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2018年4月26日 (木)

谷甲州「エミリーの記憶」ハヤカワ文庫JA

 「死神殺しさ。戦場にあらわれては、死神を殺してまわる神様もいるらしい」
  ――死神殺し

「奴らが攻撃をしかけてくるときは、いつも同じだ。連絡がないんで様子をみにいったら、部隊は全滅している。生存者はいない。何カ月もかけてつくった前進キャンプが、一晩でつぶされたこともある」
  ――猖獗戦線

「あの街は、ぼくの街です」
  ――ぼくの街

「私はL(ララ)。道化師のLよ」
  ――L

【どんな本?】

 ベテランSF作家の谷甲州が、今はなきSF雑誌のSFアドベンチャー(SFA)に寄稿した作品から、宇宙SF以外の短編を集めた作品集。

 航空宇宙軍史や山岳アクションなど、シリーズ物や長編では硬派な作風が多い著者だが、この作品集では、仮想現実や超能力や記憶トリック、淡いボーイ・ミーツ・ガールからヌルヌルのポルノまで、幅広い芸風が楽しめる。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 元は1994年7月に徳間書店より単行本で発行。文庫版は2006年5月15日にハヤカワ文庫JAより発行。文庫本で縦一段組み、本文約420頁に加え、あとがき10頁+文庫版のためのあとがき3頁。9ポイント39字×17行×420頁=約278,460字、400字詰め原稿用紙で約697枚。文庫本としては少し厚め。

 文章はいつもの谷甲州で、短く端的な表現が多くて読みやすい。ガジェットも特に凝ったものは出てこないので、あまり構えなくていいです。

【収録作は?】

 それぞれ作品名 / 初出。

逝きし者 / SFA1986年10月号
 いつも見る夢。地面に横たわったまま、俺を見あげる俘虜。その肩には、すでに血の乾いた銃創。俺は俘虜を尋問している。所属部隊を、現有兵力を、隊長名を、司令部との連絡方法を、隣接部隊名を尋ねる。
 航空宇宙軍シリーズの外伝のような作品。アッサリと平野部を制圧した航空宇宙軍の陸戦隊だが、敵は湿地帯に潜みゲリラ戦を展開する。戦記物を読むと、同じ戦場を描いた作品でも、著者により、書かれている内容が全然違ってたりする。そういう混乱がよく出ていると思う。
死神殺し / SFA1987年3月号
 敵の攻撃を受け、海防艦は沈む。なんとか脱出には成功したものの、助けが来る気配はない。浮遊物にしがみついて一昼夜。周りに陸はおろか、他の浮遊物もない。仲間も力尽きて波間に消えた。おまけに天候も悪化の兆しが見える。そんな時、ゆっくりと近づいてきたのは…
 海で、ジャングルで、極寒の惑星で。様々な戦場で、兵士は死んでゆく。その死の間際に彼らが思うのは何か。同じ死ぬにしても、ジワジワと死ぬ餓死や、苦しい溺死は嫌だなあ。
猖獗戦線 / SFA1989年4月号
 雨がふりつづき、地面はぬかるむジャングルを切り開き、設けられたキャンプ。植物の成長は異様に早く、気を抜けばゾラゾラと呼ばれるシダに似た植物に占領されてしまう。攻撃の起点となる最終キャンプの一つ前、第四キャンプのソベリン一等兵は、最終キャンプ壊滅の報を聞く。
 ベトナム戦争の米軍も、こんな苦労をしたんだろう、と思うような暑苦しい風景の中で展開する、異星の戦場の物語。優れた装備が役に立たなければ、敵の正体もよくわからず、どころか戦争の目的すら判然としないあたりも、ベトナム戦争そのまんま。
竜次 / SFA1989年5月号
 二人の警官に追われる竜次。うち一人が竜次に拳銃を突きつける。その時、竜次の双眸が光を放ち…
 「竜次」って名前で、ヤクザ物、それも下っ端の若いチンピラかな、と思ったら、やっぱりそうだった。映画「竜二」の影響だろうか。当然、私も竜次は金子正次をイメージしながら読みました、はい。お話は全然違うけど。
過去を殺した男 / SFA1987年7月号
 シミュレータで訓練する警官。設定はこうだ。一般市民の多い市街地に、武装した五人の凶悪犯が潜んでいる。可能なら逮捕、抵抗したなら発砲も許可。同地区にほかの警官もいるが、連絡はとれない。まず凶悪犯の一人目を射殺し…
 「戦争における[人殺し]の心理学」によると、たいていの人は他の人を殺すのを強く嫌い、戦場でも発砲するのは10人中1人ぐらいだとか。それを克服するためには、リアルなシミュレーションの効果は大きくて、だから警官もリアルな人形で訓練してるそうな。
ぼくの街 / SFA1989年3月号
 この街に引っ越してきて、もう一年ぐらいになる。この街のことなら、なんでも知っているし、だれとでもしたしくしている。そこに若い警官がやってきた。新しく赴任してきたばかりで、まだ街に慣れていない。ぼくは彼に話しかけ…
 これまたシミュレーションを扱う作品だが、今回の舞台は普通の市街での普通の暮らし。セカンドライフより更にリアルだけど、そこに居る人の大半はコンピュータが創ったNPC。もう少しAIが進歩したら、MMOもNPCをサクラとして使うようになるのかなあ。
エミリーの記憶 / SFA1989年7月号
 あまり流行っていないバーで、エミリーと出会った。見た目は十五、六歳に見えるが、今の簡易美容整形技術ファンダメンタル・メイクなら幾らでも誤魔化せるし、最近はそういうのが流行ってる。エミリーの手にあるのはジョイン・ラブ用のカクテル。
 いつもは軍事物や山岳物など、硬派な男の世界を描く著者が、果敢にも挑戦したポルノ、それもロリータ物。しかも描写に工夫があるんだけど、それは読んでのお楽しみ。
L(ララ) / SFA1989年3月号
 しょっちゅう引っ越してばかりの少年時代。その年の夏休みは、海沿いの地方都市にいた。海ぞいに広がる、人気のない松林が気に入っていた。後で知ったのだが、その松林でむかし自殺した人がいるらしいい。ララと会ったのは、その松林の中だ。
 幼い頃は引っ越しばかりで親しい友達もできず、でもそれなりに人付き合いの妙は心得た少年。少年、夏の青い空、海のそばの街、そして謎の若い女といった定番風の道具立てを使いつつ展開する、幻想的な作品。ひとりで居ることに慣れた者には、色々と突き刺さってくる。
子どもたちのカーニバル / SFA1989年11月号
 長女の摩由は、ことし小学校にあがったばかり。その摩由が、担任の山崎と一緒に帰ってきた。服は泥だらけで、手足にも傷があり、泣きじゃくっている。山崎を問いただすが、どうも要領を得ない。
 最近話題の「いじめ」を扱った作品。子どもには子どもの社会とその掟hがあるんだけど、そういうのって、なかなか大人からは見えない。その見えなさ具合が、うまく書けていると思う。
宗田氏の不運 / SFA1989年9月号
 きっかけは半年ほど前。まずは靴紐が切れた。万年筆のペン先が折れ、エレベーターに乗り損ね、忙しい時に間違い電話がかかってくる。幸か不幸か、その日は早くに体があいたので、普段は行かない店を幾つかハシゴした末に、その男に出会った。
 ちょっと「笑ゥせぇるすまん」に似た雰囲気の作品。順風満帆だった男が、場末の飲み屋で胡散臭い奴と話をしたのが運の尽き…と思ったら。フレドリック・ブラウンやロバート・シェクリイやリチャード・マシスンなど、50年代のアメリカSF風のネタを、和風に仕上げた感じ。
十年の負債 / SFA1989年6月号
 30過ぎで素寒貧の男が、六畳一間のアパートでラーメンをすすっている。そこにいきなり見知らぬ婆さんが現れ、貸した十年を返せと言う。
 これまた古風なアメリカSF風のネタを和風に仕上げた話。とはいえテキサスを舞台にジョー・R・ランズデールあたりが書いたら、やっぱり今でも充分に通用しそうなんで、普遍性をもったネタなんだろう。にしても、嫌な普遍性だw
神の存在 / SFA1989年8月号
 「あなたは神の存在を信じますか」。二日酔いの頭を抱え、ノコノコとドアホンの呼び出しに応じたら、お馴染みの文句と共に来た女は、思った通り化粧っ気のない地味な女だった。だが、意外な事に次の言葉は…
 新聞の売り込みやケッタイな商品のセールスと並び、皆さんお馴染みの宗教勧誘。いずれも最初は正体を隠して話を始めるので、はなはだタチが悪い。やはり懐かしいアメリカSF短編風でもあり、また70年代あたりの日本SF短編のようでもあり。
響子と陽子 / SFA1988年4月号
 「人を一人、消していただきたいのですが」。依頼人は、若い女。俺は個人営業の興信所、つまり探偵だ。幸い幾つかの企業と長い付き合いもあり、今は特に金にも困っていない。あまり物騒な仕事は引き受けたくないのだが…
 ハードボイルドの王道、私立探偵物。ただし掲載誌がSFAだけあって、ちょっと奇妙な能力がある。オケラじゃなく、企業相手に安定した収入がある所が独特だが、確かにこんな能力があれば便利だよね、色々と。
消えた女 / SFA1988年7月号
 「私の過去を、さがしていただきたいのですが」。今度の仕事は、得意先からの紹介だけに断りにくい。依頼人は30半ばの男、高野典夫。それなりの企業の中間管理職だ。二年前の春から秋にかけて、記憶がゴッソリ抜け落ちている、と言う。
 前の「響子と陽子」に続く、私立探偵もの。このままシリーズを続けていたら、山岡由美はレギュラーになったんじゃないかなあ。

 航空宇宙軍史や「星を創る者たち」のように、先端テクノロジーを扱いながらも油臭さが漂う作品が多い人だけど、それとは全く異なる意外な一面が見えるのが興味深かった。

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