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2018年4月20日 (金)

ケン・トムソン「外来種のウソ・ホントを科学する」築地書館 屋代通子訳

本書は、在来種と外来種、さらには外来侵入種産業と呼べるほどに膨らんだ分野にかかわるあらゆる問いと、その陰にある意味とを精査しようとする試みだ。
  ――序 ラクダはどこのものか

今日のニュージーランドの植物学者は全員が、人間からの直接または間接の作用を排除すれば、在来植物は常に外来種に優位を保っていられるという意見だ。
  ――第2章 在来種のわずかな歴史

2007年末の時点で、連邦共和国としてのアメリカ合衆国からも、アメリカのどの州からも、外来種との競争で失われた植物種がひとつでもあるという証拠は皆無なのだ。
  ――第6章 生態学の講義を少々

生物防除のために導入された生物のうち、定着するのは三例にひとつで、そのうちのおよそ半数(つまり、導入された全体の約16%)だけが狙った標的の駆除に成功している。
  ――第8章 制御不能

【どんな本?】

 昨年はヒアリが大きな騒ぎになった。セイタカアワダチソウはあまり騒がれなくなったが、最近はアライグマが話題だ。ブラックバスも嫌われ者だし、異国から入ってくる生物は、ロクなもんじゃない

 …と、決めつけられたら困る。なんたって、アメリカ大陸からやってきたジャガイモもトマトも大好きだし。牛や豚や鶏だって、今どきはイギリスやアメリカからの輸入種か、またはその混血種だ。

 昔の外人レスラーよろしく、とかく悪役にされがちな外来種だが、本当にそうなのか。

 英国シェフィールド大学の生物学・生態学者が、イギリス・アイルランド・ニュージーランド・ハワイなどの島・島国や、オーストラリア・ヨーロッパ・アメリカ合衆国など大陸も見渡し、外来種がはびこる理由・その悪行の実態と興亡・悪評の原因などを追究し、環境保護活動に疑問を呈する一般向け解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Where Do Camels Belong? : The Story and Science of Invasive Species, by Ken Thompson, 2014。日本語版は2017年3月3日初版発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約277頁、9ポイント45字×18行×277字=約224,370字、400字詰め原稿用紙で約561枚。文庫本なら普通の厚さの一冊分。

 文章は比較的にこなれている。内容も特に難しくない。た舞台は世界中を飛び回るので、世界地図があると便利。

 ただ、タイトルで見当がつくように、いくらか政治的な主張を含んでいる。そのため、意見が合わない人もいるだろう。

【構成は?】

 全体は穏やかにつながっているので、できれば頭から読もう。

  • 序 ラクダはどこのものか
  • 第1章 移動する種
    • 生物種と大陸
    • 残存種、避難圏、そして氷河時代
    • 渡り、海や鳥を伝う分散
    • 人の手による分散
    • どれほど長くて不思議な旅だったことか
  • 第2章 在来種のわずかな歴史
    • 「在来」とは何か
    • 戦争と平和
    • 在来であることの価値
    • 急を要する保護
    • 金の力
    • 本書の今後
  • 第3章 まずは悪いニュースを少々
    • ミナミオオガシラ グアムの在来鳥類減少事件
    • カワホトトギスガイ 五大湖イシガイのミステリー
    • ギョリュウ アメリカ南西部の砂漠化植物
    • エゾミソハギ 大惨事を引き起こす湿地の侵入者
  • 第4章 訴状の通り有罪か?
    • エゾミソハギ 目立ちすぎが災いする?
    • ギョリュウ ほんとうに水を使いすぎているのは誰か?
    • カワホトトギスガイ 恩恵を受ける生き物たちもいる
    • それはわかった。だがミナミオオガシラはどうなんだ?
  • 第5章 いいものなら在来種に違いない
    • 英国固有の植生
    • ノウサギ、アナウサギ、ザリガニ
    • 英国のビーバー
    • 誤解されるディンゴ
    • カリブのアライグマ
    • コガタトノサマガエルのこんがらがった物語
    • 攻撃される在来性
  • 第6章 生態学の講義を少々
    • ニッチ理論を少し
    • ニッチ理論を検証する
    • ニッチと侵入
    • コラム 「島の生物地理学」理論
    • 外来種と地球規模の生物多様性
    • コラム カウリの物語
    • 歴史から学ぶ
  • 第7章 悪いやつを探せ
    • 勝者と敗者
    • どちらかといえば的外れな理論ふたつ
    • 少しはましな理論
    • コラム ロードデンドロン・ポンティクム 在庫一掃セール、1000株につき105シリング
    • 順化協会
  • 第8章 制御不能
    • 外来種と島
    • 大陸ではどうか 「悪魔の爪」の例
    • 有用な外来種
    • 生物防除とふたつのカタツムリ
    • 外来種と法律
  • 第9章 後戻りなし
    • 外来種を最大限に利用する
    • 長い見通し
    • 外来種の進化
    • 侵入された側の進化
    • 氷山の一角
  • 第10章 競技場を均すには
    • 意図的導入 ナミテントウの奇妙なお話
    • 園芸家の世界
    • イタドリ 救世主シラミ見参
    • 移住支援
    • コラム 英国に移転させるべき生物候補六種
  • 第11章 侵入にまつわる五つの神話
    • 神話その1:外来種による侵入が生物多様性を損ない、生態系の機能を失わせる
    • 神話その2:外来種はわたしたちに多額の損害を与える
    • 神話その3:悪いのはいつも外来種
    • コラム ハイタカとカササギ 現行犯?
    • 神話その4:外来種はわたしたちを狙って野をうろついている
    • 神話その5:外来種は悪者、在来種はいい者
  • 第12章 わたしたちはどこに向かうのか
  • 謝辞/訳者あとがき/写真クレジット/参考文献/索引

【感想は?】

 いきなり、冒頭から足元をすくわれた。ラクダだ。原産地はどこだろう?

 北アフリカでもアジアでもない。なんと、「4000万年ほど前に北アメリカで進化した」。北米産かい。ちなみに眷属は「リャマ、アルパカ、グアナコ、ビクーニャ」。アルパカってラクダに近いのか。言われてみると、微妙にユーモラスなところは似てるかも。

 ってのはおいて。

 今、北米に野生のラクダはいない。オーストラリアにはいるらしいが。でもラクダで想像するのは、アフガニスタン・パキスタンなどの中央アジアや、シリア・アラビア・エジプトなど中東だろう。時とともに、ラクダの住む所も変わってきたのだ。

 とすると、在来種と外来種って、どうやって区別するんだろう?

 この問いは、日本のような島国だと、さらに深刻になる。主食のイネをはじめ、たいていの生物種は、中国や東南アジアから来た種だし。

 そういう点では、著者が島国のイギリス人なのも、日本と似た視点を持っていて、ちょっと親しみが湧く。近くに大陸(ヨーロッパ)があるのも似ているし、かつての大帝国(ローマ)の遺産が大きいのも、中国の影響を受けた日本と似ている。

 もちろん、違う所もある。特に大きいのが、イギリス連邦の遺産なのか、オーストラリアとニュージーランドの資料が多いこと。いずれも外来種と在来種のせめぎあいが激いが、大陸オーストラリアと島国ニュージーランドの違いもあって、科学者にとっては格好の比較材料だ。例えばオーストラリアは…

こと哺乳動物に関しては、地球上でもオーストラリアが絶滅集中地点だ。ヨーロッパ人が入植して以来、18種が絶滅していて、これは同じ期間中に世界中で絶滅した全哺乳類のほぼ半数にあたる。主な原因が、持ち込まれた捕食動物――キツネと野生化したイエネコの子孫であるのはまず間違いない。
  ――第5章 いいものなら在来種に違いない

 と、希少種の保護に関心が深い人にとっては、注目の土地だ。しかも、ソコの外来種は、たいていイギリス人が持ち込んだもので、著者にも馴染みが深い。そんな著者の主張は、いささか極端に聞こえる。

外来種を排除したければ――究極の目標が在来種森林の再生ならば――無視するのが一番だということだ。
  ――第9章 後戻りなし

 つまり、「ほっとけ」だ。一時的に増えて在来種を駆逐するように見えるけど、たいていはすぐに勢いが衰えて在来種と共存するよ、と。もっとも、「すぐ」ってのが、学者さんの時間感覚で、50年とか100年とかなんだけど。

 と、かなり悠長なことを言っているようにも見えるが、厳しい指摘もある。例えば私たちの思い込みだ。昔のプロレスじゃ外人レスラーは悪役だったように、たいていヨソ者は悪者扱いされる。何か悪い事があると、ヒトはヨソ者を疑う。おまけに、目立つヨソ者ならなおさらだ。

外から持ち込まれる生物が共通して持っているものは何なのかを、最初の一目で見抜くのは難しい。ただ実際にはどれもが、目には定かに見えないが、ある一つの共通項を持っている。人間の近くで栄えるという点だ。
  ――第10章 競技場を均すには

 新顔で、しかもヒトのそばではびこる奴は、どうしたって目立つ。そういう奴は、どうしても悪役を押し付けられやすい。

 が、たいていは、宅地開発など、ヒトによる変化が原因だったりする。環境が変わったため、新しいニッチができて、そこにそかさず新種が入り込んだ、そういう事だ。

英国でもどこでも、そして在来種でも外来種でも、繁栄する植物は変化があったことの指標であって、それ自体が変化を推進するものではなく、彼らはただ、人間が自然環境をこんな風に変えてくれてうれしいよ、と言い続けているのだ。
  ――第7章 悪いやつを探せ

 加えて、ヒトには判官びいきな傾向もある。

一般的に言って、わたしたちは、愛らしくてわれわれに厄介をかけない動物や植物が好きだ。さらに言えば、生息数が減少している生き物が好きで、彼らになりかわって頑張ってしまうことさえしばしばある。
  ――第5章 いいものなら在来種に違いない

 トキなど絶滅しそうな生き物は、ついつい応援したくなるのだ。また、ヒトは、昔からある慣れた脅威より、目新しい脅威に注目しがちだ。デング熱がいい例だろう。交通事故の方が2~3桁ほど被害は大きいのに、マスコミは大騒ぎした。なんたって…

在来種は外来種ほどニュースバリューがないのだ。
  ――第11章 侵入にまつわる五つの神話

 そう、マスコミは見慣れた事柄を取り上げないのだ。だって手あかがついてて面白くないし。といった、ヒトの心理的な盲点を突いてくるのも、この本の特徴だろう。で、実際問題として、外来種は益と害、どっちが多いのか、というと…

生態系には数多くの機能があり、どの機能を測定するかでも話は大きく変わってくる。しかし実際に測定されたたくさんの機能のうち、ほとんどが外来種の影響を被っていなかったし、生産性、微生物の活動、土壌の炭素、窒素とリンの総量、利用可能な窒素量に関しては、外来種が存在することでむしろ増えていた。
  ――第11章 侵入にまつわる五つの神話

 と、全体的には、生態系を活発にして、しかも種の多様性を豊かにする傾向が強いとか。逆に言うと、雑草が増えるって事なんだけど、それが損か得かはヒトの都合によるから、ヒトってのは勝手なもんです。

 著者の主張はマスコミの論調と大きく違うし、そこに違和感を持つ人も多いだろう。でも、一般にマスコミの報道はヒステリックになりがちなものだし、冷や水を浴びせるような主張は報じない。落ち着いて考えるために必要な、新しい視点を与えてくれる本、ぐらいに考えて読んでみよう。

 どうでもいいが、Ken Thompson って名前、IT系の人は一瞬ギョッとするけど、もちろん別人です。

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