デイヴィッド・E・ホフマン「死神の報復 レーガンとゴルバチョフの軍拡競争 上・下」白水社 平賀秀明訳 1
ロナルド・レーガン「敵への復讐よりも、まずはわが国民の命を守ることのほうが重要なのではないでしょうか」
――第1章 危地にてソ連側はかねてより、西側が訓練と称して、実際の攻撃をおこなうような事態を恐れていたし、ソ連側の戦争計画でも、有事の際は、これと似た欺瞞工作がおこなわれることになっていた。
――第3章 「戦争恐怖症(ウォースケア)」「そんな愚行(細菌兵器開発)に加担した私にとって、唯一可能な正当化事由は、強要されたのだから仕方がないということだった」
――第4章 細菌の悪夢アメリカは1949年から69年にかけて計239回もの野外実験をおこなっている。そのなかにはアメリカの都市を無断で実験場に使い、エアロゾル化された“細菌”をテスト散布した例もあり、「ペンシルヴェニア高速道路」のトンネルもそうした“実験場”のひとつだった。
――第4章 細菌の悪夢
【どんな本?】
第二次世界大戦の終戦は、同時に米ソの睨み合いの始まりでもあった。両大国はともに核兵器・生物兵器・化学兵器の研究・開発・配備を進めると共に、それを敵地に叩きこむミサイル技術や、海に潜み動くミサイル発射基地となる原子力潜水艦も充実させてゆく。
何度も人類を破滅させ得る軍拡競争に世界が怯える中、二人のリーダーが登場する。役者あがりでコワモテのカウボーイと目されるロナルド・レーガン、ソ連共産党の序列を大幅に飛ばしてトップに立ったミハイル・ゴルバチョフ。
世界を巻き込む冷戦の裏側で、どのような計画が行われていたのか。当時の米ソ両国の実情は、どんなものだったのか。そして冷戦の遺産は、どのように配分されたのか。
レーガンとゴルバチョフを中心に、大韓航空機撃墜事件・生物兵器の漏洩・CIAとKGBの熾烈な戦い、SDIのそれが与えた影響などを織り交ぜ、米ソ対立の裏側を描く、2010年ピュリツァー賞一般ノンフィクション部門受賞のドキュメンタリー。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は The Dead Hand : The Untold Story of the Cold War Arms Race and Its Dangerous Legacy, by David E. Hoffman, 2010。日本語版は2016年8月30日発行。単行本ハードカバーの上下巻、縦一段組みで本文約389頁+425頁=814頁に加え、訳者あとがき4頁。9ポイント45字×20行×(389頁+425頁)=約732,600字、400字詰め原稿用紙で約1,832枚。文庫本なら四巻でもいい巨大容量。
文章は比較的にこなれている。内容も特に難しくない。とはいうものの、私は冷戦を体験した世代なので、当時の状況をよく覚えているせいかも。そういう意味では、1950年代~1970年代に生まれた人は、「あの時代の雰囲気」が蘇ってくるだろう。
【構成は?】
基本的に時系列順に進むので、素直に頭から読もう。
- 上巻
- プロローグ/はしがき
- 第1部
- 第1章 危地にて
- 第2章 ウォーゲーム
- 第3章 「戦争恐怖症(ウォースケア)」
- 第4章 細菌の悪夢
- 第5章 炭疽工場
- 第6章 死者の手
- 第7章 アメリカの夜明け
- 第2部
- 第8章 「これまでのやり方じゃダメなのだ」
- 第9章 スパイの年
- 第10章 剣と楯
- 略語一覧
- 下巻
- 第2部
- 第Ⅵ部 新世界と約束の地
- 第11章 レイキャヴィクへの道
- 第12章 武器よさらば
- 第13章 細菌、毒ガス、そして秘密
- 第14章 失われた年
- 第15章 最大の突破
- 第16章 不穏な年
- 第3部
- 第17章 大変動
- 第18章 科学者たち
- 第19章 発覚
- 第20章 エリツィンの約束
- 第21章 「サファイア計画」
- 第22章 悪との対峙
- エピローグ
- 謝辞/訳者あとがき/略語一覧/主要人名索引
【感想は?】
とか偉そうに書いてるけど、今は上巻を読んでる途中。
改めて考えると、現実のなんと狂っていることか。
アメリカ合衆国とソ連邦は当時、わが国はいつでも撃つ用意があるからなと、核ミサイルで互いを脅かしあっていたのである。ふたつの超大国は、およそ1万8400発の核弾頭を、(略)互いに狙いを定めていた。
――プロローグ
当時がそうだっただけじゃなく、今だってたいして変わりゃしない。どころか、むしろプーチンは核の引き金を軽くしている(→「力の信奉者ロシア その思想と戦略」)し、中国も軍事力拡張に余念がない。
にも関わらず、最近はあまり核の恐怖が騒がれない。これは私たちが慣れたからか、ネタとして新鮮味が失せたのでマスコミ的に美味しくないからなのか。
どうでもいいけど当時の私は食っていくのに精いっぱいで、核なにそれ美味しいの状態でした、はい。そんな風に、自分があの頃に何を考え何をしていたか、なんて事を思い出しながら読むと、一味違った感慨があります。
さて。こんな現実に対し、レーガンは「核の全廃を夢見ていた」。原子力発電所なら是非もあろうが、核兵器をなくそうというのは、実に当たり前の考えだろう。にも関わらず、これが合衆国大統領の立場だと、「極めて過激な考え」になってしまうのは、明らかに何かがおかしい。
全般的に、レーガンをかなり贔屓目に書いてる感じ。自伝からの引用が多いし。とはいえ、幾つかの点で、私の思い浮かべるレーガン像とはだいぶ違う姿が浮かび上がってきた。
例えば、幼い頃の彼は『火星のプリンセス』を読んでいた。SFファンだったのか。これがSDIへとつながったんだろう。また、1982年6月7日に教皇ヨハネ・パウロ二世と会談してる。バチカンとは対ソ連で「情報提供の面では緊密な協力関係にあった」。
ポーランドの現代史は「ワルシャワ蜂起1944」を読んだだけだが、ああいう経緯なら、母国解放を強く願うのも当然だろう。プロテスタントの米国とバチカンの関係は…と思ったが、1980年にもカーターと会談してた(→バチカン放送局)。ヨハネ・パウロ二世が友好関係を築いたんだろうか。
なんて深く考えさせる話もあるが、もっと感覚的にホラーな話もある。そもそも冒頭から1979年のソ連での炭疽菌漏洩事故で始まるし。しかも、その原因については「正確なところは、今日にいたるまで良く分かっていない」。ソ連ならでは、である。
続けて1983年、ソ連の宇宙軍部隊・早期警戒センターの場面が描かれる。敵の長距離ミサイルを警戒する部署だ。ここでは、まるきし映画のような展開が待っている。
などの恐怖を更に煽るのは、ソ連の機器が揃いも揃ってポンコツなだけでなく、共産党やKGBなどの組織のポンコツぶりを描く所。なんとなくKGBはキレ者揃いって印象を持っていたが、新聞をネタにするスチャラカな奴も多かった様子。
また大韓航空機撃墜事件の真相も、かなりショッキングで、日本語版Wikipediaには載っていない米軍の関わりも書いてある。これもソ連のレーダー網のポンコツぶりが大きな要因だったり。
などととりとめのないまま、次の記事に続く。
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