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2018年4月13日 (金)

デイヴィッド・フロムキン「平和を破滅させた和平 中東問題の始まり 1914-1922 上・下」紀伊国屋書店 平野勇夫・椋田直子・畑長年訳 7

1920年から28年の間、選挙で選ばれたパレスチナのアラブ人社会における指導層の少なくとも1/4は、本人がじかに、あるいは家族を通じて、ユダヤ人入植者に土地を売っている。
  ――第58章 チャーチルとパレスチナ問題

19世紀のイギリスは、中東を侵略しないという了解を相互に結ぶことによって、ヨーロッパ列強との間に事を構えずにやってきた。しかし、それだけにとどまらない。その結果、世界は安定を保ってきたのである。
  ――第59章 ばらける連合

第一次世界大戦のさなかと戦後に、イギリスをはじめとする連合国は中東の古い秩序を根こそぎ覆した。中東のアラビア語圏におけるトルコの支配を一掃したのだ。(略)
その結果、1914年から22年にかけて生じた一連の出来事は、ヨーロッパの中東問題に終止符を打ちはしたが、新たに中東自体における中東問題を生み出してしまった。
  ――第61章 中東問題の解決

デイヴィッド・フロムキン「平和を破滅させた和平 中東問題の始まり 1914-1922 上・下」紀伊国屋書店 平野勇夫・椋田直子・畑長年訳 6 から続く。

【どんな本?】

 混迷が続く現代の中東。その原点を、第一次世界大戦とそれに続くオスマン帝国の崩壊に求め、オスマン帝国の遺産をめぐる欧州列強の争いと誤算を、イギリスそれもウィンストン・チャーチルとロイド=ジョージに焦点を当てて描く、迫真の歴史ノンフィクション。

【ほころびる防衛ライン】

 第一次世界大戦は終結したが、イギリス経済は疲弊し、国内には不満が渦巻いていた。この危機にチャーチルは果断に軍事費を削減、戦争で召集した将兵の復員を強引に進めてゆく。これは海外の駐屯地も例外ではない。

 戦後の戦略として、イギリスは地中海からインドへと続く陸の回廊を求めた。しかし、その西端エジプトからパレスチナ・メソポタミア(イラク)・ペルシア・アフガニスタンと、いずれもイギリスの目論見は外れ、政権交代や反乱が相次ぎ、その支配の土台が崩れてゆく。

 おまけに欲をかいたギリシアが新生トルコに余計な出入り(→Wikipedia)を仕掛けたあおりで、ダーダネルズおよびイスタンブルにおけるイギリスの支配権まで危うくなる始末。この状況を鑑みるに…

 カーゾン卿と外務次官のハーディング卿(略)は、ロシアの強引な進出に屈して中東の一部でも失えば、次にはその後方に位置する地域も失うことになり、これがドミノ倒しの連鎖反応を引き起こしてついにはインドも失うことになるだろうと主張した。
  ――第54章 ソヴィエトの脅威に怯えて

 冷戦期のアメリカがベトナム介入の言い訳に使ったドミノ理論そのままだ。理論といえば理屈で考えた末の結論のように思えるけど、実際は本能的な恐怖による条件反射みたいなモンじゃなかろか。

【分析】

 連鎖反応的に次々と事が起これば、ヒトはそこにパターンを見出す。事実、根拠と思える事実はあった。

新たにモスクワの庇護を受けることになったイスラーム諸国がすべて、ロシア主導のもと、反イギリスで手を結んだ。条約はいずれも、帝国主義に反対するものだったが、具体的対象となるのがイギリス帝国主義であることは疑いの余地がなかった。
  ――第52章 ペルシア(イラン) 1920年

 そう、レーニンが率いるロシア改めソヴィエトと、その中核であるボリシェヴィキだ。確かにボリシェヴィキの扇動と支援はあった。が、実際は…

中東の部族民にとっては、部族という単位を超えて忠誠を尽くすような対象はひとつも存在しなかった。
  ――第56章 エンヴィル、ブハラに死す

 彼らはそれぞれの都合に応じて勝手に動いているだけなのだ。それを今まではオスマン帝国が抑え、それなりの秩序を保ってきた。だが、第一次世界大戦によるオスマン帝国が崩壊し、その遺産を奪ったのはイギリスだった。ところが、そのイギリスの駐屯軍はチャーチルの軍事費削減でヘロヘロ。

 となれば、もう抑えは効かない。ウザいポリ公がいねえ、こりゃチャンスだぜヒャッハー。

 こういった、旧支配層が失われたため、様々な勢力がそれぞれ勝手に暴れまわるっていう図式は、現在のイラクやシリアやイエメンやアフガニスタン、そしてパキスタンの部族直轄地域も共通している。

 あの辺は元来そういう所、と言っちゃえば簡単だが、ぼちぼち100年近くたってるのに、相変わらずってのは、何なんだろうね。

 それはともかく。当時は偽書『シオンの長老の計画』(→Wikipedia)が人気を博した頃でもあり…

イギリス情報部は、ボリシェヴィズムも、国際的な金融取引も、汎アラブ主義や汎トルコ主義も、イスラームとロシアの存在も、すべては世界を股にかけて暗躍するユダヤ人とプロイセン人のドイツが結託して事を進める大がかりな陰謀の手先であるとみなした。
  ――第53章 敵の正体を暴く

 はい、やっと 5 からつながった。当時の流行りで、今も細々と続いている、ユダヤ陰謀論ですね。

 今にして思えば、汎アラブ主義・汎トルコ主義・スラーム・ロシア・ドイツ、いずれもユダヤとめっぽう相性が悪いんだからお笑い草なんだけど、当時のイギリス情報部は真面目にそう考えていた。「自分に都合の悪い奴はみんな裏でつながってる」と考えるクセが、ヒトにはあるんだろうか。

【おわりに】

 と、現在まで続く中東の混乱の根源を、第一次世界大戦に伴うオスマントルコ帝国の崩壊に遡り、これに対するイギリスの軍事/外交政策を中心に描きつつ、「アラビアのロレンス」に代表される俗説を次々と覆す、なかなか痛快な本だった。

 言われてみれば、今も騒動が続いている地域の多くは、かつてのオスマン帝国領なわけで、なるほどと思う所は多い。

 また、私はパレスチナ問題に関心があるんで、それ関係のネタも楽しかった。アミーン・アル=フサイニー(→Wikipedia)やデイヴィッド・ベン=グリオン(→Wikipedia)など、「おおエルサレム!」で活躍する面々が出てくるのも懐かしい。

 とまれ、主題が主題だけに、1925年以降の話は出てこないので、そのあたりも知りたくなってしまうのは、困った副作用かも。確か「アラブ500年史」のユージン・ローガンが「オスマン帝国の崩壊」なんてのを出してたんで、そのうち読むつもり。

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