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2018年3月19日 (月)

大森望・日下三蔵編「年刊日本SF傑作選2011 拡張幻想」創元SF文庫

「この世界にはどこまでも先へ行きたいと思う人間がいる。岬へたどり着いたらその先の水平線まで、どこまでも漕ぎ出したいと願うような――」
  ――瀬名秀明「新生」

「我が脳ながら、不可解だね」
  ――伴名練「美亜羽へ贈る拳銃」

「街には規則が存在している。ただし規則は把握できない」
  ――円城塔「良い夜を持っている」

君に想像できたろうか?
よろしい。君が観測者だ。
  ――理山貞二「<すべての夢 | 果てる地で>」

【どんな本?】

 2011年に発表された日本のSF短編から、大森望と日下三蔵が選び出した作品に加え、第三回創元SF短編賞受賞作の「<すべての夢 | 果てる地で>」を収めた、年間日本SF短編アンソロジー。

 2011年の世相を強く反映し、「はやぶさ」の帰還と東日本大震災を扱う作品に加え、SF界のニュースとして、亡くなった小松左京と伊藤計劃へのオマージュも多い。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2012年6月29日初版。文庫本で縦一段組み、約644頁。8ポイント42字×18行×644頁=約486,864字、400字詰め原稿用紙で約1,218枚。上下巻に分けても厚めになる大容量。

【収録作は?】

 それぞれ 作品名 / 著者 / 初出。

序文:大森望
宇宙でいちばん丈夫な糸 The Ladies who have amazing skills at 2030. / 小川一水 / ポプラ文庫「妙なる技の乙女たち」
 カリフォルニアの人里離れた土地、一本杉のたもとにあるレンガ建ての家に、青年は住んでいた。多層カーボンナノチューブ(CNT)連続紡出法の発明者、バンブラスキ・チーズヘッド。桁外れの強靭さを誇るCNTを求め、彼を訪ねる者は多かったが、滅多に彼は首を縦に振らず…
 初の軌道エレベーターの麓、赤道直下のリンガ島周辺を舞台とする連作短編集「妙なる技の乙女たち」の前日譚。CNT製造技術の提供を頑なに拒む青年と、軌道エレベーター建設のためあの手この手で彼を口説こうとする交渉役アリッサ・ハービンジャーの駆け引きを描く。
5400万キロメートル彼方のツグミ / 庄司卓 / ファミ通文庫「ショートストーリーズ 3分間のボーイ・ミーツ・ガール」
 地球から約5400万km、約3光分の距離にある小惑星ミチカワ。そこからサンプルを持ち帰る予定の探査機には、シナプスのように自己成長する高分子体でできた自省大人工知能アドバンスAIツグミを搭載した。ツグミを作ったのは当時中学生の関口。ミチカワとの通信は片道3分かかり…
 幾つものトラブルを克服し、満身創痍となりながらも小惑星イトカワから見事にサンプルを持ち帰った探査機「はやぶさ」に触発された作品。これぞ王道のSFと叫びたくなるような、切なく爽やかなエンディングが心に染みる。だれか漫画化してくれないかなあ。
交信 / 恩田陸 / 小説新潮2011年1月号
 これまた「はやぶさ」をテーマとした切ない作品。小説新潮の特集「800字の宇宙」の一作だけに、たった一頁の掌編。短いながら、明らかにレイアウトを強く意識している。執筆から掲載まで、どんな手順で作業が進んだのか、やたら気になるw
巨星 / 堀晃 / 月刊アレ!2011年10月号
 宇宙空間に誕生した<知性>。物質から解き放たれ、半径6千キロメートルに及ぶ球体。目覚めた<知性>は、ある巨大な天体を眺めている。長さ2光年、直径1.2光年の円筒。中心軸はニュートリノを吸収すうる。既に内部には幾つかの知性体が侵入しており…
 小松左京の未完の遺作「虚無回廊」に捧げた短編。小松左京らしい壮大なスケールのオリジナルに、堀晃らしい科学知識を織り交ぜて堀晃なりの解釈をした上に、ちょっとしたオチまでついているのが嬉しい。
新生 / 瀬名秀明 /  月刊アレ!2011年10月号
 ポリネシア、フィジーの小島。ラーメン屋で働いていた遠藤は、発掘チームにコックとして加わる。その日、島に客が訪れる。遠藤は南の高台にある灯台へと向かい…
 これまた小松左京の傑作「ゴルディアスの結び目」に捧げた作品。改めて太平洋の地図を見ると、南太平洋ってのは実に広い。いったい何を考えて人類は、GPSもエンジンもない時代に、こんな所まで進出したんだか。そのバイタリティにはひたすら恐れ入る。
Mighty TOPIO / とり・みき / 東日本大震災チャリティーコミック「僕らの漫画」
 何度もの失敗を乗り越え、やっと完成したロボットのトピオ。だが起動は…
 お馴染みのキャラクター、たきたかんせいや小松先生が出てくると安心しちゃうなあ。やっぱりコンピュータにはオープンリールのテープが必須だよねw
神様2011 / 川上弘美 / 群像2011年6月号
 「あのこと」以来、肌が出る服を着て弁当を持って出かけるのは初めてだ。三つ隣に越してきたくまに誘われたのだ。作業をしている人たちは、この暑いのに防護服で完全防御している。まだ累積被爆量には余裕があるし…
 東日本大震災に伴う福島の原発事故や、その後の騒ぎへの強烈なメッセージがこもった作品。7年が過ぎた今になって読んでも、いやむしろ被災した方々の証言が積み重なった今だからこそ、込められたメッセージは鋭さを増している。
いま集合的無意識を、 / 神林長平 / SFマガジン2011年8月号
 <さえずり>のTLの流れが勢いを増し、お手上げ状態になった。ばかりか、画面が真っ白になってしまう。そこに現れた、投稿者不明の文字列。「いま、なにしてる?」
 これまた東日本大震災と、惜しくも夭折した伊藤計劃に触発された作品。特に「虐殺器官」と「ハーモニー」のテーマに深く踏み込み、著者の肉声が聞こえてくるような生々しさが漂っている。米大統領選げのロシアの介入などを考えると、既にヤバい事になってるよなあ。
美亜羽へ贈る拳銃 / 伴名練 / 特殊検索群i分遣隊「伊藤計劃トリビュート」
 脳マップ完全解読を掲げる神冴脳梁。中心である神冴家の長男、和弥は対外交渉を仕切る地位に就く。次男の光希はインプラント治療を発案するなど才能を期待されたが、出奔して東亜脳外を設立、神冴脳梁の商売敵となる。光希の養女・美亜羽も天才の呼び声高く…
 初出でわかるように、「ハーモニー」の影響を受けた作品。タイトルは梶尾真治の「美亜へ贈る真珠」にひっかけたのかな? 人物の動きは穏やかながら、どんでん返しに次ぐどんでん返しで目まぐるしく構図が変わってゆくストーリーが、実に濃い。
黒い方程式 / 石持浅海 / ミステリマガジン2011年3月号
 わたしも夫もフルタイムで働いているので、掃除ができるのは日曜日ぐらい。わたしの担当のトイレに入ったとたん、困った事に気がついた。なんとゴキブリがいる。スプレー殺虫剤を探したが、いつもの所にはない。もしやと思い、夫の書斎を探すと、やはりあった。トイレにひき返し…
 トム・ゴドウィンの古典的傑作「冷たい方程式」のトリビュート作品。3LDKに住む夫婦が、どう宇宙船の密航者と関係あるのかと思ったら、そうきたか。
超動く家にて / 宮内悠介 / 清龍10号
 所長のルルウと、事務方のエラリイ、二人きりの探偵事務所。二人は、メゾン・ド・マニの平面図を見ながら、話し合っている。メゾン・ド・マニには十人が住む。が、平面図をどう見ても、出入り口が見当たらない。
 コロコロと進むルルウとエラリイの会話が、ドツキ漫才のようで楽しい作品。先の「美亜羽へ贈る拳銃」とはまた違った意味で、次々とどんでん返しが繰り返され、「なんじゃそりゃあ~!」と叫びたくなるw
イン・ザ・ジェリーボール / 黒葉雅人 / SF Japan 2011年春号
 惑星パライバには水族・空族・地族の三種が住む。惑星上、最大にして唯一のテーマパーク「パラダイス・パライバ」で、水族のオスビトが殺された。死体の発見者は、パラダイス・パライバの従業員である地族オスビト。彼の証言によると、被害者は地族のメスビトと一緒におり…
 「宇宙細胞」の人で水族・空族・地族の三種だから…と思ったら、全然違った。一件の殺人事件をめぐる、四人の証言から、事件の真相と彼らの生態が浮き上がってくる。
フランケン・ふらん OCTOPUS / 木々津克久 / チャンピオンRED2011年8月号
 クラス委員の楠ノ木は、最愛の妹・あずさを病気で喪い、絶望に沈み込む。
 漫画。色々とおかしいだろ!と突っ込みたくなるが、細かい事は気にしない一途な楠ノ木君。クッキリとした描線が、少し懐かしい雰囲気で、私のようなオジサンには大変にとっつきやすい。
結婚前夜 / 三雲岳斗 / SF Japan 2011年春号
 明日、嫁いでゆく娘の詩帆が、訪ねてきた。かつては千五百万もの人が住んでいた都市も、今は民家もまばらだ。たった20年ほどで、気候変動や生物の絶滅などの問題も解決しつつある。
 あったね、レコード・プレイヤーのカートリッジ。MM と MC があって…って、どうでもいいか。雑誌<SF Japan>最終号に掲載ってのが、なんか意味深な符号のような気さえしてくる、静かで穏やかな××物。
ふるさとは時遠く / 大西科学 / SFマガジン2011年2月号
 故郷の一石海岸への里帰りは、六年ぶりだ。姉が駅舎まで出迎えにきてくれた。故郷を離れ、私にとっては14年だが、姉にっとっては三年半。背後には山肌が迫り、見あげた水平線の手前には、貨物船が浮かんでいる。
 作品名はウォルター・テヴィス「ふるさと遠く」にかけたのかな? 本当に世界がこんな風になったら、情勢は大きく変わるだろうなあ。ネパールやブータンが躍進し…なんて生臭い話じゃなく、しんみりとしたファミリー・ドラマが展開する。
絵里 / 新井素子 / yom yom vol.23
 あたし矢沢絵里は、四国の田舎で妹の留津といっしょに、児童養育施設で育った。担当の“おばあちゃん先生”はいい人で、あたしは大好き。月に一回、“親”という人から、メールが届く。おばあちゃん先生は、そんなあたし達を「恵まれている」っていう。
 新井素子ならではの、子育てSF。文化人類学の本を漁ると、意外と子育ての形はバラエティに富んでいて、もちっと選択の余地があってもいいかな、と思ったり。とりあえず今の日本だと、保育所の充実や多様化から始めるのが現実的かなあ。
良い夜を持っている / 円城塔 / 新潮2011年9月号
 20年前、突然父が亡くなった。そろそろわたしも父が亡くなった歳に近づいている。前触れもなく「俺は今喋っているか」などと子供に問いかけたりする、素っ頓狂な父だった。そんな父に連れ添った母も変わった人だ。今なら、父の患っていた症候群も多少は判明していて…
 息子が語る、超人的な記憶力を持っていた父の話。物覚えの悪い私には羨ましくて仕方がない能力だが、それはそれで苦労も伴うようで。気のせいか、文体は夏目漱石に似ているような。にしてもAPLは懐かしい。いやもちろん名前しか知らないけど。
<すべての夢 | 果てる地で> / 理山貞二 / 第三回創元SF短編賞受賞作
 インターネットによる為替と株式の取引で稼ぐ個人投資家は、マンションの一室を根城にしていた。そこに襲撃をかける数人の男たち。どうやら投資家の手口を頂戴するつもりらしい。だが、襲撃者たちの目論見は…
 「こういうのが読みたかったんだあぁぁっ!」と叫びたくなるような、骨太の本格サイエンス・フィクションに、テンポのいいアクションとオーウェル効果などオリジナリティのあるガジェットをまぶした、新人とは思えぬ読み応えのある作品。壮大なスケールにヒトの情念を絡め、それこそ小松左京を思わせるズッシリした手ごたえを備えた傑作。
第三回創元SF短編賞選考過程および選評 / 大森望・日下三蔵・飛浩隆
2011年の日本SF界概況 / 大森望
後記 / 日下三蔵
初出一覧
2011年日本SF短編推薦作リスト

 「5400万キロメートル彼方のツグミ」はなんとかヴィジュアル化して欲しいなあ。「交信」は短いながらもジンジンきた。「いま集合的無意識を、」はこの著者には珍しい生々しさ。「超動く家にて」の掛け合い漫才には笑った。「良い夜を持っている」は円城塔のわりにわかりやすい。そして「<すべての夢 | 果てる地で>」はトリを飾るにふさわしい重量級の作品だった。

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