新井素子「そして、星へ行く船」出版芸術社
あたし、あなたのことが好きだったのに。
――そして、星へ行く船「でも、これが、この星のあるがままの姿です。地球の感覚だと、異常な世界に見えるかも知れませんけど、これが、この星の自然です」
――そして、星へ行く船
【どんな本?】
デビュー作「あたしの中の…」から、若い女の子の話ことばをそのまま書き起こしたような文体で、喧々囂々の議論を巻き起こした新井素子による、初期の長編シリーズ完結編。長編「そして、星へ行く船」に加え、短編二編「αだより」「バタカップの幸福」を収録。
人類が宇宙へと積極的に進出している未来。森村あゆみは19歳で地球から家出し、火星に居を構える。幸いにして仕事も見つかり、21歳になった。
勤め先は水沢総合事務所。所長の水沢良行、事務担当で水沢所長の奥さんの麻子さん、元ベテラン商社マンの熊谷正浩、自称腕利き探偵の山崎太一郎、あゆみと同期で情報屋の中谷広明、そして森村あゆみの小さな所帯。主な業務は、やっかいごとよろず引き受け業、平たく言えば私立探偵兼なんでも屋。
麻子さんのストライキに始まり、あゆみに届いた不審な手紙・挙動不審な痴漢・新時代の殺し屋と、予想外の展開を見せた事件は、懐かしい人物たちの再登場と共に火器を用いた乱戦へと発展し…
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
元は集英社文庫コバルトシリーズ「そして、星へ行く船」として1987年に発行。その一部を手直しし、短編二編「αだより」「バタカップの幸福」を加え、2017年3月30日に出版芸術社より第一刷発行。
単行本ソフトカバーで縦一段組み、本文約416頁に加え、定番の書き下ろしのあとがき8頁。9.5ポイント42字×17行×416頁=約297,024字、400字詰め原稿用紙で約743枚。文庫本なら厚めの一冊分。
文章は例の新井素子調。かなり個性が強いが、最近のライトノベルに慣れていれば問題はないだろう。内容はSFとはいえ、特に難しい理屈は出てこないので、理科や数学が苦手でも大丈夫。
ただし、お話は「逆恨みのネメシス」から直接続いているので、一つの長編の上下巻にような関係にある。シリーズ全体を通しての伏線回収や、懐かしい人物が重要な枠割を果たす場面も多いので、できれば最初の「星へ行く船」から読もう。
【感想は?】
うーむ、こそばゆい。
このシリーズの感想を書く際、なんとなく避けてきた点がある。他でもない、これはラブコメだって事だ。最初は薄かったラブコメ色が、巻を追うごとに濃くなり、この巻では満開で迫ってくる。
せめて煩悩にまみれたエロ坊主視点なら、息継ぎの合間もあるんだが、生真面目な若い娘さんの視点で書かれているため、そんなスキもない。おまけに拍車をかけるのが、この巻で明らかになるあゆみの秘密。
これは幸福なのか不幸なのか。知らなきゃ、ずっと幸福でいられたろうなあ。もしくは、もちっと違う育ち方をしたら…いや、それを許さないのが、この秘密なわけで。いずれにせよ、やっぱりあゆみになってしまうのが、この「秘密」の怖い所。
と、散々こそばゆい想いをさせてくれただけに、広明の報復には思わず喝采しちゃったぞ。よくやった広明、これでこそ広明。そういう立場なら、是非ともそうせねば。にしても、そういう所で使うなら、素材も特殊だろうし、手間ばかりか予算も相当の額になると思うが、何にせよよくやったw
そんなわけで、五巻の大長編のフィナーレに相応しく、ちょっと切ない完結編だった。が、こういうこそばゆいラブコメは、若いうちに読んでおきたいね。
SF者として気になるのが、火星の風景。ちょっと調べた限りでは、今になっても空の色はよくわからないらしい。日本にしても、季節によって多少違うばかりか、春には黄砂なんて現象もあるわけで、火星でも場所と季節と天気によって違うんだろうなあ。
他にも苔むしたSF者には懐かしい名前が出てきて、「おおっ!」となったり。ちょうど最近、傑作選が出たばかりなのは、嬉しい偶然か。
短編「αだより」「バタカップの幸福」は、いずれも本編の後日譚で、コメディ・タッチ。
「αだより」は、本編を受けた、直接の続編と言っていい。そのためか、ほとんどピンク色に染まった雰囲気の中で話が進み、やっぱり何かとこそばゆい作品。にしても、悪あがきすればするほど、事態を悪化させてしまう太一郎には、やっぱり「ざまあ」と言ってやりたいw
「バタカップの幸福」は、お待ちかねバタカップが主役を務める作品。
こと研究に関係した事となると空気が読めなくなるイワンさんが素敵だw やっぱり第一線で働く研究者は、これぐらい人間が壊れてないとw ちなみに、これに出てくるウミウシモドキ、似たような能力を持つ生物は日本にもいます(→Wikipedia)。
本編で明らかになる問題が問題だけに、どちらの短編もコミュニケーションが重要なカギとなっているのは、ワザとなのか偶然なのか。特に猫は、数年どころか一万年近くもヒトと付き合いがあるってのに、なかなかコミュニケーションが取れないのは、どういう事なんだか。
文章は読みやすく、物語は起伏に富み、展開はスピーディー。実は考証もシッカリしたSFでありながら、それを感じさせずサラリと流す職人芸。独特の文体も相まって、この時期、既にライトノベルとしての形を完成させていた力量に、改めて恐れ入ったシリーズだった。
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