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2018年3月 5日 (月)

エイミー・B・グリーンフィールド「完璧な赤 『欲望の色』をめぐる帝国と密偵と大航海の物語」早川書房 佐藤桂訳

コチニールをめぐる熱狂的な競争の歴史は、もうひとつの世界へひらかれた窓である――そこでは赤という色は希少価値のある大切なものであり、その秘密を知る者にとっては富と権力の源だった。
  ――プロローグ 欲望の色

重量当たりで考えれば、コチニールは海賊が略奪できる商品のなかで最も高価なものだった。
  ――9 海賊による略奪

スペイン人は何百年も前に気づいていたが、コチニールは大規模農場の共生労働者の手ではなかなかうまく飼育できない。根気と細やかな世話が欠かせないからだ。当の働き手が小さな畑地を所有し、コチニールを育てたいという動機を持っているのでなければむずかしい。
  ――16 深紅を求めて

合成染料の発明によってこの均衡が根底から崩れ去った。色はあらゆる意味によって安くなった。
  ――エピローグ 庶民の色へ

【どんな本?】

 赤。現在において、赤は情熱・欲望・怒り・危険などを表す。だが、かつてはもう一つの意味もあった。地位・権力・富など、社会的な力である。

 合成染料が登場するまで、赤い染料は乏しかった。あるにはあるが、色合いが悪い、布地に定着しない、すぐに色あせる、有害な砒素を使うなど、それぞれに欠点を持つ。そのため、鮮やかな赤をまとえる者は、極めて限られる。赤は権力と富を意味していたのだ。

 そして1523年。借金に苦しむスペインに、新大陸からコチニールが届く。小さな粒が秘めた色素は、絹を鮮やかな赤に染め上げる。乾燥すれば長持ちし、運びやすく、重量の割に高く売れるコチニールは、長い航海で大西洋を渡る貿易品目として理想的だった。

 やがてコチニールは西欧を席巻し、巨万の富を生み出す。スペインはその秘密を守り利益の独り占めを目論むが、イタリア・イギリス・オランダ・フランスなどの諸国はコチニールの秘密を暴き手に入れるべく、それぞれに画策を始め…

 「完璧な赤」を生み出す画期的な染料コチニールを中心に、色と染料をめぐる波乱万丈の歴史物語を描き出す、歴史ノンフィクション。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は A PERFECT RED : Empire, Espionage, and the Quest for the Color of Desire, by Amy Butler Greenfield, 2005。日本語版は2006年10月15日初版発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約311頁に加え、訳者あとがき3頁。9ポイント43字×18行×311頁=約240,714字、400字詰め原稿用紙で約602頁。文庫本なら少し厚めの一冊分。

 文章はこなれていて読みやすい。内容も特に難しくない。基本的に16世紀以降の西洋を舞台とする話なので、西洋史に詳しいと更に楽しめるだろう。

【構成は?】

 それぞれの章はほぼ独立しているので、美味しそうな所だけを拾い読みしてもいい。

  • プロローグ 欲望の色
  • 1 染物職人の宿命
  • 2 太陽の色
  • 3 古代の芸術
  • 4 皇帝の新しい染料
  • 5 富を生む帝国
  • 6 試されるコチニール
  • 7 受け継がれた遺産
  • 8 商売の秘密
  • 9 海賊による略奪
  • 10 虫か種子か
  • 11 レンズを覗いてみれば
  • 12 虫か種子かの大勝負
  • 13 オアハカのスパイ
  • 14 イギリス東インド会社アンダースンの愚行
  • 15 赤と革命
  • 16 深紅を求めて
  • 17 一塊の石炭から
  • 18 コチニールの復興
  • エピローグ 庶民の色へ
  • 謝辞/訳者あとがき/注釈/おもな参考文献/索引

【感想は?】

 そう、昔と今では色の意味が全く違うのだ。

 現在、社会的な地位や信用のある人は、落ち着いた色合いを身に着ける。銀行員のスーツは、黒または濃い紺かグレーだ。だが、口絵のコジモ・メディチ(15世紀の銀行家、→Wikipedia)は、深紅の上着と帽子をまとっている。

 先に書いたように、当時は赤い染料が乏しかった。だから、赤は富と権力を表す色だったのだ。

 合成染料が発達した現在、たいていの色は簡単に手に入る。だが、自然染料しかなかった時代は、それぞれの色ごとに原材料も染め方も違った。染色工のギルドすら、色ごとに専門化していた。昔の人にとって、カラフルであることは、富と権勢を意味したし、強い憧れの対象でもあった。

 先の口絵に戻ろう。何も知らない現在の者が見ると、赤で統一したコジモの肖像は、単に「派手好きのオヤジ」に見える。が、当時の人が見れば、単に派手なだけでなく、贅を尽くした豪華絢爛な衣装に感じるだろう。名画を鑑賞するにも、歴史の知識が必要だったとは。

 といった驚きで始まるこの本は、以降も歴史の皮肉や波乱万丈の冒険が続き、物語としても読みどころが溢れている。

 やはり先に書いたように、コチニールはスペインとエルナン・コルテスらコンキスタドールにとって、汲めども尽きぬ富の源泉のように見える。だが、コチニール貿易の幕開けは不思議なくらいモタつくのだ。

 コチニールの正体は、ウチワサボテンに寄生するカイガラムシだ。これは現地アステカでも長年珍重され、品種改良されていた。改良種は品質が良い半面、天候の変化や天敵・病気に弱い。また、油断すると野生種が紛れこみ品質が落ちてしまう。絶え間ない気配りと手入れが欠かせない、繊細な作物だ。

 こういう作物は奴隷労働を主力とする大規模プランテーションには向かない。小規模な自作農が相応しい。そこで、コチニールの生産拠点となったのが、トラスカラ。

 トラスカラは、アステカ征服の際にコルテスらと手を組んだ功績を認められ、比較的に独立の度合いが高かった。そのため、スペイン政府の強引な命令は効果がない。効いたのは商人と現地の役人が組んで創り上げた信用貸付制度である。要は金を貸すからコチニールを安く売れって取り引き。

 この辺を読むと、アメリカ合衆国に多いリバタリアンの気持ちが少し分かってくる。当時のスペイン政府の政策は、特にビジネスに関する限り権力をカサに着たヘマの連続で、商人たちの足をひっぱるばかり。こういう歴史があるなら、そりゃ政府って存在を憎むのも無理ないよなあ、と思ったり。

 さて肝心のコチニール、出だしこそモタつくものの、すぐに西欧を席巻し、スペインに大きな富をもたらす。当然、スペインはコチニールの秘密を守るべく、厳しい統制を敷く。他の国がこれを指をくわえて見ている筈もなく、あの手この手でコチニールの秘密を暴こうと動き出す。

 ここでは、18世紀後半のフランス人ニコラス・ジョゼフ・ティエリー・ドゥ・ムノンヴィーユの冒険が、まるでジュール・ヴェルヌの小説のように起伏に満ちた物語で、とってもワクワクする。コチニールを盗み出すためメキシコに潜入するミッションなので、モーリス・ルブランに例えるのが相応しいかも。

 そんなコチニールに、合成染料が黄昏をもたらす終盤では、ドイツで科学が台頭した背景の一端が披露される。科学、特に化学の進歩には、染料が大きな役割を果たしたのだ。発展途上国の工業化の第一歩が軽工業なのも、こういった事情が関係してるんだろう。

 などと、歴史のなかで変わってきた色に対する私たちの感覚から、カリブの海賊の手口、危機また危機の冒険、それぞれの時代の各国の勢力事情、そしてコチニールの現在など、楽しい物語と意外なエピソードてんこもりの、驚きに満ちた本だった。

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