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2018年4月11日 (水)

デイヴィッド・フロムキン「平和を破滅させた和平 中東問題の始まり 1914-1922 上・下」紀伊国屋書店 平野勇夫・椋田直子・畑長年訳 5

ヒジャーズの反乱について、アラブ局は1918年の報告にこう書いている。「反乱はここ数カ月来、ようやくその重要性を示すようになり、日に日に拡大している。しかし同時に、ファイサルの軍隊の90%が盗賊の域を出ないことは、言っておかなければならない」
  ――第36章 ダマスカスへの道

 デイヴィッド・フロムキン「平和を破滅させた和平 中東問題の始まり 1914-1922 上・下」紀伊国屋書店 平野勇夫・椋田直子・畑長年訳 4 から続く。

【はじめに】

 やっと下巻の半ばまで読んだところ。ここまで読んで、やっとこの本の主題が見えてきた。

 副題は The Fall of the Ottoman Empire and the Creation of the Middle East。直訳すると「オスマン帝国の滅亡と現代中東の創生」。まるでオスマン帝国と中東が主役みたいだ。

 が、中身はだいぶ違う。むしろ「大英帝国の挫折 PART 1」が近い。ちなみに PART 2 は第二次大戦後。これについてはラリー・コリンズ&ドミニク・ラピエールのインド独立を扱う「今夜、自由を」と第一次中東戦争のエルサレム攻防を描く「おおエルサレム!」が傑作です。

 というのも。記述の多くを、ロンドンのイギリス政府や、エジプト・インドの総督府に割いているため。同じ連合国のフランス・ロシア・アメリカや、敵のドイツ・オーストリアの記述は、イギリスの1/4にも満たない。比較的にマシなのはオスマン帝国だが、それでもイギリスの半分未満だろう。

【どんな本?】

 現在も戦火が絶えない中東。その原点を、第一次世界大戦と、それに続くオスマン帝国の滅亡、そして植民地を求める列強の領土的野心に求め、主にイギリスの中東政策を中心に、その軍事・外交の実態を赤裸々に描く、迫真の歴史ノンフィクション。

【アメリカ参戦】

 アメリカの参戦で勢力図は大きく変わる。が、当時のアメリカは孤立主義だし、率いるウッドロー・ウィルソンは欧州の植民地主義を嫌う。この本では学究肌で理想主義の反面、陰険な駆け引きには向かない人物に描かれている。

 アメリカは1917年に戦後世界を考える「調査会」を作るが、これも人材は学会寄り。ハーヴァード大学学長が候補者選定に関り、本部もニューヨーク公立図書館。

 アメリカが中東に疎いのはこの頃も同じで、「『中東』グループには、現代中東の専門家がひとりもいなかった」。浮世離れした人ばかりだったようで、報告書も、「この「地域に大量の石油が埋蔵されている可能性に言及していない」。

 ウッドロー・ウィルソンに代表されるように、この頃のアメリカは、今と全然違ってたんだなあ。そもそも学者が国のトップになるってのも、現代の日本やアメリカじゃ、ちと考えられないし。

【シオニズム】

 現在、イスラエルの主な後ろ盾はアメリカだ。確かに軍事的に重要な地域ではある。が、胡散臭い話も聞く。シオニズムが関わっているらしいが、日本人にはピンとこない。そもそもシオニズムって、ユダヤ教の一派だろ? それを、キリスト教プロテスタントのアメリカが、なぜ支援する?

 みたいな、シオニズムをめぐる謎も、少しだけ出てくる。が、この本での各国の対応は、何度もひっくり返るんで、結局はよくわからなかった。

 シオニズム支援の動きは、この頃からあったらしい。清教徒の一部は、こう信じた。「ユダヤの民が父祖の地に帰還すれば、メシアが再臨する」。たぶん、アメリカでは、今もこれが残ってるんだろうなあ。

 加えて、政治的な意図もある。フランスはマロン派を、ロシアは東方正教会を、それぞれ保護すると称して、オスマン帝国の分け前を求めている。イギリスも保護対象が欲しい。そこでシオニズムだ。ところが、当時のシオニズムってのは…

数字の記録が残る最後の日付である1913年の時点で、ジオニズム支持を表明していたのは、世界のユダヤ人人口の約1%にすぎない。
  ――第34章 約束の地

 と、あまし人気のある発想じゃなかったらしい。とまれ、当時の中東にはアチコチにユダヤ人がいて。

バグダードはエルサレムと並んで、アジアにおける二大ユダヤ人都市で、1000年前から「エクシラルク」――捕囚の地バビロニアにおけるユダヤ教の長――の座となり、したがって、東方におけるユダヤ教の中心地となっていた。
  ――第35章 クリスマスはエルサレムで

 今じゃとても信じられない。信じられないのはドイツの対応もそうで。

 オスマン帝国首脳はトルコ語を話すムスリム以外を敵視し、これがアルメニア人虐殺の一因になる。1917年、三羽烏の一人アフメト・ジェマル・パシャはエルサレムの民間人の追放を目論む。その大半はユダヤ人だ。これが実現しなかったのは、「ひとえにドイツ外務省が強硬に反対したおかげだ」。

 後のドイツの歴史を考えると、ちと信じがたい。逆に今のトルコ大統領エルドアンは反イスラエルに傾いているが、その源流はこの辺にあるんだろうか。

 下巻中盤には、ユダヤ陰謀論のネタ本として有名な偽書『シオンの長老の計画』(→Wikipedia)が出てくる。

 ロンドンでの出版は1920年だが、さっそく1921年夏には新聞記者が舞台裏を暴くあたり、昔から健全な記者魂はあったんだなあ、と感心する始末。ロンドン『タイムズ』紙イスタンブル特派員フィリップ・グレイヴズ曰く、「帝政ロシアの秘密警察が捏造したでっちあげ」だとか。

 ちなみに、この偽書、著者はロシアの役人セルゲイ・ニルスで、最初の発表は1903年の新聞。当時のロシアは…

19世紀後半から20世紀初頭の数年間にかけては、ポグロム(→Wikipedia)があまりに凄まじく、多数のユダヤ人が安全を求めてロシア帝国から逃げ出す有様だった。
  ――第32章 ロイド=ジョージのシオニズム

 ってな状況だったので、ユダヤ陰謀論がウケる素地は充分にあったんだろう。ちいなみに1990年代以降も、イスラエルにはロシア系の移民が押し寄せていて、確か「レーニンの墓」にその背景が書いてあった。要はポグロム再燃への恐怖です。

 とかを考えると、今のロシアがイスラエルを敵視するのも、単に軍事的な理由だけじゃないんだろうなあ、と思ったり。KKKが黒人を、日本の極右が韓国・朝鮮・中国人を憎むのと、似たような構図ですね。

【おわりに】

 ってのは置いて。このユダヤ陰謀論が、やがてイギリスでは説得力を持ち始める。というのも…と、続きは次の記事で。

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