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2018年3月28日 (水)

新井素子「星へ行く船」出版芸術社

「俺たちは巨大なごみ捨て場――莫迦でかい墓場に囲まれていきているんだ」
  ――星へ行く船

【どんな本?】

 デビュー作から独特の文体で話題を呼び、SF・ホラー・コメディ・エッセイと多彩な分野で活躍し、またライトノベルの祖の一人でもある新井素子の、初期の長編シリーズ開幕編。中編「星へ行く船」「雨の降る星 遠い夢」の二編に加え、書き下ろし短編「水沢良行の決断」を収録。

 地球は人口過密に苦しみ、宇宙への植民が盛んになった未来。19歳の森村は、地球から宇宙へと旅立とうとしていた。乗り込むのは定期宇宙船ダフネ18号、目的地は惑星シイナ。ただし一つ気がかりがある。パスポートは、2歳年上の兄のものを失敬してきたのだ。

 なんとかゲートは通過したものの、出発早々に問題が起きた。事情があって異様に料金が高い個室を予約したはずなのだが、既に先客がいる。どうもダブル・ブッキングされたらしい。困った事にダフネ18号に個室はひとつだけ。先客は「俺のまわりにいると危ない」などと物騒な言葉を吐き、譲ろうとしない。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 元は集英社文庫コバルトシリーズ「星へ行く船」として1981年に発行した作品。これの一部を手直しし、短編「水沢良行の決断」を加え、2016年9月16日に出版芸術社より第一刷発行。

 単行本ソフトカバーで縦一段組み、本文約286頁に加え、お待ちかね書き下ろしのあとがき7頁。9.5ポイント42字×17行×286頁=約204,204字、400字詰め原稿用紙で約511枚。文庫本なら普通の厚さの一冊分。

 文章は例の新井素子調。一人称「あたし」が、若い娘さんの口調で語る形で話が進む。当時はこの文体が議論をかもした。新井素子によるライトノベルへの多大な貢献の一つだろう。内容はSFだが、特に難しい理屈は出てこないので、理科や数学が苦手でも大丈夫。

【感想は?】

 あれ? 一人称が「あたし」じゃない。

 なんて違和感を持てるのも、今ならではではだなあ、なんて感慨にふけってしまう。

 SF者としては、冒頭の宇宙船に乗り込むあたりから、細かい気配りに嬉しくなったり。例えば、肝心の定期宇宙船は「宙に浮かんで」いて、宙港にはない。デカすぎて地上との往復に耐えられないんだろう。だもんで、地球から定期宇宙船までは、小型の宇宙艇で往復する。

 とっても合理的な設定なんだが、そこんとこを理屈っぽくもしつこくも小難しくもなくアッサリと流し、SFに慣れない人にもアレルギーを感じさせないように処理してるあたりは、さすが売れる人は違う、と感じさせる。

 この「さりげなく作り込まれた設定」は、この記事を書くため改めて読み直すと、他にも色々と見つかる。「星へ行く船」の中ほどに描かれる、森村が過ごした地球の田舎の様子も、未来の風景を未来の子供の視点で描き、生活感がありながらもセンス・オブ・ワンダーを感じさせてくれる。

 とかのSF者のこだわりはおいて。

 お話として読むと、とにかく展開がスピーディーでコロコロ転がっていき、どんでん返しの連続になっているのも見事。こういう話は、どうも紹介しにくいんだよなあ。序盤から沢山の伏線が仕掛けてあるから、下手なことは書けないし。

 さすがに30年以上前の作品だけあって、今読むから感じる時代性みたいなのも色々と。私が一番感じたのは、煙草。困った事に個室がカチあっちゃった先客の太一郎、スパスパ吸いまくる。今ならきっと非難ごうごうだろう。当時は大らかだったなあ。

 コンピュータ関係が全く出てこないのも、当時ならでは。まあ、これは時を経たSFを読む際のお約束で、「そういうもの」としてスルーしよう。

 続く「雨の降る星 遠い夢」は、若い娘さんが自分の足で歩き始める物語。ちょっと自分が職に就いたばかりの頃を思い出し、「そういえばそうだったなあ」なんて気持ちになったり。

 なんたって、社会人になったのだ。いつまでもネンネ扱いされるのは、なんか納得いかない。ちゃんと「仕事をした」って手ごたえが欲しい。同期に差をつけられてるなら、なおさらだ。ってんで、張り切るのはいいが…

 とかの若者ならではの気負いには、ついつい遠い目になっちゃうが、舌を巻いたのが会話の巧さ。

 これがよく表れてると感じたのは、ターゲットの会社に突撃取材する場面。受付嬢の台詞が、単に読者に情報を伝えるだけでなく、それぞれの人物がそれぞれをどう見ているか、どんな気持ちを抱いているか、そういった「気持ち」や「空気」まで、短い文章に巧みに織り込んでいる。

 とか思って「これは若い娘さんを主役に据えた○○ビンビン物語なのね」などと油断してると、終盤で全体重を乗せた右ストレートを放ってくるから侮れない。

 なんて難しいことは考えず、「スラスラ読める楽しい物語」ぐらいに思って手に取ってみよう。楽しく読めるのは確実に保証できるから。

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