ニーヴン,パーネル,バーンズ「アヴァロンの戦塵 上・下」創元SF文庫 中原尚哉訳
水はグレンデルを意味する。
――上巻p221「どこを見ても、どこへ手をのばしても、そこには新しい動物や新しい植物がいるんだ」
――下巻p40「ここはおれたちの場所なんだ。このすべてがだ。キャメロットでもない、サーフスアップでもない。ここがおれたちの土地なんだ」
――下巻p116「あの土地はあいつらのものさ。おれたちではなく」
――下巻p179「おれたちはすべてを捨て、ただ旅立ちたいと願った人間の集まりなんだ」
――下巻p200「理由はいろいろだろうが、夢はひとつだった。未来を切り拓くことさ」
――下巻p244「グレンデルのことは理解したと思っていたのに、じつはそうでなかった」
――下巻p324
【どんな本?】
「神の目の小さな塵」で有名なラリイ・ニーヴンとジェリイ・パーネルのコンビが、売り出し中のスティーヴン・バーンズと組んだ、SF長編「アヴァロンの闇」の続編。
地球から10光年、鯨座タウ星系第四惑星、通称アヴァロン。160名の移民団は、この惑星の島キャメロット島に植民地を築く。彼らは全人類から選りすぐった者だったが、人口冬眠の副作用で脳の一部が「凍りつき」、多くの者が鋭敏なはずの頭脳を失ってしまう。
それでもアヴァロンは楽園のような土地だった。しかしそこには、恐るべき敵がいた。グレンデル。体長数メートルに成長する肉食の両生類。主な武器である突進は、わずか三秒で時速110kmに達する。その際に発する熱は凄まじく、時として自らも焼き殺すため、体を冷やす水が豊かな所にしか棲めない。
獰猛なグレンデルの襲撃により、一時は壊滅の危機に陥った移民団だが、多くの犠牲を払った末、ついにキャメロット島からグレンデルを駆逐する。
それから20年。
植民地は発展し、新しい世代も育ってきた。食物連鎖の頂上に立つグレンデルが絶滅したためか、キャメロット島の生態系にも変化が現れはじめる。
島で生まれ育った若者たちは、広大な本土への進出を望む。しかしグレンデルの脅威を忘れられない第一世代は、慎重な姿勢を崩さない。そんな時、本土にある無人採掘場で事故が起きる。何かが爆発したらしいのだが…
フロンティアの暮らしと世代間の対立を背景に、奇想天外なエイリアンの生態と、見えざる敵の脅威を描く、長編パニックSF小説。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は Beowolf's Children, by Larry Niven, Jerry Pournell, Steven Barnes, 1995。日本語版は1998年10月30日初版。文庫本の上下巻、縦一段組みで本文約379頁+423頁=802頁に加え、堺三保の解説5頁。8ポイント42字×18行×(379頁+423頁)=約606,312字、400字詰め原稿用紙で約1,516枚。文庫本としては上中下の三巻でもいい大長編。
文章は比較的にこなれている。驚異のダッシュ力を誇るグレンデルをはじめ、多種多様で奇妙奇天烈な異星生物の生態が楽しい作品なので、そういうのが好きな人向け。ちなみにケッタイな性質も一応はソレナリの理屈がついているので、生物学や生態学、それと化学を少し齧った程度だと、更に楽しめる。
同じトリオによる長編「アヴァロンの闇」の続きだが、必要な設定は要所で説明しているので、前を読んでいなくてもだいたいは理解できる。私も「アヴァロンの闇」はだいぶ前に読んだけど、中身をほとんど忘れていた。が、それでも楽しめたので、これから読み始めても大丈夫だろう。
【感想は?】
まず目立つのが、世代間の対立。これを引き立たせる設定が巧みだ。
普通の社会には、様々な年齢の人がいる。世代間の対立ったって、ハッキリ分かれてるわけじゃない。三十路もいればアラフォーだっている。
現実には明確な区切りなんかないんだけど、それじゃわかりにくいし面白くない。だから、マスコミが中間の世代を無視して、オッサン・オバサン vs 若者って図式に作り上げて報じる。
でも、この作品では、本当に世代の断絶がある。アヴァロンは移民の地だ。第一世代は、10光年の遥かな旅を経てこの惑星にやってきた。対する第二世代は、第一世代の子供たち。その間には、20歳以上の年齢の隔絶がある。年齢的に、クッキリ分かれているのだ。
育った環境も違う。第一世代は地球で生まれ育った。当然、地球をよく知っている。だが第二世代は、アヴァロンの開拓地で生まれ育った者たちだ。世界観が全く違う。
加えて、グレンデルの恐怖だ。第一世代は、グレンデル相手に、一時期は絶滅の恐怖を味わった。だが第二世代は、そんな事を知らない。
ダメ押しになっているのが、人口冬眠不安症。10光年を旅する間、ずっと起きているわけにはいかない。そこで人口冬眠するんだが、その副作用でオツムが多少イカれちゃってる。おかげで第一世代は自分の判断が信用できない。だもんで、何につけても慎重になる。
対して第二世代には、そんな心配がない。そうでなくても若者はリスクを恐れないものだ。そんな若者たちの前には、開拓を待つ広い未踏の大陸が広がっている。
狭いが安全なキャメロット島に閉じこもる第一世代と、何が潜むか分からない広い大陸を切り拓こうとする若者たち。両者の対立が、人間側のストーリーの軸となる。
が、それ以上に面白いのが、奇妙奇天烈なアヴァロンの生物たちだ。
だいたいグレンデルからして意地が悪い。人間の文明は大河のほとりで育った。ヒトが生きていくには、淡水が欠かせない。その水源には、最も危険な天敵グレンデルがいる。小さな島のグレンデルにさえ、人類は壊滅の危機に追いやられた。大陸ともなれば、どれほど恐ろしい奴がいることか。
この予想は裏切られず、冒頭の地図からして「老グレンデル」「ダムをつくるグレンデル」「雪のグレンデル」と、個性豊かな強敵の大盤振る舞いだ。
私が最もシビレたのは、彼らグレンデル視点の語り。
彼らの最大の武器は、「スピード」による猛ダッシュだ。3秒で110km/hに達する、ぶっちゃけチートだよね。が、それだけに、制限もあればツケも溜り…。これを「いつ」「どこで」「どのように」使い、ツケをどう払うか。だけでなく、水に棲む生物だけあって、世界の認識方法も、ヒトとは大きく違う。
これをエイリアンの立場で描くあたりは、パク人やモート人を生み出し、化け物を描かせればピカ一のSF作家ニーヴンの腕が冴えわたるところ。
ばかりでなく、当然ながら、グレンデルに劣らぬケッタイな生物が、次々と出てくる。序盤に出てくるウナギもどきの生態からして、異境の雰囲気たっぷりだ。もちろん、グレンデルを超える恐ろしい敵も出てくるので、乞うご期待。
広大な新天地へ踏み出す人類に襲い掛かる試練を描く、正統派の秘境冒険SF。リラックスして楽しもう。
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