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2018年2月11日 (日)

秋元道雄「パイプオルガン 歴史とメカニズム」ショパン

オルガンの音色は複数の音質の異なるパイプから発する音を集合させて作るので、実際に存在しない理想的なある音を合成するところにあります。
  ――第2章 バッハの黄金期から現代まで

「鍵盤は押すべきであって、たたいてはならぬ。撫でるべきであって、打ってはならない」
  ――第4章 オルガン演奏技法入門

オルガン演奏技術の最高のものは即興演奏です。
  ――第5章 オルガニストと演奏

【どんな本?】

 楽器の女王、パイプオルガン。大きなものは建物と一体化し、重厚なパイプがズラリと並び荘厳な姿を誇り、あらゆる楽器はパイプオルガンの前にかしずく。その音は厳粛にして華麗、時として素朴、時として壮麗と、奏者により鮮やかに変化を遂げる。

 そんなパイプオルガンは、いつどこで生まれたのか。どこでどのように使われ、どう進化してきたのか。ズラリと並ぶパイプにはどんな意味があり、どんな原理で鳴るのか。奏者の手元にあるスイッチやペダルは、どんな役割を果たすのか。それぞれのパイプオルガンは何がどう違うのか。

 パイプオルガンの基本原理から、それぞれのパイプオルガンの歴史的背景と特徴、そして優れたオルガン奏者に必要な能力など、オルガンについての基礎知識をまとめた音楽家向けオルガン入門書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2002年11月11日第一刷発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約256頁。9ポイント44字×17行×256頁=約191,488字、400字詰め原稿用紙で約479枚。文庫本なら普通の厚さの一冊分ぐらいの分量。ただし図版や写真を大量に収録しているので、実際の文字数は7割ぐらい。

 文章はやや硬い。内容も一般向けとは言い難い。義務教育で音楽を学んだ程度だと、ちと厳しい。というか、私には厳しかった。ピアノでもバイオリンでもいいので、何らかの音楽教室に通った程度の基礎知識は必要。「バロック」と言われてピンとくる人向け。

 当然、出てくるのはバッハをはじめクラシックの人ばかりなので、覚悟しよう。

 加えて、終盤では数学と物理も出てくる。これは倍音やオクターブに関するものや、開管と閉管の違いなどに関するもので、音楽理論というより音響工学っぽい方向のもの。

 つまりはかなりマニアックな本です。できれば予め Wikipedia のオルガンを見て予習しておこう。

【構成は?】

 素人向けにはちと不親切かも。素人は第1章の次に第3章を読んだ方がいい。

  • はじめに
  • 第1章 パイプオルガンの起源と変遷
    • Ⅰ オルガンの起源をたずねて
      • オルガンのアイディアの初め
      • 古代 水オルガンの出現
      • 中世 合唱団の伴奏
    • Ⅱ 三種類のオルガン
      • ポルタティフ・オルガン
      • ポジティフ・オルガン
      • 大オルガン
    • Ⅲ ルネッサンス時代のオルガン
      • ストップ装置の始まり
      • イタリアの一段手鍵盤のオルガン
      • 北欧の二段手鍵盤のオルガン
    • Ⅳ バロック時代のオルガン
      • 宗教改革によって起こった変化
      • オランダの<ニーホフ型>
      • 北ドイツの<シェラー型>
      • シュニットガーたちの<北ドイツ型>
      • リューベックと中心とした<北欧型>
      • カトリック系の<南欧型>
      • 倍音ストップの発達した<フランス型>
      • 重要な役割を果たした<中部ドイツ型>
      • その他の国々
  • 第2章 バッハの黄金期から現代まで
    • Ⅰ バッハが使用したオルガン
      • 17世紀から18世紀へ 音楽の変化
      • J・S・バッハ デーネルト論文より
    • Ⅱ 18世紀後半のオルガンの傾向
      • 視覚的な美の追求 南ドイツの場合
      • ロココ的傾向 フランスの場合
    • Ⅲ 19世紀のロマンティックオルガン
      • 音質の変化
      • 合奏効果
      • フォーグラーの理論
      • テッパーの理論
      • 都市の音楽堂の<コンサートオルガン>
      • カヴァイエ・コルの<シンフォニックオルガン>
    • Ⅳ 現代のオルガン
      • シュヴァイツァー
      • ドイツの「オルガン復興運動」とその波紋
      • 第二次世界大戦後の<ネオバロックオルガン>
      • 現代オルガンの歩み
  • 第3章 オルガン演奏台の諸装置
    • Ⅰ 演奏台 手鍵盤と足鍵盤の諸形式
      • 英・独・仏型の演奏台
      • 手鍵盤とその鍵盤配列のいろいろ
      • 足鍵盤とその位置、用法のいろいろ
    • Ⅱ 各種ストップとその音色、音量、音高
      • ストップの形 <ノブ型>その他
      • <フィート律>
      • 実動ストップの名称と音色・音質
      • 特別な利用法のための<機械ストップ>
      • ストップの名称
    • Ⅲ 演奏補助装置のいろいろ
      • <スエルペダル>
      • <クレッシェンドペダル>
      • <コンビネーションボタン>
      • その他の装置
  • 第4章 オルガン演奏技法入門
    • Ⅰ オルガン演奏の歴史的性格と特色
      • 合唱音楽との深いかかわり
      • 弦楽器、管楽器との音色の関わり
      • ピアノ、その他の鍵盤楽器との関係
    • Ⅱ アクションの機能と演奏技法
      • アクションの起源
      • メカニカル・アクション
      • ニューマチック・アクション
      • 電気アクション
      • アクションとパイプの発音状況
      • 音鍵演奏技法
      • 演奏技法の基本
      • アーティキュレ-ション
      • テンポトアゴーギク
    • Ⅲ 鍵盤と調律法
      • 旋律のための鍵盤 「ピタゴラス調律法」
      • ハーモニーのための鍵盤 「純正調」「中全音調律法」「修正中全音調律法」
      • 旋律と和音両用の鍵盤 「半音調律法」
      • マニュアルの音域
      • ペダルの音域
      • 指使い
      • グリッサンド奏法
    • Ⅳ ストップのスケール
      • 基本スケール
      • 中世のスケール
      • ルネッサンス・バロックのスケール
      • 後期バロック・ロマン派のスケール
      • 実用スケール
      • 「実用スケール」の歴史的変遷
      • スケールと時代の感覚
  • 第5章 オルガニストと演奏
    • Ⅰ 作品演奏
    • Ⅱ 伴奏と合奏
      • 教育用作品
    • Ⅲ 即興演奏
    • Ⅳ 日本のオルガニスト教育
    • Ⅴ 演奏楽派
      • ドイツのライプツィヒ楽派とベルリン楽派
      • フランス・オルガン交響楽派
      • 現代のオルガン楽派
      • オルガニストの系譜
  • おわりに

【感想は?】

 ヒトが音楽に注ぐ情熱に慄然とする。

 流行歌ばっかり聞いている私は、メロトロン(→Wikipedia)はクレイジーな楽器だと思っていた。が、甘かった。本格的なパイプオルガンに比べれば、メロトロンなんてオモチャだ。

 書籍より映像の方が好きな人は、Youtube の「教えてルーシー!パイプオルガンのひみつ」を観よう。パイプオルガンというメカの凄まじさがわかる。

 メロトロンは、鍵盤を押すと、その音程を録音したテープを再生する。いわばアナログ・サンプラーだ。鍵盤の数だけテープが必要なわけで、メカはかなり複雑になる。

 ところが、オルガンはもっと狂ってる。鍵盤を押すと、その音程のパイプに空気が送られて鳴る仕組みだ。鍵盤の数だけパイプと送風の機構を作るってだけでも、メカとしちゃやたらと精密かつ複雑なシロモノだ。が、それだけじゃない。

 一つの鍵盤には、幾つものパイプが繋がっているのだ。

 オクターブ違いのパイプ。リードのあるパイプとないパイプ。リードの太さが違うパイプ。開管と閉管(長さが同じだと閉管はオクターブ上がる下がる)。円柱形のパイプと円錐形のパイプ。少しだけ振動数が違うパイプ(セレステ効果、ビブラートに近い)。パイプを収めた箱の扉の開け閉め(音量が変わる)。

 中には三度や五度違いのパイプをまとめてたり。鍵盤一つで和音が出せるって事かい。

 で、これらのエフェクターを制御するのが、鍵盤の傍らにあるスイッチ類。オルガンの世界ではストップと呼ぶ。

 など、多種多様なエフェクトが出せる仕組みだ。それが全部、機械仕掛けなのだ。空気を送る「ふいご」はもちろん、ばね・スライド・てこ・カムなど、ありとあらゆるメカニズムの要素を駆使して実現しているのだ。

 しかも、楽器である。要求される精度はやたらと高い。ギターのチューニングをしたことのある人ならわかるだろうが、ペグの角度を少し変えただけでチューニングは狂ってしまう。ギターの弦は六本だけだが、パイプオルガンのパイプの数ときたら…

 世界の有名なパイプオルガンの写真を豊富に載せているのもこの本の特徴で、その一つは世界最大と言われるアトランティックシティのオルガン。これのコンソールが凄まじい。手鍵盤が七段に加え、ストップが1250個。これ全部が機械仕掛けである。もはや楽器というより精密機械だ。

 んなモン、作る手間も半端じゃないが、維持するのも大変だよなあ。ネズミが齧ったり虫が巣を作ったり雨漏りで部品が錆びたり、トラブルの種はいくらでもあるだろうに。そうまでしてでも、ヒトは美しい音楽を求めたんだと思うと、音楽の持つ魔力におぞましさすら感じてしまう。

 とはいえ。多数のパイプを一つのキーで開け閉めしようってんだから、パワーも必要だ。当然、鍵盤も重くなる。お陰で…

初期のゴシック時代の大オルガンでは音鍵数の少ない大型の鍵盤を備え、「こぶし」でたたいて演奏するのが常でした。
  ――第4章 オルガン演奏技法入門

 と、最初の頃は、キータッチもやたらと重かった様子。その後、メカニカル・アクションやら電気アクションやらと、演奏者を助ける機構が出てくる。電気アクションは反応が鈍いのが難点とあるけど、今ならエレクトーンが使ってるタッチ・センサーを…と思ったが、そういうのはオルガニスト的に許せるのかな?

 同じ楽器でも、音の高さが変わると音色も変わるのが音楽の面白さ。これはパイプオルガンも同じ。パイプの長さを変えれば音の高さが変わるんだが、同時に音色や音量も変わる。これをパイプの太さを変えて調整すると、それぞれのオルガンごとに様々な個性が出る。

 加えて、建物に据え付けた楽器なだけに、建物によっても音が違う。広くて天井が高ければ残響が長い。石造りなら反響が強く、煉瓦造りは弱い。

 と、個々の楽器によって性質が違うのが、オルガンの難しい所でもあり、楽しい所でもある。こういった事も合わせ、クラシックの人が言う「解釈」についても、この本を読んで少しわかった気がする。

 音楽というと芸術って感じで、理屈より感性の世界だと思っていたが、その裏にはとんでもなく精密で工夫に満ちた数学と工学の土台があるのだと思い知らされた。求められる前提知識は多く、書いてあることの半分も理解できなかったが、それでも多くの衝撃を与えてくれる本だった。

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