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2018年2月27日 (火)

ロバート・J・ソウヤー「ハイブリッド 新種 ネアンデルタール・パララックス 3」ハヤカワ文庫SF 内田昌之訳

世界が崩壊するときには、ものごとはずいぶん速く進むらしい。
  ――p66

われわれホモ・サピエンスの最大の長所とは、四万年まえに意識の夜明けをむかえたときからずっと、先へ進もうとする意欲なのです。
  ――p73

「わたしたちは、ものごとの根底になにも規則がないという事実を受け入れられないのです」
  ――p102

「大きな脳をもつ異星人があらわれるのを待っていたら、ついにそれが登場したのよ。ただ、アルファ・ケンタウリからじゃなくて、すぐおとなりからやってきたと」
  ――p154

「もしも宗教の原因を突き止めることができれば……」
  ――p224

男なんか地獄へおちればいい。
  ――p429

【どんな本?】

 カナダ出身の人気SF作家ロバート・J・ソウヤーによる三部作の完結編。

 カナダのサドベリーにあるニッケル鉱山を利用したニュートリノ観測所。そこに突如現れた男は、もうひとつの地球に住むネアンデルタール人だった。あちらの世界では、我々の先祖クロマニヨンが滅び、ネアンデルタールが文明を築いていた。

 突然の事故により訪れた来訪者、そして彼がやってきた通路は、双方の世界に驚きと混乱をもたらす。騒ぎの中で、こちらの遺伝学者メアリ・ヴォーンと向こうの理論物理学者ポンターは、互いに惹かれ合う。

 いずれの世界にも、この交流を事を快く思わぬ者もいる中で、ポンターらは今後も交流を続けられるように手を打ち始める。だが、行動を起こし始めたのは推進派ばかりではない。

 メアリとポンターのカップルを軸に、食事・性・家族制度・住居・衣料など身近な事柄から、治安・政治制度・司法・交通機関など社会システム、そして生死や宗教など思想的な面に至るまで、「もう一つの世界」を鏡として私たちヒトの姿を風刺する、痛快娯楽ファーストコンタクトSF。

 2003年度ヒューゴー賞長編小説部門受賞。SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2006年版」のベストSF2005海外篇7位に食い込んだ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は HYBRIDS, by Robert J. Sawyer, 2003。日本語版は2005年10月31日発行。文庫本で縦一段組み、本文約520頁に加え、金子隆一の解説9頁。9ポイント40字×18字×520頁=約374,400字、400字詰め原稿用紙で約936枚。文庫本としては上下巻でもいい分量。

 文章はこなれている。内容も特に難しくない。幾つかケッタイなガジェットが出てくるが、面倒くさかったら「ソレで何ができるか」だけに注意しよう。「どんな理屈で動くのか」はわからなくても問題ない。元ネタは真面目な論文だったりするが、このお話の中での使い方はハッタリかましてる。

 それより、問題は作品の構成。三部作となっているが、実質的には大長編の上中下巻だろう。なので、先の「ホミニッド 原人」「ヒューマン 人類」から読もう。

【感想は?】

 やはり社会風刺が厳しい作品だが、この巻では少し趣が違う。

 というのも。今までは遠くから野次馬の目線で見ていた事柄が、この巻ではメアリ自身の問題として立ちはだかってくるのだ。そういう点では、理屈に走りたがるSFファンへの皮肉と取れないこともない。

 その焦点の一つは、宗教。これが幾つかの問題を生み出す。メアリはカトリックだ。そしてカトリックは避妊・堕胎・離婚を禁じている。そして、手続き上、メアリは結婚している。そこでポンターと結ばれるためには、今の夫コルムとの仲を解消しなきゃいけない。

 この部分、私はちょっと「あれ?」と思った。日本だと役所に届けを出せば終わりだ。だが、メアリにとっては、教会に正式に認めてもらいたいんだろう。なんにせよ、読みかけの本の扱いに限れば、私はコルム君に賛成だなあ。

 宗教と心の問題は、当然ながら性にも深く関わり、<ふたつがひとつに>など家族制度の違いも生み出す。にしても「破裂してしまうぞ」はいいなあ。

 この宗教をめぐっては、ポンターが被験者になるあたりが実に楽しい。そりゃポンター用のヘルメットなんか用意してないよねw ちなみにこの実験、ちゃんと最新の科学が基になってます。ちょっとネタバレ気味なので、要注意(→元ネタ)。

 この宗教と、「ホミニッド 原人」から仄めかされたネタは、いかにもこの著者らしい壮大でおバカな大技が飛び出し、タネ明かしの場面じゃ大笑い。だとすると、IoT には意外な落とし穴が…いや、それはそれで面白いかもw

 生活習慣が生み出す違いも、なかなか面白い所で。中でも食生活の違いが、工業デザインにまで影響を及ぼしてるあたりは、ちょっとした盲点だった。噂じゃシカ肉ってとっても美味しいらしいが、私はまだ食べたことがない。にしても、ポンターの好みはわからんw

 などの味覚の違いもあるが、今まで何度も強調されてきた違いの際たるものが、嗅覚。これが司法に関わってるのは「ホミニッド 原人」に出てきたが、芸術にまで影響してるってのも、ちょっとした読みどころ。向こうじゃ役者も大変だw

 といった風刺ネタのお間に、コッソリとヲタクなネタを挟むのも忘れない。恒例のスタトレはもちろん、スパイダーマンに懐かしのサーフ・ロックときた。

 なんて小ネタばかりを取り上げたけど、もちろん、大長編に相応しい大ネタもちゃんと仕込んであるから憎い。

 などのネタ以外にも、この巻で目立つのが、ポンターの男前っぷり。特にメアリとの会話では、ハーレクイン・ロマンスや乙女ゲームで勉強したのか、殺し文句が目白押し。アディカーとの仲もあるし、腐りかけの女子にはちとヤバい作品かも。

 バラストとグリクシンの出会いは、互いに何をもたらすのか。私たちは共存し得るのか。迫りくる磁場の激変は、世界にどんな影響を与えるのか。メアリとポンターは結ばれるのか。人類の愚かさは、克服し得るのか。

 「カナダから見たアメリカ」を、思いっきりデフォルメして、奇妙な隣人を創り上げ、起伏に富んだロマンスと冒険にやりたい放題の毒舌をまぶした、21世紀のSF版「ガリバー旅行記」。

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