« アンドリュー・ロウラー「ニワトリ 人類を変えた大いなる鳥」インターシフト 熊井ひろ美訳 | トップページ | ジョエル・ベスト「統計という名のウソ 数字の正体、データのたくらみ」白揚社 林大訳 »

2018年3月25日 (日)

アダム・ロバーツ「ジャック・グラス伝 宇宙的殺人者」新☆ハヤカワSFシリーズ 内田昌之訳

どの事件でも、殺人者は同一人物――言うまでもなく、ジャック・グラスその人です。

刑期のあいだ、七人の囚人たちは、ラミー306と呼ばれる小惑星の空洞に放置される。直径二百メートルのこの小世界に。

次に宇宙船がこちら方面へやってくるのは十一年後になる。
  ――第一部 箱の中

「ミスター・グラスの驚くべき点のひとつは」ジョードが真顔で言った。「巧みなわざでありえないことを現実にしてしまうところなの」
  ――第二部 超光速殺人

未解決の問題がなかったら、未来になんの意味が?
  ――ありえない銃

【どんな本?】

 イギリスのSF作家アダム・ロバーツの、本邦初紹介作品。

 遠未来。人類は太陽系全体に版図を広げている。幾つかの戦争や権力闘争を経て、厳しい階級社会となった。頂点にはウラノフ一族、次いで五つのMOHファミリー、その下に企業である公司・商社が支配階級として君臨していた。

 階級の底辺にいるのは、数兆もの貧しい民衆である。彼らは虚空を漂う数多の使い古した狭いボール状の居住施設にひしめきあい、乏しい資源とエネルギーでかろうじて命をつないでいた。

 ジャック・グラス、名高い殺人者でお尋ね者。彼の手で命を落とした者は数千とも数百万ともいわれる。孤立した小惑星の監獄からの脱走、持ち上げられない凶器による殺人、

 かれはなぜ、そしていかにして不可能と思える犯罪を成し遂げたのか。やや懐かしい雰囲気が漂う、SFミステリ連作集。

 2012年英国SF協会賞、2013年ジョン・W・キャンベル記念賞受賞。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は JACK GLASS : A Golden Age Story, by Adam Roberts, 2012。日本語版は2017年8月25日発行。新書版で縦二段組み、本文約476頁に加え、訳者あとがき9頁。9ポイント24字×17行×2段×476頁=約388,416字、400字詰め原稿用紙で約972枚。文庫本なら上下巻でもいい分量。

【収録作は?】

第一部 箱の中
 ラミー306、直径200メートルの小惑星。重犯罪人を収監する監獄。囚人たちは、最低限の物資と共に、ここに置き去りにされる。迎えが来るのは11年後。
 当初、囚人たちの居住空間は深さ10m×長さ15m×幅1mだけ。表面はシーリング材でコーティングされ、大気は漏れない。与えられるのは熱を出す核融合セル、光るライトボール、空気清浄機、食料の種となる芽胞パック、三個の削岩機、そして当面の食糧。
 囚人たちが自分で居住空間を広げ、鉱脈から水を確保し、芽胞を育てて食いつなげば、生き残れるだろう。そして刑期を終えた囚人を追い出した小惑星は快適な居住地となり、公司の有望な商品となる。その前に脱走しようにも、次にお迎えの船が来るのは11年後だ。
 今回、放り出された囚人は七人。まずは彼らと共に放り出された物資を確保し…
 閉鎖された極限状態に、ワケありの囚人どもをまとめてブチ込めばどうなるか。
 当然ながら「火星の人」のように理性的な判断と不屈の精神ってわけにはいかず、チームワークもヘッタクレもなしに、まずはツツキの序列が出来てゆく。改めて考えると、こういう序列付けって、秩序を保つ最も手軽な方法なんだなあ。
 まさしく息詰まるような狭い空間の中に、同居人としてもチームメイトとしても最悪な連中たちと一緒に閉じ込められ、生き延びるだけでも大変なのに、脱走までしなきゃいけないんだから大変だ。そんな中で生存環境を整えていくあたりは、けっこう生々しい。
 とまれ、最後のトリックはお馬鹿スレスレの大胆なもの。酷いw
第二部 超光速殺人
 成人と認められる16歳の誕生日を一カ月後に控えたダイアナと、その五歳年長のエヴァ。この世界を仕切る五つのMOHファミリーの一つであるアージェント家の跡取りと目される姉妹。二人はダイアナの誕生日パーティに備え、地球に降りてきた。
 普段は無重力の高所に住む姉妹に、地球の重力は厳しい。二人が連れてきた20人の召使や、指導教師のアイアーゴも辛そうだ。ボディガードの三人は、さすがに予め鍛えていたようだが。
 屋敷についてすぐ、事件が起きる。召使のレロンが殺されたのだ。凶器と目されるのは、プラズメタル製のハンマー。地球の重力に慣れなぬ召使たちは、こんな重い物を持ち上げられない。だが、召使たちを除き現場に出入りできる者はいない。
 ミステリに凝っているダイアナは、さっそく張り切って捜査にとりかかるのだが…
 ミステリおたくのダイアナ嬢を主役に据えた、ちょっとコミカルな一編。人が死んでるってのに、目を輝かせるってのはどうよw
 などの描写を通じて、作品世界の過酷な社会構造と、そこに君臨する者たちの世界観が見えてくるのも、この作品のポイント。CRFなんて技術を何のためらいもなく使い、そういう社会を当たり前だと感じる感性に恐れ入る。
 そういう無茶苦茶な倫理観の社会でありながら、犯罪の刑罰が異様に厳しいあたりも、この世界のいびつさを際立たせている。
 主人公がミステリおたくだけあって、そっちのネタも会話のアチコチにまぶしてある。とはいっても、私のようにミステリに疎い者でもわかるような、有名作ばかりだけど。なんか英国人の作品だけを選んでるような気がするがw
 とかに加えて、低位重力の環境に慣れたダイアナたちが、地球の重力に苦しむ描写は、読んでるこっちまで息苦しくなるようなリアルさ。
 とまれ、肝心のトリックも、これまたお馬鹿スレスレで。フィンって、そうきたかw
ありえない銃
 ウラノフ世界で最も有名な警察官、バル=ル=デュックが死んだ。正確には殺されたと見ていい。数人の目撃者の目の前で、蒸発したように撃ち殺されたのだ。目撃したのは人間だけではない。データの信頼性には定評のある、RACドロイドも現場を記録している。
 現場はボール状の居住施設。銃弾はバル=ル=デュックを蒸発させただけでなく、居住施設の外壁も切り裂き、加えて施設に係留してあった警察のスループ船まで引き裂いている。凄まじい威力だ。
 だが、解せない点が幾つもある。どこから、誰が撃ったのか。ボールの外から撃ったのなら、弾丸はボールを貫き、二つの裂け目を作るはず。しかし、ボールの裂け目は一つしかない。
 ボールの中から撃ったとすれば、異様に威力の大きい銃である。なにせスループ船を引き裂いくほどだ。とすれば、サイズも相応に大きい筈だが、ボール内に不審な物は見当たらない。
 今まで話だけは出てきた、貧しい数兆の民衆たちの暮らしを生き生きと描く、最終章。ヤケになって馬鹿やらかす愚連隊どももありがちだが、ワケありっぽくてクセの強く生活力に溢れたおババさんが、これまたいいい味出してる。
 また、遠未来の話だけあって、時を経てケッタイな形に変形しちゃった神話と宗教も、なかなか強烈なボケをかましてくれる。とはいえ、現代の宗教も、教祖が生きてた頃と比べたら、やっぱりグロテスクに変形しちゃってるように見えるんだろうなあ。
 ミステリとして見ると、肝心の「誰が、どうやって」は、やっぱりお馬鹿スレスレで、かなり無茶があるような気が。
 とはいえ、それだけじゃなく、事件の背景やジャックの目的なども明かされて、私はこっちの方が面白かった。また、終章でも鮮やかなどんでん返しが待っていて、これには完全に引っかかってしまった。お見事。

 訳者で見当がつくように、娯楽路線の作品だ。リラックスして著者の騙りに身を任せよう。

【関連記事】

|

« アンドリュー・ロウラー「ニワトリ 人類を変えた大いなる鳥」インターシフト 熊井ひろ美訳 | トップページ | ジョエル・ベスト「統計という名のウソ 数字の正体、データのたくらみ」白揚社 林大訳 »

書評:SF:海外」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: アダム・ロバーツ「ジャック・グラス伝 宇宙的殺人者」新☆ハヤカワSFシリーズ 内田昌之訳:

« アンドリュー・ロウラー「ニワトリ 人類を変えた大いなる鳥」インターシフト 熊井ひろ美訳 | トップページ | ジョエル・ベスト「統計という名のウソ 数字の正体、データのたくらみ」白揚社 林大訳 »