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2018年3月21日 (水)

アンドリュー・ロウラー「ニワトリ 人類を変えた大いなる鳥」インターシフト 熊井ひろ美訳

地球上には、常時200億羽以上のニワトリが生息している。
  ――はじめに ニワトリを見れば、世界が見える

太平洋上の人類の移住を再現するために最善の方法が、ニワトリを使うことなのだという。セキショクヤケイの行動圏の東端であるバリ島よりも東でニワトリの骨が発見されたら、それは人間が船で持ち込んだしるしなのだ。
  ――第4章 人類の移住ルートを知る鍵

闘鶏の最も古い記録の一つは、紀元前517年の中国で開催されたものだ。(略)西洋の最古の闘鶏を示す明白な記録も、同じ時代のものだ。
  ――第5章 闘鶏の熱狂

「(1844年の)ロンドンでは、ニワトリの一般的な価格は概してあまりにも高すぎるので、収入の乏しい人々は、たとえ町に住んでいても、それを食卓に並べられることはめったにない」
  ――第6章 女王の趣味から大流行へ

雄鶏(コック)にはコックがない。これは禅問答などではない。雄鶏にはペニスがないのだ。
  ――第8章 小さな王

最も近代的なコーシャやハラールの屠畜でさえ大規模工場で実施されており、祈祷は録音されたものをエンドレスで流す場合が多い。
  ――第9章 癒しの力

古代のエジプト人や中国人は早くも紀元前四世紀には人工孵化を実行しており、藁とラクダの糞を燃やして暖めた広い部屋で世話人が卵をひっくり返したり、腐りかけた堆肥で卵を覆って必要な熱を与えたりしていたのだ。
  ――第10章 産業ビジネスへの進展

アメリカ国内のブロイラーの実数は、第二次世界大戦開戦以降のどの時点でも驚くほど一定のままだった。だが、一羽ごとの体重は二倍に増えて、餌の量は二分の一に減り、成熟するまでの期間も半分に短縮された。そして養鶏場の数は、500万以上あったものが1970年までに50万カ所に激減した。
  ――第10章 産業ビジネスへの進展

私たちは(シーリア・)スティールの時代の人々よりもはるかに大量の鶏肉を食べているとはいえ、ニワトリについての知識ははるかに減っている。
  ――第11章 影の都市

ニワトリは、左右の目を別々の目的で使っていて、ある対象――たとえば、餌になりそうなもの――に焦点を合わせながら、もう一つの目で捕食動物が来ないか油断なく見張ることができる。
  ――第12章 快適で健康な環境を

【どんな本?】

 和食派であれ洋食派であれ、朝食に卵は欠かせない。フライドチキンはまたたく間に日本の食卓を席巻したが、その前からオジサンたちは帰宅途中に焼き鳥屋で一杯ひっかけていた。

 食事だけではない。洋の東西を問わず、古くからニワトリは生贄として供えられ、内臓や骨が占いに使われた。小説「ルーツ」では迫真の闘鶏場面が描かれていたが、今は大半の州で闘鶏は違法となった。でも大丈夫。フィリピンの World Slasher Cup は今なお熱気を保っている。またインフルエンザ・ワクチンの開発にもニワトリは欠かせない。

 ニワトリはどこから来たのか。ヒトとの関係はいつから始まり、どう広がったのか。ニワトリとヒトはどのように付き合い、互いをどのように変えていったのか。そして今、鶏卵と鶏肉のビジネスはどこへ向かっているのか。

 身近でありながら意外と知られていないニワトリの生態と特徴、そしてヒトとの付き合いの過去と現在を描く、一般向けのノンフィクション。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Why did the Chicken Cross the World? : The Epic Saga of the Bird that Powers Civilization, by Andrew Lawler, 2014。日本語版は2016年11月30日第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約354頁に加え、本書出版プロデューサーの真柴隆弘の解説4頁。9ポイント46字×19行×354頁=約309,396字、400字詰め原稿用紙で約774枚。文庫本なら厚めの一冊分。

 文章はこなれている。内容も特に難しくない。一部で南太平洋やアメリカ東部の地理が重要な役割を果たすので、地図帳か Google Map があると便利。

【構成は?】

 各章は比較的に独立しているので、美味しそうな所をつまみ食いしてもいい。

  • はじめに ニワトリを見れば、世界が見える
  • 第1章 野生の原種を探して
    謎めいた来歴/並外れた可塑性/荒野に消えた野鳥たち/世界で最後の生き残り/ジャングルから家の裏庭へ
  • 第2章 神の使いの鳥
    古代エジプトに登場/インダス文明とタンドリーチキン/メソポタミアへ渡る/古代ニワトリのDNA/宗教・儀式に欠かせない役割
  • 第3章 二本足の薬箱
    人間の健康を陰で支える/ワクチンを作る卵/宇宙よりも複雑な構造/医学の革命を促す
  • 第4章 人類の移住ルートを知る鍵
    太平洋を西から東へ横断する/線世界に最初に着いたのはポリネシア人?/太平洋を移動した二つのル-ト
  • 第5章 闘鶏の熱狂
    闘鶏のスーパーボウル/人間の身代わりとなって/宗教から娯楽へ/バトル・ロイヤル
  • 第6章 女王の趣味から大流行へ
    ヴィクトリア女王への贈り物/ロンドン初の家禽品評会/裏庭飼育という「道楽」
  • 第7章 ニワトリの起源と進化
    進化論の証拠となる/ディクソン牧師とダーウィン/最古の祖先/家畜化は食料にするためではなかった
  • 第8章 小さな王
    進化の真価が問われる場所/風見鶏からサタンの手先まで/「チキノサウルス」を作る/雌雄の違いはホルモンではなく、細胞が決める
  • 第9章 癒しの力
    生贄 信仰の中核/贖罪の日/平等な社会を築く/古代ローマの鳥占い
  • 第10章 産業ビジネスへの進展
    フライドチキンが広まったわけ/ニワトリ機械/女王たちの仕事、国家安全保障/「明日のニワトリ」コンテスト/スーパーマーケットやファストフードに最適
  • 第11章 影の都市
    鶏肉議員団の結成/数が増えるほど、姿が見えなくなる/絶滅よりも悪い運命/「家禽の女王」を育てる/消費者の食べ方を変える
  • 第12章 快適で健康な環境を
    天性の数学者にして直感物理学者/家禽の精神病院/アフリカ全土の農家へ
  • 第13章 新たな関係を築く
    地元のニワトリvs産業用ニワトリ/鳥インフルエンザの影響/小規模農業の復活/最後の大義
  • 謝辞/解説

【感想は?】

 幼い頃、あなたはこんな疑問を抱かなかったろうか。ニワトリは飛べるのか?

 どうも飛べるらしい。ニワトリの原種は東南アジアのセキショクヤケイ(→Wikipedia)と言われ、「約半マイル(約800メートル)ほどの谷の上空を渡る」さまを見た人の話が、冒頭に出てくる。

 ところがこのセキショクヤケイ、なぜ家禽になったのかよく分からない。臆病だし肉付きは悪いし卵を産む量も「毎年平均半ダース」。にも関わらず、今はバチカンと南極以外のすべての国にニワトリがいる。半端ない適応力だ。どうも宗教が絡んでいるらしい、と思わせる記述はある。

ピタゴラス「雄鶏を肥やしても、生贄として供してはならぬ。太陽と月に捧げられているのだから」
  ――第3章 二本足の薬箱

ベトナム、ラオス、ミャンマー、中国南部に散らばっているパウラン族の人々は、ニワトリを飼っているがその肉や卵は食べず、腸や臓器や骨を占いに使っている。
  ――第7章 ニワトリの起源と進化

 が、やはり美味しいんじゃないかと思われる部分も。というのも、セキショクヤケイは絶滅の危機に瀕しているのだ。と言っても、個体数云々じゃなく、遺伝子汚染。飼われたニワトリの遺伝子が混じって、純粋な野生の遺伝子が失われつつあるとか。

 だもんで、ベトナムじゃ「セキショクヤケイを狩ったり罠でとらえたりするのとは違法」になってる。にも関わらず、著者が青空市場でオバチャンと交渉すると…。わはは。日本でも軍鶏のファンは多いし、美味しいんだろうなあ、きっと。

 今みたく大量に鶏肉が流通するのは、やはりブロイラーに代表されるアメリカでの品種改良が関わってて。これに第一次・第二次世界大戦が関わってるから、戦争が食生活に与える影響は大きい。日系人を収容所に閉じ込めたため雛の雌雄鑑別師が足りなくなる、なんて話もあったり。

 ニワトリの家畜としての地位が独特なのは、なんといってもサイズが小さいこと。お陰で南部の奴隷や、家庭の主婦が飼えた。ここで語られる、西アフリカのレシピがフライドチキンへと受け継がれ全米を席巻する過程は、時代の皮肉というか。

 やはり手軽だからか、かつて太平洋の島々へ渡った人々もニワトリを連れて行った。ってんで、ニワトリを手掛かりに人類の太平洋進出の歴史を解き明かそう、なんて面白いプロジェクトも出てくる。ただし、困った事に、鶏の骨は気軽にポイ捨てされるんで…。

 などの、学問と生活習慣が交差するあたりは、ちょっとしたミステリの趣もある。ここではニワトリのルーツを巡る秋篠宮文仁親王殿下の研究の話も出てくる。東南アジアによく出かけるのは、そういう事かあ。専門はナマズじゃなかったんだ。

 などと、ニワトリの学問への貢献も計り知れない。インフルエンザ・ワクチンの製造には鶏卵が必要なのだ…少なくとも、2012年までは。

 そもそもワクチンって発想や、脚気の原因究明にも、ニワトリが関わってたり。曰く、「ニワトリのタンパク質の作り方は驚くほどヒトと似ているのだ」。ヒトにとってはラッキーだが、ニワトリにとってはどうなんだろう?

 当然ながら昔は科学なんてなかったわけで、それでもヒトはニワトリを連れて行った。その理由は闘鶏じゃないか、って説も面白い。ヒトが闘鶏にかける情熱は凄まじいもので。

 フィリピンの World Slasher Cup は堂々たる国民的娯楽ながら、その会場の風景は野郎ばっかしってのも、なんか分かる気がするw アメリカじゃ非合法ながらもブリーダー(育成者)が細々と生き残り、またアパラチアの山岳地帯でコッソリ開催してるとか。だから男ってのはw

 残酷だと言われるものの、養われる雄鶏たちの暮らしは、工場で「生産」されるブロイラーに比べたら、遥かに贅沢で、むしろフランスのブランド地鶏であるブレス鶏に近い。このブレス鶏、屋外で飼ってるんだけど、「一番の問題は、ニワトリを襲う捕食動物でしてね」。

五羽に一羽はキツネやタカに襲われて死ぬ。けれども、最も危険な捕食動物は人間だ。ブレス鶏の肉は一ポンドあたり30ドルもして、去勢鶏一羽で合計257ドルも稼げる可能性があるため、盗まれる恐れは常にある。
  ――第12章 快適で健康な環境を

 一羽で三万なら、札束が歩いているようなもんだしなあ。

 などと、人類史や生物学など学問の話から、アメリカの不気味な養鶏ビジネス、アパラチアやベトナムの生活に密着した非合法、そして神話や宗教との関わりやバシリスクやコカトリスの謎など、バラエティ豊かな話題が詰まった本だった。

 ただし夜中に親子丼が食べたくなるのが大きな難点。

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書評:歴史/地理」カテゴリの記事

コメント

ご愛読ありがとうございます。確かに「史上最悪のインフルエンザ」は怖い本でした。なお、誠に勝手ながら、コメント中の書名にリンクを張りました。ご容赦ください。

投稿: ちくわぶ | 2018年3月23日 (金) 21時22分

刊行当時に読んで、一次大戦の後方支援としてのアメリカの養鶏場の大増殖が、スパニッシュ・インフルエンザ…正しくはアメリカン・インフルエンザに直結しているのは盲点でした。
すし詰めで数週間航海する軍隊輸送船という蟲毒の壺がなければあそこまで兇悪な進化を遂げる事はなかったんでしょうが、鳥インフルエンザが今でもとことん警戒されている訳です、確かに。

という訳で、関連記事に「史上最悪のインフルエンザ」を入れる事、考慮頂ければ幸いです。

投稿: 名無しさん | 2018年3月22日 (木) 23時49分

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