ジャック・ヴァンス「魔王子シリーズ3 愛の宮殿」ハヤカワ文庫SF 浅倉久志訳
「コイン・ツリーとも、役立たずの木とも呼ばれています。基材としても発効剤としても、まるっきり無害なんですよ」
――p20「若い頃?」ナヴァースは唾を飛ばした。「わしは一生かけて無茶をやらかしてきた!」
――p145「美はそれを見るものの目に存在する」
――p183「どうか謎をたもってくださいますように。これは全員で演じるゲームとお考えください」
――p245
【どんな本?】
センス・オブ・ワンダーあふれる異星の風景や生態系、そして奇想天外な制度や社会を、見てきたように余裕たっぷりに描き出すジャック・ヴァンスによる、5巻に渡るスペース・オペラ・シリーズ第三幕。
人類が恒星間宇宙へと進出した遠い未来。人類はオイクメーニ宙域に発展した社会を築くが、その権威が及ばない<圏外>にも、様々な社会が広がっている。
ある日、<圏外>のある惑星が襲われた。首謀者は魔王子と呼ばれる五人。少年カーズ・ガーセンは、祖父と共にからくも生き残る。二人は復讐を誓い、祖父は少年を殺人者として鍛え上げる。やがて祖父は亡くなり、成長したカース・ガーセンは復讐の道を歩み出す。
災厄のアトル・ラマゲート、次いで殺戮機械を擁するココル・ヘックスを片づけたガーセンは、次なる獲物ヴィオーレ・ファルーシを追う。毒匠の里サルコヴィーに手がかりを見つけたガーセンは、ファルーシの過去を嗅ぎ当て…
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は The Palace of Love, by Jack Vance, 1967。日本語版は1985年11月30日発行。文庫本で縦一段組み、本文約305頁に加え訳者あとがき2頁。8ポイント43字×19行×305頁=約249,185字、400字詰め原稿用紙で約623枚。文庫本としては少し厚め。
文章はこなれている。内容も特に難しくない。流石に半世紀も前の作品なので、SFガジェットもあまり凝ったモノは出てこない。ただ相変わらず登場人物が多く、登場人物一覧がないのは辛い。
【感想は?】
尻上がりにジャック・ヴァンスの意地悪さが光り出してきた。
冒頭、サルコヴィーの描写が、宇宙港にたどり着いた所からして、生活感があふれ出ていて生々しい。かつて船員として世界を巡った経験が活きているんだろうか。
というのも。少人数で途上国を旅した経験のある人にはお馴染みの風景なんだが、ゲートを出たとたんに、自称ガイドに取り囲まれてしまう。当然、向こうも商売なので、口先は親切だが、考えていることは似たようなもんで…。
とまれ、さすが毒匠の里サルコヴィー、売り込み文句が一味違う。お土産としちゃ確かに珍しいが、親しい人に贈るにはちょっとw
この後、ガイドとなったエーデルロッドと丁々発止のやり取りも、口ぶりこそ紳士的なものの、互いに相手の腹の底を見透かしながらの陰険で絶妙なやりとり。ガーセン、地元を見られちゃ困ると思ってるのか、または交渉自体を楽しんでるのかw
やがて今回の獲物ファルーシの過去にたどり着くんだけど、過去を知る者の境遇を描くところが、実に嫌な感じで苦しかった。遠未来を舞台としたSFだというのに、現代日本の重大問題を鮮やかに皮肉ってるのだ。これ書いた時のヴァンスは夢にも思わなかっただろうってのが、更に悲しい。
というのは置いて。この巻でのスターは間違いなく詩人ナヴァース。何度かの浮き沈みを繰り返し、今はドン底のハウスボート暮らし。となりゃ拗ねて困った人になっていそうなもんだが。あ、いや、確かに口の減らない困った爺さんなんだが、なんか憎めないのだ。
もちろん、現実に身近にいたら困るタイプなんだけど、傍から見ている分には「次に何をやらかすか楽しみ」というか。遊び相手としては実に頼もしくて、人生の楽しみ方を知り尽くしているタイプ。ただ費用対効果とか計画性とかの概念は微塵もないってのが、ねえ。
彼が手掛けるパーティーは見事ながら、そのオチも無茶苦茶w よくこんなあくどいイタズラを考えたもんだw ダン・シモンズの巨編「ハイペリオン」に出てくる詩人マーティン・サイリーナスは、ナヴァースがモデルなんじゃなかろか。
そして、おったまげるのが、ファルーシの本拠地の税制度。
前巻の<交換所>も、「おい、いいのか?」と本能的に突っ込みたくなるが、理屈を知ればなんか頷ける妙な合理性があった。それはここの徴税所も同じで、反射的に「おいおいw」と言いたくなるが、確かに充分な税収が見込める上に、たいていの奴は喜んで支払ってしまう困った制度だ。さすが魔王子w
そして、あまりにも酷いのが、ファルーシへの復讐。
いや確かに奴がやらかした事は悪辣だし、許せることじゃない。が、奴が非行(と言うには凶悪すぎるけど)に走った原因は、なんか同情したくなるってのに、最後の最後にこの仕打ちは、あまりにもあんまりだw
タイトルといい表紙といい、微妙に詐欺っぽい感じがするけど、それもまたヴァンス。騙されて喜ぶアレな趣味の人向けの、軽い娯楽作品。
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