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2018年5月21日 (月)

ジャック・ヴァンス「魔王子シリーズ5 夢幻の書」ハヤカワ文庫SF 浅倉久志訳

トリーソングの活動範囲はオイクメーニ全域にまたがっている。<圏外>へ足をのばすことはめったにない。“超人たちの王”と自称したことでも知られている。
  ――p9

「いかにもハワードらしいじゃない? あの子はいつも惜しいところでしくじるのよね」
  ――p214

【どんな本?】

 色とりどりの生態系・社会・文化・風習を創り出し、見事なディテールで成立させてしまうSF作家ジャック・ヴァンスによる、5巻に渡るスペース・オペラ・シリーズ完結編。

 人類が恒星間宇宙へと進出した遠い未来。人類はオイクメーニ宙域に発展した社会を築くが、その権威が及ばない<圏外>にも、様々な社会が広がっている。

 ある日、<圏外>のある惑星の町マウント・プレザントが襲われた。首謀者は魔王子と呼ばれる五人。少年カーズ・ガーセンは、祖父と共にからくも生き残る。二人は復讐を誓い、祖父は少年を殺人者として鍛え上げる。やがて祖父は亡くなり、成長したカース・ガーセンは復讐の道を歩み出す。

 災厄のアトル・ラマゲート、殺戮機械ココル・ヘックス、ヴィオーレ・ファルーシ、<巨鳥>レンズ・ラルクと四人の魔王子を倒したガーセンは、最後の一人ハワード・アラン・トリーソングの足跡を掴む。大がかりな罠を仕掛けトリーソングを誘い出そうとするガーセンだが…

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Book of Dreams, by Jack Vance, 1981。日本語版は1986年6月30日発行。文庫本で縦一段組み、本文約369頁に加え米村秀雄の解説7頁。8ポイント43字×19行×369頁=約301,473字、400字詰め原稿用紙で約754枚。文庫本としてはやや厚め。

 文章はこなれている。内容も特に難しくない。80年代の作品だけに、SFガジェットもあまり凝ったモノは出てこない。むしろコンピューターやデジタル通信がほとんど出てこないので、それが不自然に思えるほど。相変わらず登場人物が多いので、登場人物一覧が欲しかった。

【感想は?】

 魔王子よりカース・ガーセンの悪辣さが光ってきたこのシリーズ、最後もやっぱりガーセンが悪役w

 もっともガーセンの場合は、主人公だからなのか、一応は相手によりけりで。セコい悪党を相手に上前をハネる手口には磨きがかかってる。中盤の初頭、貧しく荒っぽい連中ばかりの惑星ボニフェースで、クソガキどもをやりこめるあたりも、実にアコギで容赦ないw ちったあ手加減してやれよw

 そんなガーセンも、今回は少しばかり痛い目を見る順番が回ってきたようで。惑星モウダーヴェルトのモーニッシュで、どんな因果か楽団員としてフルートを吹く羽目になり、しごかれる場面では、ちょっと「ザマぁw」と思っちゃったり。音楽教師ってのは、なんだってこうエキセントリックで権高なんだろうね。

 このモーニッシュの社会と風俗も、異境を描くヴァンスの腕が冴える所。風景はヨーロッパの田舎を思わせる、静かで落ち着いたたたずまい。でも、そこに住む人々は、奇妙ながらも厳格な宗教が染み込んでいて…。もっとも、敬虔な者とそうでない者がいるのは、どこでも同じだけど。

 今回の魔王子はハワード・アラン・トリーソング。ラスボスだからと期待して構えていたら、実はイタズラ好きのクソガキが、そのまんま大きくなったような奴。お菓子工場でのイタズラも、今なら電子掲示板を賑わす類のロクデもない真似だったりw

 もちろん、魔王子の名にふさわしい凶暴な事もやってはいるんだが、彼の生い立ちが見えてくるあたりから、ちょっと親しみが湧いてきたり。にしても、「夢幻の書」って、そういう意味かあ。そりゃ大事だよねえ、いろいろとw

 何かと面白い人なのは確かで。

 序盤、今回のヒロインを勤めるアリス・ロークと電話で話すあたりも、本性は見えないながら、少々イタいキャラが全開だったり。魔王子とまで呼ばれるお方が、電話口でそこまでやりますかw 部下が聞いたら、どんな顔するんだろう。案外と「またか」で済んじゃったり。それはそれで、更にイタいけどw

 特に彼の魅力が爆発するのは、終盤での「同窓会」の騒ぎ。元イタズラ小僧の本領発揮というか、クソガキのまんま地位と名誉?を手に入れた者らしく、実にセコい目的のために準備万端整え、全力を尽くして暴れまわります。爽快な気分になるSF者も多いだろうなあw あまし白状したくないけどw

 とかのメイン・ストーリーに加えて、ちょっとしたオカズも楽しいのが、この巻。

 全20章に分かれていて、各章の冒頭に架空の本の引用が入ってる。これは舞台の惑星を紹介する旅行ガイドだったり、役割を果たすアイテムの解説だったりするんだが、特殊な果物チャールネイの紹介文が楽しい。レオン・ウォーク記者、ある意味じゃ本望かも。

 中でも、15章の冒頭、“『第九次元からの書簡』のうち、「生き神の弟子」”は、8頁に及ぶ力作で、ちゃんと起承転結があり、これだけでも独立した短編として成立しちゃってる楽しい物語。「奇跡なす者たち」や「天界の眼 切れ者キューゲルの冒険」で見せた、ファンタジイ作家としてのヴァンスの腕が味わえる。

 かと思えば、意外な懐かしい人がヒョッコリ顔を出したり。やっぱり気に入ってたんだなあ、あのキャラ。いかにもアクの強いクセ者で、ヴァンス好みのキャラだし。ちなみにラックローズ君は幾らか苦労が報われたようです。

 「魔王子シリーズ」なんて名前に萩尾望都の華麗な表紙とは裏腹に、互いが腹に一物抱えたクセ者同士の丁々発止の駆け引きと、大掛かりな仕掛けの割にしょうもない動機のギャップが楽しい、世知に長けたヴァンスの悪知恵が光るシリーズだった。

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