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2018年6月 3日 (日)

スティーブ・コール「アフガン諜報戦争 CIAの見えざる闘い ソ連侵攻から9.11前夜まで」白水社 木村一浩・伊藤力司・坂井定雄訳 1

この物語でアメリカの主役はCIAだ。
  ――プロローグ 信頼できる説明 1996年9月

「ロシア人を撃つ銃弾を中国人から買うなんて最高だ」
  ――第3章 暴れてこい

サウジアラビアは、聖戦によって創設された唯一の近代国民国家だったのだ。
  ――第4章 ウサマが大好きだった

ソ連のアフガン戦費は直接的な支出だけで120憶ドルに達した。一方でアメリカの納税者が支払ったのは(1984年までに)二億ドルで、これに加えてトゥルキ王子のサウジアラビア情報局(GID)が二億ドルを支出したと(CIA長官ウィリアム・)ケーシーは報告した。
  ――第5章 おれたちの戦争にするな

(アハメド・シャー・)マスードはアフガン軍内部のシンパに対し、軍を離脱しないよう説得する必要に迫られることさえあった。情報源として価値が高かったからだ。
  ――第6章 そのマスードとは誰だ?

「彼ら(アフガニスタン人)が政治的にまとまるなどという幻想を抱くのは禁物だ。ソ連が敗北する前でも後でもだ」
  ――第7章 世界がテロリストのものに

「テロリズムとは劇場だ」
  ――第7章 世界がテロリストのものに

「やつら(ワッハービ)はおれたち(アフガニスタン人)がコーランもわからぬ愚か者だと言う。だがやつらは百害あって一利なしだ」
  ――第8章 神がお望みなら、あなたにもわかる

アフガン人はナジブラを憎んでいたが、ヘクマティアルのことは恐れていた。
  ――第9章 勝った

【どんな本?】

 1970年代末より、イスラム急進主義を紐帯とした国際的な活動が活発化しはじめる。1979年には在イラン米国大使館占拠事件に続き、パキスタンのイスラマバードでも米国大使館が暴徒に襲われた。

 1980年にはソ連がアフガニスタンに侵攻する。ソ連軍撤退を望むアメリカは、CIAを中心に密かな介入を始めた。パートナーとしてISI(パキスタン三軍統合情報部)と組み、ソ連軍に抗うアフガニスタンの抵抗勢力に資金や武器を流し始める。

 しかしアフガニスタンの抵抗勢力は一枚岩ではなかった。様々な地域・部族・軍閥が群雄割拠し、一時的に同盟を組んでは寝返ってのバトルロイヤルである。

 どの勢力にカネと武器を渡すべきかをめぐり、アフガニスタンへの影響力を強めたいISIや、独自の思惑と財源を持つアウジアラビアが動き始め、アフガニスタン情勢は混沌の度合いを増すばかりでなく、パキスタンの政治情勢やアラブ諸国の動向も大きく変わってゆく。

 国際的な連携を進めるイスラム原理主義、パキスタン国内での影響力を増すISI、王家の威厳の源でありながら反体制的なワッハーブ派に板挟みとなるサウド王家、群雄割拠のアフガニスタンで相争う様々な勢力、そしてソ連撤退後に躍進を始めるタリバン…。

 多種多様な勢力と共に、大統領の方針にも翻弄されるCIAは、混迷するアフガニスタン情勢をどう考え、何を成し、どんな成果を得たのか。そして、なぜ911の悲劇を防げなかったのか。

 ワシントン・ポストの元編集局長が、膨大な公開情報と丹念な取材をもとに、複雑怪奇なアフガニスタンの現代史と、CIAの暗躍を中心に、国際的なイスラム・テロ組織の発達を描く、重量級のドキュメンタリー。

 2005年ピュリツァー賞一般ノンフィクション部門、2005年アーサー・ロス章金賞受賞。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Ghost Wars : The Secret History of the CIA, Afghanistan, and Bin Laden, from the Soviet Invasion to September 10, by Steve Coll, 2001。日本語版は2011年9月10日発行。単行本の上下巻ハードカバー縦一段組みで本文約480頁+276頁=756頁に加え、あとがき5頁+訳者(坂井定雄)解説「『9.11』と本書」9頁。9ポイント46字×20行×(480頁+276頁)=約695,520字、400字詰め原稿用紙で約1,739枚。なお下巻の原注も127頁に及ぶので、文庫本なら4巻でもいい巨大容量。

 文章は少しシンドい。諜報を扱う政治・軍事物の中では、ジャーナリストの作品らしくこなれている方でだ。が、いかんせん個々の文章が長い。多数の勢力や人物が絡み合う話なので、一つの文に多くの人物が登場し、内容を把握するには丁寧に読む必要がある。

 とはいえ、説明は丁寧で、専門用語もほとんど出てこない。じっくり読めば、何が言いたいのかはちゃんと理解できる。また、上下巻ともに巻頭に登場人物一覧があるのは嬉しい。

 ただ、原注を下巻にまとめちゃったのは辛い。できれば上下巻に分けて欲しかった。大半は情報のソースを示すものだが、たまに美味しいエピソードも混じってたりするので、うっかり読み逃しては勿体ない。

【構成は?】

 かなり複雑な話なので、素直に頭から読もう。

  •   上巻
  • プロローグ 信頼できる説明 1996年9月
  • 第1部 血を分けた兄弟 1979年11月-1989年2月
    • 第1章 おれたちはここで死ぬ
    • 第2章 レーニンが教えてくれた
    • 第3章 暴れてこい
    • 第4章 ウサマが大好きだった
    • 第5章 おれたちの戦争にするな
    • 第6章 そのマスードとは誰だ?
    • 第7章 世界がテロリストのものに
    • 第8章 神がお望みなら、あなたにもわかる
    • 第9章 勝った
  • 第2部 隻眼の王 1989年3月-1997年12月
    • 第10章 深刻なリスク
    • 第11章 暴れ象
    • 第12章 われわれは危険の中にいる
    • 第13章 敵の友
    • 第14章 慎重に距離を置け
    • 第15章 新世代
    • 第16章 ゆっくりゆっくり呑みこまれた
    • 第17章 ニンジンをぶら下げる
    • 第18章 起訴できなかった
    • 第19章 われわれはスティンガーを手放さない
    • 第20章 アメリカにCIAは必要か?
  •   下巻
  • 第3部 遠くの敵 1998年1月-2001年9月10日
    • 第21章 殺さずに捕獲せよ
    • 第22章 王国の利益
    • 第23章 戦争をしているのだ
    • 第24章 吹き飛ばしてしまえ
    • 第25章 マンソン・ファミリー
    • 第26章 あの部隊は消えた
    • 第27章 クレージーな白人連中
    • 第28章 何か政策はあるのか?
    • 第29章 「殺してみろ」と挑発している
    • 第30章 オマルはどんな顔を神に見せるのだ?
    • 第31章 多くのアメリカ人が死ぬ
    • 第32章 なんと不運な国だ
  • あとがき
  • 原注/謝辞/訳者解説/参考文献/人名索引

【感想は?】

 まだ上巻だけしか読んでない状態で、この記事を書いてる。

 筆致は冷静で、著者の政治姿勢や主義主張はあまり出ていないように思う。徹底的に大量の資料を漁り、また多くの人物に取材して裏付けを取り、ハッキリわかる事実を並べた、そんな感じの本だ。

 それでも、CIAが話の中心なだけに、スパイ物に付き物の「秘密を垣間見る」面白エピソードは多い。なまじ文章が落ち着いていて、あまり主張してこないだけに、寝ぼけ眼で文章を追いかけていると、美味しい所を見逃してしまう。

 が、それ以上に、複雑怪奇に絡み合う、各勢力・組織・人物を、かなり巧みに整理して書いてあるのは見事。

 今まで読んだアフガン物だと、アハメド・ラシッドの「タリバン」が巧くまとまってた。書名どおりタリバンを中心とした本で、タリバンの内情や、タリバンが勢いを増した理由などはよくわかる。が、タリバン以外の軍閥や、パキスタン・サウジアラビア・アメリカなど他国の内情は軽く流してた。

 対してこの本は、上記の諸国に加え、エジプトやスーダンなどアラブ諸国の内情も書いてあるのが嬉しい。お陰で、当時の国際情勢の中でのアフガニスタンを、俯瞰する視点が持てる。また、マスードやヘクマティアルなど、タリバン以外のアフガニスタン内勢力に詳しいのも有り難い。

 それに加え、当然ながらホワイトハウスとCIAの動きも詳しい。特に、先の「タリバン」では疑問として残った、ISIについてキッチリ書いているのが嬉しいところ。なぜISIがアフガニスタン情勢に絡んでくるのか。パキスタン国内で、なぜISIが強い存在感を持つのか。そもそもISIとは何か。

 ISIに関しては、ソ連のアフガン侵攻に端を発し、これに介入を企てるCIAが育ててしまった形になっているのが、皮肉な所。

 ISIは、アフガン最大勢力であるパシュトゥン系と関係が深い。そこでCIAはISIをパイプとしてパシュトゥン系勢力にカネと武器を流す。それをISIがピンハネして肥え太りパキスタン国内での権力を増し、またアフガンへの影響力も強くなった、そんな感じ。

 結果としてアメリカの支援がパキスタンの権力を腐敗させた形なわけで、それが今でも祟ってるんだよなあ。また対空ミサイルのスティンガーも、ソ連撤退後は回収にアタフタしてたり、なんとも間抜けな話だ。

 それに加えてサウジアラビア王家を筆頭に、湾岸のオイルダラーからも豊かな支援があり、また王家とは別にワッハーブ派からも人・物・カネが流れてくる。中でもワッハーブ派にはサウド家に反感を抱く集団もあり…と、国際情勢は国を単位に見たんじゃわかんないよね、と思い知らされる。

 また、アブラシド・ドスタムやグルブディン・ヘクマティアルなど、アフガンの軍閥について書いてあるのも、私には嬉しかった。ドスタムが元は共産党系とは知らなかった。

 それより全く勘違いしてたのが、ヘクマティアル。地域に根を張るパシュトゥン軍閥だと思い込んでいたが、全然違う。大学在学中にイスラム原理主義にかぶれた、一種の革命児だ。戦国大名みたく損得でタリバンと組んだと思てたが、思想的に近かったのだ。そりゃヤバいわ。

 などとまとまりのないまま、次の記事に続く。

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