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2018年5月11日 (金)

ジャック・ヴァンス「魔王子シリーズ1 復讐の序章」ハヤカワ文庫SF 浅倉久志訳

どの魔王子もユニークで、きわめて個性が強く、それぞれが特有のスタイルを誇示している。
  ――p215

「わたしは魔王子をことごとく破滅させたい」
  ――p267

【どんな本?】

 センス・オブワンダーあふれる異境を描かせたらピカ一の作家、ジャック・ヴァンスによる5巻に渡るスペース・オペラ・シリーズの開幕編。

 人類が恒星間宇宙へと進出した遠い未来。人類はオイクメーニ宙域に発展した社会を築くが、その法の力が及ばぬ<圏外>へと向かう者も多い。

 ある日、<圏外>のある惑星が襲われ、多くの者が殺され、生き残りは奴隷として連れ去られる。首謀者は魔王子と呼ばれる五人。少年カーズ・ガーセンは、祖父と共に逃れ、復讐を誓う。祖父は少年を殺人者として鍛え上げる。やがて祖父を喪ったカース・ガーセンは、復讐の第一歩を踏み出す。

 最初の獲物は「災厄のアトル・ラマゲート」。どんな者なのか、どこにいるのか、なかなか尻尾が掴めないアトル・ラマゲートを追うガーセンは、スメードの星で脈のありそうなネタを掴み…

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は STAR KING, by Jack Vance, 1964。日本語版は1985年9月30日発行。私が読んだのは1986年12月31日の二刷。文庫本で縦一段組み、本文約275頁に加え訳者あとがき6頁。8ポイント43字×19行×275頁=約224,675字、400字詰め原稿用紙で約562枚。文庫本としては普通の厚さ。

 文章はこなれている。内容も特に難しくない。流石に半世紀も前の作品だし、出てくるSFガジェットも今となってはお馴染みの効果を持つシロモノばかり。ただし登場人物が多くいので、できれば登場人物一覧が欲しかった。特にこの巻はマラゲートの正体を探るお話なので、人間関係が重要だし。

【感想は?】

 この巻は、意外とマトモなチェイス物。

 正体の掴めない敵「災厄のアトル・ラマゲート」を探り、たまたま掴んだ糸を頼りに、無法世界の<圏外>から法治社会オイクメーニへ、そしてまた<圏外>へと、宇宙を駆け巡る。

 最初の舞台は<圏外>らしい、スメードの星。ったって、住んでるのはスメード一家だけ。生物相の貧しい惑星に居を構え、レストラン&ホテルを営む。孤独を好むフィンランド人かい。でも、こういう生活に憧れる人もいるんだろうなあ。

 主役のカース・ガーセンは、探星師のフリをしてる。探星師って字面でなんとなくわかるように、いわば山師だ。金になりそうな星を探し、オンボロ宇宙船を駆って宇宙を彷徨う旅烏。どことなく薄汚くて胡散臭い商売だ。スター・ウォーズなら、ハン・ソロみたいな雰囲気なんだろう。

 ところで「探星師」みたく、目新しいけど意味は通じる言葉を創るセンスは、ベテラン訳者の浅倉久志ならでは。SFの翻訳って、言葉を選ぶだけじゃなく、創る必要もあって、けっこう大変な仕事だよね。特にジャック・ヴァンスはセンスが独特で、かなり難儀な作家だと思うんだが、どうなんだろ。

 次に出てくる「美形のヒルデマー・ダース」も、なかなか不気味な様相。いかにも悪の組織の武闘派幹部って雰囲気バリバリ。今ならCGを駆使すれば再現できるだろうけど、演じる役者はかなり苦労するだろうなあ。

 あと、肌を好きな色に染めるって文化も、魔王子世界の大きな特徴。肌を染めるのがオシャレで、無彩色は不精の印なのだ。これはもしかしたら、人種差別への密かな皮肉なのかも。

 こういった、アトル・ラマゲートを追う過程で出てくる、ユニークでケッタイな世界・社会も、ジャック・ヴァンスの欠かせない魅力。

 まずはスメードの宿で出会う、同業のティーハルトが見つけた、珠玉の惑星。雰囲気は地球に似ていて、青い空と巨木の世界。そこには「木の精」とも呼ぶべき生き物がいて…。なんかメルヘンチックだけど、連中の食事の様子は、それほど可愛らしくないのがなんとも。

 惑星ユーヴィルも、けっこう困った風習が根付いてる。都市が五つあるんだが、どの都市を訪れるにしても、それぞれの旅券が必要。そこまではいいんだが、この旅券ってのが曲者で。なんと額に五角形の刺青をせにゃならん。それぞれの都市で色が違い…。あんまし嬉しくないなあw

 これも、もしかしたら中東問題の皮肉なのかな、と思ったり。いいやイスラエルは六芒星だけど、あの辺を旅する際、パスポートにイスラエルの入国記録があると、他の国に入る際に苦労するって話があって。

 そして、原書のタイトルにもなっている、スターキング。この世界の数少ないエイリアン。その生態は謎に包まれていながらも、相当数が人類世界に入り込んでいて…

 奇矯な世界と文化、そこに住む人々の個性的な暮らしなど、SF的な小道具大道具を散りばめながらも、お話はスペース・オペラの語源となったホース・オペラ、すなわち「西部で賞金首を追う賞金稼ぎ」っぽいタフでラフなハードボイルド調で進む、わかりやすい娯楽作品だ。

 ちなみに表紙は萩尾望都です。

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