スティーブ・コール「アフガン諜報戦争 CIAの見えざる闘い ソ連侵攻から9.11前夜まで」白水社 木村一浩・伊藤力司・坂井定雄訳 3
テロの根絶をめざすことは、失業の根絶をめざすのと同じように不健全なことだと(CIAテロ対策センター副所長のポール・)ピラーは考えた。
――第23章 戦争をしているのだ彼ら(CIA)が頼りにした(アルカイダの)目印は、高級四輪駆動車の集団だった。ほとんどのアフガン人は四輪駆動車どころか自動車も持っていない。CIAは衛星をカブール上空に飛ばし、分析官は「ふむ、ランドクルーザーが八台か。あの家には誰か悪い奴がいるな」…
――第27章 クレージーな白人連中特殊部隊の教義によれば、襲撃に必要な部隊の規模は諜報の質で決まる。諜報が不確かなほど、大きな兵力が必要となる。
――第27章 クレージーな白人連中(タリバンの指導者ムハンマド・)オマルは2001年1月16日、(パキスタン大統領ベルベズ・)ムシャラフに私信を送り、パキスタンの宗教政党をなだめるために「イスラム法を少しづつ執行する」よう要求した。
――第30章 オマルはどんな顔を神に見せるのだ?(911の)攻撃実行犯19人は7月中旬までに安全にアメリカへ入国した。15人がミダルとハズミを含むサウジアラビア人。二人がアラブ首長国連邦から来た。モハメド・アッタはただ一人のエジプト人、ジアド・ジャラーは唯一のレバノン人。
――第31章 多くのアメリカ人が死ぬ
スティーブ・コール「アフガン諜報戦争 CIAの見えざる闘い ソ連侵攻から9.11前夜まで」白水社 木村一浩・伊藤力司・坂井定雄訳 2 から続く。
【どんな本?】
16980年のソ連によるアフガニスタン侵攻から、CIAは密かにアフガニスタンへの介入してきた。しかし、長年の努力にもかかわらず、アフガニスタンは聖戦主義者とテロリストの巣窟と化し、2001年9月11日の悲劇は起き、今なおアフガニスタンの戦火は絶えない。
なぜ防げなかったのか。CIAは、ホワイトハウスは、何をやっていたのか。なぜパキスタンはタリバンやビンラディンを匿うのか。誰が、なぜ、聖戦主義者を支えるのか。なぜ聖戦主義者が絶えないのか。
CIAのアフガニスタン対策を中心に、ワシントンからカブール・イスラマバード・リヤド・カイロ・ハルツームなど関連各国を見渡し、大量の資料と取材を元に、911までの経緯を再現する、迫真のドキュメンタリー。
【同盟者】
著者の筆致は冷静だが、贔屓の人物はなんとなく伝わってくる。パンジシールの獅子ことアハメド・シャー・マスードだ。アメリカ側の記述の多くを、「なぜマスードを支援できなかったのか」に割いている。
もちろん、マスードも完全無欠な人物じゃない。麻薬で稼いでいた由も書いてある。が、この本を読むと、「アメリカの支援が得られない故の軍資金稼ぎ」と思えてくる。
戦闘指揮官としてのマスードは、チェ・ゲバラの優れた弟子と言っていい。「新訳 ゲリラ戦争」に学び、アフガニスタンの地形・気候・社会に応用したもの。
情勢が不利な時は山に籠り、正面戦闘は避ける。敵部隊に内通者を張り巡らし、輸送部隊を襲って物資を奪う。山がちなアフガニスタンに相応しい戦い方だ。
などと地形を考えると、アフガニスタンが中央集権国家としてまとまりにくいのも、わかる気がする。起伏が多く地形が複雑なので、少数の地元戦力でも地の利を活かせば中央の大軍に対抗できる。そのため、地域ごとに独立性の強い少数権力が乱立しやすい。それ考えると、今後も苦労するだろうなあ。
とはいえ、マスードとCIAじゃ立場も目的も違う。これが鮮やかに出ているのが、ビンラディンへの対応。CIAにとって最善は、生きたまま捕えて法廷に引きずり出すこと。せめて彼だけを殺せればマシだ。誰かを巻き添えにしたら、とってもマズい。ところが、マスードの立場じゃ逆で…
ビンラディンを殺すという決断は正当化できるかもしれない。彼は戦争をしているのだ。だがイスラムのシャイフをCIAのために拉致し、アメリカの法廷での屈辱的な裁判に引き渡すことは別だ。独立心の強い伝説的ゲリラとしてのマスードの名声を輝かせることにはなりそうもない。
――第27章 クレージーな白人連中
マスードは、孤高の戦士として、ムスリムの間でも人気だ。だが、それがCIAのヒモつきで、ビンラディンをアメリカに売ったとなれば、話は変わってしまう。立場の違いってのは、実に面白い。
いずれにせよ、金欠に悩むマスード、金満のアメリカからは想像もつかない真似をする。CIAは彼を支援しようと技術者チームを送り込むのだが…
マスード側は彼らをドゥシャンベの飛行場に案内し、Mi17(ヒップ、ソ連製多目的ヘリコプター、→Wikipedia)を見せた。技術者たちは驚愕した。ハインド攻撃ヘリ(Mi24、ソ連製、→Wikipedia)用に製造されたエンジンが、Mi17に取り付けられていたのだ。合うはずのないエンジンで、空飛ぶ奇跡といえた。
――第27章 クレージーな白人連中
Mi17もMi24もソ連製だからって事かもしれないけど、それで空を飛ぶ度胸は凄いw こんな改造をしたエンジニアも凄腕と言っていい。往々にして交通が不便な地域では「なんでも直す」町の技術屋がいたりするけど、そういう人がやったんだろうなあ。
【軍事】
やはりアフガン流の賢さを感じさせるのが、ソ連軍が残した地雷原の処理法。ロープに繋いだ丸太を、ラバに曳かせて地雷原を歩かせるのだ。地雷の上を丸太が通れば爆発する。ラバは可哀そうだが、人が死ぬよりはマシだし。
面白いのが、ソ連に抵抗するムジャヒディンに、アメリカが送った武器の出所。なんと湾岸戦争でイラク軍がクウェートに置いてった戦車や装甲車を、アフガンまで運んだとか。T-72同士の対決もあったんだろうか。
【スパイの苦悩】
「CIA秘録」によると岸信介まで取り込んでいたCIA。しかしアルカイダには…
数年間の努力にもかかわらず、CIAはアルカイダの中核指導部に一人もスパイを獲得できなかった。
――第27章 クレージーな白人連中
と、なかなかガードは固かった様子。それというのも…
スパイを侵入させる秘密作戦が成功しやすいのは、情報機関が敵と同じ言語圏、文化圏に属し、地理的にも近い場合だ。
――第32章 なんと不運な国だ
とすると、アメリカから見ると、日本の官僚や政治家の方が、聖戦主義者より、考え方が近いって事なんだろうか。日本からすると、アメリカもアラブも同じアブラハムの宗教に見えるんだが。
ビンラディンの居所やアルカイダが企む次のテロの計画など、確実で具体的な情報は掴めずイラつくCIA。だが、ついに美味しいネタを嗅ぎ当てる。アラブ首長国連邦の首長とビンラディンが、アフガン国内で狩りを企画したのだ。逸るCIAは…
(CIAイスラマバード支局長ゲーリー・)シュローンが現場の雰囲気を回想している。「吹き飛ばしてしまおうぜ。ビンラディンと一緒にシャイフを五人ほど殺してしまったら、ごめんなさいだ。(略)犬と一緒に寝れば、ノミが移されることもあるだろう」
――第24章 吹き飛ばしてしまえ
「アメリカの卑劣な戦争」にもあったけど、巻き添えの被害を顧みない姿勢は、昔からなんだなあ。
あと、「秘密の手紙」の書き方が楽しい。パラフィン紙と手紙を重ねてタイプするのだ。手紙は真っ白だけど、文字の所に蝋が乗ってる。読む者は手紙にシナモンの粉を振りかけた後に吹き飛ばす。すると蝋の所に粉が残り、文字が浮かび上がってくる。子供相手に試すとウケそうだね。
などと悩むCIAが手に入れた秘密兵器が、「無人暗殺機 ドローンの誕生」の主役プレデター。
ただし1995年当時は「平均時速110kmと極端に遅く非常に軽いため、向かい風が強いと後方に押し戻される」なんて可愛らしいシロモノ。おまけに冬は機体に氷が貼りつくなんて問題もあったとか。冬将軍が暴れる対ロシアじゃ使いにくそうだなあ。
他にも妙な調査をしてる。パキスタンの士官学校にいる、欧米の交換留学生に頼み、顎ひげをたくわえてるパキスタン軍の士官と将官を調べた。何のためかというと、顎ひげはイスラムの伝統で、聖戦主義者の証って理屈だ。キューバのカストロといい、アメリカはやたら髭にこだわる癖があるなw
【ホワイトハウス】
CIAが苦しんだ原因の一つは、合衆国政府の姿勢。
まず、何を決めるにも、やたら時間がかかる。閣僚や補佐官が会議を重ね、時として議会にも図らなきゃいけない。
次に、優先順位。1980年代はソ連第一だし、90年代でも崩壊後の元ソ連諸国や東欧諸国が大事で、次に中国とイラク。「テロも南アジアも重点政策の上位には入っていなかった」。だもんで、大統領はもちろん閣僚も、アフガニスタンには疎い。
そして、大統領が変わるたびに政策も変わること。政策ばかりかCIA長官も変わり、当然ながらCIAの方針も変わる。予算も山あり谷ありで…
とか読んでいくと、民主主義ってのは戦争に向かないなあ、なんて思いたくなるからヤバい。
【おわりに】
似たテーマを扱った本としては、「倒壊する巨塔」がある。こっちはFBIが主役で、いずれもCIAとFBIの連携の悪さを指摘している。原因も組織の秘密主義と同じ。ただし、「倒壊する巨塔」ではCIAを、本書ではFBIが悪役になっている。ドキュメンタリー作家も、取材相手には親しみを持っちゃうんだろうか。
いすれにせよ、丹念な取材と丁寧な調査に裏付けられた、ドキュメンタリーの労作だ。質的にも物理的にも重量級で、充分な覚悟を持って挑もう。覚悟に相応しいだけの内容を、たっぷり備えている。
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