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2018年5月 9日 (水)

ジョン・クラカワー「信仰が人を殺すとき」河出書房新社 佐宗鈴夫訳

最近の調査によれば、世界中に、信者は千百万人以上いる。モルモン教は西半球でもっとも急成長している宗教なのである。
  ――第1章 聖徒たちの都市

ジョセフ・スミス「私は現世の人々にとって第二のマホメットになるだろう」
  ――第9章 ホーンズ・ミル

「神と対話する者は頭がおかしいという発言は、宗教界全体に大きな波紋を呼んでいる。それは、正気というものの世俗的な見方を押しつけるものであり、すべての宗教が正気でないことを意味するのだ」
  ――第23章 プロヴォの裁判

それはたぶん、自己愛性人格障害だろう。他人が規則を破ったり、不正行為をしたり、パイの分け前を多目にとったりしたと思われるときには、ナルシストはかならず独善的に怒りを爆発させる。しかし、自分がルール違反を犯しても、少しも悪いとは思わないのだ。
  ――第23章 プロヴォの裁判

(モルモン)教会の年間収入は推定で60憶ドルであり、現在、ユタ州では最大の雇用者である。
  ――第25章 アメリカの宗教

「(宗教は)多くの人々がくださなければならない重要な決定を自分でしなくてもすみますし、その決定にも責任がないのです」
  ――第26章 ケイナン山

【どんな本?】

 1984年7月24日、米合衆国ユタ州ハイランドで、母と娘が殺された。母はブレンダ・ラファティ24歳、娘はエリカ・ラファティ1歳。第一発見者はアレン・ラファティ、ブレンダの夫である。朝早く仕事に出かけたアレンは、夜八時に帰宅し、血まみれの二人を見つけたのだ。

 警察は三人の男を逮捕した。一人はリチャード・M・ナップ、宿無しの前科者。他の二人はロンことロナルド・ラファティとダン・ラファティ、アレンの長兄と次兄である。ロン、ダン、アレンのラファティ兄弟は、いずれもモルモン教の極端な原理主義に染まっていた。

 ラファティ家の惨劇の根源に迫る著者は、モルモン教の誕生と歴史、そしてヒトと宗教との関係そのものへと深く分け入ってゆく。19世紀に生まれたモルモン教は、新しいため事件などを検証しやすく、また記録を残す事を重視しているため、成立から現在までの過程が辿りやすいのである。

 惨劇の動機は何か。モルモン教とは何か。なぜロンとダンは凶行に走ったのか。原理主義の何がラファティ家の男たちを引きつけたのか。これらを追う著者は、モルモン教に限らず全ての宗教が持つ性質と向かい合う羽目になる。

 アメリカのジャーナリストが、ラファティ家の惨劇とモルモン教の歴史の二つを軸に、ヒトと宗教の関係に迫る、衝撃のドキュメンタリー。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Under the Banner of Heaven : A Story of Violent Faith, by Jon Krakauer, 2003。日本語版は2005年4月30日初版発行。単行本ハードカバー縦二段組みで本文約416頁に加え、作者の言葉8頁+高橋弘「日本語版のための解説」6頁。8.5ポイント24字×21行×2段×416頁=約419,328字、400字詰め原稿用紙で約1,049枚。文庫本なら上下巻ぐらいの分量。今は河出文庫から文庫版が出ている。

 文章は比較的にlこなれている。内容もそれほど難しくない。ただし登場人物がやたらと多く、人間関係が込み入っているので、人物一覧が欲しかった。また、モルモン教の歴史を語る所では、アメリカ合衆国の地図があると便利。あと、単位がヤード・ポンド法だ。1フィートは約30cm、1マイルは約1.6km。

【構成は?】

 先に書いたように、人間関係がややこしいので、素直に頭から読んだ方がいい。

  • プロローグ
  •   第一部
  • 第1章 聖徒たちの都市
  • 第2章 ショート・クリーク
  • 第3章 バウンティフル
  • 第4章 エリザベスとルビー
  • 第5章 第二の大覚醒
  • 第6章 クモラの丘
  • 第7章 静かなる細き声
  • 第8章 調停者
  •   第二部
  • 第9章 ホーンズ・ミル
  • 第10章 ノーヴー
  • 第11章 教義
  • 第12章 カーシッジ
  • 第13章 ラファティの男たち
  • 第14章 ブレンダ
  • 第15章 力のある強い者
  • 第16章 殺害
  •   第三部
  • 第17章 退去
  • 第18章 水では
    役に立ちそうもないから
  • 第19章 スケープゴート
  • 第20章 神の御旗のもとに
  •   第四部
  • 第21章 福音主義
  • 第22章 リーノ
  • 第23章 プロヴォの裁判
  • 第24章 大いなる恐ろしい日
  • 第25章 アメリカの宗教
  • 第26章 ケイナン山
  • 作者の言葉/謝辞/覚え書き
  • 日本語版のための解説 高橋弘
  • 参考文献

【はじめに】

 「作者の言葉」に、こうある。

宗教について書く者は、読者にたいし自らの神学的な判断基準を明確にしなければならない

 私もそう思う。著者は不可知論に近い。要は「わからん」だ。そういう人が書いた本である。

 私はスチャラカ仏教徒だ。結婚式や葬式では、そこの様式に従う。宗教とは儀式の様式や振る舞い方の流儀であり、生き方や世界観とは関係ない。神や仏は脳のバグだ。ヒトの脳は、それらをデッチあげるクセがある。つまり「ヒトはなぜ神を信じるのか」にかぶれたわけ。とりあえず、今のところは、そう考えている。

 ある宗教の歴史と、そこから派生した原理主義の一派について、不可知論者が書いた本を、無神論者が紹介する。これはそういう記事です。

【感想は?】

 モルモン原理主義者の凶行を追ったら、宗教の本質を垣間見てしまった、そんな本だ。

 いきなり驚いたのは、モルモン教といっても、一枚岩じゃないこと。最大派閥は末日聖徒イエス・キリスト教会(→Wikipedia)だが、他にもたくさんの宗派があり、「我こそは本物」と主張し、互いにいがみ合ってる。

 この本では、まず原理主義者たちの暮らしを描く。次に19世紀の教祖ジョセフ・スミスから始まるモルモン教の歴史を辿る。モルモン教は幾度も分裂を繰り返し、その過程で原理主義者たちを生み出すのだが、ここを読んでいくと、原理主義者が生まれるのは必然と思えてくるから怖い。

 ちなみに原理主義者と一言で言っても、小さな派閥が沢山あるからややこしい。加えて、この本が描く原理主義者の多くは一夫多妻で、これが人間関係、特に家族関係を更にややこしくしてる。

 ロンやダンなど原理主義者たちのやり口は、実に腹立たしい。一夫多妻はともかく、妻子を殴り、人付き合いを制限し、教育を受けさせず、テレビ・雑誌・新聞に触れさせない。ばかりか、12~3歳の娘に結婚を迫り、逆らえば強姦してでも従わせる。

 ダンに至っては、運転免許証まで「ユタ州に送りかえし」ている。明らかに頭がおかしい。

 そんな連中がカナダ・メキシコ・米合衆国に3~10万人もいるというから恐ろしい。しかも、そんな連中の一つは「年間六百万ドル以上の補助を受けているのである」。ほとんどペテンなんだが、金を受け取る側は、それが当然であり、もっと毟り取るべきと思っているんだよなあ。

 こんな連中を生み出したモルモン教の歴史は、虐殺してはされての繰り返し。

 そもそも信徒以外を「異邦人」と呼び見下す姿勢であるばかりでなく、何より一夫多妻が世間から忌み嫌われた。教祖のジョセフ・スミスからして40人の妻を娶った上に、「売春宿によく出入りしていた」というから、どんだけ精力が有り余ってるんだ。

 笑っちゃうのが、最初は「自分で神の声を聞け」と言ってたジョセフが、後で取り消したこと。だって…

神がモルモン教徒全員に直接語りかければ、ほかの者たちに告げられた相容れない真理よりも、ジョセフに啓示された真理のほうが正当なものであることを、誰が決めることになるだろう?
  ――第7章 静かなる細き声

 いくつかの意見が対立したら、どれが本物の神の声なのか、区別がつかないよね。にしても、神の声が聞こえるって、統合失調症の症状みたく思えるんだが。まあいい。これに限らず、初期の教えは幾つかの問題を抱え、後に多くの宗派に分かれる元凶を幾つか孕んでいた。

 その最大のものが一夫多妻で、当初は一部の者以外には内緒にしていたが、「調停者」なる本にコッソリ記している。また、三代目大管長ジョン・テイラーも…

「一夫多妻制は神のしきたりです」
  ――第20章 神の御旗のもとに

 と、宣言してたり。これが元で合衆国政府から睨まれ、1890年10月6日に屈服する。他にも妻子を殴って支配するのも…

ここで、妻は、従者、お手伝い、牛、馬と同様、夫の所有物であることを宣言する
  ――第8章 調停者

 と、ジョセフの教えに基づく行いであり、またダン・ラファティが運転免許証の返却も…

ダンはまた、神の法が人間の法律に優先する、とジョセフが教えていたことも知った。
  ――第13章 ラファティの男たち

 これまた、当初の教えに忠実に従っただけ。他にも黒人差別が(少なくとも)1978年まで続いてたり(黒人は神権保持者になれなかった)、今の常識からすると狂ってるんだが、そういう教えなんだから仕方がない。当然、反発をかい、無理に押し通せば合衆国を敵に回す。組織そのものを潰されたら元も子もないので、教会は膝を屈して世間に合わせる。

 だが、信心深い教徒が、モルモン教に真摯に向き合い、より純粋な教えに立ち返ろうとすると、どうしても原理主義者になってしまう。その結果、教会から叩き出される。もともと信心深い人なので、信仰は捨てられない。そこで考え方が似た同志=原理主義者に合流する。

 だが、原理主義者は、いずれも強い信念をもって独自に真理に達した人たちだ。しかも、それぞれが個々に神の声を聞いている。神が語る言葉は人によって違うが、その言葉は絶対だ。だから妥協もできず…

 などの構図が、モルモン教の歴史と、現在の原理主義者たちの生い立ちから、次第に浮かび上がってくる構成は見事。ちなみにモルモン教の経典が記す人類史も、なかなかキていて楽しい。モロナイ,ニーファイ,レーマンなどの単語も、なんかファンタジイっぽい響きがあってワクワクする。

 これだけなら「モルモン教ってなんか怖いね」で終わるのだが、最後の第四部では、そんな読者の足元を一気に突き崩すから意地が悪い。

 ここではモルモン教の歴史とラファティ兄弟の裁判が合流し、兄弟の精神鑑定をめぐって、モルモン教に限らず、あらゆる宗教に対し厳しい問いを突き付けるのだ。ここではオウム真理教による地下鉄サリン事件を思い浮かべてもいいだろう。

 ある意味、とても危険な本だ。筋金入りの無神論者か、救いようのないスチャラカ者なら、野次馬根性を満足させるだけで済むだろう。だが、真面目に信仰している人にとっては、自分だけでなく家族を巻き込んで破滅させる劇薬になりかねない。警告はした。あとは各自で判断してください。

【関連記事:ワクチン編】

 まずは毒消しや予防薬になりそうな本をいくつか。特に「ヒトはなぜ神を信じるのか」は効きます。

【関連記事:宗教編】

 次に宗教関係の本を。「カルトの子」は強烈です。

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