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2018年4月 4日 (水)

樋口恭介「構造素子」早川書房

「A=A'=false and A=true'」。以下の文字列はその論理式に含まれる。

無数の選び取られた可能性と、無数の選び取られなかった可能性の中で、無数に分岐する物語の可能性が開かれている――。
  ――3 Bugs

H・G・ウェルズ的な未来を思うこと――それは現状の社会を変えることでもあり、未来を変えることでもあった。
  ――6 Variables

誰だって自分が正しいと思うようにコーディングされてる。
  ――7 Engines

物語は無数の可能性の中で分岐し、無数の可能性の中で解釈されますが、分岐の果てに、解釈の果てに、一つの物語のコードが書かれます。
  ――8 Hypotheses

【どんな本?】

 2017年第五回ハヤカワSFコンテスト大賞受賞作「構造素子」を加筆訂正した、長編SF小説。

 L-P/V基本参照モデルにおける、L8-P/V2に属する世界。一年前、エドガー・ロパディンの父ダニエルが死んだ。エドガー・アラン・ポーに憧れたダニエルは小説家を志す。若い頃は幾つかの雑誌に短編が載ったが、次第に時流に乗り遅れてゆく。

 そんな父ダニエルは、一つの草稿を遺した。母ラブレスからエドガーに渡された草稿、そのタイトルは『エドガー曰く、世界は』。

 売れないSF作家だった父ダニエルが遺した草稿、小説を書くという行為の意味と実態、言語と物語・言語と世界の関係、そして父と息子の絆。メタフィクションの手法を駆使して構築する、一つの、そしてあらゆる世界の物語。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2017年11月25日発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約392頁に加え、「第五回ハヤカワSFコンテスト選評」6頁。9ポイント45字×19行×392頁=335,160字、400字詰め原稿用紙で約838枚。文庫本なら厚い一冊か薄い上下巻ぐらいの分量。

 文章はやや硬め。これは意図したものだろう。内容も、かなり凝っている。まず、架空の世界の中で架空の物語が増殖していく、みたいな凝った構造だ。また懐かしめのSF・哲学・数学など多岐にわたるガジェットを投入しており、その手のモノが好きな人にはアチコチにお楽しみが埋まっている。

 気になる人は、巻末の「参考・引用文献」をザッと眺めるといい。

【感想は?】

 印象としては「とっつきやすい円城塔」。

 正直、ちゃんと読みこなせてる気がしない。たぶん、最も楽しんで読めるのは、小説や漫画など、自分で物語を創っている人たちだろう。それも、SFやファンタジイなど、世界設定から必要な物語。

 つまり、「私はこんな風に物語を創っています」みたいな話なんだと思う。ただし、書き方はそんなに素直じゃない。なにせ第五回ハヤカワSFコンテストで大賞をかっさらった作品だ。思いっきり今風のSFらしい書き方をしている。なんたって、いきなり…

 あなたの前にモデルがある。L-P/V基本参照モデル。2001年に英国王立宇宙間通信標準化機構によって制定された、異次元間通信を実現するための宇宙の階層構造モデル。

 と、バリバリにSFな雰囲気で始まる。“L-P/V基本参照モデル”なんて言葉で「なんか数学か情報工学っぽい難しい話かな?」と思ってたら、“異次元間通信”で「やっぱハッタリか」と安心させてくれる。と同時に、それが“2001年”って所で、「歴史改変ものかな?」と疑念を抱かせる。

 やはりこの手の作品にコンピュータ、それも量子コンピュータは必須のガジェットらしく、そっちの用語も続々出てくる。そもそも目次からして Bugs,Methods,Variables と、情報系の用語が並んでるし。もちろん、チャールズ・パペッジ&エイダ・ラブレスと解析機関は必須。

 が、あまし深く考えないように。この辺は、どっちかというとスチーム・パンク的なノリで、「あり得たかもしれない世界」に分岐するためのスイッチ的な役割。このスチーム・パンクと量子コンピュータを組み合わせるって発想は、食い合わせとしてかなり強烈な印象を残す。

 などと、この記事を書きながら思い返すと、やはり「父ダニエルの遺した草稿」がキモなのかな、と思ったり。

 この記事を書くにしても、私は一気呵成に書き上げるタイプじゃない。少し書いては消し、どうしても入れたい要素は別のメモに書き散らし、無理矢理捻りだした文章を組み合わせ、なんとかブログ記事の体裁に整える、そんな書き方をしている。

 特にストーリーもなく、人物を生み出すわけでもなく、ましてや世界なんか創る必要もない、自己満足のための短いブログ記事ですら、幾つもの断片を作り出しては潰した末に、やっと出来上がる。ましてや一貫性が要求される物語を創るとなれば、どれほどのスクラップ&ビルド、トライ&エラーが必要な事やら。

 まあ世の中には若い頃のロバート・シルヴァーバーグみたく、椅子に座れば次々と言葉が湧き出してくる人もいるようだが、そうじゃない人だっているのだ。が、それでも「何かを書きたい」って欲望は抑えきれず、こうしてしょうもない駄文を日々量産してるんだが。

 それでも記事として人の目に触れる文章はまだマシで、大半の文章は書いた端から消えてゆく運命にある。とか書いてくと、プログラムも似たようなもんだなあ。特に私の場合、書いたコードの8割以上は捨てられる運命にあったり。いやホント、日曜プログラマとはいえお恥ずかしい話だ。

 と、この作品は、そんな事を書いているのかな、と思うんだが、全然違うって気もする。

 余計なおせっかいかも知れないが。次々と厨二心を刺激する固有名詞が出てくるが、油断しちゃいけない。たいていは巧妙に創作を交えているので、ちゃんと元ネタは調べよう。そこでまた、新しい世界が生まれてゆくから。

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