ジョエル・ベスト「あやしい統計フィールドガイド ニュースのウソの見抜き方」白揚社 林大訳
この本は、私が「スタット・スポッテング」と呼ぶ作業、つまり、疑わしい統計を見分ける作業のための指針を示している。
――A 疑わしい数字を見分けるそれほど深刻でない事例はたくさんあり、たいへん深刻なものは比較的少ないのだ。
――B 背景知識数字は自然界には存在しない。数字は人間の努力の産物だ。だれかがわざわざ数えなければならないのである。だからまず数字の出所を特定しようとしてみればいい。
――D 出所 だれが、なぜ数えたのか問題を広く定義することには利点があるので、社会問題は時がたつにつれて徐々に定義が広がり、前より広い範囲の現象に当てはまるようになりがちだ。
――E 定義 何を数えたのか何かによってリスクが上がるという報道は、上昇率が200%未満ならまず無視してもかまわないと述べる専門家もいる。
――H 論争 意見が一致しなかったら統計は、偏りなく事実を述べているという雰囲気をただよわせているため、政策論争で重要なのだ。
――H 論争 意見が一致しなかったら「弾丸が後頭部を貫いていれば宗派間の攻撃です。前頭部を貫いていれば犯罪なのです」
――H 論争 意見が一致しなかったら私の経験では、ある数字を注意深く検討すべきだという目印のひとつは、それを聞いたときにショックを受けるということだ。
――K あとがき
【どんな本?】
「日本の自殺者が十万人」などと言われる。かなりショッキングな数字だ。だが、ネットで流布する話が怪しいのは、多くの人が知っている。実際はどうなんだろう?
実は今まで、なんとなく信じていたのだが、この記事を書くために調べたら、意外や意外。
などと、巷に流布する数字、特に統計に関わる数字は、奇妙なものがよくある。なぜ変な数字になるのか。どんな数字が怪しいのか。見破るにはどうすればいいのか。逆に信頼できる数字には、どんな特徴があるのか。
「統計という名のウソ」に続く、ニュースや噂などの数字の受け止め方をレクチャーする、一般向けの解説書。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は Stat-Spotting : A Field Guide to Identifying Dubious Data, by Joel Best, 2008。日本語版は2011年12月20日第一版第一刷発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約183頁に加え、訳者あとがき3頁。10ポイント40字×15行×183頁=約109,800字、400字詰め原稿用紙で約275枚。文庫本なら薄い一冊分。
文章は比較的にこなれている。内容も特に難しくない。書名に「統計」が入っているが、数学が苦手でも大丈夫。加減乗除がわかれば充分についていける。
【構成は?】
各章は比較的に独立しているので、面白そうな所だけを拾い読みしてもいい。
- 第1部 さあ始めよう
- A 疑わしい数字を見分ける
- B 背景知識
- B1 統計のベンチマーク
- B2 重大さと頻度
- 第2部 さまざまな種類の疑わしいデータ
- C 間違い
- C1 危なっかしい小数点
- C2 間違った言い換え
- C3 誤解を招くグラフ
- C4 不注意な計算
- D 出所 だれが、なぜ数えたのか
- D1 大きな、きりのいい数
- D2 誇張
- D3 ショッキングな主張
- D4 問題を名づける
- E 定義 何を数えたのか
- E1 広い定義
- E2 広がる定義
- E3 変化する定義
- E4 勘定に入らないもの
- F 計測 どうやって数えたのか
- F1 尺度をつくりだす
- F2 奇妙な分析単位
- F3 誘導質問
- F4 ハードルを上げる
- F5 専門的な選択
- G パッケージ 何を言っているのか
- G1 印象的な形式
- G2 誤解を招くサンプル
- G3 好都合な時間枠
- G4 特異なパーセンテージ
- G5 選択的な比較
- G6 統計数字の大台
- G7 並みの値
- G8 蔓延
- G9 相関関係
- G10 発見
- H 論争 意見が一致しなかったら
- H1 因果関係論争
- H2 平等論争
- H3 政策論争
- 第3部 自分でスタット・スポッティング
- I まとめ 疑わしいデータの目印
- J よいデータ いくつかの特徴
- K あとがき そんなにひどいとは思ってもみなかったというなら、そんなにひどくはないのだろう
- L スタット・スポッティングを続けたい人のための助言
- 謝辞/訳者あとがき/註
【感想は?】
だいたいの方向性は、「統計という名のウソ」と同じだ。本書の方が薄いので、分厚い本が苦手な人は、本書の方がいいかも。
先の構成にあるように、ケッタイな数字となる原因ごとに章をわけている。それぞれに具体的な例を挙げ、ケッタイな数字が出てきたメカニズムを明らかにしてゆく。
前著と違うもう一つの点は、大雑把に数字を確かめる手段を、具体的に数字を挙げて書いている点だろう。この本で出ているのは、アメリカの例だ。
- 人口:約3憶人
- 出生数:約400万人
- 死亡数:約240万人
- 交通事故死者数:約4万3千人
- 自殺者数:約3万2千人
- 殺人被害者数:約1万7千人
- アフリカ系アメリカ人:約13%弱≒約4千万人
- ヒスパニック系アメリカ人:約14%≒約4千2百万人
- GDP:約13兆ドル(2017年は18.6兆ドル)
うち幾つか、日本の数字も調べてみた。
- 人口:約1憶2千万(→総務省統計局、2018年3月概算)
- 出生数:約100万人(→総務省統計局、2016年、.xls)
- 死亡数:約130万人(→総務省統計局、2016年、.xls)
- 交通事故死者数:約4千人(→警察庁交通局、2016年、PDF)
- 自殺者数:約2万1千人(→警察庁、2017年、PDF) 男が約1万5千、女が約6千5百
- 殺人被害者数:752人(→警察庁、2016年、PDF)
- GDP:約5兆ドル≒約500兆円(→内閣府、2017年、PDF)
余計なおせっかいだが、ネットで数字を調べる際は、サイト名の末尾が go.jp または ac.jp の物を使うといい。go.jp は政府関係、ac.jp は大学・高校など教育・研究機関のサイトだ。
で、「日本の自殺者が十万人」って数字は、どこから出てきたんだろう? というのは置いといて、これらが判ると、他の数字も「だいたいのところ」が判る。
例えば選挙権を20歳から18歳に引き下げた場合、有権者は何人増えるんだろうか?
年間の出生数が100万人だから、18歳の人の数も同じぐらいだろう。新しく選挙権を得るのは18歳と19歳だから、2年分、つまり100万×2で約200万人増えると考えられる。なお実際は約250万人ぐらい。
もっとも、この数字、年金の受給年齢の引き下げ/引き上げには当てはまらないのが痛い。というのも、少子化と「団塊の世代」の問題で、66歳~69歳は、各年齢ごとの人数が200万人を超えているからだ(→総務省統計局、xls)。
ちょっと笑っちゃったのが、「太りすぎ」の話。BMIで正常とされる人の死亡数と比べると、そうでない場合はどれぐらい亡くなっているかを計算すると…
- やせすぎ(BMIが18未満):+3万4千
- 太りすぎ(BMIが25~29):-8万6千
- 肥満(BMIが30以上):+11万2千
へ? これを見る限り、少し太りすぎなぐらいが最も長生きできるって事になる。なら「正常」の値を見直した方がいいんでない?
他にも、「大台に乗った」のがニュースになるのに冷や水を浴びせてる所では、昔の「ホームページ」の「キリ番」を思い出して、ちょっと苦笑いしちゃったり。でも気になるんだよなあ。
やはり「数字の出し方」が気になるのが、所得。お金持ちの人は少なく、貧乏人は多い。だもんで平均はあまし意味がなくて、大事なのは中央値。ってんで、厚生省労働省(pdf)のサイトを見ると、平均所得は547.5万円、中央値は427万円、最頻値は200万円~300万円。
「皆さん、案外と稼いでるのね」と思ったが、単位が大事。これ所得の単位が「世帯」なのだ。最近は共働きも多いから…と思って共働きの割合を調べたら、やっぱり増えてて、約6割(→厚生労働省、pdf)。
などと、何かと自分で調べたくなる本だった。
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