スティーヴン・ウィット「誰が音楽をタダにした? 巨大産業をぶっ潰した男たち」早川書房 関美和訳
「なんでこのことを今までだれにも話さなかったんだ?」
「ああ、だって聞かれなかったから」
――イントロダクション音楽トレンドを理解することはすなわち黒人音楽を理解することだった。
――3章 ヒットを量産する「自分がなにをやってのけたか、わかってる?」最初のミーティングのあとにアダーはブランデンブルグに聞いた。「音楽産業を殺したんだよ!」
――4章 mp3を世に出すmp3の不正コピーをなくすには、その代わりになる合法なやり方を提示するのがいちばんだった。
――7章 海賊に惚れ込まれるナップスターのブームは音楽産業の史上最高の2年間と重なっていたし、(ダグ・)モリスでさえしばらくの間はナップスターのファイル共有がCD売上を押し上げたと考えていた。
――9章 法廷でmp3と戦う1999年から2009年にかけて北米のコンサートチケット売上は3倍になった。多くのミュージシャンがレコーディングよりツアーから多くの収入を得るようになってきた。
――18章 金脈を掘り当てる2011年には、蓄音機の発明以来初めて、アメリカ人は録音された音楽よりもライブにおカネを落としていた。
――エピローグ
【どんな本?】
私はラジオで育った。ラジオから流れる曲をカセット・テープに録音し、ウォークマンで持ち歩いた。今は iTunes でリッピングした曲を iPod nano で聴いている。自宅のパソコンに向かう時は、インターネット・ラジオや Youtube で音楽を流している。
Youtube はいい。昔ならお茶の水や新宿の輸入レコード屋にあしげく通い、埃にまみれた中古版や海賊版を漁り、それでも数カ月で手に入れば幸運なんてレアな音源が、今は Youtube で検索すればスグ出てくる。
動く Paul Kossoff がいつでも見られるとは、なんていい時代だろう。おお Randy Meisner, 昔はスマートだったなあ。つか Gryphon, Treason なんてアルバム出してたのか。長く幻のバンドだったってのに、ライブの映像まであるぜウヒャヒャ…
などと恩恵を受けているのは、年寄りばかりじゃない。どころか、ポピュラー・ミュージックの主な聴き手である、若者こそが最大の恩恵を受け、ボーカロイドなどネット環境ならではの新しい音楽も生み出した。そして、世界的に、音楽ビジネスは大きな変革を迫られている。
この変革は、どこから始まったのか。どんな者が、どんな役割を果たしたのか。mp3 を創り出したカールハインツ・ブランデンブルグ,CDプレス工場で働くデル・グローバー,そして米国音楽界を牛耳るダグ・モリスの三者を軸に、音楽産業の革命をドラマチックに描く、エキサイティングなドキュメンタリー。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は How Music Got Free : The End of an Industry, The Turn of the Century, and the Patient Zero of Piracy, by Stephen Witt, 2015。日本語版は2016年9月25日初版発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約334頁に加え、訳者あとがき4頁。9.5ポイント43字×17行×334頁=約244,154字、400字詰め原稿用紙で約611枚。文庫本なら少し厚めの一冊分。
文章はこなれている。というか、少し最近のネット文体の香りがする、くだけた文体。内容も特に難しくない。技術的な話も少しは出てくるが、わからなければ読み飛ばして構わない。というか、少々怪しい所もある。それより、2000年以降の音楽、それもヒップホップ系に詳しいと、更に楽しめる。
【構成は?】
話は時系列順に進むので、素直に頭から読もう。
- 主な登場人物
- イントロダクション
- 1章 mp3が殺される
- 2章 CD工場に就職する
- 3章 ヒットを量産する
- 4章 mp3を世に出す
- 5章 海賊に出会う
- 6章 ヒット曲で海賊を蹴散らす
- 7章 海賊に惚れ込まれる
- 8章 「シーン」に入る
- 9章 法廷でmp3と戦う
- 10章 市場を制す
- 11章 音楽を盗む
- 12章 海賊を追う
- 13章 ビットトレント登場
- 14章 リークを競い合う
- 15章 ビジネスモデルを転換する
- 16章 ハリポタを敵に回す
- 17章 「シーン」に別れを告げる
- 18章 金脈を掘り当てる
- 19章 海賊は正義か
- 20章 法廷で裁かれる
- エピローグ
- 情報源についての注意書き
- 謝辞/訳者あとがき/原注
【感想は?】
若い人には歴史だろうけど、オッサンには懐かしい話がいっぱい。
なんたって、MS-DOS の時代から話が始まる。今をときめくmp3も、当時は絶命寸前ってのには驚いたし、AACとの関係も全く知らなかった。
ブランデンブルグの目の付け所もいい。mp3は圧縮率の割に音質がいい反面、処理に時間がかかる。将来、CPUの性能はガンガン上がるので、処理時間は問題じゃなくなる。が、回線速度は上がりにくいので、圧縮率がネックになる。
ここで最初の利用者が全米ホッケーリーグってのも、意外ではあるが納得。確かにスポーツ中継はライブじゃないとね。細い蜘蛛の糸一本で生きながらえたmp3は、お堅い研究者には思いもよらぬ形で市場を制覇してゆく。
などの開発者に続き、登場するのがCDプレス工場で働くデル・グローバー。メカ好きではあっても研究者ではなく、ありがちなコンピュータ・オタク。職場じゃ真面目に残業をこなしつつ、やがては音楽海賊シーンの隠れた大物になってゆく。うんうん、当時は「パソコン通信」だったねえ。
彼を中心に描かれるのは、ネットの中で繰り広げられる、胡散臭いコミュニティーの群雄割拠と栄枯盛衰。得体のしれない連中が寄り集まっては別れ、栄誉を求めて競い合うあたりは、「あの頃」のカビ臭い香りが漂ってきて、オジサンはちょっと遠い目になったり。
グローバーや仲間たちが、発売前の音源を盗み出す多彩な手口も、驚くやら呆れるやら。日本版のボーナストラックって、案外と価値あるのね。
そして最後に登場するダグ・モリスは、米国音楽界の大物ビジネスマン。彼を中心に描かれるアメリカのミュージック・ビジネスは、音楽好きな者に複雑な気持ちを湧きあがらせる。なんたって、CDの価格が安い。$16.98でも「強気の価格」とは。ちなみに原価は$1未満。
彼が新人を発掘するあたりも、アメリカの音楽シーンの豊かさを物語る。例えばカレッジ・チャート。向こうの大学には(たぶんFM)ラジオ局があって、独自の番組を作って放送している。
これはたぶん電波法の違いが大きいんだろうけど、お陰で大学に限らず有象無象の小さなラジオ局がウジャウジャあるのだ。競争が激しいため、カントリーばっかしとかラップだけとか局ごとの個性も豊かで、ご当地スターも沢山いる。そういう所から、新しいミュージシャンが次々と生まれるのだ。
大物ミュージシャンも若者の発掘に熱心で。日本だと小室哲哉とつんく♂ぐらいしか知られていないけど、例えば KISS のジーン・シモンズはメタル系を、プリンスもファミリーを組みシーラ・Eなどを育てている。ごめんね、例えが古くて。
いやこの本に出てくるのはヒップホップ系が多いんだけど、私はソッチをよく知らないのよ。時代的にヒップホップが市場を呑みこんでいく頃を描いているため、出てくるのも2パックやジェイ・Zなど、そっちの人が多く、彼らが津波のように米国音楽界を席巻していく様子も生々しく描かれる。
などと並行して、大企業病に冒された日本の家電企業とイケイけな韓国企業の対比、ラジオ局とレコード会社の薄暗い関係、海賊とFBIのチェイス、アップルの殴り込み、そしてもちろんナップスターなど、「あの頃」の楽しい話題がいっぱい。
今の時代がとってもエキサイティングな事を再確認させてくれる。とっても楽しくて少し懐かしい本だ。
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