山田正紀「屍人の時代」ハルキ文庫
「ウエンカムはオホーツクの悪霊、アザラシの王という」
――第一話 神獣の時代なにしろ、ぼくは幽霊を探偵しているもんですから。
――第二話 零戦の時代いたく錆びしピストル出でぬ
砂山の
砂を指もて掘りてありしに
――第三話 啄木の時代勝手ながら、ここ一両日中に、ご所有の「白鳥の涙」を頂きにあがる所存でおりますので、どうぞ、その旨よろしくお願い申し上げます……
――第四話 少年の時代
【どんな本?】
SF・ミステリ・冒険小説・時代小説と、多様な分野で活躍するベテラン作家・山田正紀による、大正から昭和にかけての時代を舞台とした、ファンタジックなミステリ連作短編集。「人喰いの時代」の続編。
呪師霊太郎。探偵を自称する年齢不詳の男。目つきも態度も悪い黒猫の耕介を連れ、奇妙な事件が起きる所に出没する。北の果て吐裸羅島でアダラシを追い、太平洋戦争中には幽霊を探り、大正時代に石川啄木の謎を調べ、昭和初期には温泉に浸る。
彼が巻き込まれる不思議な事件を通して戦前・戦中の日本の闇を暴く、奇想に満ちた短編集。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
2016年9月18日第一刷発行。文庫本で縦一段組み、本文約379頁。9ポイント40字×18行×379頁=約272,880字、400字詰め原稿用紙で約683枚。文庫本としては少し厚め。
文章はこなれていて読みやすい。内容も特に難しくないが、昭和初期の歴史と風俗を知っていると、更に楽しめる。
【収録作は?】
- 第一話 神獣の時代
- 流氷が海を覆うオホーツクの孤島・吐裸羅(とらら)島へと向かう呪師霊太郎。根室から出た船も、流氷に阻まれて島までたどり着けない。氷原を歩く霊太郎を誘うように、数メートルの間隔を置いてアザラシの皮らしきものが落ちている。
- 寒波が厳しい今の季節にピッタリの幕開け。1939年といえば、ドイツがポーランドに侵攻した年。緊張感漂う日ソ関係が背景ながら、物語は四人の男が一人の娘を賭けてアザラシの王、ウエンカムのハントに挑む、なんて定石っぽい方向へ進む。
- が、そこは曲者の山田正紀。あっという間に常道を踏み外し、お話はあらぬ方向へ。でも、案外と爽やかなストーリーのような気も。ウエンカムはたぶんゼニガタアザラシだろうなあ。WIkipedia によれば、「野生の肉食獣なので、むやみに近づくのは危険である」とのこと。
- 第二話 零戦の時代
- 役者を目指す緋内結衣子は、池袋で映画のオーディションを受けた。だが、その後なんの知らせもない。不審に思い電話したが、録音で「この電話は使われていない」と返ってくる。オーディション会場だったビルの管理人に尋ねると、そんなオーディションは知らないと言われる。
- 改めてお話の構成を見直すと、「これから読者を騙しますよ」とハッキリ宣言してるんだよなあ。それでも私はまんまと騙された。
- 1996年の東京で始まった物語は、太平洋戦争が終わった1945年8月の北海道へと飛ぶ。舞台となる美母衣は、たぶん美幌だろう。航空基地もあったし。
- 優れた手腕を認められながらも、醜聞のために僻地に送られた零戦パイロットにスポットを当てながら、終盤で光と影が入れ替わる語りが鮮やか。
- 第三話 啄木の時代
- 1961年。21歳の榊智恵子は、日活のスタジオで働いている。当時の日活は石原裕次郎と小林旭に加え、「第三の男」赤木圭一郎を抱え、無国籍アクション映画を量産していた。智恵子はバレエの技術を活かし、レビューのダンサー役で稼いでいたのだ。
- 「幻象機械」でも扱ってたし、著者は石川啄木が好きなんだろうなあ。同じく若くして亡くなった人気俳優の赤木圭一郎も登場させ、強いコントラストを出す。
- 人気上昇中の赤木圭一郎。存命中はあまり評価されなかった石川啄木。ゴーカートの事故で派手に散った赤木圭一郎。病に倒れた石川啄木。華やかな映画の世界で輝いた赤木圭一郎。赤貧のうちに消えた石川啄木。
- というと、石川啄木は哀れな人にも思えるが、Wikipedia をみると、案外としょうもないヤツじゃないかw 当時の日活のファンには嬉しいクスグリも入ってて、これは著者の趣味だろうなあ。
- 第四話 少年の時代
- 1933年、岩手。地元では富豪で知られる竹内氏に、犯罪予告の手紙が届く。差出人は少年二十文銭。東北と北海道を中心に大胆不敵な活動をしている、正体不明で神出鬼没の怪盗だ。狙うはロマノフ家の秘宝と言われるダイヤ、「白鳥の涙」。
- 怪盗の予告状にロマノフ家の秘宝とくれば、古風ゆかしいミステリの定番。おまけに怪盗の名前が少年二十文銭って、もうノリノリだなあ。キャストも怪盗の少年二十文銭と探偵の呪師霊太郎、そして敏腕刑事の御厨と、これまた定番通り。
- …なのに、特高の梶山が絡むのが、山田正紀らしい。過去のミステリの名作にオマージュを捧げつつ、次から次へと謎を投げかけ、唖然とする方向へと話は進む。とはいえ、一部のネタは、舞台でピンと来るかも。
主役?の呪師霊太郎、年齢も正体も不祥なあたりは、「ファイナル・オペラ」の黙忌一郎っぽいな、といいうのが第一印象。が、微妙な軽さがあって、どこか剽軽なあたりは、だいぶ親しみやすい雰囲気がある。
禍々しさが漂うタイトルだが、少し救いのあるエンディングの作品が多くて、読後感は意外と心地よかったり。ミステリかSFか迷ったが、私的に山田正紀はSF作家ということになっているので、カテゴリはSF/日本とした。
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