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2018年2月 2日 (金)

A.G.リドル「タイタン・プロジェクト」ハヤカワ文庫SF 友廣純訳

「この飛行機は、たぶん墜落する」
  ――p12

なるほど、たいした話じゃない。人類の存亡がおれたちに懸かっているというだけだ。
  ――p293

「それは本よ」
  ――p500

【どんな本?】

 アトランティス・ジーン三部作で派手なデビューを飾ったアメリカの新鋭SF作家 A.G.リドルによる、長編SF小説。

 ニューヨークJFK空港発ロンドン・ヒースロー空港行き305便。約250名の乗客を乗せた777機は、イングランド上空で突然の衝撃に襲われる。胴体は二つに折れたものの、パイロットの機転により何人かの乗客は生き残った。

 鬱屈を抱えた作家のハーパー・レイン、不思議なリーダーシップを発揮するニック・ストーン、飲んだくれのグレイソン・ショー、医学に詳しいサブリナ・シュレーダー、コンピュータにかじりついているユル・タンなど。

 生き残った者たちはイングランドの平野で救助隊を待つ。近くに人が住む気配はなく、携帯電話も通じない。怪我人は多いが食料と医薬品は限られている。航空機事故と思っていた生存者たちだが、彼らの不時着したのは、想像を超えた所だった。

 軽快なテンポで展開する意表を突くストーリーに、目まぐるしいアクションと突拍子もないアイデアを散りばめた、爽快な娯楽作品。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は DEPARTURE, by A.G. Riddle, 2014。日本語版は2017年10月15日発行。文庫本で縦一段組み、本文約496頁に加え、著者あとがき2頁+訳者2頁。9ポイント40字×17行×496頁=約337,280字、400字詰め原稿用紙で約845枚。文庫本としては、かなり厚い部類。

 文章はこなれている。内容は、タイム・パラドックスがカギ。映画「君の名は。」より、少しだけ面倒なトリックを使ってる。SFを読み慣れた人にはわかりやすいが、バック・トゥ・ザ・フューチャーなどが苦手な人には厳しいかも。

【感想は?】

 よくも悪くも安定のA.G.リドル。

 冒頭の墜落シーンから最後の大団円まで、危機また危機・謎また謎の、読者を飽きさせないサービス満点な展開は健在で、売れっ子作家の貫禄は充分。

 短い章をつなげていく手法も、アトランティス・ジーンのシリーズと同じ。ほぼ一人称で進むので、読者はお話に入り込みやすいし、ストーリーも分かりやすい。ない、語り手はハーパーとニックの二人。二つの視点を切り替えることで、スピード感も増す。

 そんな語り口なので、本心が判るのは二人だけ。そのため、両名以外の者は、どんな奴で何を考えているのか、最初は全く分からない。ピンチの連続な物語なので、この手法が緊迫感を盛り上げてゆく。

 特にインパクトが強いのが、飲んだくれで口を開けば嫌味ばかりが飛び出すグレイソン・ショー。しかも最初の語り手ハーパーとロクでもない因縁があるらしく…。

 そのハーパーも鬱屈を抱えているようだが、これは本好きならだいたい見当がつくだろう。私はどっちも好きなんで、なんとも言えないなあ。最初は気が乗らなかったけど、やってみたら性にあってた、なんて経験もあるし。でもやっぱり、ダイエットは明日からにしちゃうよね。

 やはり謎の人物が、医学に詳しいサブリナと、コンピュータにかじりついているユル。どっちも微妙に浮世離れしているあたりは、かつての著者の仲間をモデルにしたのかも。

 狂ったアイデアは健在ながら、この作品ではやや控えめ。

 とはいえアトランティスには強い思い入れがあるらしく、意外な形で登場してくる。あまりにお馬鹿な大法螺のように思えるけど、実はちゃんと歴史あるアイデアだったりするから侮れない。一応リンクを貼っておくが、少しネタバレ気味なので要注意(→Wikipedia)。

 やはりネタバレ気味ではあるけど、基本のアイデアはジョン・ヴァーリーの「空襲」を思わせるもの。あ、いや、似てるってわけじゃないんだ。航空機など幾つかの要素が同じってだけで、トリックも扱い方も全く違うんだけど。その伝で行くと、襲撃シーンはアリステア・マクリーンの「ナヴァロンの嵐」っぽいかな?

 と、SFなガジェットよりは、ストーリーとアクションで読ませる側面が強い。

 そういう点ではSFが苦手な人向けっぽい。けど、本筋に絡むガジェットはちとアクが強くて、人によってはわかりにくいかも。これは体質とか相性の問題らしい、と最近になって私は気がついた。先に書いたように、「君の名は。」や「バック・トゥ・ザ・フューチャー」を楽しめるかどうかが判定基準。

 そんな中で、この作品は、自らの「決断」もテーマに含めているためか、「物語」が好きな人へのメッセージが、終盤になってあふれ出す。ばかりでなく、ライターズ・ブロックにかかった人へのアドバイスもあったり。これはきっと著者自身の経験から出たんだろう。

 やはり著者の経験を活かしたと思われるのが、もう一人の主人公ニック。なかなか正体を見せないし、前半はカッコよく活躍する場面が多い。とするとアクション作品の定番のようだが、経験が活きるのは終盤に入ってから。

 危機また危機、謎また謎、目まぐるしい場面転換とアクションで読ませる、軽快な娯楽作品だ。

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