。GPSでだいたいの位置はわかるが、精度が荒い(誤差30mぐらい)。海や砂漠ならともかく、街中じゃ30mは大きな違いだ。そこで微調整しなきゃいけない。

 当たり前だが、車は道路を走る。河や住宅の中は走らない。そしてカーナビは道路の座標を知っている。だから、計算で出た座標に近い道路に寄せるのだ。お絵かきソフトを使う人は、グリッド調整みたいなモンだと思って欲しい。

 意外と単純なのが、放射線の量を測るガイガー・ミュラー・カウンター。SF小説とかじゃガイガー・カウンターと呼ばれるが、ガイガーもミュラーも人の名前(→Wikipedia)だったとは。ミュラーさん、いつも無視してごめんなさい。

 さて、しくみは。原子核は、崩壊する際にβ線(電子か陽電子、→Wikipedia)を出す。物質は、β線に当たると、陽イオンと電子に分かれる。いずれも電荷があるので、電極に引き寄せられる。そこで電極に寄ってきた電子や陽電子の数を数えるわけ。ちなみにベクレルも人の名前だった(→Wikipedia)。

 これが生物や社会になると、ちと精度が悪くなる。例えば毒などの致死量。マウスとかの動物実験で試し、半数が死んだ量を、ヒトの体重に換算して出す。種や個体差や体調で数値は違う上に、「半数が死んだ量」だから、確実に死ぬとは言い切れないのだ。

 社会だと、選挙の当確の出し方が興味深かった。要は面接と電話と出口調査なんだが、これで出した数字は「特定の党は常に低め(あるいは高め)に出る」ってのは興味をそそられる。いわゆる「濃い」政党は低めに出るんだろうか?

 当然、これには統計が関わってくる。となると気になるのは標本(サンプル)数と誤差。標本数400で誤差5%、2500で誤差2%だとか。「誤差を半分にするには調査する人数を四倍」にせにゃならんとは、なかなか厳しい。とすると、内閣支持率の1~2%の変化とかは、ほとんど誤差だねえ。

 とか、本論の「はかり方」の話も面白いが、測った結果や、関係なさそうな雑学的な話も面白い。

 なんと言っても、驚いたのがトキ。なんと「田んぼでドジョウやカエルをたべ、近くの雑木林をねぐらとする」と言うから、里の鳥だったとは。人里離れた山奥に住む鳥だとばかり思っていた。じゃ農薬の影響も大きいんだろうか。

 生まれと育ちで気になるのが、いわゆる運動神経。オッサンにも希望はあるのか?と思ったが…

 これについては、「遺伝の影響はわずかしかない」と、少し希望が持てる。が、悲しいことに、大事なのは幼い頃、特に5~12歳ごろの運動経験。5~8歳に神経回路が発達し、9~12歳で使い方が巧みになる。この時期が大事なのだ。「子供は外で遊べ」は、真実なのかも。

 短く独立した記事が並ぶ本なので、気になる所だけを拾い読みできるから、コマ切れの時間しか取れない忙しい人には嬉しいかも。科学などと肩ひじ張らず、セシル・アダムズの「こんなこと、だれに聞いたらいいの?」みたく、雑学系の本を楽しむ感じでつまみ食いしよう。

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2018年6月 8日 (金)

宮内悠介「あとは野となれ大和撫子」角川書店

「これから、どうなるんだろうね……」
「ま。なるようになれ、よ」
  ――p54

【どんな本?】

 干上がったアラル海の東にある小国、アラルスタン。ソ連崩壊のドサクサで生まれた、中央アジアの内陸国だ。塩に覆われ干上がった土地を、“最初の七人”と呼ばれる開拓者が切り開き、様々な民族や難民がが集まり、文化が交わる国家を創る。

 小国ながら中央アジアの緩衝地帯として発展を目指し始めた時、二代目大統領のパルヴェーズ・アリーが暗殺される。周辺国は虎視眈々と侵略の機会を狙い、国内では保守的な反政府組織アラルスタン・イスラム運動が暴れる隙を窺う。

 この危機に、議員たちは我先に逃げ出し、議事堂は抜け殻となった。政治空白が長引けば、アラルスタンは戦火に覆われるだろう。自らを、そしてアラルスタンを守るため立ち上がったのは、後宮の女たちだった。

 シリアスなSFから破天荒なギャグまで、七色の芸風で読者を惑わす宮内悠介による、美女と美少女が活躍する痛快娯楽活劇。

  SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2018年版」のベストSF2017国内篇で5位にランクイン。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2017年4月21日初版発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約370頁。9ポイント43字×21行×370頁=約334,110字、400字詰め原稿用紙で約836枚。文庫本なら厚い一冊か薄めの上下巻ぐらいの分量。なお初出は文芸カドカワ2015年11月号~2016年8月号。

 文章はこなれていてとても読みやすい。内容も、とってもわかりやすい。多少SFっぽいガジェットが出てくるため、一応SFとしたけど、お話の筋を追う分には理科が苦手でも大丈夫。女の子が大活躍するライトノベルを期待して楽しもう。

【感想は?】

 これはぜひ映像化して欲しい。中央アジア版ストライク・ウィッチーズとでも言うか。

 とにかくお話が波乱万丈で捧腹絶倒。なにせ一国の危機に後宮の女たちが立ち上がる、なんて話だ。無茶苦茶といえば無茶苦茶だが、一応の辻褄は合わせてある。後宮とはタテマエで、その実はエリート養成所。見どころのある娘たちを集め、将来の指導者層を密かに育てていたのだ。ナニそれ面白い。

 そんな彼女たちに、次から次へと災難が降りかかる。最初から、庇護者たる大統領が殺され、彼女たちは後ろ盾を失う。

 いかなエリートの卵とはいえ、政治的な立場は無に等しい。しかも、元は無人の荒野を最新技術で開拓した人造国家。政治体制が未熟なのは、議員たちの逃亡でヒシヒシと伝わってくる。新しい国だけに、国民の一体感も乏しい。

 それもそのはず、なんたって、“最初の七人”の方針で、世界の各国から移民・難民を受け入れて創った国家だ。国際色豊かと言えば聞こえはいいが、有象無象が集ってるだけで、国民意識みたいなモノは育ち切っていない。

 ばかりか、困った事に、各国のお尋ね者やテロリストも集まってきている。特に保守的なアラルスタン・イスラム運動は、議会政治にも参加せず武力による政権奪取を狙い…

 と、八方ふさがりの状況を、己の命と国家の存続をかけ、後宮の女たちは知恵と度胸とハッタリで切り抜けようとするのだが…

 などの状況の背景となる、中央アジアの複雑怪奇な舞台設定が、これまた宮内悠介らしいマニアックさで。

 もともとはムスリムが多い遊牧民だった。しかし帝政ロシアとソビエト連邦の膨張で飲みこまれ、政治的にも宗教的にも変革を余儀なくされた上に、アラル海の縮小など困ったツケまで押し付けられる。

 他にもチェチェン紛争など、旧ソ連の遺産がアチコチに仕込まれていて、国際政治マニアは「アレをこう使うか~」と唸らされるばかり。こういった所は故船戸与一を彷彿とさせる点だが、あくまで明るく前向きな所が、船戸与一との芸風の違いかな。

 そう、そんな舞台や状況の中で、もがきつつ暴れまわる後宮の女たちの魅力こそが、映像化を望む最大の理由。なんたって、主人公たちは、複雑な国際情勢を反映して、かなり重い過去を背負ってるんだけど。

 紛争で孤児となった日本人のナツキ。リーダーシップあふれる委員長タイプのアイシャ。一匹狼で食いしんぼのジャミラ。引っ込み思案だがアレな趣味を持つジーラ。他にも眼鏡っ娘やら幼女やらお局様やら、楽しい面々がいっぱい。

 さすがに中央アジアが舞台なので、露出度はチト期待できないが、そこはカラフルでバラエティ豊かな衣装でカバー。加えて、中央アジアの乾いた空気を感じさせる音楽にも期待したい。

 「マッドマックスかよっ!」と突っ込みたくなる首都攻防や、ドタバタ続きの舞台など、勢いのあるアクションやギャグも満載で、読み始めたら頁をめくる手が止まらない。重くマニアックなネタを随所に散りばめながらも、不思議と軽い雰囲気で一気に読ませる、ひたすら楽しい娯楽活劇だった。

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2018年6月 7日 (木)

フェスティンガー,リーケン,シャクター「予言がはずれるとき この世の破滅を予知した現代のある集団を解明する」勁草書房 水野博介訳

人々がある信念や行動に深くコミットするとき、明らかにその誤りを証明する証拠を得た場合には、ただ、さらに深い確信と布教活動の増大という結果が生じるのである。しかし、誤りを証明する証拠が相当なものにのぼり、その結果、信念を拒否してしまうに至る〔変曲〕点が確かにあるようだ。
  ――第一章 成就しなかった予言と失意のメシアたち

【どんな本?】

 1950年代。九月末のレイクシティ「ヘラルド」紙に、終末の予言が載る。「12月21日に大洪水が起きる」と。予言者はキーチ夫人(仮名)、とある小さなカルト集団の中心人物だった。

 社会学者である著者らは、この記事を見て、一つの研究を思いつく。「固い信念を持つ者が、その信念を覆された時、どうするか?」 そこで、著者ら三人に加え二人の協力者が、身元を偽り、キーチ夫人を中心とした集団に潜り込む。予言前後における集団のメンバーの言動を記録するためだ。

 オカルトに染まった者が、それを否定する現実を突きつけられた時、どうなるのか。どんな者が集団を離れ、どんな者が留まるのか。その違いを生み出すのは何なのか。

 後に「認知的不協和(→Wikipedia)」なる概念を生み出す元となった、古典的な研究の報告。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は When Prophecy Fails : A Social and Psychological Study of a Modern Group That Predicted the Destruction of the World, by  Leon Festinger, Henry Riecken, and Stanley Schachter,1956。日本語版は1995年12月5日第1版第1刷発行。

 単行本ハードカバー縦一段組みで本文約326頁に加え、訳者解説が豪華53頁。9ポイント50字×19行×326頁=約309,700字、400字詰め原稿用紙で約775頁。文庫本なら厚い一冊分ぐらいの分量。

 学者の書いた本のためか、文章はやや硬い。が、内容は特に難しくない。脳内で「話し言葉」に訳しながら読めば、中学生でも充分に理解できる。

 ただ、やたらと登場人物が多いので、できれば登場人物一覧が欲しかった。

【構成は?】

 原則として時系列順に進むので、素直に頭から読もう。

 まえがき
第一章 成就しなかった予言と失意のメシアたち
第二章 外宇宙からの教えと予言
第三章 地上に言葉を広める
第四章 長い間、指令を待って
第五章 救済のさし迫った四日間
第六章 成就しなかった予言と意気盛んな予言者
第七章 予言のはずれに対するリアクション
第八章 ひとりぼっちで渇ききって
エピローグ
方法論に関する付録
 宗教思想に関連した人名および用語集
 訳者解説

【感想は?】

 真面目な研究の報告なんだろうけど、それよりカルト集団を覗き見る野次馬根性で楽しめた。

 本来のテーマは、認知的不協和。と書くとなんか難しそうだが、要は「痩せたい、でも食べたい」だ。気持ちと現実の板挟みである。

 例えば。ケーキが目の前にあったら、私は何かと言い訳する。「ほんのチョットだけ」「今しか食べられないし」「せっかく出してくれたのに」「後で運動するから」「晩メシで調整する」。つまりは、どうにかこうにか言い訳して、とにかくケーキを食べようとする。

 まあケーキぐらいなら大した問題じゃないが、宗教や政治が関わる信念だと、ちと面倒だ。ハッキリと証拠を示して理路整然と否定されると、逆に意地になって信念にしがみついたり。「愚行の世界史」に曰く、「事実で私を混乱させないで」。そんな風に意地になるには、幾つかの条件がある。曰く…

  1. 何かを硬く信じている。
  2. 信念に基づき、何か行動を起こしている。
  3. 信念が間違っていると、気持ちの上で否応なしに納得してしまう。
  4. しかも、間違いを示すハッキリした証拠がある。
  5. 間違いを指摘されても、同じ信念を支え合う仲間がいる。

 キーチ夫人らのカルト集団は、この条件を検証するのに都合がよかったのだ。

 本書の著者らが観察した集団は、キリスト教の終末思想をベースに、スピリチュアリズムとUFOを混ぜたカルトだ。サイエントロジーやダイアネティックスの亜流ですね。

 中心人物のキーチ夫人は、心霊に憑かれ無意識にメッセージを書き留める。自動筆記(→Wikipedia)だ。心霊の名はサナンダ、キリストの現在の姿である。サナンダは太陽系外の惑星に住む。そこは地球より数百万年も文明が進んでいる。そのサナンダ曰く…

 「12月21日に大洪水が起きるけど、準備ができてる人はUFOが迎えに行くから大丈夫」。

 つまりは終末の予言だ。他にも高次元だの波動だの光と闇だの肉食うなだの金属を身に着けるなだの、ありがちなややこしい事を言ってたようだが、それは置いて。

 この集団の性質が、見事に私の思い込みを覆してくれた。何より、外野からの金銭の寄付の申し出を、「彼らはいつも決まって拒絶した」。そういう意味では純粋なのだ。

 しかも、ほとんど布教しない。著者や協力者が潜り込もうにも、巧く話を持っていかないと、門前払いを食らわす。著者も潜入の際の苦労を、何回か愚痴ってる。マスコミの取材にもなかなか応じない。新聞に予言を出したのも、キーチ夫人じゃない。布教に熱心なアームストロング博士(仮名)の仕業だ。

 そんなわけで、集団の規模は小さい。著者らが直接に出会った人数は、「全部で33人」。やってる事も、集まって話し合ってるだけ。もっとも、遠くから来るため仕事を休んだり、連れ合いの反対を押し切ったり、中には仕事を辞めたり首になったりと、大きな代償を払ってる人もいる。

 カネに汚くもなければ、布教にも不熱心、どころか秘密主義に近い。奇行はあっても爛れた乱行はなく、暴力的な洗脳もない。

 「信仰が人を殺すとき」のモルモン教のように、組織が大きく布教に熱心なら目につくが、こういう小さく秘密主義の集団は目立たない。この集団は、たまたま新聞に載ったから見つかったけど、世の中には、こういう隠れた小さく静かなカルト集団が、見えないだけで実は沢山あるのかも。

 そんな集団が、予言の日が近づき、何事もなく過ぎた時、どう変わるか。これが、この本のクライマックスだろう。

 優れた、そして斬新な創作者は、往々にして一つの地域にまとまった集団で現れる。トキワ荘の漫画家たち、40年代~50年代のハリウッド周辺にタムロしたレイ・ブラッドベリなどのSF作家たち、フランク・ザッパやプリンスの周囲に集まったミュージシャンの「ファミリー」。

 その理由は、こういう事なのかもしれない。

 新しいモノが出てくると、世間はまず叩く。それでも我が道を貫くには、固い信念が要る。そんな信念を支えるのは、同じ熱意を持つ仲間たちだ。レイ・ブラッドベリ曰く、「外へ出て、おなじような境遇の人々をさがすこと――いうなれば、特別あつらえの教会を見つけるわけだ」。

 逆の応用としては、カルトの洗脳を解く手段として、「とりあえず集団から引きはがせ」は有効なのかも。

 などと真面目に読んでもいいが、カルト集団潜入記として野次馬根性で読んでも充分に面白い。

 特に教義に関わる部分は、アブラハムの宗教が持つ終末思想が底にあるので、冷戦期の緊張の一端はコレにあるのかな、と思ったり。でも仏教の末法思想や北欧神話のラグナロクとかあるし、人類にはアリガチな発想なんだろうなあ。

 と、いろいろと妄想が膨らむ本だった。

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2018年6月 5日 (火)

スティーブ・コール「アフガン諜報戦争 CIAの見えざる闘い ソ連侵攻から9.11前夜まで」白水社 木村一浩・伊藤力司・坂井定雄訳 3

テロの根絶をめざすことは、失業の根絶をめざすのと同じように不健全なことだと(CIAテロ対策センター副所長のポール・)ピラーは考えた。
  ――第23章 戦争をしているのだ

彼ら(CIA)が頼りにした(アルカイダの)目印は、高級四輪駆動車の集団だった。ほとんどのアフガン人は四輪駆動車どころか自動車も持っていない。CIAは衛星をカブール上空に飛ばし、分析官は「ふむ、ランドクルーザーが八台か。あの家には誰か悪い奴がいるな」…
  ――第27章 クレージーな白人連中

特殊部隊の教義によれば、襲撃に必要な部隊の規模は諜報の質で決まる。諜報が不確かなほど、大きな兵力が必要となる。
  ――第27章 クレージーな白人連中

(タリバンの指導者ムハンマド・)オマルは2001年1月16日、(パキスタン大統領ベルベズ・)ムシャラフに私信を送り、パキスタンの宗教政党をなだめるために「イスラム法を少しづつ執行する」よう要求した。
  ――第30章 オマルはどんな顔を神に見せるのだ?

(911の)攻撃実行犯19人は7月中旬までに安全にアメリカへ入国した。15人がミダルとハズミを含むサウジアラビア人。二人がアラブ首長国連邦から来た。モハメド・アッタはただ一人のエジプト人、ジアド・ジャラーは唯一のレバノン人。
  ――第31章 多くのアメリカ人が死ぬ

 スティーブ・コール「アフガン諜報戦争 CIAの見えざる闘い ソ連侵攻から9.11前夜まで」白水社 木村一浩・伊藤力司・坂井定雄訳 2 から続く。

【どんな本?】

 16980年のソ連によるアフガニスタン侵攻から、CIAは密かにアフガニスタンへの介入してきた。しかし、長年の努力にもかかわらず、アフガニスタンは聖戦主義者とテロリストの巣窟と化し、2001年9月11日の悲劇は起き、今なおアフガニスタンの戦火は絶えない。

 なぜ防げなかったのか。CIAは、ホワイトハウスは、何をやっていたのか。なぜパキスタンはタリバンやビンラディンを匿うのか。誰が、なぜ、聖戦主義者を支えるのか。なぜ聖戦主義者が絶えないのか。

 CIAのアフガニスタン対策を中心に、ワシントンからカブール・イスラマバード・リヤド・カイロ・ハルツームなど関連各国を見渡し、大量の資料と取材を元に、911までの経緯を再現する、迫真のドキュメンタリー。

【同盟者】

 著者の筆致は冷静だが、贔屓の人物はなんとなく伝わってくる。パンジシールの獅子ことアハメド・シャー・マスードだ。アメリカ側の記述の多くを、「なぜマスードを支援できなかったのか」に割いている。

 もちろん、マスードも完全無欠な人物じゃない。麻薬で稼いでいた由も書いてある。が、この本を読むと、「アメリカの支援が得られない故の軍資金稼ぎ」と思えてくる。

 戦闘指揮官としてのマスードは、チェ・ゲバラの優れた弟子と言っていい。「新訳 ゲリラ戦争」に学び、アフガニスタンの地形・気候・社会に応用したもの。

 情勢が不利な時は山に籠り、正面戦闘は避ける。敵部隊に内通者を張り巡らし、輸送部隊を襲って物資を奪う。山がちなアフガニスタンに相応しい戦い方だ。

 などと地形を考えると、アフガニスタンが中央集権国家としてまとまりにくいのも、わかる気がする。起伏が多く地形が複雑なので、少数の地元戦力でも地の利を活かせば中央の大軍に対抗できる。そのため、地域ごとに独立性の強い少数権力が乱立しやすい。それ考えると、今後も苦労するだろうなあ。

 とはいえ、マスードとCIAじゃ立場も目的も違う。これが鮮やかに出ているのが、ビンラディンへの対応。CIAにとって最善は、生きたまま捕えて法廷に引きずり出すこと。せめて彼だけを殺せればマシだ。誰かを巻き添えにしたら、とってもマズい。ところが、マスードの立場じゃ逆で…

ビンラディンを殺すという決断は正当化できるかもしれない。彼は戦争をしているのだ。だがイスラムのシャイフをCIAのために拉致し、アメリカの法廷での屈辱的な裁判に引き渡すことは別だ。独立心の強い伝説的ゲリラとしてのマスードの名声を輝かせることにはなりそうもない。
  ――第27章 クレージーな白人連中

 マスードは、孤高の戦士として、ムスリムの間でも人気だ。だが、それがCIAのヒモつきで、ビンラディンをアメリカに売ったとなれば、話は変わってしまう。立場の違いってのは、実に面白い。

 いずれにせよ、金欠に悩むマスード、金満のアメリカからは想像もつかない真似をする。CIAは彼を支援しようと技術者チームを送り込むのだが…

マスード側は彼らをドゥシャンベの飛行場に案内し、Mi17(ヒップ、ソ連製多目的ヘリコプター、→Wikipedia)を見せた。技術者たちは驚愕した。ハインド攻撃ヘリ(Mi24、→Wikipedia)用に製造されたエンジンが、Mi17に取り付けられていたのだ。合うはずのないエンジンで、空飛ぶ奇跡といえた。
  ――第27章 クレージーな白人連中

 Mi17もMi24もソ連製だからって事かもしれないけど、それで空を飛ぶ度胸は凄いw こんな改造をしたエンジニアも凄腕と言っていい。往々にして交通が不便な地域では「なんでも直す」町の技術屋がいたりするけど、そういう人がやったんだろうなあ。

【軍事】

 やはりアフガン流の賢さを感じさせるのが、ソ連軍が残した地雷原の処理法。ロープに繋いだ丸太を、ラバに曳かせて地雷原を歩かせるのだ。地雷の上を丸太が通れば爆発する。ラバは可哀そうだが、人が死ぬよりはマシだし。

 お面白いのが、ソ連に抵抗するムジャヒディンに、アメリカが送った武器の出所。なんと湾岸戦争でイラク軍がクウェートに置いてった戦車や装甲車を、アフガンまで運んだとか。T-72同士の対決もあったんだろうか。

【スパイの苦悩】

 「CIA秘録」によると岸信介まで取り込んでいたCIA。しかしアルカイダには…

数年間の努力にもかかわらず、CIAはアルカイダの中核指導部に一人もスパイを獲得できなかった。
  ――第27章 クレージーな白人連中

 と、なかなかガードは固かった様子。それというのも…

スパイを侵入させる秘密作戦が成功しやすいのは、情報機関が敵と同じ言語圏、文化圏に属し、地理的にも近い場合だ。
  ――第32章 なんと不運な国だ

 とすると、アメリカから見ると、日本の官僚や政治家の方が、聖戦主義者より、考え方が近いって事なんだろうか。日本からすると、アメリカもアラブも同じアブラハムの宗教に見えるんだが。

 ビンラディンの居所やアルカイダが企む次のテロの計画など、確実で具体的な情報は掴めずイラつくCIA。だが、ついに美味しいネタを嗅ぎ当てる。アラブ首長国連邦の首長とビンラディンが、アフガン国内で狩りを企画したのだ。逸るCIAは…

(CIAイスラマバード支局長ゲーリー・)シュローンが現場の雰囲気を回想している。「吹き飛ばしてしまおうぜ。ビンラディンと一緒にシャイフを五人ほど殺してしまったら、ごめんなさいだ。(略)犬と一緒に寝れば、ノミが移されることもあるだろう」
  ――第24章 吹き飛ばしてしまえ

 「アメリカの卑劣な戦争」にもあったけど、巻き添えの被害を顧みない姿勢は、昔からなんだなあ。

 あと、「秘密の手紙」の書き方が楽しい。パラフィン紙と手紙を重ねてタイプするのだ。手紙は真っ白だけど、文字の所に蝋が乗ってる。読む者は手紙にシナモンの粉を振りかけた後に吹き飛ばす。すると蝋の所に粉が残り、文字が浮かび上がってくる。子供相手に試すとウケそうだね。

 などと悩むCIAが手に入れた秘密兵器が、「無人暗殺機 ドローンの誕生」の主役プレデター。

 ただし1995年当時は「平均時速110kmと極端に遅く非常に軽いため、向かい風が強いと後方に押し戻される」なんて可愛らしいシロモノ。おまけに冬は機体に氷が貼りつくなんて問題もあったとか。対ロシアじゃ使いにくそうだなあ。

 他にも妙な調査をしてる。パキスタンの士官学校にいる、欧米の交換留学生に頼み、顎ひげをたくわえてるパキスタン軍の士官と将官を調べた。何のためかというと、顎ひげはイスラムの伝統で、聖戦主義者の証って理屈だ。キューバのカストロといい、アメリカはやたら髭にこだわる癖があるなw

【ホワイトハウス】

 CIAが苦しんだ原因の一つは、合衆国政府の姿勢。

 まず、何を決めるにも、やたら時間がかかる。閣僚や補佐官が会議を重ね、時として議会にも図らなきゃいけない。

 次に、優先順位。1980年代はソ連第一だし、90年代でも崩壊後の元ソ連諸国や東欧諸国が大事で、次に中国とイラク。「テロも南アジアも重点政策の上位には入っていなかった」。だもんで、大統領はもちろん閣僚も、アフガニスタンには疎い。

 そして、大統領が変わるたびに政策も変わること。政策ばかりかCIA長官も変わり、当然ながらCIAの方針も変わる。予算も山あり谷ありで…

 とか読んでいくと、民主主義ってのは戦争に向かないなあ、なんて思いたくなるからヤバい。

【おわりに】

 似たテーマを扱った本としては、「倒壊する巨塔」がある。こっちはFBIが主役で、いずれもCIAとFBIの連携の悪さを指摘している。原因も組織の秘密主義と同じ。ただし、「倒壊する巨塔」ではCIAを、本書ではFBIが悪役になっている。ドキュメンタリー作家も、取材相手には親しみを持っちゃうんだろうか。

 いすれにせよ、丹念な取材と丁寧な調査に裏付けられた、ドキュメンタリーの労作だ。質的にも物理的にも重量級で、充分な覚悟を持って挑もう。覚悟に相応しいだけの内容を、たっぷり備えている。

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2018年6月 4日 (月)

スティーブ・コール「アフガン諜報戦争 CIAの見えざる闘い ソ連侵攻から9.11前夜まで」白水社 木村一浩・伊藤力司・坂井定雄訳 2

(1992年初頭に)第一次アフガン戦争は終わった。第二次戦争がもう始まっていた。
  ――第12章 われわれは危険の中にいる

問題は、テロに対処するのは国家安全保障の問題だとして戦争の一種と考えるか、警察や検察が主導すべき法執行の問題と考えるかである。
  ――第13章 敵の友

(CIAテロ対策センター分析部門の責任者ポール・)ピラーと同僚たちは、1991年のソ連崩壊と1979年のイラン王制崩壊を、政治的破綻のモデルとして学ぶべきだと考えた。(略)いずれも信頼度の低く腐敗し破綻した政府が民衆の反乱に直面し、自己改革を試みるが結局は自壊した。ピラーが学んだ教訓とは、中途半端を避けなければならないということだった。
  ――第14章 慎重に距離を置け

世界貿易センター爆破事件は国際的テロリズムの分岐点であった。どこにも帰属せず、あちこち移動する宗教的暴力活動の新種が登場したのである。
  ――第14章 慎重に距離を置け

 スティーブ・コール「アフガン諜報戦争 CIAの見えざる闘い ソ連侵攻から9.11前夜まで」白水社 木村一浩・伊藤力司・坂井定雄訳 1 から続く。

【どんな本?】

 1980年のソ連のアフガニスタン侵攻から、イスラマバードのCIAはパキスタンのISI(三軍統合情報部)と組み、ソ連を苦しめるべくアフガニスタンへの介入を始める。

 これには、様々な思惑を抱く組織や集団が関わってゆく。独自の目的を追求するマスードなどアフガンの抵抗勢力、カシミールをめぐり睨み合うパキスタンとインド、無知と無関心に加え方針の定まらぬホワイトハウス、お家騒動を抱えるサウジアラビア…。

 複雑に絡み合う国家の狭間で、ビンラディンに代表される国際的な反米テロ・ネットワークが育ち始めていた。この危険に気づいたCIAは対策を模索するのだが…

 20世紀終盤から今世紀初頭にかけ、中東・南アジア・中央アジアで育ち孵化したイスラム原理主義の勃興と、アフガニスタン・パキスタンを舞台に暗躍したCIAの闘いを描くドキュメンタリー。

【パキスタン】

 アフガニスタン情勢には、パキスタンが強く関わっている。ニュースを見るだけじゃ、なぜパキスタンが大事なのか、その理由まではよく分からない。

 とはいえ、素人でも、地図を見れば多少の関わりは見当がつく。なんたって隣国だし。アフガニスタンは内陸国なので、欧米との貿易はパキスタンを通る。欧米はイランと仲が悪いので、そっちの経路は使いたくないだろうし。が、それだけとは思えぬほど、パキスタンとの関わりは深い。

 この本では、パキスタンの立場、それも主に政府とISIの視点で見ることで、パキスタンの事情を教えてくれる。

 私が見落としていたのは、インドとの関係だ。独立した時から睨み合っていたし、三度の戦争もあり、しまいには東パキスタン=バングラデシュも失う。これはパキスタンにとって大きな痛手として国民の心に刻み込まれているし、今でもカシミールの帰属をめぐり小競り合いが続いている。

 パキスタンにとって、最も警戒すべき脅威はインドなのだ。日本にとってのロシアみたいな関係かな。それに比べれば、アフガニスタンはたいした問題じゃない。

 とはいえ、ソ連から共産主義者がパキスタン国内に潜り込んできたらマズい。そこで抵抗勢力に肩入れする。問題は、誰を支えるか、だ。ここで、アメリカとの利害が違ってくる。

 パキスタンはイスラム国家だ。そしてパシュトゥン系の者が多い。だからアフガンでもパシュトゥンに肩入れしたい。それも、できればイスラム主義者に。と、いうのも。

 ここでカシミールが関わってくる。アラブからやってくるイスラム主義者を、パキスタンはカシミールに送り込み、暴れさせていた。また、CIAとは別口のスポンサー、サウジのご機嫌もある。アラブはイスラム主義者がご贔屓だし。

 と、いう事で、選ばれたのが、グルブディン・ヘクマティアル。一時期ヘクマティアルがブイブイ言わしてたのは、こんな理由なのね。お陰でCIAは金と武器を毟り取られた上に、将来の敵まで育てる羽目になるんだけど。

 いずれにせよ、国際関係を理解するには、相手の立場に立って考えようね、と改めて教えられた。

【タリバン】

 そのタリバンを率いるムハンマド・オマルについては、この本でもよく分からない。ただ、少し気になる記述がある。

彼はときとして自分のことを第三者のように、まるで他人の話に出てくる人物のように語るのだった。
  ――第16章 ゆっくりゆっくり呑みこまれた

 自分を三人称で語る人って、他でもどっかで読んだような。「信仰が人を殺すとき」に出てくる、モルモン教の教祖ジョセフ・スミスだったかな? 何か共通する気質の兆候なのかも。

 もう一つ、意外なタリバン支持勢力がいた。パキスタンの運送業界だ。

パキスタンのトラック運送業界は、タリバンがカンダハル街道の障害を取り除いてくれることを期待して、以前からタリバンに金と武器を渡していた。
  ――第16章 ゆっくりゆっくり呑みこまれた

 戦乱のアフガニスタンじゃ、それぞれの勢力が勝手に道路を封鎖して、通る車から「通行料」を巻き上げる。タリバンが一帯を押さえれば、ミカジメ料の支払先が一本化されて、面倒が減る。これを期待したようだ。

 ところで、「戦場の掟」や「ブラックウォーター」などで、イラクで働くトレーラー運転手はパキスタン人が多いと感じたんだが、その理由がわからなかった。もしかしたら、アフガニスタンで戦場に慣れた運転手が多いから、なんだろうか?

【中央アジア】

 ソ連崩壊後、カザフスタン・トルクメニスタン・ウズベキスタン・タジキスタンなど中央アジア諸国は不安定になる。と同時に、様々な人物が出入りし始める。

 共産主義だったので宗教的にも真空地帯となり、ワッハーブ派の宣教師が入り込んだのはアハメド・ラシッドの「聖戦」に詳しい。CIAも盛んに潜り込んだようで、その目的は「イランの野心をくじくこと」。そういう点じゃ、ワッハーブ派と同じ目的だったんだなあ。

 中でもトルクメニスタンでは、大きな要素が絡んでくる。石油だ。トルクメニスタンの油田&ガス田、輸出しようにも経路はロシアのパイプラインしかない。お陰でトルクメニスタンはロシアのご機嫌を取らなきゃいけない。

 けどアフガニスタンを通りインド洋までのパイプラインができれば、ロシアの軛から解放される。パキスタンもインドも石油とガスは足りない。アフガニスタンはパイプラインの通行料が手に入る。みんな得だね。ラッキー。

ついでに言うと、パキスタンじゃトラックなど業務用の車は天然ガス車が中心。

 ここで石油会社のユノカルが登場、パイプライン計画を立ち上げる。問題はアフガニスタン。誰かが暴れてパイプラインを爆破したら困る。ってんで、タリバンとパキスタンに話を持ち掛けるが、どうも芳しくない。

 パキスタンは別口から似た計画を持ち掛けられ、ソッチに傾きつつある。タリバンは、そもそも治安を維持する気があるのかどうか。それでもなんとか話を持ち掛けるが、ここで奇妙な出会いが。

ユノカルはカンダハル中心部で、ビンラディンが新しく構えた屋敷の真向かいに家を借りた。
  ――第19章 われわれはスティンガーを手放さない

 当時のカンダハルには外国から有象無象が集まっていて、こういう偶然もよくあったらしい。CIAがこれを知っていたら、色々と協力しただろうなあ。

 にしても、国境を越えてゆく商人の行動力と逞しさには恐れ入る。

【土地柄】

 アフガニスタン関係のニュースで、よく名前が出てくる都市は、カンダハルとカブール。両者は、かなり性格が違うらしい。

 カブールは首都だけあって、都会的で国際色が豊か。マスードの拠点パンジシールも近く、タジク人も多い。たぶんアフガニスタンの中ではリベラルな土地柄なんだろう。対してカンダハルは、パシュトゥンの都で、保守的な土地柄。タリバンの影響が強い地域でもある。

 ってな事を知っていると、ニュースを聞いた時に、少し解釈が違ってくるかも。

【おわりに】

 ああ、肝心のCIAのネタを全然紹介してない。などと反省しつつ、次の記事に続く。

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2018年6月 3日 (日)

スティーブ・コール「アフガン諜報戦争 CIAの見えざる闘い ソ連侵攻から9.11前夜まで」白水社 木村一浩・伊藤力司・坂井定雄訳 1

この物語でアメリカの主役はCIAだ。
  ――プロローグ 信頼できる説明 1996年9月

「ロシア人を撃つ銃弾を中国人から買うなんて最高だ」
  ――第3章 暴れてこい

サウジアラビアは、聖戦によって創設された唯一の近代国民国家だったのだ。
  ――第4章 ウサマが大好きだった

ソ連のアフガン戦費は直接的な支出だけで120憶ドルに達した。一方でアメリカの納税者が支払ったのは(1984年までに)二億ドルで、これに加えてトゥルキ王子のサウジアラビア情報局(GID)が二億ドルを支出したと(CIA長官ウィリアム・)ケーシーは報告した。
  ――第5章 おれたちの戦争にするな

(アハメド・シャー・)マスードはアフガン軍内部のシンパに対し、軍を離脱しないよう説得する必要に迫られることさえあった。情報源として価値が高かったからだ。
  ――第6章 そのマスードとは誰だ?

「彼ら(アフガニスタン人)が政治的にまとまるなどという幻想を抱くのは禁物だ。ソ連が敗北する前でも後でもだ」
  ――第7章 世界がテロリストのものに

「テロリズムとは劇場だ」
  ――第7章 世界がテロリストのものに

「やつら(ワッハービ)はおれたち(アフガニスタン人)がコーランもわからぬ愚か者だと言う。だがやつらは百害あって一利なしだ」
  ――第8章 神がお望みなら、あなたにもわかる

アフガン人はナジブラを憎んでいたが、ヘクマティアルのことは恐れていた。
  ――第9章 勝った

【どんな本?】

 1970年代末より、イスラム急進主義を紐帯とした国際的な活動が活発化しはじめる。1979年には在イラン米国大使館占拠事件に続き、パキスタンのイスラマバードでも米国大使館が暴徒に襲われた。

 1980年にはソ連がアフガニスタンに侵攻する。ソ連軍撤退を望むアメリカは、CIAを中心に密かな介入を始めた。パートナーとしてISI(パキスタン三軍統合情報部)と組み、ソ連軍に抗うアフガニスタンの抵抗勢力に資金や武器を流し始める。

 しかしアフガニスタンの抵抗勢力は一枚岩ではなかった。様々な地域・部族・軍閥が群雄割拠し、一時的に同盟を組んでは寝返ってのバトルロイヤルである。

 どの勢力にカネと武器を渡すべきかをめぐり、アフガニスタンへの影響力を強めたいISIや、独自の思惑と財源を持つアウジアラビアが動き始め、アフガニスタン情勢は混沌の度合いを増すばかりでなく、パキスタンの政治情勢やアラブ諸国の動向も大きく変わってゆく。

 国際的な連携を進めるイスラム原理主義、パキスタン国内での影響力を増すISI、王家の威厳の源でありながら反体制的なワッハーブ派に板挟みとなるサウド王家、群雄割拠のアフガニスタンで相争う様々な勢力、そしてソ連撤退後に躍進を始めるタリバン…。

 多種多様な勢力と共に、大統領の方針にも翻弄されるCIAは、混迷するアフガニスタン情勢をどう考え、何を成し、どんな成果を得たのか。そして、なぜ911の悲劇を防げなかったのか。

 ワシントン・ポストの元編集局長が、膨大な公開情報と丹念な取材をもとに、複雑怪奇なアフガニスタンの現代史と、CIAの暗躍を中心に、国際的なイスラム・テロ組織の発達を描く、重量級のドキュメンタリー。

 2005年ピュリツァー賞一般ノンフィクション部門、2005年アーサー・ロス章金賞受賞。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Ghost Wars : The Secret History of the CIA, Afghanistan, and Bin Laden, from the Soviet Invasion to September 10, by Steve Coll, 2001。日本語版は2011年9月10日発行。単行本の上下巻ハードカバー縦一段組みで本文約480頁+276頁=756頁に加え、あとがき5頁+訳者(坂井定雄)解説「『9.11』と本書」9頁。9ポイント46字×20行×(480頁+276頁)=約695,520字、400字詰め原稿用紙で約1,739枚。なお下巻の原注も127頁に及ぶので、文庫本なら4巻でもいい巨大容量。

 文章は少しシンドい。諜報を扱う政治・軍事物の中では、ジャーナリストの作品らしくこなれている方でだ。が、いかんせん個々の文章が長い。多数の勢力や人物が絡み合う話なので、一つの文に多くの人物が登場し、内容を把握するには丁寧に読む必要がある。

 とはいえ、説明は丁寧で、専門用語もほとんど出てこない。じっくり読めば、何が言いたいのかはちゃんと理解できる。また、上下巻ともに巻頭に登場人物一覧があるのは嬉しい。

 ただ、原注を下巻にまとめちゃったのは辛い。できれば上下巻に分けて欲しかった。大半は情報のソースを示すものだが、たまに美味しいエピソードも混じってたりするので、うっかり読み逃しては勿体ない。

【構成は?】

 かなり複雑な話なので、素直に頭から読もう。

  •   上巻
  • プロローグ 信頼できる説明 1996年9月
  • 第1部 血を分けた兄弟 1979年11月-1989年2月
    • 第1章 おれたちはここで死ぬ
    • 第2章 レーニンが教えてくれた
    • 第3章 暴れてこい
    • 第4章 ウサマが大好きだった
    • 第5章 おれたちの戦争にするな
    • 第6章 そのマスードとは誰だ?
    • 第7章 世界がテロリストのものに
    • 第8章 神がお望みなら、あなたにもわかる
    • 第9章 勝った
  • 第2部 隻眼の王 1989年3月-1997年12月
    • 第10章 深刻なリスク
    • 第11章 暴れ象
    • 第12章 われわれは危険の中にいる
    • 第13章 敵の友
    • 第14章 慎重に距離を置け
    • 第15章 新世代
    • 第16章 ゆっくりゆっくり呑みこまれた
    • 第17章 ニンジンをぶら下げる
    • 第18章 起訴できなかった
    • 第19章 われわれはスティンガーを手放さない
    • 第20章 アメリカにCIAは必要か?
  •   下巻
  • 第3部 遠くの敵 1998年1月-2001年9月10日
    • 第21章 殺さずに捕獲せよ
    • 第22章 王国の利益
    • 第23章 戦争をしているのだ
    • 第24章 吹き飛ばしてしまえ
    • 第25章 マンソン・ファミリー
    • 第26章 あの部隊は消えた
    • 第27章 クレージーな白人連中
    • 第28章 何か政策はあるのか?
    • 第29章 「殺してみろ」と挑発している
    • 第30章 オマルはどんな顔を神に見せるのだ?
    • 第31章 多くのアメリカ人が死ぬ
    • 第32章 なんと不運な国だ
  • あとがき
  • 原注/謝辞/訳者解説/参考文献/人名索引

【感想は?】

 まだ上巻だけしか読んでない状態で、この記事を書いてる。

 筆致は冷静で、著者の政治姿勢や主義主張はあまり出ていないように思う。徹底的に大量の資料を漁り、また多くの人物に取材して裏付けを取り、ハッキリわかる事実を並べた、そんな感じの本だ。

 それでも、CIAが話の中心なだけに、スパイ物に付き物の「秘密を垣間見る」面白エピソードは多い。なまじ文章が落ち着いていて、あまり主張してこないだけに、寝ぼけ眼で文章を追いかけていると、美味しい所を見逃してしまう。

 が、それ以上に、複雑怪奇に絡み合う、各勢力・組織・人物を、かなり巧みに整理して書いてあるのは見事。

 今まで読んだアフガン物だと、アハメド・ラシッドの「タリバン」が巧くまとまってた。書名どおりタリバンを中心とした本で、タリバンの内情や、タリバンが勢いを増した理由などはよくわかる。が、タリバン以外の軍閥や、パキスタン・サウジアラビア・アメリカなど他国の内情は軽く流してた。

 対してこの本は、上記の諸国に加え、エジプトやスーダンなどアラブ諸国の内情も書いてあるのが嬉しい。お陰で、当時の国際情勢の中でのアフガニスタンを、俯瞰する視点が持てる。また、マスードやヘクマティアルなど、タリバン以外のアフガニスタン内勢力に詳しいのも有り難い。

 それに加え、当然ながらホワイトハウスとCIAの動きも詳しい。特に、先の「タリバン」では疑問として残った、ISIについてキッチリ書いているのが嬉しいところ。なぜISIがアフガニスタン情勢に絡んでくるのか。パキスタン国内で、なぜISIが強い存在感を持つのか。そもそもISIとは何か。

 ISIに関しては、ソ連のアフガン侵攻に端を発し、これに介入を企てるCIAが育ててしまった形になっているのが、皮肉な所。

 ISIは、アフガン最大勢力であるパシュトゥン系と関係が深い。そこでCIAはISIをパイプとしてパシュトゥン系勢力にカネと武器を流す。それをISIがピンハネして肥え太りパキスタン国内での権力を増し、またアフガンへの影響力も強くなった、そんな感じ。

 結果としてアメリカの支援がパキスタンの権力を腐敗させた形なわけで、それが今でも祟ってるんだよなあ。また対空ミサイルのスティンガーも、ソ連撤退後は回収にアタフタしてたり、なんとも間抜けな話だ。

 それに加えてサウジアラビア王家を筆頭に、湾岸のオイルダラーからも豊かな支援があり、また王家とは別にワッハーブ派からも人・物・カネが流れてくる。中でもワッハーブ派にはサウド家に反感を抱く集団もあり…と、国際情勢は国を単位に見たんじゃわかんないよね、と思い知らされる。

 また、アブラシド・ドスタムやグルブディン・ヘクマティアルなど、アフガンの軍閥について書いてあるのも、私には嬉しかった。ドスタムが元は共産党系とは知らなかった。

 それより全く勘違いしてたのが、ヘクマティアル。地域に根を張るパシュトゥン軍閥だと思い込んでいたが、全然違う。大学在学中にイスラム原理主義にかぶれた、一種の革命児だ。戦国大名みたく損得でタリバンと組んだと思てたが、思想的に近かったのだ。そりゃヤバいわ。

 などとまとまりのないまま、次の記事に続く。

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