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2018年5月29日 (火)

大江健三郎「同時代ゲーム」新潮社

とんとある話。あったか無かったかは知らねども、昔のことなれば無かった事もあったにして聴かねばならぬ。
  ――第二の手紙 犬ほどの大きさのもの

【どんな本?】

 メキシコの大学で日本の文化を教える男が、六通の手紙を送る。彼は四国の山奥で生まれ育った。幼い頃より父=神主から伝えられた、村=国家=小宇宙の神話と伝説を、記す時がついに来たのだ。「壊す人」の巫女となった双子の妹に宛て、彼は創建のいきさつから語り始める。

 創建者たちは、藩から追放された者たちだった。港から船に乗せ海に追いやられた者たちは、藩を欺いて、隠れた河口を見つけ出し川を遡り、山奥へと向かう。行く手をふさぐ大岩塊または黒く硬い土の塊りを爆破し、伝説の地となる谷間と「在」にたどり着く。

 悪臭と大雨と洪水に始まる開拓。村=国家=小宇宙の社会に破壊と創造をもたらす大怪音。幕末から維新にかけての三度の一揆。維新政府に対し独立を守る策略。大日本帝国を相手に戦った五十日戦争。

 そんな伝説の中で、創造の神話から全体を通し、何度も再生を繰り返すように異様な存在感を誇る「壊す人」。それぞれの家に祀られているメイスケサン。村=国家=小宇宙と、それを囲む森をめぐる「死人の道」。森の奥にひそむ怪物フシギ。そして、父=神主から始まる、彼ら家族の生涯。

 大江健三郎の奔放な想像力が紡ぎ出す、壮大で生命力に満ちた物語を、双子の兄が妹に送る手紙の形で綴る、奇想天外なファンタジイ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 1979年11月25日初版発行。私が読んだのは1979年12月20日の2刷。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約487頁に加え、巻頭に大江健三郎と加賀乙彦の対談「現代文明を風刺する」8頁を収録。9ポイント43字×21行×487頁=約439,761字、400字詰め原稿用紙で約1,100枚。文庫本なら上下巻でもいい分量。なお、今は新潮文庫より文庫版が出ている。

 文章は比較的にこなれている。が、物語そのものは、かなり読みづらい。

 まず、幾つもの話を並行して語っていて、時系列的も混乱していること。書き手の近況,書き手や家族の過去,村=国家=小宇宙の歴史上の様々な事件などが、ブツ切りになって出てくるので、物語や登場人物の全体像が掴みにくい。

 また、近親者に向けた手紙の形をとっているためか、最初のうちは意味不明な言葉や文章が、説明なしにポンポン出てくる。特に最初のうちは背景事情も掴めないので、かなり辛抱強く読む必要がある。

 加えて、一人称の物語でもあり、語り手が少々信用できない。加えて…

【感想は?】

 許容量の広いSFでさえ持て余しかねない怪作。

 敢えてレッテルを貼るなら、民話風ワイドスクリーン・バロック大作とでも言うか。語られる物語、描かれる情景は、四国の山奥なんて狭くるしい舞台ながら、奇想に満ちており、時として壮大ですらあったり。

 四国の山奥なんてキーワードは、いかにも陰惨な猟奇の匂いがする。が、それより、隔離された一種のユートピアを成立させうる場所として選んだようだ。というか、単純に著者が四国を好きなのかも。

 確かにいきなり「恥毛のカラー・スライド」とか出てくるし、語り手がやたらと妹の尻にこだわっていたりと、そういう要素はある。また舞台となる村=国家=小宇宙も、最初は悪臭漂う地だったように、糞尿ネタもちょくちょく出てくる。

 が、いずれも、あまり暗い雰囲気はなく、旺盛な生命力の一つの側面だったり、または再生に必要な肥えのような役割だったり。

 それより何より、個々のエピソードが、とにかく波乱万丈にして奇想天外。舞台のを見つける場面からして、娯楽映画に欠かせない大爆破・大洪水で始まるし。今思えば、これも小宇宙の誕生に相応しいビッグバンを象徴しているのかも。

 その後も、活力を持て余す巨人やら、大怪音やら、冬眠機械やら、五十日戦争やらと、奇矯な話が続々と、ただし語り手の近況報告を交えながら、次々と出てくる。

 中でも痛快なのが、五十日戦争だろう。

 時は太平洋戦争開戦の前夜。それまで村=国家=小宇宙は、政府を謀り半ば独立を維持してきた(この策略も実に無茶苦茶で楽しい)。しかし挙国一致を求める大日本帝国は、支配を強めんと一隊を差し向ける。これに対し独立を守ろうと住民たちは立ち上がり…

 やたらと個性的な登場人物たち、地の利を生かした住民たちのゲリラ戦術、それに翻弄され散々な目に合う軍の将兵、彼らを率いる生真面目な「無名大尉」。遊びを応用した攪乱作戦で活躍する子どもたちや、俘虜になってさえ尋問者を翻弄する大人たちが、いかにもこの地の住民らしくていい。

 そして、そんな村=国家=小宇宙の歴史を通じ、何度も蘇るかに見える創建の立役者「壊す人」。

 名前すら残っていないってのも不思議だし、呼び名の「壊す人」ってのも何か奇妙だ。が、時代の節目に現れては今までの社会構造を変える役割を果たすわけで、そういう意味では「壊す人」でいいのかも。そもそも最初の活躍からしてアレだし。

 などの神話・伝説と共に、語り手の近況も綴られてゆく。これまた最初のうちは何がなんやらよく分からないんだが、家族の生い立ちと近況に至るに従い、彼ら家族の個性的ながらもエネルギッシュな生き方が見えてくる。

 これも今から思えば無茶苦茶なようだけど、「麻雀放浪記」とかを読むと、戦後の混乱期はそんなもんだったんだろうなあ、と思ったり。

 いずれにせよ、語られるのは神話と伝説だ。真偽を突き詰めてもしょうがない。そもそも一人称の語りだから、信用性には疑問があるし、冒頭の引用にあるように、創られまたは飾られたエピソードもある。ばかりか、次第に明らかになるように、語り手に伝える父=神主もまた…

 と、語り口のトリックも相まって、読み解くのは相当にシンドい。特に序盤は、「壊す人」らの前に立ちふさがる「大岩塊または黒く硬い土の塊り」がごとき難所が続く。が、その奥に潜むイメージの奔流は、風刺なんて言葉に収まるほど可愛いシロモノではなく、夜ごと脳内で暴れまわりかねない凶暴さを秘めている。

 読尾見通すにはそれなりの覚悟と時間が必要だ。気力体力を充実させて挑もう。

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